BBS札幌支部の地上部分に当たる天文台。そのほど近くにあるヘリポートへと雷人は
やってきていた。
雷人はじっと瞬達が乗ってきたヘリを見つめている。
「流石に、無理だと思いますわよ?」
「!?」
突如かけられた苦笑気味の声に雷人は驚き、慌てて後ろを振り向く。そこには、微笑を
浮かべて立つ瞬と沙耶香の姿があった。雷人は、ややばつが悪そうに瞬達を睨み付ける。
「……お前らか」
「ボクも、流石にヘリの操縦は無理だと思うんだけど……」
「う、うるせぇっ!」
流石に雷人自身無理だと思っていたのか、やや気恥ずかしそうにはき捨てた。顔を赤く
しながら雷人は改めて睨み返す。
「何しに来たんだよ、てめぇら」
「うん。北山君を手伝おうと思って」
瞬は微笑みながらそう告げた。隣にいる沙耶香も笑みを浮かべてそれに同意している。
しかしながら、雷人は視線をそらしてそれをはねつけた。
「……言ったろ。余計なマネはすんな」
「あら? でしたら、何か考えがおありなのですか?」
「……ッ!」
その沙耶香の指摘に、雷人は言葉に詰まった。実際、これといった策があった訳でもな
かったからである。一方の瞬は、いつになく意地悪な言い方をしている沙耶香に思わず苦
笑してしまっている。
「だからさ、協力しようよ、ボク達みんなで」
そのフォローをするように、瞬が笑顔と共にそう告げた。さらにそれを沙耶香が引き継ぐ。
「三人寄れば文殊の知恵、と申します。皆で力を合わせれば、きっといい考えが浮かびま
すわ」
「っ……!」
そんな二人の笑顔を正面から受け、雷人はついっと顔をそらした。また機嫌を損ねたか
と少し心配になって雷人の顔を覗き込んでみる。が、その思いと反して、雷人の顔はかす
かに赤く染まっていた。どうやら、あまりに真正面からの笑顔に照れてしまったらしい。
「……で。じゃあ、具体的にはどうすんだよ?」
雷人は照れ隠しのためか、顔はそらしたまま視線だけ向けてそう問いかける。しかしな
がら、問われた二人は困って顔を見合わせてしまった。なにせ、これからそれを考えると
ころだったのだから。
それ見たことか、と雷人が鼻を鳴らす。その時、瞬のビーストコマンダーが光を放ち始
めた。
『ではでは、それには私がお答えいたしましょう!』
「「「!?」」」
突然の声に驚いた三人は、慌ててその声の元となった瞬の左手に注視する。すると瞬の
左腕につけられたビーストコマンダーから光が溢れ、三人の中央へと光が集約、桃色の髪
をたなびかせた少女が姿を現した。
「「プラム!」」
「プラム姉!?」
雷人の言葉を聞いた瞬は、驚いた顔で雷人の方を振り向く。
「北山君、プラムを知ってるの?」
「まぁ、な」
雷人は短くそう答えつつそっぽを向いた。沙耶香はそんな様子を見て苦笑しつつプラム
に水を向ける。
「プラムさん。何かいい方法があるのですか?」
「はい。オウガを救える方法がある、という意味ではですが」
その言葉を聞き、三人は一様に表情を引き締める。言葉の裏にある意味を三人が感じ取
った事を確認したプラムは、同様に表情を正して言葉を続けた。
「そのためには、私達全員が全力を尽くす必要があります。非常に危険な賭けともいえます。
……そして、雷人君」
そこで一旦言葉を切り、プラムは雷人を見る。雷人は怪訝な顔をしつつも、どこか期待
した様子でプラムを見返した。
「なんだよ?」
「あなたには、最も重要で、最も危険な役割をやってもらいます。
……オウガのために、危険の中に飛び込む覚悟はありますか?」
普段柔らかな笑みを絶やさないプラムが見せる厳しい顔に、瞬は固唾を呑み、沙耶香も
また内心で驚きを抱く。そんな眼差しを受けた雷人は、しかし二人とは反対に笑みを浮か
べていた。それこそ、それを待っていたといわんばかりに。
そして、少年は虎のような笑みと共に答えた。
「上等だよ」
それよりしばし経っての大雪山上空。再びシステムを掌握されヴァンダーツの傀儡へと
逆戻りしたツヴァイオウガがある一点を目指し飛行していた。その場所に近づいていたヴ
ァンダーツだったが、地上に何かを発見しツヴァイオウガに制動をかける。
「……敵襲」
