「For you―――」

 

――2月13日 side−syaoran――
 俺は何をやっているんだ?
 今日は2月13日だ。それは分かる。
 バレンタインデーの前日だ。それも分かる。
 バレンタインデーと言うのは、女の子が男の子に普段のお礼や、色々な気持ちをこめて
チョコを送る日、前に山崎にだまされかけたからわかる。
 だとしたら、俺の前にある物はなんなんだ?
 この時期によく売られている調理用のチョコレート。ハート型、星型と様々にある型。
湯銭用のボール、etc、etc――
 気がつけば並んでいる、これらのものはなんなんだ?!
 べ、別にそう言った日だから、俺もアイツにそう言うものを渡そうとか、そうしたらア
イツが喜ぶかなとか、そう言ったことを考えているわけじゃなくて――
 いや、やめよう。
 いまさら自分にあれこれ言い訳したって仕方がない。
 そう思った俺は、目の前に置かれた調理用のチョコレートに手を伸ばした。

 

――2月13日 side−sakura――
「るんるん♪ るんるるん♪」
 鼻歌を歌いながら、わたしは溶かしたチョコレートを型に流しこんでいく。
 そう、明日はバレンタイン。普段お世話になっている人に、わたしの感謝の気持ちを送
る日。そして――
 わたしのいちばん大切な人に、わたしの想いをあげる日。
 ふふっ、喜んでくれるかなぁ?
 あ、いけないいけない、ぼぅっとしてないで数を数えなくっちゃ。
「これはお父さんのぶん、これがお兄ちゃんのぶん。こっちが知世ちゃんのぶんで……ケ
ロちゃんには、このくらいとって置けばいいかな?
 あ、雪兎さんのぶん、やっぱり、ユエさんと別々のほうがいいよね……」
 そう言って、チョコレートを指差し確認していく。やっぱり、こうやってあげる人のこ
と考えながらチョコ作るのって、楽しい。その人達の笑顔とか思い浮かべると、なんだか
あったかい気持ちになれるもん。
 チョコを確認してた指が、最後のチョコの前でぴたっと止まった。
「……あ」
 そう、このチョコは、あの人に送るためのもの。
 他の皆のももちろん大切だけど、これだけは別。わたしの、いちばん大切なチョコだも
んね!
 よーし! 固まったらデコレーション!

 

――2月14日 side−boy――
 朝の教室、そのドアを開ける。
 そこにはもうすでに何人かの生徒の姿がある。男子も女子もこころなしか落ち着きがな
いように見えるのは、やはり今日がそう言う日だからなんだろうか。
 かく言う俺も、はたから見たらそう言った奴らとおなじに見えるのだろう。
 それが証拠に、俺の斜め前に座っているこいつは、何やら楽しげな眼差しを俺に送って
きていた。
「おはようございます、李くん」
「おはよう、大道寺」
 いつも通りの挨拶を交わして、俺は席につく。前の席の主はまだ来ていない。まあ、い
つもの事だし、気にするほどの事でもないか。それよりも問題なのは、やはり目の前の
「李くん、今日はバレンタインですわね」
 と、やけに楽しげに話しかけてくる大道寺なのではないだろうか。
 あまりその話題に触れたくない俺は、適当に相槌を返す。
「ああ、そうだな」
「李くんは、もうチョコをもらわれたんですか?」
「……靴箱に、2つ入っていた」
「まぁ、さいさきのよいスタートですわね」
 ぽんっと手をあわせて笑う大道寺。ただ、こいつの場合これで終わらない。
「ところで、李くんはどなたかに渡されるんですか?」
「なっ?!」
 そう言われた途端、俺の顔が瞬時に真っ赤になる。
「なっ、なんのことだ」
 とりあえず、平静を装って言葉を返す。でも、こいつにそんなのが通じない事くらい、
百も承知だ。
 案の定、笑顔はそのままにきり返してきた。
「バレンタインに渡すもの、私、一つしか知りませんわ♪」
 そう、こいつは鋭い。たまに、本気で心を読まれているんじゃないかと思わせるくらい
だ。多分、こうして黙っている事で、大体の事は察してしまっているんだろう。
「そうそう、よい機会ですから、今のうちに渡しておきますわ」
 大道寺はそう言って、かばんの中から綺麗に包装された小さい箱を取り出した。
「さくらちゃんを助けていただいてありがとうござます、と、これからもさくらちゃんを
よろしくお願いいたします、の意味を込めまして」
 大道寺は、手の中の物を俺に差し出してそう言った。
 俺も、素直にそれを大道寺から受け取った。
「ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
 俺は受け取ったそれをかばんにしまう。
 中には、昨日作ったチョコレート。
 渡す相手は、まだ来ていない。

