七星勇者フェリスヴァイン
そこは、町の高台にある公園だった。
月明かりと静寂、街灯の灯りのみが周囲を統べる中、一人の少女が静かにたたずんでい
た。少女――リリィ――は、沈んだ瞳で眼下の町を見下ろしていた。目元には涙の跡が渇
かずに残り、その表情にはただ虚脱したような疲労だけが浮かぶ。
リリィの口から、BBSを飛び出してから何度目か分からないため息が漏れる。
投げ出してしまった。逃げ出してしまった。弱さを、見せてしまった。
常に強気を保ち自信を持ち、子供だからと舐められないように気を張り詰め続ける。そ
れが、幼くして責任ある重要な仕事を任されたリリィが、大学時代より学んでいた処世術
だった。実際、ここまでは問題なくプロジェクトを進めてこられた。
だが、それは結局、孤独なやり方。いざ大きな壁にぶつかってしまった時に頼れる人が
いない。頼り方も分からない。
重大なプロジェクトを自分が進めていたのだと言うささやかなプライドも、壊れてしま
った。
乾き始めていた瞳に、またも涙が込みあがってくる。
リリィ「パパ……ママ……」
辛くて、リリィは別の国で科学者の仕事をしている両親の名を呼んだ。こんな時だから
こそ頼りたい人が、こんな時だから甘えたい人が、ここにいない。
リリィの頬を、涙が伝う。
沙耶香「……やっぱり、ここだったんですのね」
突然、後ろから聞きなれた声が響き、リリィは肩を震わせる。恐る恐る振り返るとそこ
には、優しい笑みをたたえた沙耶香と、息を切らせてその後を追ってきた瞬の姿があった。
リリィは目をこすって涙を隠し、なおも意地を張って睨み付ける。
リリィ「……何しにきたの」
沙耶香「心配しましたのよ。急に居なくなったって聞きましたから……」
リリィ「どうせ、私を連れ戻しに着ただけでしょ?」
リリィは、勤めて声のトーンを抑えながら話す。だが、声にして言葉を出したことで、
収まってきたはずの激情が再び蘇ってきてしまった。それを抑える術を知らず、リリィは
感情のままに叫ぶ。
リリィ「もう放っておいてよ! どうせ、私がいたって何の役にも立たないんだから!」
沙耶香「リリィ、ちゃん?」
思いもかけず強い口調で言葉を叩きつけられ、沙耶香は驚いた顔でリリィを見る。そん
な沙耶香をみてリリィは僅かに胸が痛んだが、あふれ出る感情は激しい流れのように止め
がたいものだった。
リリィ「どうせ、お姉さんだって私が子供だってバカにしてたんでしょ!
年下のクセに生意気だって、そう思ってたんでしょ?!」
沙耶香「そんなこと思ってませんわ! 私は……!」
リリィ「私だって分かってたわよ! でも、でもっ……!」
涙をぬぐう事もせず、感情を抑える事もせずに、リリィはただ激情を沙耶香にぶつけ続
ける。もう、自分が何を口にしているのかも理解していないだろう。沙耶香も、そんなリ
リィにかける言葉が見つからずに、ただ戸惑う。
瞬「寂しかったんだよね、リリィちゃん」
悲しみと激情に包まれかけていたそこに、別の所から異なる風が吹き込んできた。
リリィ「っ?!」
沙耶香「……星崎君」
リリィも沙耶香も、驚いて瞬の方を振り向く。リリィはそれに少し気を抜かれたのか、
少し落ち着いて瞬をにらみつける。
リリィ「な、なによ……」
瞬「リリィちゃん、すごく頑張りやなんだね。ホントは甘えたいのに、どう甘えていいか
わからなくて」
リリィ「あ、あなたに何が分かるのよ!」
リリィは、図星を突かれたからか、ややムキになって叫ぶ。だが、瞬はそれをやんわり
と受け止めながらあっけらかんと返す。
瞬「……分からないよ」
リリィ「は……?」
余りにあっさりと返されたその言葉に、リリィは毒気を抜かれたようになってしまう。
瞬は、やわらかく微笑みながら言葉を続けた。
瞬「でも、草薙さんや他の皆が、リリィちゃんを凄く頼りにしてるんだな、って言う事は
ボクにも分かるよ」
リリィ「……え?」
瞬「ボクも、リリィちゃんのこと、すごいなぁって思うよ。
だって、あのプラズマシャトルだって、リリィちゃんが作ったんでしょ?」
リリィ「え、ええ……でも……」
所詮は欠陥品。そう続けようとしたリリィだったが、瞬のまなざしがそれを否定する。
そんなことはないんだと、そのままのリリィを肯定する。
瞬「リリィちゃんから見たら、ボクはホントに役立たずなんだろうね。一人じゃ何にも出
来ないんだから。だから、いつも皆に助けてもらってる」