地上よりツヴァイオウガを見上げる赤と黄、フェリスヴァインとエリオスロードはまっ
すぐにツヴァイオウガを見上げていた。
「来たか」
「よし、行くぞ」
エリオスロードとフェリスヴァインは頷きあうと、その砲口を上空のツヴァイオウガへ
と向けた。
「フレイムシューター!」
「ショルダーキャノン!」
間髪入れず、炎弾と電撃弾が上空のツヴァイオウガを襲う。ツヴァイオウガはそれらを
かわしていくが、地上からの砲撃は途切れる間が無い。
「……」
ヴァンダーツは、それらの攻撃が威嚇ではなく、ツヴァイオウガの破壊を目的としたも
のだと判断する。敵の手に落ちた自軍の『兵器』など危険極まりない。破壊も当然の判断。
そう判断するや、ツヴァイオウガはソーダーキャノンを展開、危険要素を排除すべくその
砲口を地上の二人へと向けた。
「砲撃、開始」
それと同時に、ツヴァイオウガの肩に据えられた二門の大砲が火を吹く。その砲撃を、
フェリスヴァインとエリオスロードは左右に散開して回避した。二人はツヴァイオウガか
らの砲撃を回避しつつ反撃を行うが、やはり空を抑えられているためか防戦に追い込まれ
ていく。
「クッ!」
そのうちの一撃が、ついにフェリスヴァインの体を掠めた。かすかな爆発が起き、フェ
リスヴァインは体勢を崩す。それを見逃すことなく、ツヴァイオウガはフェリスヴァイン
へ追撃のソーダ―キャノンを放った。
が、それを見越していたのか、エリオスロードが二人の間に割って入り、その両手を高々
と掲げる。
「プラズマディフェンダー!」
エリオスロードの前に電磁の障壁が展開され、ソーダ―キャノンの一撃を防ぐ。それを
やり過ごすとプラズマディフェンダーを解除し、牽制のショルダーキャノンを放ってツヴ
ァイオウガを散らす。
「大丈夫か?」
「ああ、すまん」
フェリスヴァインは手短に答えると、バーニアを噴かせて立ち上がった。だが、その言
葉に苦いものが混じっているのは否めない。
『フェリス、やっぱり……』
それを察した瞬の心配そうな声が内から響く。だからこそ、フェリスはより力強く自分
のパートナーに答えた。
「大丈夫だ。それは、承知の上のことだ」
「だからこそ、我々が居る」
それに重ねるように、傍らの雷の騎士が答えた。更に、その主たる少女の声も響く。
『お二人に足りない部分は、私達が補います。共に、オウガさんを救いましょう!』
『……うんっ!』
瞬の力強い答えと共に、二人の勇者は再び上空のツヴァイオウガに立ち向かっていった。
その勇者達の戦いを、少年は離れた場所からじっと見つめていた。今にも動き出しそう
な衝動を必死に抑えて。ともすれば上がりそうになる声を力づくで噛み殺して。
ただ、自分に与えられた役目を果たす、その瞬間にその全てを爆発させるために。
少年は、ただ待ち続ける。
ツヴァイオウガはいまだ上空からの砲撃を続けていた。ツヴァイオウガは元来、接近戦
をこそ得意とする機体である。それはヴァンダーツも承知していたが、その攻撃力よりも
今は、飛行可能というアドバンテージを活かすことを選んでいたのだ。
対する勇者達は、その地道なダメージが徐々に溜まりつつあった。特に、なぜか動きの
鈍いフェリスヴァインが標的になり、その損傷も無視できない領域に入りつつある。
「……っ! エリオスロード、そろそろ仕掛けるぞ!」
「ッ!? その状態でか?」
「だからこそ、だ。これ以上は、直撃をもらいかねん」
プラズマディフェンダーで砲撃を防ぎながら、エリオスロードも思案する。確かに、自
分もプラズマディフェンダーでエネルギーを随分消耗している。ここが機なのかもしれな
い。それと同様の考えに至ったのか、沙耶香も賛同の意を示す。
『私も同感ですわ。エリオス、次で仕掛けましょう』
「了解致しました、姫!」
エリオスロードはフェリスヴァインと頷きあうと、プラズマディフェンダーを展開した
ままツヴァイオウガに向かって駆け出した。フェリスヴァインも、エリオスロードを盾に
するようにそれに続く。
「行け、フェリスヴァインッ!」
砲撃を防ぐと同時にプラズマディフェンダーを解除。その爆煙を突き破って、フェリス