 

――2月14日 side−girl――
 その朝、いつも通りに寝坊してしまったわたしは、これもいつものようにわたしをから
かうお兄ちゃんと一緒にローラーブレードで学校に向かっていた。
 もぅ、ケロちゃんももう少し早く起こしてくれてもいいのに。でも、そう言ったら多分
ケロちゃん、「目覚ましで起きへんさくらが悪い!」とか言うんだろうなぁ。
 はぅ〜、やっぱり、昨夜遅くまでラッピングしてたのが悪かったのかなぁ?
 そんな事を考えていたら、いつのまにかいつもの交差点に来ていた。そこには、いつも
いるあの人の姿。
「おはよう、とーや、さくらちゃん」
 雪兎さんは、いつも通りの優しい笑顔であいさつしてくれる。
「おっす」
「おはようございます、雪兎さん!」
 これも、やっぱりいつも通り。
 でも、今日は一つだけいつも通りじゃないんだよね。
「あの、雪兎さん。これっ!」
 わたしは、小さな包みを2つ、雪兎さんに差し出す。
「……これは?」
「チョコレートです。今日、バレンタインだから」
 わたしがそう言うと、雪兎さんは思い出したように笑顔になった。雪兎さん、そう言う
こと気にしない人だから、きっと忘れてたんだと思う。お兄ちゃんだって、今朝、わたし
がチョコ渡すまでその事忘れてたもん。
「そういうことなら、喜んで」
 雪兎さんは、そう言ってわたしからチョコを受け取ってくれた。
「2つ……ということは、もしかして一つは『彼』に?」
「はいっ」
 『彼』っていうのは、もちろんユエさんのこと。ホントは手渡ししたかったんだけど、
わざわざ出てきてもらうのも悪いもんね。
「わかった、ちゃんと渡しておくよ。きっと喜ぶと思うよ」
「えへへっ、だったらいいんですけど」
「だいじょうぶだよ。それよりもさ……」
 雪兎さんは、そこまで言って一回言葉を区切った。
「さくらちゃんの本命チョコは、ちゃんと用意してあるのかな?」
「え……!?」
 そう言われて、わたしの顔は真っ赤になる。
 た、確かに、昨夜ラッピングにいちばん時間がかかったのはそれだし、いまもちゃんと
かばんの中に入ってるけど――
 雪兎さんにそんなこといわれるなんて思ってなかったよー!
 でもでも、ちゃんと渡したいな。
 今日は、特別な日だから。

 

――2月14日 side−seeker――
 もうすぐ、学校が終わるな。
 結局今日一日、もらう機会が多くてアイツに渡す時間が取れなかったな。
 さすがに人前じゃ恥ずかしいし、だからって言ってアイツを呼び出すのも同じようなも
のだ。
 だったら、探すのは今なんだけど――
 一体どこにいるんだろうな。
 もしかしたら、もう帰ったのかもしれない。出来れば、今日中に渡したかったんだけど
な。
 仕方がない。
 後でアイツの家に行ってみるか。

 

――2月14日 side−princess――
 あーあ、結局、チョコ渡せなかったなぁ。
 渡そうと思っても、わたしの他に渡す人がたくさんいて、なんだか渡しづらかったんだ
よね。やっぱり、いざとなると意識しちゃって、ほかに人がいると恥ずかしいんだよね。
 でも、学校で呼び出しちゃうのも、おんなじくらい恥ずかしいし。
 どうしよう。
 もう、うちに帰ってるよね。
 今日中に、渡したいのに。
 よし、決めた!
 うちに帰ったら、携帯で電話して待ち合わせしよう!
 ちょっと恥ずかしいけど、やっぱり今日じゃなくっちゃダメだもん!
 ようし、そうときまったら!