瞬は、少し苦笑しながらそう言った。でも、それは違うとリリィは感じ始めていた。瞬
が役立たずなはずがないと。だって、そのまなざしを受けているだけで、あんなに乱れて
いた心が落ち着いてきている。ぬくもりに包まれる。
そんなリリィの心を知ってかしらずか、瞬は言葉を続ける。
瞬「けど、リリィちゃんも、もっと皆に頼ってもいいと思う。皆も、リリィちゃんの力に
なりたいって思ってるはずだよ」
リリィ「でも、私……頼る、なんて……」
瞬「ふふっ。さっき、草薙さんに甘えてたでしょ? 素直に弱音吐いてさ」
リリィ「あ……」
瞬「だから……」
瞬はリリィに近づき、頭にぽんっと手を置いてそっとなでる。リリィはくすぐったそう
にしながら瞬を見上げ、瞬もリリィ眼差しを受け止める。
瞬「いいんだよ。皆に甘えても」
ひとしずく、涙が流れる。
許されたような気がした。救われたような気がした。甘えてもいいと、頼って欲しいと
暖かな手を差し伸べられたような気がした。
気がつくと、もう涙はとめどなく流れていて。込みあがってくる、今まで押さえ込んで
きた寂しさが叫びとなって湧き上がってきて。
ごく当たり前に、リリィは瞬の胸にすがり付いていた。
リリィ「うわあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
寂しさを、辛さを洗い流すように、リリィは泣く。
想いを吐き出すように泣き喚くリリィの頭を、瞬は優しくなでてあげた。その様を見つ
めていた沙耶香も、つられるように溢れてきた涙をそっと拭う。
そんな沙耶香の元に倉之助がそっと近寄り、何かを沙耶香に耳打ちした。それを聞き、
沙耶香は目を丸める。
沙耶香「それは本当ですの?」
倉之助「はい。そのためにも、羽丘主任の力が必要だと……」
沙耶香「そう……でも、あと、少し……」
もう少しだけ、あのままで。その沙耶香の思いを酌み、倉之助は一礼して下がる。その
時、夜空を一条の流れ星が駆けた。沙耶香は、その流れ星にリリィが明るい笑顔を見せら
れる未来を願う。
沙耶香「……?」
沙耶香がその違和感に気づいたのはすぐだった。いつまで経ってもその流れ星は消えず、
それどころかどんどんと大きくなっていく。だんだんとこちら側に近づいてくるそれの中
に、一匹の獣のような影を認めたのはすぐの事だった。
沙耶香「星崎君! リリィちゃん!!」
沙耶香が叫び、倉之助が駆け出し、瞬とリリィが沙耶香のほうを向く。それらの動作と
同時に、辺りに凄まじい衝撃と轟音が響き渡った。巨大な獣が大地を踏み砕き、その破片
が周囲へと飛び散る。
その一つが瞬とリリィに襲い掛かる。が、瞬時に倉之助が瞬達と瓦礫の間に割って入り、
あろう事か突き出した掌底一発でその瓦礫を粉砕してしまう。
倉之助「草薙流空仁術、剛法・破竹」
倉之助はこともなげにスーツについたほこりを払うと、瞬達の方を振り返った。
倉之助「瞬殿、羽丘主任。お怪我はありませんかな?」
瞬「は、はい……」
あまりといえばあんまりな状況に、瞬はあっけに取られながら返事をする。そんな瞬を
よそに、倉之助はリリィのほうを向く。
倉之助「羽丘主任、BBSまでお戻り下さい。プラズマシャトルの改良点が見つかったそ
うでございます」
リリィ「ほ、本当?! 私がずっと探してても見つからなかったのに……」
倉之助「ついては、羽丘主任に機体とOSの最終調整をお願いしたいとの事。
プラズマシャトルを最も理解しておられるのは羽丘主任でございますから」
リリィ「私が……?」
リリィは、少し不安そうに瞬を見上げる。瞬は、そんなリリィを勇気付けるように力強
く頷いて見せた。それに、リリィも微笑んで答える。そこには、もう寂しさの影などかけ
らも残っていなかった。
いつものように自信に満ちた、それでいて清々しい顔で倉之助に振り向く。
リリィ「わかったわ。急いで連れて行ってちょうだい」
倉之助「は、かしこまりました」
リリィ「お兄さん、お姉さん……」
リリィは瞬と沙耶香のほうを向き、少し逡巡して、それでも、何も飾らない素直な心で
言葉をつむぐ。
リリィ「ごめんなさい。それから……ありがとう」
瞬と沙耶香は不意に顔を見合わせ、どちらからともなく微笑んでリリィに応えた。
瞬「がんばって、リリィちゃん」
沙耶香「リリィちゃん、信じていますわ」
リリィ「……待ってて。すぐに最高のプレゼントを届けてあげるから」
リリィはそう言って微笑むと、倉之助と共に足早にその場を立ち去っていった。それを
