「ほえ〜っ! 寝過ごしちゃったよぅ!」
わたしは、いつものようにちょっぴり(ほんとにちょっぴりだよ!)寝過ごしちゃって
慌てて走っているところだった。
あ、別に学校に遅刻するって訳じゃないんだよ。
知世ちゃんに誘われて、「エンジェリックレイヤー」っていうのの大会を見に行く途中な
んだ。
今、それがクラスでもはやってて、千春ちゃんが今度の大会に出てみるって言うからみ
んなで応援に行くことになったの。
でも……寝過ごしちゃったんだよね〜
「目覚し時計、ちゃんとセットしたはずなのになぁ」
ケロちゃんが起こしてくれなかったら、完全に遅刻してるところだったよ。
ぱっと腕時計を見てみると今は9時半。
待ち合わせにはちょっと遅れちゃうけど、これならなんとか間に合うかな。
う〜ん、ローラーブレードはいてきたほうがよかったかも。魔法を使うわけにも行かな
いしね。
そんなことを考えながら走っていると、遠くのほうに友枝駅が見えてきた。
たしか、友枝駅の近くにエンジェリックレイヤーのお店があって、そこで大会があるん
だったよね。場所は、知世ちゃんに教えてもらってるからわかるし。
よ〜し、スピードアップ!
と、思ったら、わたしの目の前に女の子!?
しかも、こっちに向かってくる!
と、止まれないよぅ!
ぶ、ぶつかる〜っ!
どんっ!
「ほえぇ〜〜〜!」
「なーーーーー!」
いたた……しりもちついちゃったよ。
って、そんなことより!
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
わたしはすぐに立ち上がって女の子の方を見る。
その人も、わたしとおんなじようにしりもちをついていた。
「わ、わたしは大丈夫だよ。あなたこそ、ケガはない?」
「は、はい」
その女の子も、すぐに立ち上がってきた。
よかった。ケガとかさせてなかったみたい。
「ほ、本当にごめんなさい!」
わたしが謝ると、その人はぱたぱたと手を振った。
「ええんよ。よそ見してた私も悪かったんやし」
なんだか、いい人みたい。よかった、怒ってなくて。
でも、この人のしゃべり方って、なんとなくケロちゃんに似てるなぁ。
「ほな、私は行くね。あなたも、急いでたんでしょ?」
「あ、そうだった! ほんとに、すいませんでした!」
わたしは、その人にぺこりとおじぎをして、もう一度走り出した。
今度は、ちゃんと周りを見て、と。
うん、大丈夫!
「なーーーーーっ!!」
って、この声は……さっきの人?
なんか、後ろから聞こえてきたけど……
振り向くと、その人は困った顔をして辺りをきょろきょろと見まわしていた。
何があったんだろ?
「おらん! ヒカルがおらへん! ヒカル、どこいっちゃったん!?」
ヒカル? なんの事だろう?
きょろきょろしてるって事は、探し物かな?
手伝ってあげようかな。
そう思って、わたしは腕時計に目を落とした。
はう〜。あんまり時間ないよ〜。
でも……
あの人、あんなに一生懸命探している。きっと、すっごく大事なものなんだ。
うん。やっぱり手伝ってあげよう!
もしかしたら、わたしとぶつかったときに落としちゃったのかもしれないし。
わたしは、その人のところに駆け寄っていった。
「あ、あの」
「な?」
わたしが声をかけると、その人は周りを見るのを止めてわたしのほうを振り返った。
あ、目に涙が。
「あ、さっきの子やね。どうかしたん?」
「えっと、その、何を探してるんですか?」
わたしがそう言うと、その人は始めきょとんとした顔をしていたけど、だんだんぱぁっ
と顔を輝かせた。
「ヒカル探すの手伝ってくれるん!?」
「は、はい」
よっぽど嬉しかったのか、その人はがしっとわたしの手を両手でつかんで上下にぶんぶ
ん降りまわした。
「ありがとう! ほんま、ありがとう!」
ほんとはわたしが悪いのかもしれないのに。なんだか、ちょっと複雑。
って、それよりも! この人の探し物を探さなくっちゃ!
「それで、どんなものを探してるんですか?」
「このぐらいの、ちっちゃな女の子の人形なんよ。ピンクのショートカットで…」
そう言って、その人は手の幅で人形の大きさと特徴を教えてくれた。
よ〜し! 探すぞ〜!
わたしとぶつかって落としたんなら、多分、この辺りにあるはずなんだけど……
人形、人形。う〜ん、ないなぁ。
あの人のほうはどうかな?
