七星勇者フェリスヴァイン
長崎県のとある山中。
風化した遺跡、その中にある祭壇のような広間にその黒衣の男はたたずんでいた。頭部
を覆い尽くす仮面をつけたその男――黒騎士――は、その祭壇の壁に刻まれた碑文のよう
なものに目を通していた。日本語はおろか、世界のどの文字にも当てはまらないであろう
その文を、黒騎士は苦もなく読み解いていく。
黒騎士「……やはりな」
黒騎士は碑文に刻まれた文を一通り読み終えると、なにかを理解したかのようにひとり
ごちる。
黒騎士「「炎」の封印、「風」の封印、「水」の封印の碑文と、やはり繋がりがある。
この「雷」の封印も、大いなる無色の力を指し示すものか……」
自分の仮説を確認するかのように呟くと、ここにはもう用はないとばかりに黒騎士は祭
壇の間を後にする。後には、雷をかたどったような紋章が刻まれた部屋と、その中で崩れ
落ちている巨大な馬の石像のみが残された。
山中の遺跡を抜け、その入り口となっていた森の中の広場に出た黒騎士。久方ぶりの陽
光に目を細める彼の視界を、黒い影が横切っていった。
黒騎士「……あれは……」
黒騎士はそれの正体を心に描くと、苦々しく舌打ちをする。
黒騎士「奴か……浅薄な」
はき捨てるように呟くと、後は我関せずとばかりにそばに控えさせていた自身の白き巨
大な従者の元へと歩を進めていった。
ソフトクリームを食べ終わった後、瞬は沙耶香に連れられて街中を案内されていた。先
ほど同様に強引に連れ回されていると言ってもいい。ただ、走っているか歩いているかの
違いである。ただ、沙耶香が本当に瞬を「案内しようと」歩いているおかげで、瞬はそれ
までには見られなかった町の様子を良く見ることが出来た。
確かに、今まで居た美空市とはまるで違う。よく知っている場所とはまるで違う「空気」
が瞬に自分が知らない町にいるのだということを実感させる。瞬はその事に素直に感動し
ていたが、やはり気になったことが頭から離れず、説明を続けていた沙耶香に声をかけた。
瞬「草薙さん」
沙耶香「……はい?」
沙耶香は途中で説明を止められ、きょとんとした顔になる。
沙耶香「どうかなさいました?」
瞬「草薙さん、待ち合わせしているって言う人に、会いに行かなくていいの?」
瞬のその言葉は少し前の早く別れたいと思っている気持ちから出たものではなく、本心
から沙耶香を心配したものだった。沙耶香は少し呆然として瞬を見たが、すぐにその顔に
笑顔が広がっていった。
沙耶香「ありがとうございます」
沙耶香は居住まいを正して瞬の方に向き直った。
沙耶香「……ですけど、いいんです」
瞬「いい、の?」
沙耶香「はい」
あまりにもきっぱりと言い切る沙耶香に、瞬が少々唖然となる。今までに話した感じで
は、沙耶香がそう簡単に約束を反故にするような子には思えなかったからである。
しかし、続く沙耶香の言葉が瞬をより驚かせた。
沙耶香「だって、もう会えましたもの」
沙耶香はたおやかに、そして本当に嬉しそうに微笑んでいた。まっすぐに瞬を見つめて。
瞬「そ、それって……?」
沙耶香「嬉しいですわ。思っていた以上の、純粋で素敵な方でしたから……」
沙耶香にまっすぐ見つめられ、瞬の鼓動がどんどんと早くなっていった。目の前の少女
に見つめられて、そして、その言葉の意味するところを知って。
二人の間に流れる、不思議で、それでいて穏やかな時間。
しかし、その時間は突如起こった地震と轟音でさえぎられてしまった。
瞬と沙耶香はそれに体制を崩し、そばに控えていたフェリスがすぐに身構える。
沙耶香「きゃっ」
瞬「な、何?!」
次の瞬間、瞬のビーストコマンダーが電子音を鳴らし通信が来たことを告げる。それは
間違いなく今の振動の原因、恐らくは暗黒の使徒の来襲を伝えるものであろう。瞬は困っ