ヴァインが飛び出してきた。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
バーニアを全力で吹かし、上空のツヴァイオウガ目掛けて一直線に突き進む。それはバ
ーニアの推進力に任せた、飛行とも呼べぬ空への突撃。フェリスヴァインは二振りのヴァ
インブレードを掲げ、空の標的を目指す。
「!」
その時ヴァンダーツは、初めてツヴァイオウガ本来の戦い方を選ぶこととなった。すな
わち接近戦。ツヴァイオウガは両肩のアーマーをパージし、突き出した左腕に合体、巨大
なドリル・ドリルアタッチメントを形成する。
「双刃剣・ヴァインブレード!」
フェリスヴァインは柄尻で二振りのヴァインブレードを合体させ、その両方の刀身に炎
を宿す。
宿した炎を刃とし、フェリスヴァインはその剣を振り上げる。
「炎狼刀技、フレイムファング!!」
「!!」
対するツヴァイオウガは凶悪な螺旋を描く左腕のドリルを、全力で燃えさかる炎の剣に
叩きつけた。
炎剣とドリルの間で、激しい火花が飛び散る。
「オォォォォォォォォッ!」
フェリスヴァインは更に力をこめ、徐々にドリルを押していく。ツヴァイオウガの左腕
が、その加重に耐えかねて悲鳴を上げ始める。
が、それを意に介さないかのように、ツヴァイオウガは胸部の装甲を展開した。
「ッ!?」
それに気づいたフェリスヴァインが顔色を変える。だが、バーニア噴射とフレイムファ
ングに全力を注いでいる今、新たな行動を起こす余裕はない。
それを見越したかのように、ツヴァイオウガはそれを放った。
「ヘヴンズ・ケイジ」
声を上げる間もなく、フェリスヴァインはツヴァイオウガの胸部から射出された重力の
檻に囚われる。フェリスヴァインがいくら力を込めようとも体はそこに固定され、ツヴァ
イオウガは更に上空へと離れていく。
「ぐっ! ま、だだっ……!」
ツヴァイオウガは両肩のソーダーキャノンを展開し、フェリスヴァインに狙いを定める。
砲口に集まっていく紫の光は、重力の閃光を放つツヴァイオウガ最大の破壊奥義。
その名も。
「クラッシュ・ヘル」
ツヴァイオウガの二つの砲身から、重力の閃光が放たれる。その直撃を受ければ、フェ
リスヴァインとてひとたまりもない。が、フェリスヴァインは空中に固定されたことを逆
に利用して、全力を「姿勢を直す」ことに注ぎ込んだ。今、真っ直ぐにツヴァイオウガを
捉えている狼の口の中には灼熱の業火が宿っている。
それは、クラッシュ・ヘルに勝るとも劣らぬ、フェリスヴァインの最強奥義。
「炎狼砲技! フェンリルバァァァァァストッ!!」
フェリスヴァインの胸部より、灼熱の炎で象られた狼の顎が放たれる。それは、自身を
破壊せんと迫る重力の閃光と真正面からぶつかった。
両者は周囲に爆炎と紫光を撒き散らしながら、その中央で拮抗する。迫る重力を灼き
つくし、業火を押しつぶしながら両者はぶつかり合う。
だが、互角に思われたそれは、徐々にフェリスヴァインの側へと進みつつあった。全力
を費やした飛翔、立て続けに放った必殺技で、相手のそれを押し返すだけの力は残ってい
なかったのだ。
緩やかな破壊が迫る中、それでもフェリスヴァインは諦めない。
「……ああ、今だ…………」
そう。彼等にはまだ、仲間が居る。
「やれ! トライガーダー!!」
「!?」
その声にヴァンダーツが反応する間もなく、遥か上空からそれは来た。空より青い装甲
を輝かせ、まさに風のような速さで。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
彼方から飛来したトライガーダーは、突進の勢いをそのままにツヴァイオウガの後頭部
を鷲づかみにした。
「不覚!?」
「落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
それはまさに先の戦いの再現。立場が入れ替わったトライガーダーは二大必殺技の激突
からツヴァイオウガをもぎ取り、その勢いのままに地面へと叩きつけた。
二体のロボットが叩きつけられた衝撃で激しい砂埃が舞い上がる。それを待っていたか