見送ってから二人は、改めて街中で狂ったように咆哮を上げ続ける黒い獣形ロボットを見
上げた。
獣が咆哮を上げるたびに、周囲の建物にヒビが入る。街灯が割れ、街が闇に包まれてい
く。その狂獣が破壊を撒き散らすそこにむかって、赤と黄の二台の車が夜闇を引き裂いて
疾走していった。2台の車――フェリスとエリオス――は獣の前でロボットに変形し、そ
の前に立ちはだかった。
フェリス「現れたな、黒鍵機!」
エリオス「我らが来た以上、好きにはやらせん!」
フェリスはウルフマグナムを、エリオスはナイトソードをそれぞれ構えて、黒いライオ
ン型の黒鍵機に向き合う。が、二人が完全に構えきる前に、黒鍵機は二人めがけて飛び掛
ってきた。黒鍵機が振り下ろす爪を左右にかわすフェリスとエリオス。すれ違いざまにマ
グナムを数発発射するが、それらは全て黒鍵機の外装に弾かれる。
エリオス「ならばっ!」
ナイトソードより、ナイトサンダーが放たれる。剣から放たれた雷は狙いたがわず獣の
外装に突き刺さる。だが、黒鍵機は何事もなかったかのように叫び声を上げた。
エリオス「おのれっ!」
フェリス「クッ、やはり、パワーが足りないか!」
攻撃がまるで効かないことに舌打ちしつつ、二人はそれでも黒鍵機へと向かっていく。
そんな二人の様子を、瞬と沙耶香はハラハラとしながら見守っていた。瞬は、普段ビース
トコマンダーをつけている左手首を、右手で強く握り締める。
コマンダーがあれば、フェリスを合体させる事が出来るのに。瞬がそんなことを思った
とき、瞬達の元へ誰かが駆け寄ってきた。その人影、メイド服に身を包んだ女性の姿に気
づいた瞬は、驚きと期待とに顔を輝かせる。
瞬「プラム!」
プラム「瞬君、沙耶香ちゃん! ビーストコマンダーを預かってきました!」
プラムは叫びながら、二つのビーストコマンダーを放り投げる。瞬と沙耶香はそれを受
け取り、すばやく左腕に装着する。瞬は沙耶香に一つ頷いて見せると、力強くプラムの方
を向き直った。
瞬「プラム、行くよ!」
プラム「はいっ!」
瞬「コマンド・ラン!」
フェリス「オオオッ! バーストローダー!!」
亜空間を突き破り、バーストローダーがフェリスに向かって突き進む。バーストローダ
ーが変形し、それにビークルモードのフェリスが合体。さらに、瞬がドライブ・オンし、
その目に明かりがともった。
「爆炎合体! フェリィィィスヴァイィィィン!!」
合体を完了させたフェリスヴァインは、両肩から二振りのヴァインブレードを取り出す。
さらに、両肩のバーニアをふかしながら黒鍵機めざして突き進み、剣を振り下ろす。だが、
黒鍵機は後ろに跳び退ってそれをかわすと、着地と同時にフェリスヴァインに襲い掛かっ
てきた。自身に迫る牙を、フェリスヴァインは刀を交差させて防ぐ。
FV「ッ!?」
思いもかけない強い力に、刀を持つ手がギリギリと押され始める。フェリスヴァインを
噛み砕こうとする黒鍵機に、エリオスがナイトサンダーを放つ。それが顔面に直撃する瞬
間に飛び退る黒鍵機。続けてフェリスヴァインがフレイムシューターを放つが、黒鍵機は
それも避け、建物の間を跳躍、ビルの頂上に着地し二人を見下ろす。
FV「早いっ!」
プラム『今までの黒鍵機とは比較にならない性能です。気をつけて!』
黒鍵機「クックック……ヒャーハッハッハッハァ!」
頭上の黒鍵機から響き渡った、聞き覚えのある高笑いに、フェリスヴァインとエリオス
が顔色を変えた。
エリオス「キサマ……ブリント!」
ブリント「ヒャッハハハハッ! こいつが黒鍵機だと? バカ言ってんじゃねぇよ
こいつはな、暗黒の使徒に6機しか存在しない『暗黒六柱神(ダークネスヘキサ)』
の一機なんだよ!」
フェリス「ダークネスヘキサ!?」
ブリント「暗黒の使徒で頂点に存在する6機! こいつはその中の一機、ダークネスヘキサ
グラールレオンだぁァッ!!」
その黒い獅子型のダークネスヘキサ・グラールレオンはブリントの咆哮に応えるように
夜空に向かって吼える。前足の肩口と背にマウントされていた4門のキャノン砲が地上の
フェリスヴァイン達に狙いを定める。
FV「まずいっ! エリオス!!」
エリオス「チィッ!」
二人がバラバラに駆け出したと同時に、グラールレオンのキャノン砲が火を噴いた。頭
上から降り注がれる砲撃の雨を、ホバーを駆使し、縦横無尽に跳躍を繰り返して、二人は