たようにフェリスに目線を向ける。フェリスの目線は、沙耶香を撒いて早く迎撃に行こう
と伝えており、瞬もそれに同意して一つ頷く。
瞬が沙耶香を置いて飛び出そうとしたその瞬間、まるで先手を打ったかのように沙耶香
の呼びかけが聞こえてきた。
沙耶香「星崎君」
瞬「えっ!?」
沙耶香「さ、参りましょう。急ぎませんと」
瞬「え? ええっ!?」
沙耶香は戸惑っている瞬をよそに、肩掛けのバッグから瞬が左手につけているのと同じ
コマンダーを取り出した。それを見て、今度こそ言葉を失う瞬。
沙耶香はコマンダーを左手首につけ、それを天にかざす。
沙耶香「ドライブ・アウト!」
その沙耶香の言葉とともに、沙耶香のコマンダーの先端から黄の光が飛び出した。それ
は稲妻の如く地面に突き刺さり、辺りに閃光を振りまく。その場に居た誰もが目を伏せ、
光が収まったその後に一頭の白馬が姿をあらわしていた。
瞬が呆然とそれを見ていると、沙耶香はごく自然にその馬の元に歩み寄っていく。
馬「お呼びでしょうか、姫」
沙耶香「ええ。事の次第は聞いていますわね」
馬「はっ……」
沙耶香は満足げに頷くと、呆然としている瞬の方を振り返った。
沙耶香「紹介させていただきますわ。こちらが白き力の勇者『雷の勇者』エリオスです」
沙耶香に紹介された白馬が、主の言葉に応えて恭しく頭を下げた。さながら、人間の紳
士を思わせる立ち居振舞いで、白馬は瞬を見据える。
エリオス「お初にお目にかかる、フェリスのビーストマスター。私の名はエリオス。以後、
見知り置いてほしい」
瞬は、目の前の白馬が人語を話したことに、その正体を知りつつも驚く。そんな瞬を見
た後、白馬は瞬の足元に控えていたフェリスの方を見た。
エリオス「……久しいな、フェリス」
フェリス「……ああ。俺としたことが、お前の事に気づかなかったとはな」
フェリスが自嘲して呟き、エリオスがそれに「ふっ」と笑って答える。その様子を見て、
沙耶香は自身を指し示すように胸に手を当てた。
沙耶香「そして、私がエリオスのビーストマスター、草薙沙耶香です。
よろしくおねがいします、星崎君」
瞬「く、草薙さんが、ビーストマスター?!」
沙耶香「さ、参りましょう、星崎君。敵は待っていてはくれませんわ」
沙耶香はそういうと、軽やかにエリオスの背に飛び移った。そして、エリオスの上から
瞬に向かって手を差し出す。瞬は刹那戸惑ったが、すぐに表情を引き締め、その手を取った。
瞬「よろしく、草薙さん!」
沙耶香「はいっ!」
沙耶香は最上の笑顔で応え、瞬をエリオスの背に引き上げた。
沙耶香「さ、腰に手を回して、しっかり掴まってて下さいな」
瞬「う、うん」
瞬は気恥ずかしげに、そっと沙耶香の体に手を回す。
沙耶香「もっとしっかり掴んで頂かないと、落ちてしまいますわ」
瞬「う、うんっ」
沙耶香に促され、瞬は顔を真っ赤にしながら言われた通りにしっかりと沙耶香の体を抱
きしめる。顔が真っ赤になり、早鐘のように高鳴る鼓動が聞こえるのではと瞬は案じたが、
特に沙耶香に気にした様子はなく、瞬がしっかりと自分を掴んでいるのを確認した沙耶香
はエリオスを促した。
沙耶香「エリオス!」
エリオス「ハッ! 姫!!」
二人のビーストマスターを乗せたエリオスとフェリスは、敵が現れたその場所へと急い
で駆け出していった。
エリオスとフェリスがたどり着いたそこでは、すでに手足の生えた巨大なナマズのよう
な黒鍵獣が背にある六本の突起から電撃を撒き散らして暴れまわっていた。瞬と沙耶香は
その様子を見て表情を歪めると、すぐさまエリオスの背から飛び降りる。
瞬「フェリス!」
沙耶香「エリオス!」
フェリス「応っ!」
エリオス「ハッ!」
オォォォォォォッ!!
ヒィィィィィィンッ!!
