フェリスヴァイン番外編

第9.2話「みんなの日常」


 その日、瞬はフェリスと共にビーストガーダーズの部屋に遊びに来ていた。格納庫を改
造したそこで、人間用の椅子に腰掛けた瞬はエクシード、ウェルシャークと向き合ってな
んでもない話に花を咲かせる。
 そんな中、瞬はふと、そこにいないもう一人のビーストガーダーズのことに気づいた。

「そういえば、グランリッドはどうしたの?」
「ああ、奴ならば、いつもの通りだろう」
「だな」
「いつもどおり?」

 瞬がオウム返しに聞き返すと、ウェルシャークが得意そうにそれに答える。

「すぐそこの森さ。あいつ、森林浴が趣味だからな」
「暇さえあればいつもな」
「ふーん。やっぱり、『大地』の勇者だからかな?」
「かもしれんな」

 フェリスがそう返したとき、外につながっている入出ハッチが開く音が格納庫内に響い
た。その音を聴き、瞬たちは一様にそちらのほうを向いた。

「うわさをすれば、か」

 エクシードがひとりごちて、他の3人にわずかに遅れて振り向く。そこから来るであろ
う相手に声をかけようとしたが、その姿が見えたとき、思わずエクシードの動きが止まる。
 グランリッドの、その足元にあったものを見て、それが何かと問いただそうとするエク
シード。が、それよりも先に、瞬とフェリスが声を上げていた。

『ラシュネス!?』

 グランリッドに連れられてやってきたのは、5mほどの人型ロボット、ラシュネスと1
4,5ぐらいの少年だった。

 


 ラシュネスと、ラシュネスと共にきた青年、ユーキを加えて、一堂は車座に座って話を
していた。グランリッドの話では、彼がいつもどおり森林浴をしていたとき、突然、空か
ら彼らが「降って」きたのだという。ラシュネスが以前にも同じような経緯で瞬達と出会
っていたこともあり、ラシュネスとユーキはすぐにみんなと打ち解けることができた。

「それじゃ、この人達が前にラシュネスが言ってた……」
「はいっ! 前にお世話になった人たちですー!」

 ユーキの問いかけに、ラシュネスが嬉しそうに答える。そんなラシュネスを、フェリス
が嘆息とも感心ともつかない表情で見上げる。

「しかし、本当にまた会うことになるとは思わなかったぞ……」
「ホントだよね……今日はどうしたの?」
「そ、それは、ですね……」
「う〜ん……」

 瞬から出た素朴な疑問に、二人はそろって困ったように顔を見合わせる。どうやら、少々
言いたくない、というか説明に困るような原因があるらしい。そんな二人を見て、瞬も苦
笑するしかなかったが、そんな雰囲気を察してグランリッドが二人に水を向けた。

「そういえば、ラシュネスさんは菜園のお手入れとかなさるんだそうですね」
「はい、そうなんですよ」
「そのナリでやってるんだろ? 器用なモンだぜ」

 しきりに感心するウェルシャークに、ラシュネスはえへへと笑って照れたように頭を掻
く。

「そ、そういえば、皆さんの趣味ってなんですか? この前も、聞こうと思ったらトーコ
が迎えに来ましたから……」
「あ、オレも聞きたいな、それ」

 照れ隠しにも思えるラシュネスのその提案に、隣にいたユーキも賛同する。そして、同
意を求めるかのように瞬のほうに視線を向けた。その提案に、瞬も頷いて同意の意を示す。

「教えてよ。よく考えてみたら、ボクもみんなの趣味って知らないからさ」

 そう言われたビーストガーダーズの面々は、少々困惑したかのようにお互いの顔を見合
わせた。どうも、趣味と認識している事柄が、ぱっと浮かんでこないらしい。

「趣味、と言われましても……」

 グランリッドが困ってそう言おうとした時、横からあきれたような声でウェルシャーク
が割り込んできた。

「おめーの趣味はアレだろ、森林浴」
「植物観賞じゃなかったのか?」
「え、え?」

 エクシードからもツッコミが入り、うろたえだすグランリッド。

「へ〜、木とか草とか眺めたりするんですか?」
「それって、楽しいの?」

 興味津々と言った感じのラシュネスと、今ひとつ理解に苦しむと言った様子のユーキ。
そんな二人の反応を見て、グランリッドが解説と言うか、説明に入る。

「楽しい、というよりも、何か落ち着くんですよ。僕が大地を司っている関係もあるかも
しれませんが」
「へぇ。じゃあ、あんたもやっぱり、水の中が落ち着いたりするの?」