それをかわし続ける。
自分に迫った砲撃を跳躍してかわすエリオス。だが、着地したエリオスの背後にはすで
にグラールレオンの姿があった。
エリオス「グッ!」
とっさに構えたナイトソードも空しく、エリオスはガードの上から殴りつけられ、建物
に叩きつけられる。
FV「エリオスッ!」
フェリスヴァインはバーニアとホバーを全開にしてグラールレオンに斬りかかる。その
斬撃をグラールレオンは跳躍して回避し、飛び越しざまに肩のキャノンを連射した。迫る
殺気を感じたフェリスヴァインはバーニアで強引に振り返り、二刀を巧みに操って迫る砲
撃を捌ききる。
FV「フレイムシューター!」
胸にある狼の口から炎弾が走る。それはグラールレオンが地面に着地した瞬間に着弾、
黒の獅子は瞬く間に爆炎に包まれる。
当たりはしたものの、決定的なダメージは望めない。フェリスヴァインは気を抜くこと
なく二刀を構え、炎の中に目を凝らす。叩きつけられた建物の中からようやく立ち上がっ
たエリオスもそれに習う。
が、晴れ行く炎の中から現れたグラールレオンの姿に、二人は言葉を失った。
瞬『き、効いてない?!』
瞬の言葉どおり、グラールレオンには傷はおろか、焼け焦げ一つ付いてはいなかった。
よく目を凝らすと、機体の表面付近がわずかに放電しているのが見られる。
エリオス「電磁シールド! この前の黒鍵獣と同じものか!」
ブリント『カンがいいな、その通りだぜ!
このグラールレオンはな、生物を取り込んで滋養にし、その能力を使うことが
できるんだよ!!』
FV「あの黒鍵獣をエサにしたのか……!」
言いようもない嫌悪感に眉をひそめるフェリスヴァイン。相手が心持たぬただの生物兵
器であったとしても、やるせなさを感じてしまう。
ブリントはそんなことを意に介さず、グラールレオンは身をわななかせる。グラールレ
オンの上げる咆哮に呼応して、関節の隙間から、口から、砲口から光が漏れ出した。そこ
からあふれ出す力が、空気を震わせていく。
ブリント『さァ……こいつでスクラップにしてやるぜェ……』
FV「ッ!?」
ブリント『くたばれェッ! ヘルヒート・スタンピィィィィトッッ!!』
ブリントの咆哮と共に、グラールレオンから光が爆発し、無数の光球フェリスヴァイン
とエリオスめがけて殺到した。空間を焼き尽くしながら我先にと迫る光球から避ける術は
なく、二人が剣を構えた次の瞬間、二人は光の奔流に飲み込まれた。
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
二人の叫びが、光の中に掻き消えていく。刹那の後に光は晴れる。
着弾点の付近は至る所に無数の穴が穿たれ、その中心には2体のロボットが、あちこち
から煙を上げて立ち尽くしていた。
フェリスヴァインの装甲には幾筋もの亀裂が入り、それに庇われた形になったエリオス
も、ボロボロの体で剣を杖代わりにようやく立っている状態だった。
グラールレオンが肩で息をし、それでもブリントは消耗感の中でほくそえむ。
ブリント『ヒ、ヒャハハッ……さあ、トドメを、刺してやるっ』
FV「ま……まだ、だっ!」
フェリスヴァインは力を振り絞り、刀を構える。だが、縦横無尽に疾駆しその爪と牙で
襲い掛かるグラールレオン相手では分が悪い。しかも、より深い傷を負ったエリオスをか
ばいながら戦っているため、どうしても防戦一方になってしまう。
沙耶香は、遠くからその戦いを見つめることしか出来ないながらも、拳を握り締め、た
だ辛抱強くそのときが来るのを待っていた。握りこんだ掌に汗がにじむ。葛藤と焦燥を奥
歯を噛み締めて飲み込む。
沙耶香の頬を一筋の汗が伝った時、左腕のコマンダーから待ち望んだコール音が鳴り響
いた。沙耶香は、すばやくコマンダーで通信を繋ぐ。
沙耶香「はい!」
リリィ『待たせたわね。プラズマシャトル、いつでも行けるわよ!』
コマンダーの向こうから聞こえる自信に満ちた声に、沙耶香は表情をほころばせた。だ
が、次に幾分自信なさげな声がコマンダーから伝わってくる。
リリィ『……ただ、テストも無しのぶっつけ本番だから100%確証は……』
コマンダーの向こうですまなさそうにしているリリィの姿が見えるようで、沙耶香は胸
を暖かくした。リリィのこんな言葉は初めて聞いたから、頼られて、甘えられているのを
感じられて、不思議な力が沙耶香の心に満ちていく。
だから、自信を持って答える。