フェリスの咆哮とエリオスの嘶きが辺りに響き渡り、それぞれの方向から真紅のスポー
ツカー・ウルフランダーと黄のスーパーカー・ホースストライカーが主の呼びかけに応え
てやってくる。フェリスとエリオスはそれぞれのビーグルマシンに向かって走り出す。
二人『ドライブ・オンッ!!』
フェリスが赤い光となってウルフランダーに飛び込み、エリオスが黄の光となってホー
スストライカーと一体となった。
二人『チェインジ!』
ウルフランダーの前半分、ホースストライカーの後ろ半分が180度展開して脚部を形
成、ウルフランダーのリア部とホースストライカーのフロント部が左右に分かれて肩を形
成、ホースストライカーは更に肩が展開して腕を形成する。ウルフランダーのサイド部が
腕を形成し、最後に頭部がせり上がってその目に光がともった。
変形を完了した赤き炎の勇者と黄の雷の勇者が電撃を振りまく黒鍵獣の前に立ちはだか
った。フェリスが手にした銃を構え、エリオスは胸の宝石から稲妻を放ち始める。
放たれた銃弾と稲妻が黒鍵獣に突き刺さり、小さな爆発を起こす。その爆発で気づいた
ように、黒鍵獣がフェリス達の方を振り返る。
フェリス「そこまでだ、暗黒の使徒!」
エリオス「おとなしく去るがいい。さもなくばその身、無に還る事になるぞ!」
?「クククッ……ようやく出てきやがったなァ!」
空から降ってきたその声に、二人は空を見上げた。そこにいたのは、見覚えのある戦闘
機と、その上に立つ四星士・ブリントだった。
ブリント「クックックッ、待ってたぜ、お前らが来るのをなぁ!」
フェリス「ブリント!」
エリオス「フン、随分と久しいな。私には敵わぬと逃げ出したものと思っていたぞ」
エリオスの挑発的な言葉に、ブリントはギリッと歯噛みする。このエリオスの言い方か
らすると、二人にはフェリスがブリントと相対する以前からの因縁があるらしい。
ブリント「ダレがテメェから逃げただとぉっ!!」
ブリントは激昂し、従えた黒鍵獣をけしかけようとギターに手を伸ばすが、自分の本来
の目的を辛うじて思い出し、弦にかけたピックをなんとか押しとどめる。
ブリント「……まあいい……そんなことを言いに来たんじゃねぇ……」
エリオス「貴様にしては殊勝だな。すこしは成長したと見える」
ブリント「……調子に乗って、減らず口きいてんじゃねぇぞ、テメェ」
元々、さほど強くもない堪忍袋の緒が切れたブリントは、戦闘機の縁を思い切り踏みつ
け、ビシッとエリオスを指差した。
ブリント「さっさと教えてもらおうか! バニシングポイントの、『大いなる無色の力』の
ありかをなぁ!!」
ブリントから聞かされたその言葉に、エリオスとフェリスはそろって首を傾げる。
エリオス「……バニシングポイントだと? 一体、何の話だ」
ブリント「しらばっくれてんじゃねぇ! テメェらが封印されてたこの島国にバニシング
ポイントの手がかりがあるのは分かってんだよ!!」
エリオス「相変わらず話の分からんヤツだ。知らぬものは知らん!」
フェリス「一体なんだ。そのバニシングポイントというものは」
ブリント「どうあっても言わねぇ気か……
だったら、力づくで吐かせてやるっ! ナマズロス!!」
かき鳴らされたギターのノイズに応え、ナマズロスと呼ばれた黒鍵獣は唸り声を上げて
フェリス達に襲い掛かった。
振り下ろされる両腕を、左右に飛び退ってかわすフェリスとエリオス。エリオスは地面に
降り立つと共に背中から西洋剣を取り出し、ナマズロスに斬りかかった。
エリオス「ナイトソード!」
雷を帯びたナイトソードを大上段に構え、ナマズロスの頭上に振り下ろすエリオス。確実に
捉えたと思われたその一撃は、ナマズロスに触れる直前で何かにぶつかったように紫電を
放ちながら阻まれていた。ナマズロスは障壁に阻まれているエリオスを振り払おうと腕を振り払う。
だが、それを阻もうとフェリスが飛び出す。
フェリス「ファイヤーシュート!」
反対方向から放たれた炎弾も障壁らしきものに阻まれるが、ナマズロスの意識をそらす
ことには成功し、その間にエリオスは振り払われた腕から逃れる。
エリオス「電磁バリアだと……面倒な……!」
フェリス「来るぞ、エリオス!」