「そっち、ありました〜!?」
あの人は首を上げると、ぷるぷると首を横に振った。
「そっちはどお〜!?」
「こっちも……」
返事をしようとしたとき、目の隅に何かが見えた。
ピンク色した何か。たしか、この植えこみの影に……
あ!
「あった!」
「ほんま!?」
その人は、嬉しそうに駆け寄ってくる。
植え込みの中からそれを取り出すと、それは確かにちっちゃな女の子の人形だった。
あれ? この人形って、確か……
そんなことを考えていると、あの人がわたしのところにやってきた。
「あの、これでいいですか?」
「うん! 間違いない! ヒカルや!!」
その人は、わたしから人形を受け取るといとおしそうに抱きしめた。
本当に、あの人形が大切なんだなぁ。
「ありがとう! ほんまにありがとう!」
「そんな、いいですよ。ところで、そのお人形って……」
「この子は、わたしの大切な天使(エンジェル)なんよ」
やっぱり、そうなんだ。
確か、千春ちゃんもあんなお人形もってたし、TVでよく見るのに似てたしね。
すると、その人はハッと気がついたような顔をした。
「あ、そういえば、自己紹介がまだやったね」
その人は、こほんと咳払いをすると、わたしのほうを向き直った。
「私は鈴原みさき。こうみえても中学校1年生なんよ。それで、この子が私の天使・ヒカ
ル!」
「えっと、わたし、木之元桜です! しょ、小学校6年生です」
「へぇ、さくらちゃん、私よりいっこ下なん?」
「は、はい」
わたしは、当然だと思えるような質問をしてみた。
「あの、天使をもってるってことは…」
「うんっ。私、エンジェリックレイヤーやってるんよ!」
やっぱりそうなんだ。
じゃ、もしかして、今日の大会に出るのかな?
「さくらちゃんは、エンジェリックレイヤーやってるん?」
「あ、わたしはやってないんです」
「あ、そうなん……」
みさきさんがちょっと残念そうにする。
ほんとにエンジェリックレイヤーが好きなんだ。
「あの、みさきさん」
「なん?」
「みさきさんは、どうしてエンジェリックレイヤーが好きなんですか?」
「私がエンジェリックレイヤーを好きな理由? う〜ん……」
そう言って、みさきさんは少し考え込んでしまう。
でも、すぐにぱっと笑顔になった。
「やっぱり、友達がたくさん出来ることかな? 自分の天使、一生懸命育てて、それで天
使と一緒に頑張って、天使のこと信じて、そしたら、戦ってるみんなも天使のこと大好き
で……」
みさきさんは、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、でも、笑顔で答えてくれた。
「なんかようわからへんけど、そういうのが、好きなんよ」
そう言うみさきさんの笑顔、とってもキラキラしてる。大好きって気持ちが、いっぱい
伝わってくる。
なんか、いいなぁ。
「ねぇ、さくらちゃんもエンジェリックレイヤーやってみぃへん?」
「わ、わたしが、ですか?」
「うん! やってみたら、きっとエンジェリックレイヤーのこと好きになってくれると思
うし、もしそうなったら、私、さくらちゃんとも戦ってみたい!」
みさきさん、あんなににこにこして勧めてくれるけど……
うん、でも、楽しそうだな。
あ、でも、みさきさんって、この辺の人じゃないよね?
何しに来たのかな?
「あの、みさきさん。みさきさんは何をしにこちらにきたんですか?」
「私? 私は……」
みさきさんは、はっとしたように固まってしまった。
それで、慌てて腕時計を見る。
「なーーーーーっ!!」
すっごく慌ててる。
って、そう言えば、わたしも時間!
「……ほぇ〜〜〜〜〜〜っ!!」
ど、どうしよう! 話しこんでてすっかり遅れちゃったよぅ!
「ね、ねえ、さくらちゃん! エンジェリックレイヤーのお店、どこにあるかわからな
い!?」
「わ、わたしもそこに行く途中だったんです! 一緒に行きましょう!」
「う、うん!」
わたしとみさきさんは、一緒になって走り出した。
う〜ん、どうしよう。このままじゃ、絶対間に合わないよ〜。
でも、こんなことで魔法使ったりしたら、ケロちゃん、怒るだろうな〜。
と、とにかく急ごう!
「あ、あれ?」
わたしは、途中の道で立ち止まってしまった。
「ど、どうしたん?」
みさきさんが心配そうな声を出す。
た、確かこっちであってたはず、だよね。
あ、あれ? 道がわかんなくなっちゃったよぅ。
知世ちゃんは、大きな道に面してるからすぐに見つかるって言ってたけど、それらしい
建物も見つからないよ。
ど、どうしよう……
「さくらちゃん、もしかして、道、分からなくなったん?」
みさきさん、とっても不安そう。
そうだよね、みさきさんにとっては知らない町なんだもん。
わたしがしっかりしなきゃ!