沙耶香「大丈夫。私は、いつだってリリィちゃんのことを信じておりますわ」
リリィ『……ありがと』
沙耶香「……参りますわよ、エリオス!」
高らかに叫び、沙耶香はビーストコマンダーを高々と空に掲げた。コマンダーの先端か
ら、黄の光がまばゆく放たれる。
沙耶香「コマンド・ラン!」
エリオス「来いっ! プラズマシャトォォォォルッ!!」
雷の中よりプラズマシャトルが現れ、ロボットへと変形、エリオスもビークルモードと
なってそれに合体する。
沙耶香「ドライブ・オン!」
沙耶香が黄の光に包まれて、胸のエンブレムに吸い込まれる。光を取り込んで、瞳に緑
の光が点った。
『雷神合体! エリオスロォォォォォォドッ!!』
闇夜を裂いて、雷の騎士が炎の侍の前に降り立つ。
フェリスヴァインを切り裂かんと爪を振るう漆黒の獣を、雷の騎士は掌底を繰り出して
打ち据える。グラールレオンは地面に叩きつけられ、道路を転げまわった。
FV「エリオスロード……」
瞬『……草薙さん』
フェリスヴァインが半ば呆然と見守る中、エリオスロードが、ただ静かに佇む。
EL「姫、お加減はいかがですか?」
沙耶香『ええ、実に良好ですわ、エリオス』
けして無理のない、普段と変わらぬ朗らかな調子の沙耶香の声がエリオスロードの中か
ら伝わる。エリオスロードもまた、これまでの合体とは比較にならないほど体の隅々まで
力がいきわたっているのを感じていた。
リリィらの努力がついに実り、エリオスロードは今ここに、真の完成を見たのである。
エリオスロードが自身の力を噛み締めている間に、倒れていたグラールレオンが起き上
がる。
沙耶香『エリオス……存分に』
EL「ハッ……姫!」
エリオスロードの両腕に二振りの刃・サンダーニードルが生まれる。エリオスロードは
両腕の刃に紫電を纏わせ、グラールレオンに向かって斬りかかって行った。対するグラー
ルレオンも、エリオスロードを切り裂かんと飛び出していく。
ブリント『このっ、くたばり損ないがァァッ!!』
EL「今夜はとことんまで付き合ってやる。今宵の私は、加減を知らんぞ!」
振り下ろされた爪を左のニードルで受け止め、間髪いれずに右のニードルを突き出した。
グラールレオンは残る前足の爪でニードルを防ぎ、刺突の勢いのままに後方へと飛んでい
く。地面に着地したエリオスロードは間髪いれずにプラズマショットを発射、グラールレ
オンは電磁シールドを展開するも、着弾の衝撃でさらに上空へと飛ばされる。
ブリント『ンのっ、クソがぁぁ!』
空中で体勢を整えたグラールレオンは、両肩と背のキャノン砲をエリオスロードに向け
て乱射する。迎撃も回避も叶わぬほどに殺到する砲撃の嵐に向けて、エリオスロードはニ
ードルを消した両腕を突き出した。
EL「プラズマディフェンダー!」
腕の装甲の一部が展開し、エリオスロードを守るように電磁の障壁が形成される。殺到
する砲撃は全て障壁に遮られ、爆煙の向こうからは無傷のエリオスロードが姿を現した。
地面に降り立ったグラールレオンの中で、ブリントはわなわなと震えだす。
ブリント『てめぇも、持ってやがったのかッ……!』
EL「言ったはずだ。今宵の私は加減を知らん」
憮然と言い放つエリオスロードの中で、沙耶香はくすりと笑みを漏らした。
プラズマディフェンダー。
エリオスロードが誇る、いかなる攻撃をも遮る電磁の障壁である。少しばかりエネルギ
ー消費が多いのが欠点だが、その代わりに絶大なる防御力を誇る。沙耶香に大きな負担が
かからなくなったからこそ、使用が可能となったのだ。
ブリント『ガァァァァァァァッ!!』
プラズマディフェンダーを解除したエリオスロードに向かって、再びグラールレオンが
襲い掛かる。周囲の建物を使い多角的に攻めてくる黒の獣に対し、エリオスロードはサン
ダーニードルを構えてその攻撃を捌いていく。爪をニードルで防ぎ、砲撃をかわし、敵の
動く先にニードルを振るう。
夜の街を、黄と黒の影が縦横無尽に疾駆した。
何度かの打ち合いの後、グラールレオンを捉えたと思われた大振りの一撃がかわされる。
エリオスロードが一瞬、だが、致命的な隙を生み出してしまった。プラズマディフェンダ
ーを展開する間もなく、キャノン砲の直撃を受けてしまう。
EL「ぐぅっ!?」
直撃を受けよろけたエリオスロードに、グラールレオンが追撃を仕掛ける。しかしその
瞬間、エリオスロードの後方から飛来した炎の弾がグラールレオンを吹き飛ばしていった。