ナマズロスの背の突起から、二人めがけて電撃が放たれる。その場から飛び退る二人
だが、電撃は二人がいる場所めがけて次々と放たれてくる。
電撃をかわしながら、フェリスとエリオスは視線を交わす。そしてお互い頷きあい、それぞれ
の武器を構えた。
フェリス「ウルフマグナム!」
エリオス「ナイトサンダー!」
ウルフマグナムが火を噴き、ナイトソードから電撃が放たれる。それは寸分違わずナマズ
ロスの同じ場所に着弾し、爆発が起こった。これならばと期待した二人だったが、煙の中
から現れたナマズロスには傷一つついていない。
フェリス「無傷、か」
エリオス「まったくもって面倒な」
二人の攻撃がまったく通じていないのを見て、機上のブリントは高笑いを上げる。
ブリント「ヒャーッハッハッハァ! 無駄だ無駄だぁ! そんな攻撃でナマズロスのバリ
アが破れるかよっ!」
その高笑いを不快に思い、舌打ちするエリオス。
その戦いを離れたところで見ていた瞬達だったが、瞬がはらはらとしながらそれを見ている
のに対し、沙耶香は驚くほど冷静に戦いを見つめていた。
沙耶香は、何かに気づいたように人差し指を頬に当てたポーズで瞬を振り返った。
沙耶香「ねえ、星崎君。あのナマズさん、あんまり動いてませんわね」
瞬「えっ?」
沙耶香にそういわれ、瞬は改めて戦いの様子に目を移す。言われてみれば、確かに
あまり動いていない。攻撃の際にもそうであるが、防御の時には微動だにしていないのだ。
沙耶香「もしかしたら、ですけど……あのバリアって、動いてると使えないのかも知れま
せんわね」
冷静に状況を分析している沙耶香を見て、瞬はただただ驚かされていた。自分と差ほど
年の変わらぬ少女が、自分よりも積極的にパートナーの力になろうとしていることに少なか
らずショックを受けていたというのもある。
瞬は沙耶香に触発されたかのように、左手のコマンダーに手を伸ばし、沙耶香を見る。
瞬「それじゃ、フェリスを合体させて……」
沙耶香「ええ。それで、エリオスが囮になれば倒せるかもしれませんわね」
瞬「うんっ」
沙耶香と頷きあい、瞬はコマンダーの合体スイッチを押す。しかし、押した途端にけたたましい
ビープ音が鳴り、瞬は慌ててコマンダーのディスプレイを覗き込んだ。その水晶ディスプレイには
「ERROR」の文字が表示されていた。
瞬「え、エラー?!」
それに続いて、コマンダーに通信が入る。
プラム『瞬君!』
瞬「プラムッ?!」
プラム『すみません、瞬君。今、バーストローダーは整備中で発進できないんです!』
瞬「ええっ!?」
プラム『今、急ピッチで発進準備をしていますが、後20分は……』
瞬「そんな……」
そのプラムの報告に、瞬は愕然とする。そうしている間もフェリス達は戦い続けており、
いまだに効果的な攻撃を加えることも出来ていない。自分がフェリスのために何も出来
ない悔しさで、瞬は拳をきつく握り締める。
沙耶香は心配そうに瞬を見つめていたが、やがて、何かを決意したかのように頷くと
穏やかに瞬に微笑みかけた。
沙耶香「星崎君」
瞬「草薙、さん?」
沙耶香「星崎君。フェリスさんが無理でしたら、私とエリオスで行きますわ」
なんでもないことのように提案する沙耶香。その様子があまりに普通すぎて、瞬はかえって
沙耶香が言わんとしていることが分からなくなる。瞬が戸惑っている間に、沙耶香はどこかに
通信を入れていた。
沙耶香「あの、BBS整備班ですか?」
?『その声、お姉さん!? どこに行ってたのっ!』
沙耶香「あら、リリィちゃんでしたの?」
リリィ『あら、じゃないわよっ! 今日が何の日か、覚えてるの?!』
沙耶香「まあまあ。それよりも、プラズマシャトルの準備はよろしいですか?」
リリィ『話を逸らさないで! ……て、ええっ?!』
沙耶香に怒鳴り散らしていたリリィだったが、その告げられた言葉の意味するところを知り、
通信機の向こうで慌てふためく。
リリィ『合体する気?! 正気なの!?』
沙耶香「ええ。それしか方法はありませんし」
沙耶香はそう言ってにっこり微笑むが、今度は戦闘中のエリオスから割り込みの通信が入る。
エリオス『なりません、姫!』
沙耶香「エリオス……」
エリオス『この程度の敵、姫が出られるまでもありません! どうか、ご自愛の程を!』