のようにエリオスロードがそこへと飛び込んでいった。
うつ伏せになって暴れるツヴァイオウガをトライガーダーが押さえ込み、エリオスロー
ドもその左腕を地面に押さえ込んだ。
「ようやく捕まえたぞ、馬鹿虎め!」
さらに、墜落するように落ちてきたフェリスヴァインもそれに加わって右腕を抑えた。
「全く、手間をかけさせる……!」
こうして、フェリスヴァイン達は三人がかりでようやくツヴァイオウガを押さえ込んだ。
それを見た瞬と沙耶香は同時に叫ぶ。
『北山君!』
その声が響く前に、少年はローラーブレードを走らせツヴァイオウガの元へと駆け出し
ていた。この瞬間のために、北山雷人はずっと物陰に隠れつづけていたのだから。その左
手に着けられたビーストコマンダーから、少女の声が響く。
『行きますよ、雷人君!』
「おう、プラム姉!」
それこそが、今日、フェリスヴァインの動きが鈍かった何よりの理由。フェリスヴァイ
ンの運動制御を司っていたプラムが居なかったからこそ、フェリスヴァインはさながら四
肢に鉛をつけて戦うが如き負荷を強いられていたのだ。
そして、そうした理由の一つがここにある。
『ツヴァイオウガ、強制介入。転送ルート、確保!』
「ドライブ・オン!」
その声と共に雷人は紫の光に包まれ、勇者達に取り押さえられているツヴァイオウガの
中へと飛び込んでいった。
ヴァンダーツがツヴァイオウガの拘束を確認して間もなく、その異変は起こった。完全
に掌握したはずのツヴァイオウガのシステムに強制介入を受け、何者かが内部に転移して
きたのだ。
内部に転移してきた光は少年の姿となり、ヴァンダーツに向かって拳を振り上げた。
「うおぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁっ!!」
「侵入……ッ?!」
ガンッ、という硬い金属を殴る音と共にヴァンダーツはシートに叩きつけられ、その肘
掛の上に雷人は足を下ろす。ヴァンダーツを殴った右手から血を滲ませながら、雷人はコ
マンダーをコンソールに向けた。
「頼む、プラム姉」
『はいっ!』
コマンダーから飛び出した光の玉がコンソールに飛び込み、それと同時にディスプレイ
や計器類が目まぐるしく動き出した。プラムが直接ツヴァイオウガのシステムに介入して
コントロールを取り戻そうとしているのだ。
BBSとプラムが協力してツヴァイオウガのシステムへの侵入経路や奪還方法を見つけ
出し、勇者達がそのための時間を稼いでツヴァイオウガを拘束する。そして、実際にツヴ
ァイオウガに侵入して中からこれを取り戻す、いわば最後の仕上げが雷人達に任された役
割だった。
それも上手くいきそうで、雷人は小さな、しかし確かな安堵の息を漏らす。
だが、それを感じるのはまだ早い。
「……排除」
「なっ……!?」
雷人が振り返ると同時に、復帰したヴァンダーツがその首を掴み上げた。サイボーグの
膂力で首を締め付けられ、雷人の息が詰まる。
「がっ、は……っ!」
『雷人君っ!?』
様子を知ったプラムの声が響く。するとヴァンダーツは、残った腕からケーブルを延ば
してコンソールに接続、再度システムの乗っ取りを始めた。
『キャァァァァッ!?』
「プラ、ム……ねぇ……」
「不穏分子、排除。任務、遂行……!」
「ガァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
その獣のような咆哮と共に、勇者三人に押さえつけられていたツヴァイオウガがものす
ごい勢いで暴れ始めた。どこにそれだけの力が、と驚くほどの勢いでフェリスヴァインや
エリオスロード、トライガーダーが跳ね飛ばされる。
しかし、ツヴァイオウガはフェリスヴァインらに襲い掛かろうとはせず、その場でもだ
え苦しむように荒れ狂っている。
「クッ! 中で何が起こっている!」
「トライガーダー! 押さえ込め!」
「はいっ!」
フェリスヴァインの指示を受けたトライガーダーが、すぐさまツヴァイオウガを羽交い
絞めにした。それでも、動かないようにするのがやっとでトライガーダーは振り回されて
いる。
(まさか……失敗、か?)
