『エルファーシア外伝 北の銀十字』

 

〜プロローグ〜 閃光の神子

 ここは、グランシス聖王国の北の辺境にあるとある村。この日、ここを訪れた旅芸人の一座が旅立ち
の朝を迎えていた。また、一つの別れも、同時に行われていた。
「それじゃお別れね、みんな」
長身の美女が旅の一座に、名残惜しげにそう告げた。一座のみんなもみな一様にこの別れを惜しんでい
る。一座の一人が、美女に声をかけた。
「なぁ、ホントに行っちまうのかい?できりゃ、もう少し…」
そばの女の子も声をかける。
「おねえさま、後少しだけ、ここにいてくれませんか?」
美女は、困ったような顔をし、そして女の子の肩に手を乗せ呟いた。
「ごめんなさいね。私も一緒にいたいんだけど、やらなきゃいけない事があるのよ。分かって頂戴」
「おねぇさまぁ…」
「その代わり、目的が片付いたら必ずここに戻ってくるわ。約束よ」
「約束、ですよ。お姉さま…」
それが合図となり、他の団員たちも彼女に軽く声をかけ、そして旅立っていった。そして後には、美女
一人が残されていた。
「さぁって、行こうかしらね」
美女は、この先にある村に向かって歩き出した。その村の名はシェルクロス。闇の剣の伝説が残り、そ
れを祭った神殿のあることで有名な村である。美女の目的は、その闇の剣だった。
 美女の名はカミーユ・レヴァール。グランシスきっての花形役者であると同時にエルファーシア十二
神具の一つ、閃光槍を持つ伝説の英雄、エルファーシア十二闘士の一人であった。

〜第1章〜 銀十字の町


 カミーユはわずかの手荷物を携え、村があるであろう方角へと歩き出した。
 本来、一人旅と言うのは危険な事この上ないのだが、この美女はまるで近くを散歩するような感じで
歩いている。
 カミーユ・レヴァール。表では旅の役者として有名な人物である。自由気ままに旅をしてはあちこち
の旅の一座を渡り歩き、どの劇団にあっても、その卓越した演技力と、男役、女役を問わない不思議な
魅力で周囲をとりこにしている、どの劇団ものどから手が出るほど欲しい役者なのである。しかしなが
ら本人はいずれにも属さず、気まぐれに入団しては気まぐれに去っていくと言う生活を繰り返している。
それというのも、彼女には目的があるからだ。

 歴史に名を残す伝説の武具『エルファーシア十二神具』。カミーユは十二神具を持つエルファーシア
十二闘士の一人で、十二神具・閃光槍(せんこうそう)の所持者だが、過去の大戦において神具は、そ
の半数が失われてしまっている。
 主殺しの妖刀、華血刃(かけつじん)。退魔の銃、降魔銃(こうまじゅう)。闘神の拳、破神拳(はじ
んけん)。空間を断つ斧、轟滅斧(ごうめつふ)。全てを防ぐ障壁、光皇陣(こうおうじん)。そして、
闇を司る魔剣、闇十字(やみじゅうじ)。
 この内の華血刃と降魔銃は他の十二闘士によって発見されているが、残り4つの神具の行方はようと
して知れない。カミーユの目的とは、失われた残りの神具を探し出す事なのだ。


 そして彼女は、その神具のうちの一つ、闇十字を求めてこの村へとやってきた。
 村を目指して森を横切るカミーユ。森と言っても、ちゃんと街道が整備されていて道に迷う事はない。
しかし安全と言うわけでもなく、今もカミーユの前に一匹の狼が立ちはだかっていた。
 ただの狼ではない。その瞳は赤く染まり、爪や牙が異様に発達している。そして、その闘争本能のみ
を強めたかのような瞳は、明らかに生物のそれとは違う輝きを放っている。
 この世界には、異次元より現れる魔物、『歪み』と言うものが存在する。『歪み』は、純粋な破壊本能
のみを持った存在で、ひとたび発生すれば周囲に多大な被害を及ぼすが、『歪み』自体の寿命と言うの
は、実はそれほど長くなく、半年以上生きているのは本当に稀で、長くて一月、短ければ2、3日で消
滅する。
 そこで『歪み』は、より長い間破壊を行うために他の生物に取り付く事がある。そうした『歪み』は、
その生物と同じだけの寿命と、依り代となった生物の能力を得ることが出きるのだ。こう言った、『歪
み』に取り付かれた生物を一般に『モンスター』と呼ぶ。
 今、カミーユの前にいる狼も、そのモンスターの一匹だった。唸り声を上げながら、どう料理してや
ろうかと睨みつけている。一方のカミーユはそんな様子を、余裕を持って眺めていた。
「あらあら、困ったわねぇ。どうしようかしら?」
困ったような事を言いながらも、その微笑からは言葉のような危機感は感じられない。いつまでも余裕
のカミーユに対し、いらだった狼は攻撃態勢を取った。
「どーも。見逃してはくれなさそうね…」
仕方ないと言った感じで胸元からネックレスを取り出す。そして、そのネックレスに着いている杖のよ
うな飾りを鎖からはずそうとした、その瞬間だった。