沙耶香「いえ。今、この状況を打破できるのは私たちだけです。
エリオス、合体します!」
リリィやエリオスの言葉にも頑として頷かず、沙耶香はコマンダーに手を伸ばす。
沙耶香の決意を知り、ついにエリオスとリリィも折れる。
リリィ『お姉さん、言わなくても分かってると思うけど……』
エリオス『……3分が限度です。それを過ぎたら、強制的に合体を解除させて頂きます!』
沙耶香「はい!」
沙耶香はにっこりと笑うと、瞬のほうを見る。自分を心配しているのであろう瞬を安心
させるために、沙耶香は務めて普段どおりの調子で笑いかける。
沙耶香「それでは、行って参りますね」
沙耶香はコマンダーに手をかけ、合体スイッチを押す。先端の宝石がまばゆい黄の光を
放ち、沙耶香はそれを空高く掲げる。
沙耶香「コマンド・ラン!」
エリオス「来いっ! プラズマシャトォォォォルッ!」
エリオスの呼びかけに応え、中空に雷が集まりシャトルの形を成していく。完全なシャトル
の形になったそれは、雷の膜を突き破ってエリオスの元へと降下していく。
両サイドのパーツが分離し、残った本体のフロント部がスライドし、リア部がスライド、左右
に分離して足を形成する。腰が180度回転し、機首が前に折れて胸部となる。
分離していたパーツが腕になり本体と合体、機首が折れた後から頭部が競りあがる。
エリオス「ハッ!」
エリオスが飛び上がり、車形態を経て背部パーツへと変形、背中に合体する。
沙耶香「ドライブ・オン!」
沙耶香の体が叫びと共に黄の光に包まれ、その光が胸のエンブレムに吸い込まれる。
瞳に緑の輝きが灯り、黄の装甲の巨人が動き出す。
『雷神合体! エリオスロォォォォォォドッ!!』
轟雷と共に、新たな姿をえた雷の騎士は大地へと降り立った。
フェリス「エリオス、それがお前の新たな姿か」
エリオスロード(EL)「……悪いが、余り話している余裕はない。時間がないのだ」
その言葉どおり、力を増したはずのエリオスロードには余り余裕が感じられない。対して、
その理由を知ってのことか、ブリントは余裕の表情でエリオスロードを見下ろしている。
ブリント「ケケケッ、知ってるぜぇ……テメェ、その姿じゃ3分と戦えないって事をなぁ!」
EL「黙れ! 2分とかからず倒して見せる」
そう言って、エリオスロードは両手首から刃を飛び出させ、それでナマズロスに斬りかかる。
EL「サンダーニードル!」
振り下ろされたサンダーニードルは、それまでと同じようにバリアで受け止められてしまう。
バリアを押し切ろうとするが、それを破るまでにはいたらない。
EL「くっ! おのれっ!」
沙耶香「エ、エリオス……そんな、力押しでは、いけませんわ……」
エリオスロードはいったんナマズロスから離れる。だが、ナマズロスに動きはなく、徹底的に
防御の構えを取っている。それに苛立ったエリオスロードは、肩を一部展開し砲門を開く。
EL「プラズマショット!」
両肩のプラズマショットから雷の弾丸が放たれる。それもバリアによって阻まれてしまうが、
エリオスロードはかまわず撃ち続けた。だが、そんなエリオスロードをあざ笑うかのようにプラズマ
ショットはことごとくバリアに跳ね返されてしまう。
EL「ちぃっ! はぁっ!」
フェリス「落ち着け、エリオス! 何をあせっているんだ!?」
EL「……クッ! 姫に労苦を強いていながら、私は、私はっ!」
フェリス「どういうことだ?」
リリィ『エリオスロードはね、不完全なのよ』
瞬とフェリスが同様に抱いていた疑問に答えるように、リリィが通信を開いてきた。瞬は
相手が合体前に沙耶香と話していた相手だと察して、続きを促す。
瞬「不完全って……?」
リリィ『プラズマシャトルのドライブ・オンシステムの欠陥でね、『白き力』の増幅率が悪
くて、不足分をビーストマスターから強制的に引き出してしまうの』
瞬「そ、それって……!」
リリィ『3分って言うのは、お姉さんの体力が合体に耐えていられる時間……
……お姉さんは今、恐ろしい疲労と虚脱感に襲われているでしょうね……』
瞬「そんな……っ!」
瞬はコマンダーから顔を振り上げ、戦っているエリオスロードを見た。
瞬(草薙さんは、それを知ってて……っ!)