わたしには、むてきのじゅもんがあるんだから!
「……ぜったい、だいじょうぶ!」
もう一度走り出そうとした時、道の向こうに人影が見えた。
あ、あれって…
「さくらーーっ!」
やっぱり小狼君だ!
よかったぁ! これでお店まで行けるよ。
あれ?
小狼君の隣に誰かいる。
「あ、あれ……」
もしかして、みさきさんの知り合いかな?
「みさきちーーーっ!」
「虎太郎ちゃ〜〜ん!」
みさきさんがぶんぶん腕を振ってる。やっぱりみさきさんの知り合いなんだ。
ちょっとして、わたしたちは小狼君達と一緒になることが出来た。
「小狼君、どうしてここに?」
「お前が来るのが、あんまり遅かったからな。もしかして、何かあったのかと思って、さ
がしにきたんだ」
小狼君、すっごく息を切らしてる。
きっと、いっぱいわたしのこと探してくれたんだね。
小狼君って、やっぱり優しいなぁ。
「ありがとう、小狼君」
「い、いや。無事なら、いいんだ……」
小狼君、顔を真っ赤にしてそっぽ向いてる。
こう言うところ、全然変わらないんだよね。
隣では、みさきさんが小狼君と一緒にいた男の子(確か、虎太郎さんって呼んでた)と
話していた。
「駅で急にはぐれるから、心配してたんだぞ」
「ごめんなさい、虎太郎ちゃん」
「まあ、鈴原が無事ならいいよ。でも、よくここまでこれたな」
「さくらちゃんにここまで案内してもらったんよ」
「さくら?」
みさきさんは、わたしの肩をつかむと虎太郎さんの前まで引っ張ってきた。
「この子がさくらちゃん! なくしたヒカル探すんも手伝ってくれたんよ」
「そうなのか。ありがとう、鈴原を助けてくれて」
虎太郎さんがわたしにお礼を言ってくれる。
でも、ヒカルをなくしちゃった原因はわたしにもあるわけだし、やっぱり複雑だな。
「ところで、ゆっくりしてる時間なんてないぞ」
小狼君に言われて、わたしとみさきさんは同時に自分の時計をみた。
あ。
「はう〜」
完全に遅刻だよ。
落ち込んでため息をついたわたしに、小狼君は声をかけてくれた。
「さくら、とにかく走ろう。急げば、まだ間に合うかもしれない」
「そうだな。鈴原のエントリーはもう済んでるはずだから」
「そうやね。いそごっ!」
「うんっ!」
わたし達は、今度こそお店に向かって走り始めた。
で。
結局、開場には結局間に合わなかったけど、試合には遅れずに済んだ。
みさきさんも、お店につくなりあわただしく向こうのほうに行っちゃったし。
「なんとか、間に合ったな」
そういって、小狼君は微笑んでくれる。
今日は、ううん、今日だけじゃなくって、小狼君にはいっつも助けてもらってるなぁ。
でも、ちゃんとお返しできないから、今はただ、笑顔でお返事するの。
「うんっ! ありがとう、小狼君!」
あと、虎太郎さんにもお礼をいわなくっちゃ。
「虎太郎さんも、ありがとうございます!」
「いや、いいよ。木之元さんや李君にはお世話になったからね」
そう言って虎太郎さんはにっこり微笑んでくれる。
みさきさんもそうだけど、虎太郎さんもいいひとだなぁ。
「お、そろそろ試合が始まるみたいだな」
「よし、俺達も行くか」
「うんっ! 千春ちゃんと、それから…」
わたしは、にっこり笑って小狼君に答える。
「みさきさんの応援に!」
そうして、エンジェリックレイヤー友枝町大会がスタートしたの。
でねでね! 大会、ほんとに凄かったんだよ!
わたし、エンジェリックレイヤーの試合って初めて見たんだけど、あんなちっちゃなお
人形がほんとにかっこいいの!
みさきさんのヒカルも、ほかの天使よりちっちゃいのに、すっごく強いんだ!
レイヤーのヒカルって、とってもキラキラしてるの!
虎太郎さん、みさきさんのこと一生懸命応援してたの。
でも、もっと凄かったのは隣にいた人かな?
みさきさんと同じ服を着てたんだけど、すっごく大きな声で「みさきちーーーっ!!」
って応援してるの。会場でいっちばん大きな声だったんだよ。
で、みさきさん、決勝まで進んだんだけど、その相手が、なんと、千春ちゃんだったの!