 ユーキの質問の矛先がウェルシャークに向き、聞かれたウェルシャークはあごに手を当
てて少し考えてみる。

「ま、確かにそれもあらぁな。けど、それよりも俺様はアレだな」
「アレ?」

 ユーキに問い返され、ウェルシャークの口元に得意げな笑みがニッと刻まれる。それを
見た瞬間、エクシードとグランリッド、それにフェリスまでもが一様に慌てだした。取り
残されたようにぽかんとするのは残された3人。

「や、やめろ!」
「ちょっと、お客さんの前ですよ!?」

 二人の制止をまるで無視し、ウェルシャークはすぅっと息を吸い込む。

「瞬、ラシュネス、ユーキ。耳をふさげ、せめてな」

 諦めたようにぽそっとつぶやくフェリス。依然として訳が分からずぽかんとしていた3
人だったが、次の瞬間、それらすべての理由を、彼らは身をもって知ることとなった。
 言えることはただ一つ。そこを満たしたのが「ジャイ○ンの如き破壊音波」だったと言
うことのみである。

 


 ワンコーラス1分30秒の拷問のごとき時間の後には、皆が耳を抑えて這い蹲っている
終末的光景が格納庫内に広がっていた。その中には、世紀末覇者の如くやり遂げた顔で立
ち尽くすウェルシャークがいるのみ。

「……とまあ、こんなもんだな。って、どうした、お前ら?」

 本気でぽかんとしているウェルシャークの後ろに、ショックから立ち直ったエクシード
とグランリッドが幽鬼の如く迫る。

『歌うなっ!』

 ウェルシャークの後頭部に二人のダブルパンチが炸裂し、哀れウェルシャークの顔面は
鉄製の床に叩きつけられた。その後ろで、拳を放った二人があきれるやら清々したやら複
雑な表情でため息をつく。

「と言うわけで、こいつの趣味はこの迷惑な破壊音波だ」
「本人は、歌っているつもりらしいんですけどね……」

 フォローなのか謝罪なのか、とにかくすまなそうに解説するグランリッド。同様に復活
した3人も、困ったように苦笑するしかない。
 ちょっと困った瞬が、なんとか雰囲気を変えようとフェリスのほうに話を振る。

「フェリスの趣味って、なんなのかな?」
「俺の趣味、か?」

 問われて、少し頭を悩ませるフェリス。考え込みに入ったフェリスを見て、瞬達は勝手
な推論を出し合い始めた。

「なんなんでしょうね〜」
「ちょっと想像付きませんね。まじめな方ですから」
「瞬君はわかんないの? いつも一緒にいるんでしょ?」
「う〜ん、ボクにもちょっと……」

 ユーキの問いかけに、瞬も首をかしげる。確かにいつも一緒にいるけれど、どうにもそ
れと思えるような記憶が思い当たらない。瞬も同じように悩みだしたのを見て、「似たもの
どーし」と思わず苦笑してしまうユーキ。

「案外、犬らしく「散歩」だったりして?」

 半分冗談で、ぴんっと人差し指を立てつつ提案してみるユーキ。しかし、それを聞いた
瞬間、はじかれたように二人が顔を上げ、一様に「あーあー」と頷きだした。どうやら、「そ
れだ!」と思い当たったらしい。

(ホントに似たものどーしだなー……)

 同じように動く一人と一匹を見て、おかしいやら微笑ましいやらでユーキの口から思わ
ず笑いが漏れる。そんなユーキをよそに、ラシュネスがひとりはなれたところで佇んでい
たエクシードに話しかけた。