振り返ったエリオスロードのすぐ近くに、バーニアをふかしたフェリスヴァインが降り立
つ。
FV「大丈夫か?」
EL「すまん、助かった」
沙耶香『お二人とも、来ますわ!』
沙耶香の声に二人が振り返ると、身を竦めたグラールレオンの体から再び光が漏れ始め
ていた。それが表すものを瞬時に感じ取り、二人は身構える。やがて、グラールレオンの
全身が凶悪な光に包まれた。
瞬『く、来るっ!』
沙耶香『エリオスっ!』
EL「しのいだら仕掛ける! フェリスヴァイン!」
FV「ああ、任せたぞ、エリオスロード!」
エリオスロードが一歩前に出て、両腕を突き出し、その装甲を展開させる。フェリスヴ
ァインも腰を落とし、胸の狼の口に炎の力を集中させ始める。
そして、ついにグラールレオンのその一撃が放たれた。
ブリント『ヘルヒート・スタンピィィィィトッッ!!』
グラールレオン最凶の破壊奥義が、無数の光弾となって二人の勇者を飲み込まんと殺到
する。凶悪な光の奔流を凌ぎきるべく、エリオスロードはその両腕から自身の力を解き放った。
EL「プラズマディフェンダーッ!!」
展開される電磁の障壁。その次の瞬間に光の奔流が二人を飲み込んでいく。爆発音が空
気を引き裂き、爆発が辺りを昼さながらに照らし、破壊が周囲を蹂躙していく。
そのなかで、エリオスロードはただひたすらに障壁を維持し続けていた。
EL「グ、オ、オォォォォォ……ッッ!!」
光弾が着弾するたびに障壁が軋む。今にも分解してしまいそうなそれを、あらん限りの
力を注ぎ込んで維持し続ける。中の沙耶香も、額に玉の汗を浮かばせてこらえ続ける。
やがて、グラールレオンが纏った光を全て撃ち出し、肩で息をし始めた時、勇者たちの
周囲の光もゆっくりと薄らいでいく。グラールレオンがそれを確認しようと目を凝らした
時、その中心に、凶悪な赤い炎が一気に燃え上がった。
FV「炎狼砲技! フェンリルバァァァァストッ!!」
グラールレオンめがけて、絶対的な破壊力を秘めた炎の顎が放たれた。空間を灼きなが
ら炎の狼は瞬く間に黒の獣がいた場所を嘗め尽くしていく。
だが、炎が掠めるよりも一瞬早く、グラールレオンは空へと脱出していた。眼下を見下
ろし、舌打ちするブリント。だが、フェリスヴァインはまるでそれを予測していたかのよ
うに空を見上げていた。
ブリント『……何?』
EL「もう一度だけ言う」
ブリント『ッ?!』
グラールレオンのその更に上、三日月を背負ってエリオスロードが天を舞っていた。ま
るで時が止まったかのように二機は中空で対峙する。
EL「今宵の私は、加減を知らん!」
沙耶香『エリオス!』
EL「プラズマチャージ!!」
突き出された二本のサンダーニードルの間に紫電が走り、高密度のプラズマエネルギー
がそこに生み出される。エリオスロードは、それをグラールレオンではなく、三日月に向
けて高々と掲げた。
EL「トールザンバァァァァッ!!」
両腕の間から、巨大な雷の刃が天に向かって伸びる。エリオスロードは、それを眼下の
邪悪なる獣に向かって力の限り振り下ろした。
振り下ろされたトールザンバーが、電磁シールドを突き破りグラールレオンの体を袈裟
懸けに切り裂いていく。
ブリント『ぐがぁぁぁァァァぁぁっァぁっッ?』
エリオスロードが着地すると同時にグラールレオンが地面に激突、雷の刃は中空へと霧
散していった。
装甲を深く切り裂かれ、戦闘不能となったグラールレオンをフェリスヴァインとエリオ
スロードが取り囲む。あれだけの一撃を受けてなお破壊されていないのは、さすがダーク
ネス・ヘキサといったところか。だが、もう身動きができる状態ではない。
EL「おとなしく降伏しろ。キサマには色々と聞きたいことがある」
ブリント『ケッ! だ、ダレが……』
FV「ならば、その機体だけでも破壊させてもらう!」
フェリスヴァインが二刀を合体させ、フレイムファングの体勢をとる。いったん距離を
とり、バーニアとホバーを一気にふかしてグラールレオンに迫った。
炎の剣がグラールレオンに迫る。だが、その時、彼方から飛来した白い影が両者の間に
割って入り、振り下ろされる炎の剣を剣で受け止めてしまった。不完全とはいえ、必殺技
をたやすく止められ、フェリスヴァインは言葉を失う。
また、その姿を見たブリントも驚愕に包まれていた。
ブリント『ヴァ、ヴァイスリッター……く、黒騎士か?!』