わたし、どっちを応援したらいいかわからなくて困っちゃった。
でも、小狼君が
「おまえが応援したい人をそのまま応援すればいいんじゃないか?」
って言ってくれたから、わたし、二人とも応援しちゃった。
ちょっと、優柔不断だったかなぁ?
試合の結果は、みさきさんの勝ち。
ほんとに白熱した試合だったんだ!
試合の後で千春ちゃんが「やっぱり、奇跡の新人(ルーキー)だわ」って言ってたの。
みさきさんって、そんなに凄い人だったんだ。わたし、知らなかったよぅ。
それで、表彰式が終わった後のお店の入り口。
「よっしゃー! よくやったー、みさきちーーっ!!」
「なー。た、珠代ちゃん……」
さっき、大声でみさきさんを応援してた人(珠代さんって言うんだ)がみさきさんに抱
き付いて大喜びしてる。
みさきさんは、喜んでいるような、困っているような複雑な顔してるの。
う〜ん、ちょっと声かけづらいなぁ。
そう思ってたとき、ちょうどみさきさんの目線がわたしのほうを向いたの。
「あ、さくらちゃん!」
みさきさんは、珠代さんからぱっと離れるとわたしのほうに来てくれた。
「みさきさん」
「さくらちゃん、応援してくれてありがとうね」
「あ、いえ。優勝、おめでとうございます!」
「うん。……でも、決勝の相手の子、さくらちゃんの友達やったんやね」
「はい。でも、すっごくいい試合だったし、千春ちゃんもすっごく満足してたとおもいま
す!」
「そうやね。私も、すっごく楽しかったよ」
みさきさんがにっこり笑う。
わたしも、つられて笑顔になる。
あ、そうだ。あのこと、謝っておかないとね。
「あの、みさきさん。さっきは、ほんとうにすいませんでした」
「さっきのこと?」
みさきさんは、思い当たることがないみたいに視線を宙に泳がせてる。
でも、すぐに思いついたみたいで表情がぱっと変わった。
「ああ、ぶつかった時のことやね?」
「はい。あのせいで、ヒカルが落っこちちゃって……」
「別にええよ。私、全然気にしてへんから」
「でも……」
「ホントにええんよ。さくらちゃん、ヒカル探すの手伝ってくれたし、私のこといっぱい
応援してくれたし」
みさきさんは、ヒカルを手に持ってにっこりと微笑んだ。
「そんなことより、私はさくらちゃんとお友達になれたんが嬉しい!」
お友達。
うん、そうだね。わたし達、もうお友達だよね!
「はい! わたしも、みさきさんとお友達になれて嬉しいです! それと、ヒカルとも!」
「うんっ、そうやね! わたしとヒカルとさくらちゃん、あと、虎太郎ちゃんも珠代ちゃ
んも李君も、みんなお友達やね!」
「はいっ!」
みさきさんの笑顔、とっても輝いてる。わたしも、あんな風に笑えてるのかな?
わたしから見てもかわいいもんね、みさきさんって。
それから、お別れの時。
みさきさん達、ちょっと遠くのほうに住んでるから、早めに帰らないと行けないんだっ
て。もうちょっとお話してたかったんだけどな。
あ、でも、一応連絡先は教えてもらったんだよ。
「ほな、さくらちゃん、またね!」
「はいっ! また会いましょう、みさきさん!」
お互いに手を振ってお別れ。
みさきさん、何度も振り返っては手を振ってくれたの。
だから、わたしも一生懸命手を振ってお見送りしたよ。
そして、みさきさん達の姿は駅の向こうに消えていった。
「行ったな」
小狼君が、ポツリと呟く。
「そうだね……」
わたしも、同じように答える。
「いい人達だったな」
「うん。楽しい人達だったね」
わたしは、夕焼けに染まり始めた小狼君の顔を見ながら言った。
「また、会えるかな?」
小狼君も、わたしの顔を見て微笑んでくれる。
「ああ。きっと会えるさ」
「そうだね」
もう一度会いたいなぁ。
みさきさんに、そして、ヒカルに。
そして、同じ時間を過ごしたい。
……そうだ。
「ね、小狼君」
「……なんだ?」
「今度の土曜日、時間あるかな?」
「ああ、特に予定はないけど……どうしたんだ?」
「うん。お買い物に付き合って欲しいなぁって思って」
「別に構わないけど、何を買うんだ?」
「えへへっ」
わたしは、わざと答えないで歩き始めた。
「お、おい、さくら!」
小狼君が慌ててわたしの後を追ってくる。
わたしは足を止めて、体を半分だけ小狼君のほうに向けた。
「会いに行くの! みさきさんとヒカルに!」
そう、わたしは会いに行きたい。
キラキラしてるみさきさんとヒカルに。
だから、すこしだけつきあってね!