フェリスヴァインは、苦い思いでそれを見つめる。その様子を見て、パートナーたる少
年達は視線を交わした。当然、相手が直に見えるわけではない。しかし、二人は確かにお
互いが頷いた姿を見た。
『フェリス!』
『エリオス、参りますわ』
「「っ!」」
二人の言葉が意味するところを知って、勇者二人は口をつぐむ。それは否定ではなく、
お互いのパートナーの身を案じる躊躇だった。だが、その暇も無いとすぐに悟った勇者達
はお互いに頷き合って、再びツヴァイオウガの腕に取り付いた。
パートナーにかけるべきは、心配ではなくて信頼の言葉。
「頼んだぞ、瞬!」
「姫、ご武運を!」
パートナーの激励を受けた瞬と沙耶香は、それぞれのビーストコマンダーを高々と掲げ
る。その左手に光がともった。
「「ドライブ・オン!!」」
フェリスヴァインから赤い光、エリオスロードからは黄色の光がそれぞれ飛び出し、ツ
ヴァイオウガの中へと飛び込んでいった。それと同時に、フェリスヴァインとエリオスロ
ードの体から力が抜ける。彼等に力を与えるビーストマスターがいなくなったための脱力
だった。
力が十分に循環しない体でツヴァイオウガを抑えるべく、二人は機械的な機能としてそ
れぞれの関節をロックする。
(二人とも、頼むぞ……!)
彼等にできるのは、パートナーの帰還を信じて暴れる友を抑えることのみ。
ツヴァイオウガの中に飛び込んだ二人の目に映ったのは、首をしめられる雷人の姿と、
コンソールに繋がったコードだった。
「北山君っ!!」
「っ!」
瞬が何も考えずにヴァンダーツに飛びかかり、沙耶香はその目標をヴァンダーツが雷人
を捕らえている腕、その肘関節に定める。
「はあっ!」
狙い違わず、肘関節に向けて手刀一閃。鈍い音と共に、ヴァンダーツの腕が折れ曲がる。
沙耶香はだめ押しとばかりにその肘に手を添え、折れ曲がった方向へと腕をひねり上げた。
「!?」
軋んだ音を立ててヴァンダーツの腕があらぬ方向へと折れ曲がり、その手からようやく
雷人が開放される。
「がっ、がはっ! ごほっ、ごほっ!」
「北山君、ご無事ですか?!」
沙耶香は油断無くヴァンダーツに注意を向けながら雷人に確認する。雷人は涙目になっ
て咳き込んでいたが、それでも無理やりに、ヴァンダーツにしがみついていた瞬に向かっ
て叫んだ。
「星崎ぃぃぃっ!!」
「北山君っ!?」
「そのケーブル、引っこ抜けぇぇぇぇぇっ!!」
「!」
瞬はその言葉をすぐに理解するとヴァンダーツから飛び降り、コンソールに繋がってい
るケーブルに手をかける。
「排除!」
その瞬間に、ヴァンダーツがまだ無事だったほうの腕で裏拳を放ち、瞬を後ろに殴り飛
ばした。沙耶香はすぐにコンソールを蹴って飛び、その腕を締め上げる。口の端からひと
筋の血を流す瞬を見て沙耶香が思わず声を上げる。
「瞬君っ!」
「……っ。やった、よ」
痛みに顔をしかめながら、それでも瞬が微笑んで掲げた手には、コンソールに繋がって
いたはずのケーブルがしっかりと握られていた。それを見て、雷人と沙耶香の顔が喜びに
染まる。
ガァァァァァァァァァァァァァッッ!!