ヴァイスリッターと呼ばれた白の騎士は、フェリスヴァインを制したまま地に伏したま
まのグラールレオンに声をかける。
黒騎士『無様だな。封印されたダークネス・ヘキサを奪ってその様か』
ブリント『な、何しに来やがった』
黒騎士『闇元帥の命令でな、そいつを回収しに来た』
ブリント『だ、誰がテメェの助けなんか……!』
黒騎士『……勘違いするな。私が回収しに来たのはグラールレオンだ。それに……』
ブリントの悪態に、黒騎士はさも心外といった感じに言葉を返す。そして、黒騎士はブ
リントにとって決定的ともいえる言葉を放った。
黒騎士『どの道、貴様はもうすぐそいつに食われる』
ブリント『なん、だと……?』
その言葉にブリントは愕然となり、グラールレオンからの脱出を試みる。だが、融合す
る形で乗り込んでいたグラールレオンから完全に脱出できず、上半身を額から乗り出すの
が精一杯であった。
ブリント『畜生! なんだ、出られねぇぇっ!?』
黒騎士『グラールレオンは生物を取り込み糧とする
……操縦者も、例外ではない』
ブリント『な、なんだよ、そりゃあ……』
黒騎士から告げられた驚愕の事実に、ブリントは一瞬言葉を失い呆然とする。が、すぐ
さま暴れだし、狂ったように叫び始めた。その間にも、ブリントの体は再びグラールレオ
ンの中へとずぶずぶ沈みこんでいく。
ブリント「ガァァァッ! クソがっ! 放せっ! 出しやがれっ! クソがぁっ!
畜生ォォォォォォぉぉォぉォォッッ!!」
それが断末魔の叫びだったのか。それすらも黒き狂獣に飲み込まれ、ブリントはグラー
ルレオンへと飲み込まれていった。
その凄絶な光景を、フェリスヴァインたちはただ、黙って見つめるほかなかった。
ヴァイスリッターはずっとあわせたままだった剣をヴァインブレードから放すと、二人
に背を向け左手でグラールレオンの首元を無造作に掴み上げる。
黒騎士『用事は済んだ。今日のところはこれで退かせてもらう』
FV「……っ」
黒騎士『機会あらば、いずれまみえよう。白き力の勇者たちよ』
その言葉を最後に、ヴァイスリッターは動かぬグラールレオンを抱えて夜空のかなたへ
と姿を消していった。ヴァイスリッターが現れてから存在し続けた静かだが重い威圧感が
消え、フェリスヴァイン達は一様に息をつく。
瞬『勝った……の?』
FV「いや……見逃して、もらったんだろうな」
今の状態では、絶対に勝てない相手だった。否、たとえ完全であったとしても、勝てる
かどうか正直なところ分からない。たった一合剣を交えただけだが、それだけの恐ろしさ
があのヴァイスリッターという機体から、そして、その中の黒騎士という男から伝わって
きた。
今はただ、状況を切り抜けたという事実だけを、その場にいたものが一様に感じていた。
黒騎士「グラールレオンの再封印、完了した」
闇元帥「ええ、ごくろうさまでした。黒騎士さん」
暗黒の支配する「黒帝の間」で、二人の仮面の男が向き合っていた。ブリントがグラー
ルレオンを強奪した直後、すぐ近くにいた黒騎士に奪還の命令が下されていたのである。
それも、「ブリントが融合解除不可能になるまで待機」の条件付であった。
黒騎士「よかったのか? 結果的に、四星士を一人欠いてしまう結果になったが」
闇元帥「ええ。このまま食われてしまうようなら、初めから四星士の器ではなかった
と、いうことです」
笑みすら浮かべてこともなげに言い放つ闇元帥の言葉に、黒騎士は仮面の下で僅かに眉
をひそめる。
もう話すことは無いとばかりに、黒騎士は闇元帥に背を向けて歩き出す。だが、途中で
足を止め、振り向かずにもう一つ、問いを投げかけた。
黒騎士「一つ、聞きたい」
闇元帥「……なんでしょう?」
黒騎士「貴様、こうなることが分かっていたのではないか?」
追い詰められたブリントが封印されたグラールレオンに手を出し、やがては自滅する。
それを知っていながら止めなかったのではないかと、黒騎士は問う。
それに対し、闇元帥はただ、かすかに笑みを浮かべるだけだった。
グラールレオンとの戦いから一夜明け、BBS長崎支部はプラズマシャトルの最終整備、
及び、搬出作業のために目の回るような忙しさに見舞われていた。戦闘が終わった瞬間に
眠りこけてしまったリリィも、今は作業の陣頭に立って八面六臂の活躍を見せている。
だが、決して独りよがりではない。自分で最大限の努力をしながら、頼るべきところで