 

――2月14日 side−evening――
 夕暮れのペンギン公園。
 ペンギン大王の前で一人の男の子が手持ち無沙汰にうろうろしていた。
 立ち止まり、手に下包みを見てはため息をついて、どこともなくうろうろし始める。
 男の子がそうしているところに、一人の女の子がやってきた。
 女の子は、そうしている男の子を見つけると、驚いて声を上げた。
「小狼くん!?」
「さ、さくらっ?!」
 さくらも小狼も、お互いがそこにいると思っていなかったので驚いた顔で相手を見てい
る。
「小狼くん、どうしてここに?」
「さくらこそ、どうして……」
「ここ、わたしの家の帰り道だよ」
 そこで言葉が途切れ、お互い頬を赤らめたまま黙りこくってしまう。
 そして、沈黙に耐え兼ねたふたりが同時に声を出した。
「小狼くん!」「さくら!」
 言葉が重なり、お互い真っ赤になって言葉を失う。
「な、なあに? 小狼くん」
「い、いや、さくらが先で……」
「う、ううん、やっぱり小狼くんが……」
 小狼は、視線を落として何かを決意したように一つ頷く。
 さくらが不思議そうに見守る中、小狼はかばんのなかから「それ」を取りだし、さくら
に差し出した。
 差し出されたさくらは、不思議そうにそれを見る。
「……ほぇ?」
 これは何?とさくらの視線が語りかける。それを察した小狼は、視線を逸らしたまま一
言呟いた。
「チョコレート……今日、バレンタインだから……」
「……え…?」
 さくらは状況を飲みこめずにぽかんとする。だが、その意味を理解すると途端に騒ぎ出
した。
「え、ええっ?! こ、これ、わたしに!?」
「あ、ああ」
「でっ、でもでも、バレンタインって……」
「知ってる。でも……」
 そう言って、小狼の視線がさくらのほうを向いた。そこに、顔を赤くして戸惑った顔の
さくらが映る。
「迷惑、だったか……?」
「う、ううんっ! そんなことない、そんなことないよっ!」
 さくらは慌てて首を横に振って小狼の言葉を否定する。
「ちょっと、びっくりしちゃっただけで、その…」
「……そうか」
 小狼は、ふわりと微笑むとさくらに包みを差し出した。しかし、さくらはそれをさえぎ
る。
「あ、ちょっと待って!」
「?」
「あ、あのね、わたしも……」
 さくらはそう言いながら、かばんの中からかわいくラッピングされたチョコの包みを取
り出した。そして、小狼と同じようにそれを相手に差し出す。
「はい……バレンタインの、チョコレート」
「……おれに?」
 さくらは、こくりと頷いてそれに答える。
「ずっと渡したかったんだけど、上手く渡せなくって……
 小狼くんもわたしとおんなじだったなんて、ちょっとびっくりしちゃったけど」
「ああ」
「せっかくだから、交換しよう?」
「ああ、そうだな」
 さくらが小狼の、小狼がさくらのチョコレートをそれぞれ受け取る。
 質素な包みと、かわいらしいラッピングが二人らしさを表していて、なんだかおかしか
った。相手が同じ事を思っていてくれたのが、わけもなく嬉しかった。
 別れ際の二人の笑顔が全てのAnswer。
 バレンタイン。大切な人に、たいせつな気持ちを送る日。
 わたしのいちばんの気持ちを「For You」

 

〜fin〜

 


あとがき

 今回、生徒会準会員・祐馬さんのリクエストで書いたバレンタインSSです。
 多分、このくらいの時期になるんじゃないかな―、と思って書いた確信犯的SSです(おい)

 いや、題材は決まっていたのですが、色々他の事やったりインフルエンザにかかったり
してるうちに、きっちり予定通りの時期になってしまったというか…

 今回は特に難しい事は考えず、素直にさくらと小狼のほのラブを書きたいなって思いました。
幸い、題材は自由でしたので。祐馬さん、ホントにありがとうございます。
 それぞれの一人称と三人称を使った、初めての作品なのですが、いかがでしょうか?
 いや、二人をメインに書いてたから、一言しか出番のない桃矢兄がなんとも…

 ちなみにこの手法、財油さんから頂いた小説の手法を使わせて頂いています。
 すみません&ありがとうございましたっ!