「えっと、エクシードさんは趣味ってないんですかぁ?」

 しかしながらラシュネスのその問いかけに、エクシードはまるで興味がないようにそっ
ぽを向く。

「拙者はこの星を守るのが定め。趣味など無用だ」
「はうぅ、そうですか……」

 そっけないエクシードの返答に、とても残念そうなラシュネス。「まあ、エクシードだか
ら」と瞬やグランリッドがフォローに入っていると、格納庫の扉が開き、そこから一人の
女性が姿を現した。女性は、格納庫の様子を見て感嘆の声を上げる。

「おやおや……今日は随分とお客がいるねぇ」
「あ、由美ねーちゃん」
「由美さん」

 入ってきた由美の存在に気づき、瞬達がそちらのほうを振り向く。ラシュネスとユーキ
に由美が瞬の従姉で保護者代わりの人だと説明し、二人もそれで納得がいく。また、同じ
ように二人を由美にも紹介し、彼女もそれであっさり納得した。

「ま、ゆっくりしていきな。その内迎えが来るんだろ?」
「は、はい」
「たぶん、ね……」

 ラシュネスとユーキは、その言葉に苦笑して答える。その二人をよそに、由美はエクシ
ードのほうに歩み寄って言った。エクシードはそちらのほうをちらっとみて、再び顔を元
に戻す。由美はいつも通りの相手の反応に苦笑しながら、そちらのほうを見上げた。

「エクス、客いるみたいだけど……いいかい?」
「……勝手にしろ」

 エクシードの了解を取った由美は、部屋の片隅に歩き出し、そこでなにやらごそごそや
り始める。その様子に、不思議に思った瞬とユーキが顔を見合わせる。

「由美ねーちゃん、何やってるの?」
「んー……」

 そういいながら由美が取り出したのは、一本のアコースティックギターだった。由美は
学生時代にバンドをやっていたこともあり、今でも趣味としてギターを弾いていたりする。
そして、BBSに出入りするようになってからはこの格納庫を練習場として時々提供して
もらっていたのだ。
 由美はギターを抱えると、瞬たちのほうを振り返った。

「ちょうどいいや。あんたらも聴いてくかい?」
「わぁ〜、聴きたいです〜!」
「うんっ! 聴かせてよ!」

 ラシュネスと瞬が喜んで賛成し、隣のユーキも頷いて賛同の意を示す。他のロボット達
(床にのびてるの除く)も同様なのを見て、由美は満足げに頷き、近くの椅子に腰を下ろ
した。左手で弦を押さえ、コードを確認してから右手が軽やかにギターを爪弾き始める。
決して激しくはないものの、その内に秘めた情熱がにじみ出てくるような静かで熱い旋律。
まるで、由美そのもののようなその演奏に、みんなが静かに聴き入っていた。
 その演奏の最中、ユーキがとあることに気づき、小声で瞬に耳打ちする。

「ね、あっち……」
「?」

 ユーキが指差す方向を見て、瞬もああなるほどと納得する。二人の視線の先にいたのは、
腕を組んで壁に寄りかかっているエクシード。一見そっぽを向いているようだが、その実、
心地よさそうにギターの音色に身を揺らせている。

「エクシードの趣味って、由美ねーちゃんのギターを聴くことだったんだね」
「……だね」

 瞬とユーキは顔を見合わせ、くすっと笑いあう。そして二人も、由美の奏でる旋律の中
に身をゆだね始めた。


 やがて由美の演奏が終わり、閉じられていたまぶたがゆっくりと開かれる。少しの沈黙
の後、格納庫の中がそこにいた全員の拍手に包まれた。

「よかったよ、由美ねーちゃん!」
「すばらしい演奏でした、由美さん」

 瞬とグランリッドが、口々に賛辞を述べる。また別のところでは、ラシュネスがめうめ
う言いながら拍手を続けていた。

「めう〜、よかったです〜。私、感動しちゃいましたぁ〜!」

 みんなからの賛辞を受け、由美は頬をかすかに赤くしながら頬を掻いた。

「そんなに褒めるんじゃないよ。なんかむずがゆくなるじゃないか」
「由美がそんな顔をするとは、珍しいものが見られたな」
「ったく、人をからかうんじゃないよ」

 そう言って由美はフェリスに近づいていって、頭を軽く小突いた。その様子を見て、周
りのみんなが再び笑いに包まれる。
 みんなの笑いに包まれる格納庫内。その中心に、何の前触れもなく突如として光の柱が
現れた。