は、少々恥ずかしがりながらではあるが、しっかりと頼る。そこにはもう、孤独な心で背
伸びをしていた少女の姿はない。
そんなリリィの姿を頼もしく思いつつ、瞬と沙耶香は昨夜の公園に足を運んでいた。そ
こで沙耶香から告げられた言葉に、瞬は驚きを見せる。
瞬「それじゃ、草薙さん、ボク達のBBSにくるの?!」
沙耶香「ええ。無事、プラズマシャトルも完成いたしましたし、いい機会ですから」
そう、今回、エリオスがBBS本部に合流する事となり、そのビーストマスターである
沙耶香も美空市に引っ越してくる事になったのだ。学校は美空小に転校、家は美空市のと
ある邸宅を買い取り、現在改装中である。
すでに沙耶香も納得していた事であり、各種手続きも驚くほどの速さで済みつつある。
瞬「ボクは嬉しいけど……よかったの? お母さんや友達と離れて、寂しくない?」
沙耶香「寂しくないと言えば嘘になりますが、もう会えなくなる訳ではありませんわ。
それに、あちらではエリオスや倉之助も一緒ですし」
瞬「草薙さん……」
そう言って微笑む沙耶香をみて、瞬は改めて沙耶香の強さを感じていた。沙耶香はなん
というか、「心」が強い。自分なんかよりもずっと。だったら、新しい仲間ができた事を素
直に喜ぼうと、瞬は思う。
沙耶香「つきましては、一つ、お願いが」
瞬「え、何?」
沙耶香「私の事は、どうぞ名前で、沙耶香とお呼びください。
私も、瞬君、とお呼びしたいですから」
瞬「え、えぇっ?」
にっこりと笑う沙耶香が出した提案に、瞬は少なからず戸惑う。やはり瞬も男の子、幼
馴染の亜希はともかくとして、同年代の女の子を名前で呼ぶのは抵抗がある。
が、沙耶香の笑顔の圧力に徐々に押され、呼ぶしかないと観念した。
瞬「う、うん……くさな、じゃなくて」
瞬はわざとらしく咳払いし、頬を赤らめながら、それでも一番の笑顔でその名を呼んだ。
瞬「よろしく、沙耶香ちゃん」
沙耶香「こちらこそ、よろしくお願いします。瞬君」
沙耶香も極上の笑顔で応え、二人は固く握手を交わした。そして、どちらともなく笑い
がこみ上げてくる。
そんな二人の下に、小さな影が息を切らせながら走りよってきた。
リリィ「お兄さんっ、お姉さんっ!」
二人『リリィちゃん?』
駆け寄ってきたリリィは、乱れた息を整えながら、上気した顔で瞬たちを見上げた。
瞬「リリィちゃん、どうしたの?」
リリィ「うん、その、ね……昨日は、ありがとう」
瞬「そんな、いいよ。ボクこそ、なんかえらそうな事言っちゃって……」
瞬は両手をパタパタと振りながら苦笑するが、リリィは無言で首を横に振る。
リリィ「私……嬉しかったの。お兄さんに、甘えてもいいって言ってもらって……」
瞬「リリィちゃん……」
リリィ「あのね、お兄さんの事、その、お兄ちゃんって、呼んでもいい?」
リリィは顔を赤くして、もじもじしながらそう問いかける。瞬は、思いもよらないかわ
いい問いかけに、微笑ましくなって笑みを漏らす。
瞬「もちろん。好きな風に呼んでいいよ」
リリィ「ありがとう……あのね、お兄ちゃん……」
瞬「ん、なに?」
まるで妹が出来たような気持ちになって、瞬はやや得意げにリリィの顔の高さまで膝を
下ろした。
リリィはそれにあわせるように、すっと背伸びをする。
次の瞬間、瞬の唇に何か柔らかいものが、そっと押し当てられた。
すぐ目の前には、瞳を閉じて真っ赤になったリリィの顔。
状況が分からず、頭の中がパニックを起こす。
ただ一人、よそからそれを見ていた沙耶香は、僅かに頬を朱に染め両手を当てながら、
その様子を見ている。
瞬がリリィの唇の感触をはっきりと認識し、顔が一瞬で真っ赤に染まる。
リリィはそっと唇を離すと、恥ずかしげに微笑みながら瞬を見た。
リリィ「ファーストキス。お兄ちゃんにプレゼントしたから」
瞬「〜〜〜〜〜っッ?!?」
思考が完全に停止してしまった瞬を尻目に、リリィは足早に駆け出していく。その途中
で、くるりと瞬を振り返った。
リリィ「お兄ちゃん、またねっ!」
元気よく手を振りながら、今度こそそこから立ち去っていくリリィ。
だが、瞬の思考はいまだにオーバーヒートを起こしたままだった。
沙耶香「瞬く〜ん……」
沙耶香が瞬の顔の前でぱたぱたと手を振るが、無反応。ただ、金魚のように口を
ぱくぱくさせている。
エリオス『完全に固まっているな』
フェリス『瞬、お前、まさか……』
星崎瞬、11歳、小6。
旅先で、ひとつ年下の女の子に奪われたファーストキスだった。