そして、それを待っていたかのように猛虎の咆哮がコクピットに響き渡った。
『システム、再掌握完了。随分待たせてしまいましたが、お目覚めの時間ですよ、オウガ』
その自信に満ちたプラムの言葉と共に、コクピット内に力強く清らかな力が満ち溢れる。
『ああ、随分と手間ァかけさせてくれたじゃねぇか、ヴァンダーツ!』
「……不覚」
そのオウガの声を聞き瞬と沙耶香の顔が喜びに染まる。そして呆然となるヴァンダーツ
の前に、雷人が左手を振りながら立ちはだかった。
「散々、好き勝手やってくれたな、デク野郎」
雷人は、ふらつかせていた左手をぐっと握りこんで拳を作る。そしてそれを、渾身の力
を込めて振り上げた。
「「とっとと出て行きやがれぇぇぇぇぇぇっっ!!」」
その機械の顔面に向かって、全力を込めた左ストレートを迷うことなく突き刺す。それ
と同時にオウガが緊急脱出装置を作動させ、ヴァンダーツを機外へと弾き飛ばした。
ずっと暴れていたツヴァイオウガが動きを止め、フェリスヴァイン達は警戒しながらそ
の様子を見守る。すると、自分達が掴んでいるそれから、なんとも気だるげな声が響いて
きた。
「……オイ。いつまで捕まえてるつもりなんだよ」
その声を聞き、勇者達は喜びをあらわにする。
「その声、オウガか?」
「オウガ! 元に戻ったんですね!?」
「ああ、だからそう言ってんだろーが!」
それを聞いて、フェリスヴァインとトライガーダーは確信を強めた。ただエリオスロー
ドだけはあくまで皮肉げに、それでも喜びを滲ませながらツヴァイオウガに声をかける。
「フン、全く手のかかる寝ぼけ虎だな、貴様は」
「ああ? うっせーんだよキザ馬! つーかマジ離せって、いいかげんよぉ!」
ツヴァイオウガがそう言うと、フェリスヴァイン達はようやくその手を放した。更に、
マスター無しでの合体維持という無茶をしていたフェリスヴァインとエリオスロードはす
ぐさま合体を解除する。
ようやく開放されたツヴァイオウガは、その体についた追加装甲をバキバキと剥ぎ落と
し、ぶつくさと文句を言いながらも仲間達にぼそりと告げる。
「まぁ、なんだ……手間、かけさせちまったみたいだな……」
「フ、何をらしくないことを言っている」
エリオスが皮肉をこめつつそう言う。フェリスとトライガーダーもほほえましくそれを
見ていたが、突如ツヴァイオウガが動きを止めた。そしてその手を胸のほうへと運ぶ。
「……な・ん・て……」
「!?」
ツヴァイオウガの胸の装甲が展開し、そこに紫の球体が現れる。フェリス達が警戒する
間もなく、ツヴァイオウガはそれを解き放った。
「なっ!!」
フェリス達は重力の檻に囚われたことを覚悟した。だが、放たれたヘヴンズ・ケイジは
フェリス達ではなく、その後ろの何も無い空間を捕縛していた。しかして、重力の檻の中
から、龍型の黒鍵機がゆっくりと姿をあらわす。
フェリス達が驚きつつそれを見るのをよそに、ツヴァイオウガはそれに向かって力強く
言い放った。
「二度も同じ手はくわねぇよ、デク野郎!」
『全く、やってくれたぜ。アレが全部幻覚で、俺達が勝手に踊ってただけとはよ』
それに続くように、あるべき場所へと戻った雷人の声が響く。対する黒鍵機からは、苦
しげなヴァンダーツの声が響いた。
『仕掛、露見……?』
その疑問に答えるように、次はツヴァイオウガから沙耶香の声が響く。
『あなたの力はこちらの感覚に干渉し、幻覚を見せ、操る能力。先の戦いではそれでオウ
ガさんの感覚を徐々に掌握し、今はこちらの視覚を操って姿を消していたんですのね』
『でも、プラムがそれを解析して、対抗手段を見つけ出した。もう、それは効かないよ!』
さらに瞬の声が響いてヴァンダーツに止めを刺す。もう言うべきことはないと察したツ
ヴァイオウガは、両肩のキャノンを前に展開した。
「さて、こっちは確かにフェリス達とやりあってボロボロだけどよ、その分、マスター三