「な、何!?」
「瞬、由美、さがれ!」

 格納庫内に緊張感が広がり、フェリス達は光の柱に対して身構える。そんななか、ラシ
ュネスとユーキの二人だけは、それがなんであるか分かっているように顔を引きつらせて
いた。

「ユーキ、アレって……」
「……たぶん、ね」

 フェリス達が緊張しながら、ラシュネスとユーキが半ば呆れながら見つめるその先で、
徐々に輝きが薄れる光の柱の中から一つの人影が姿を現す。

「……と、やっと着いたか」

 そこから現れた女性を見て、ラシュネスとユーキがそろってため息をつく。そして、同
時に口を開いた。

「……トーコ」
「姉ちゃん……」

 二人の呟きを聞き、トーコと呼ばれた女性が二人の関係者と察したフェリスたちは、一
様に緊張を解く。一方のトーコは状況を知ってか知らずか、ラシュネスとユーキのほうを
向いてぴっと片手をあげて見せた。

「やっ、二人とも、無事だったみたいね」
「無事だった、じゃないです〜」
「……俺達飛ばしたの、姉ちゃんだろ……」

 どうやら、話の内容からすると、今回ラシュネスとユーキがここに来た原因はこのトー
コにあるらしい。そういえば、この前ラシュネスを迎えに来たのもこんな感じの声だった
な、と瞬は思い返していた。
 ラシュネス達を適当にあしらっていたトーコが、ふと瞬たちの存在に気づいたかのよう
にそちらのほうを振り向いた。

「皆、ウチの弟達がお世話になったみたいね」
「あ、いえ……」
「君は?」
「あたし? あたしはこいつらの「保護者」よっ」

 親指を二人に向けながら、自慢げに胸を張るトーコ。その後ろでは、疑わしい目線を向
ける弟二人。トーコは当然の如くそんな二人を無視しつつ話を進める。

「というわけで、すまないけどこいつら、つれて帰るわね」
「ええ〜? もうちょっとゆっくりしましょうよ〜」

 未練がましく駄々をこねるラシュネスに、トーコはちっちっちっ、と指を振りながらに
らみつけた。

「ノンノンノン。あっちでやることなんて山ほどあンのよ!」

 そんな姉の様子を見ながら、ユーキは苦笑して瞬のほうを見た。

「ま、そういうわけだからさ、オレ達、そろそろ行くね」
「ユーキさん、ラシュネス……」
「めう〜、寂しいです〜……」
「二人とも、元気でな」

 二人とも、皆との別れを惜しみながらトーコの元へと歩み寄っていく。それを見たトー
コは、一つ頷いて精神を集中し始めた。そして、再び立ち上った光の柱が3人の体を包み
込んでいく。

「ラシュネス! ユーキさんっ! 二人とも、げんきでっ!」
「瞬君もッ!」
「……じゃあね」
「……いくわよ!」

 光の柱から爆発的な光が迸り、辺りを輝きが覆いつくす。やがて、光が収まった後には、
何もない空間だけが広がっていた。まるで、初めからそこには何もなかったかのように。
 瞬は、目の端に少しだけ浮かんだ涙をぬぐうと、微笑を浮かべて光が消えていったかな
たのほうを見上げた。

「バイバイ、ラシュネス、ユーキさん」

 本来ならばありえなかったはずの、異世界の人々との邂逅と再会。それは勇者達を包ん
だ、奇跡のような、ほんの束の間のフェアリーテイル。

〜fin〜


 生徒会特別会員、嘉胡きわみさんの生徒会特典リクです〜。

 「ロボット達の趣味」という題材でリクエストを頂きましたが、せっかくなのできわみさんから

頂いた「ある日、森の中で」の続編と言う形でラシュネスのキャラに登場願いました。

 いやぁ、いったん書き始めてからは楽しかったです〜。改めてみんなの趣味のことを考える

いい機会にもなりましたし、人様のキャラを書く楽しみも改めて知れた気がします。

 ラシュネスのキャラって、ホントに魅力的ですね〜。本音言うともっと色々やりたかったです。

 では改めて、きわみさん、ステキなリクありがとうございましたっ!

 

<BACK>