瞬の脳裏に、合体する前に見せた沙耶香の笑顔が浮かんだ。その裏側にあった強い
決意と勇気を、瞬は改めて思い知らされた。
その沙耶香に、仲間として信じてもらった。思いを託された。
その思いが、瞬の中で熱い想いとなって湧き上がる。
瞬「フェリス! なんとか、そいつに攻撃をさせて!
エリオスロードと草薙さんを助けて!」
フェリス「おおっ!!」
エリオスと沙耶香の真実を同様に聞いていたフェリスも、その想いに応えんと飛び出した。
プラズマショットの乱射をバリアで抑えているナマズロスの後ろ側に回り込む。
フェリス(生半可な攻撃では、気を逸らすことも出来ない。ならば!)
フェリスは飛び上がると、背中の六本の突起に狙いをつける。
フェリス「ファイヤーシュート!」
フェリスの渾身のファイヤーシュートがナマズロスの背中で爆発を起こす。それにより
ナマズロスの体が揺れ、バリアがわずかに弱まった。その間隙を縫い、何発かのプラズマ
ショットがバリアを突き破り、ナマズロスの体に着弾した。
グォォォォォッ!
苦悶の声を上げるナマズロス。その様子をブリントとエリオスロードが唖然として見ていた。
フェリス「……忘れるな。ここには、俺達もいることをな!」
EL「フェリス……」
フェリスの言葉は、エリオスとブリント、両方に向けられたものだった。エリオスはその言葉に
我を取り戻したように落ち着く。そんなエリオスを見て、沙耶香は激しく息を切らしながらも
「くすっ」と笑う。
一方、余計な茶々を入れられて面白くないのがブリント。すぐに頭に血が上って、ナマズ
ロスをけしかけんとギターをかき鳴らし始める。
ブリント「たいした力もねぇのに、ちょこまかすんじゃねぇぇっ!」
ブリントの命令に答え、ナマズロスはフェリスに向かって電撃を放つ。だがフェリスはそれは
すでに見切ったといわんばかりに軽々とよけていく。ブリントの意識がフェリスに向いていた
その一瞬の間に、エリオスロードは両手の刃を構えて飛び掛っていた。
ブリントはエリオスロードに気づいてナマズロスに防御させようとしたが、それよりも早く
エリオスロードのサンダーニードルがナマズロスを切り裂いていた。
ブリント「は、早えぇ……」
EL「フン。しばらくぶりで、私の速さを忘れていたか」
エリオスロードはもう一太刀加えようと右腕を振るが、それはナマズロスのバリアで
阻まれる。いったんナマズロスから離れたが、そこで、自身の体内にいる沙耶香の異変に気づく。
沙耶香「はぁっ……はぁっ……!」
EL(ッ!? 姫っ!)
沙耶香の息がいよいよ荒くなり、体力の限界が近づいていることを知らせていた。
沙耶香のコマンダーに示された時間も残り少なくなっている。
EL「フェリス……」
フェリス「エリオス?」
EL「もう、時間がない。頼む、私に、後一撃を加える隙をくれ……!」
エリオスロードの真剣な懇願に、フェリスは一も二も無く頷いた。
フェリス「……まかせろ!」
言うが早いか、フェリスはすぐにナマズロスめがけて飛び出していく。それを見送った
エリオスロードも、必殺の一撃のために両腕のサンダーニードルに力を注ぎ始める。
フェリスは、体が小さいがゆえの身軽さで右左にと飛び回りマグナムの弾をばら撒く。
それをバリアで防ぐナマズロス。そうやって敵を釘付けにしつつ、フェリスはナマズロスの
背後に回りこんだ。
フェリス(ヤツの弱点は、あの突起!)
飛び上がったフェリスの胸のエンブレムに炎が宿る。
フェリス「食らえ! ファイヤーシュート!」
本日何発目かも分からないファイヤーシュートがバリアを生み出している六本の
突起を捉えた。爆発が巻き起こり、バリアが弱まる。その瞬間をエリオスロードは
見逃さなかった。
EL「フェリス、退け!」
声に従い、すぐにナマズロスから離れるフェリス。
エリオスロードがまっすぐ突き出した2本のサンダーニードルの間に稲妻が走り始める。
EL「プラズマチャージッ!!」
いくつもの円環状の稲妻が2本のサンダーニードルを取り囲み、その中に高密度の
プラズマエネルギーが生み出された。
EL(姫、今しばらくのご辛抱を!)
EL「サンダァァァァッ! ジャベリンッッ!!」
邪悪なる獣めがけ、巨大なる雷の槍が敵を滅ぼさんと解き放たれた。