人分の特別版だぜ!」
『つーわけだ。準備はいいな、星崎、草薙!!』
『うんっ!』
『いつでも、存分に!』
三人分の力を込め、ツヴァイオウガはその真の破壊奥義を今こそ放つ。それは、友と共
に紡ぎ上げる重力の一撃。
「クラッシュ・ヘルッッッ!!」
二門の砲口から、必殺の威力を込めて紫紺の閃光が迸る。解き放たれた重力の一撃は檻
に捕らえた黒鍵機を飲み込みひき潰し、全身を容赦なく破壊し尽くす。
「フォーリング・ダウンッ!」
ツヴァイオウガが背を向けた彼方で、龍の黒鍵機は大空に爆炎の華を咲かせた。
戦いの後、瞬達ビーストマスターは、由美と清十郎からきっちりとお叱りの言葉をいた
だいていた。今回はこれしか手が無かったとはいえ、それはそれ、これはこれである。危
ないことをしてしまった分のお小言はしっかり受けなくてはならない。
むんっ、と腕組みをした由美が、説教の締めとばかりに三人を睨み付けた。
「で? わかったかい!?」
「「「すみませんでしたーっ!!」」」
三人揃って唱和して、きちっと頭を下げる。いつの間にこんなに息が合うようになった
のやらと、由美と清十郎は苦笑しながら顔を見合わせた。
由美は一つため息をつくと、それでこの話は終わりとばかりに話題を切り替える。
「で、あっちのツンツン頭もウチで引き取るの、じいちゃん?」
その由美の問いに、清十郎は大きく頷いた。
「うむ。これからのことも考えると、早いうちにチームワークに慣れておいたほうがいい
じゃろう。ワシは調べ物があるんで、まだそっちには行けんがの」
「けど、ジェットソーダーとドリルランダーはどうすんだよ?」
雷人が言うとおり、これらのサポートマシンはフェリスヴァインらとの激突や乗っ取ら
れた影響でかなりのダメージを受けている。強化改造案が出ていた矢先だったので、その
不安は当然といえる。
「強化改造は先送りになってしまうがの。現状で運用する分には、あちらでも十分対応し
てくれるじゃろう。本部のメカニックは優秀じゃからな」
「そうかよ。ま、いいけどな」
雷人は、不承不承ながらその言葉に頷いた。
雷人はBBS本部に移籍するにあたって、沙耶香と同様に瞬の学校へと転校することと
なった。美空市に居る間は、沙耶香の家に居候するということで話がついている。
そしてつい今しがた紅楽園の家族達に別れを告げ、雷人は新たな第一歩を踏み出そうと
していた。その視線の先、紅楽園の門のところに彼の新たな仲間となる少年と少女が雷人
を待っていた。
「……よぉ」
軽く右手を上げて答える雷人を、沙耶香は微笑みと共に迎える。
「……準備のほうは、よろしいようですわね?」
「別れが」とは言わない。それが不要だと知っているからこそ。そんな沙耶香の気遣い
を感じながら、雷人はあくまでそれを表に出さずぶっきらぼうに答える。
「まぁな」
次いで、雷人は瞬に目を向けた。その頬には痛々しく大きなばんそうこうが貼られてい
るが、瞬自身の微笑みは実に晴れやかだ。見た目には頼りなさそうだが、その実、意外と
骨のあるヤツらしい。
「ま、なんだ」
雷人は瞬の傍らを通り過ぎながら、すっと右手を掲げる。機械を殴り飛ばした怪我で、
雷人の両手もまた包帯に包まれている。その右手を軽く握って横目で瞬を見た。何をする
のかとあっけにとられている瞬の胸に向けて、その拳をこつんと押し当てる。
「これから、よろしく頼むぜ。瞬」
目線だけを向け、それでも隠し切れない喜びを口の端に浮かべて雷人は笑う。瞬もはじ
めあっけにとられていたが、徐々にその言葉の意味を理解して満面の喜びを浮かべた。
「よろしく、雷人!!」
瞬は雷人のその手を両手で包み込む。そんな二人の様子を沙耶香が微笑ましく見守る中
新しい絆がここに動き始めた。
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