 ガサガサッ! ザンッ!
 横手の林から突然人影が、カミーユと狼の間に割って入った。その人影は、狼に対し剣を突きつけ威
嚇している。狼は、人影を最初の獲物と認識し、人影向けて襲いかかった。人影も、剣を水平に構え、
狼向けて走り出す。
 そして、牙と剣のシルエットが交差した。
 ほんの一瞬、両者は駆け抜けたそのままの体勢で停止していたが、そのすぐあとに空中に血飛沫が舞
い、狼が雪の上に倒れた。
「な、なんなのよ…一体…」
 勢いを挫かれた上、まるで映画のようなワンシーンを見せられ、カミーユはしばしぼーぜんとしてい
た。ぽかんとしていると、人影が振り向き、声をかけてきた。
「……大丈夫?」
流れるような長い黒髪に想像していたよりもずっと高い声。頬に返り血がこびりついている。
 人影は女性、しかも、まだ少女と呼んで差し支えのない女の子だった。胸部だけを被うブレスト・ア
ーマーに、簡易の手甲と膝当てをつけている。機動性を損なわないための最低限の装備だが、それらも
モンスターの返り血を浴びて赤く染まっている。
 先程狼と死闘を演じた剣士が、こんな女の子だったということを知り、二重の驚きでますますボーっ
とするカミーユ。
 すると、カミーユの答えがないのを見て、少女はさらに声をかけてきた。
「……どこか、怪我をしたの?」
カミーユは我に戻り、慌てて笑顔を取り繕う。
「だ、大丈夫大丈夫、全然平気よ!あなたのおかげね」
「そう…よかった…」
そこでカミーユは、少女の話し方にあまり抑揚がないことに気付いた。
 感情を余り表に出さない子なんだろうか?そんな事を考えていた時、少女の出てきた林のほうから、
さらに人がやってきた。どうやら、この少女を探しているらしく、大声を上げながらこちらに向かって
きている。
「マイ!やっとみつけた!」
ようやくこちらについた人物は、まず第一声にその言葉を上げた。その人物も、この剣士の少女と同じ
位の少女で、杖を携えている。新芽のような、長く淡い緑髪が特徴的だった。
「…サユリ、遅い」
息を荒げながら声をかけた少女に対し、黒髪の少女がそっけなく答える。
 この会話の流れから言って、どうやらこの黒髪の少女の名前はマイで、緑髪の少女のほうがサユリと
いうらしい。
 そんな事を考えていると、サユリがカミーユの事に気付いた。
「ねえ、マイ。そっちの方は?」
「…モンスターに襲われてたから、助けた」
「そっか!さっきマイがいきなり駆け出したのはそのためだったのね!」
仲良く話す二人に対し、カミーユがおずおずと声をかける。
「あのー、ひとつ、たずねたいんだけど…」
その声に、サユリがすばやく反応した。
「あ、すみません。…何でしょうか?」
「あなた方、何者なの?」
「サユリ達ですか?サユリ達はシェルクロス自警団のメンバーです」
「はー、自警団ね…納得だわ」
 ここで一つ説明しておこう。自警団と言うのは、書いて字の通り、村や町単位で自分たちの村の治安
を維持する民間警察のようなものである。が、この世界においては、人を取り締まると言うよりも、む
しろ『歪み』やモンスターから村を守る戦士団と言った意味合いが強い。
 そのため、辺境に行けばいくほど、より強い自警団が構成され、このシェルクロスの自警団も、かな
りの精鋭ぞろいと呼び声も高い。カミーユが納得と言ったのも、そうした訳なのだ。
「ところで、こんなところで何をなさっているんですか?この辺はモンスターが多くて危険ですよ」
「私、これからシェルクロスに向かうところなの。そこであいつに出くわしちゃってね」
「そうなんですか。でしたら、サユリ達が村までお送りしますよ!」
「え?でも、見まわりの途中なんじゃ…」
「もう終わりで、これから帰る所だったんですよ。ですから、気になさらないでください」
「……一人旅は、危険」
「う〜ん、それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
「はい!まかせてください!…え〜と、お名前なんて言うんですか?あ、サユリはサユリ・フェルディ
ナンです。それからこっちが…」
「…マイ・ピュアリバー」
「マイにサユリね、呼び捨てでいいでしょ?私はカミーユ・レヴァール。気軽にカミーユって呼んでね」
そして三人は、銀十字の町・シェルクロスへと向かった。


 カミーユが自警団のマイとサユリにつれられる事数刻、その後はモンスターに襲われる事もなく無事
にシェルクロスへとたどり着いた。
 そして現在、カミーユはその自警団の詰め所にいた。
「それじゃカミーユさんも、『銀十字祭』を見にこられたんですか?」
「ええ、ちょうどオフも取れたし、一度来てみたかったのよ」
ちなみにこれは嘘八百である。本当はサユリの話を聞くまで祭りの事を忘れていたのだ。
 しかし、そこは現役の役者として、見事な演技でごまかしている。
「それでなんだけど…どこか空いてる宿はないかしら?どんなとこでもいいんだけど…」
カミーユが質問をすると、マイとサユリは困ったように顔を合わせた。
 それから少しして、再びサユリが口を開いた。
「すみません。実はちょうど昨日、全ての宿が埋まってしまったんです」
「…お祭りを見に来た人で、どこもいっぱい」
「…どこも…ないの?」
呆然とするカミーユ。
「タイミングが悪い」
 そっけなく言い放ったマイの言葉にカミーユはますます肩を落とす。
「…この際、雨風凌げればどこでもいいんだけど…どこかない?」
とりあえず、と言った風情で質問するカミーユ。
 実はもう、適当なところを見つけに出かける覚悟を決めていたのだが、サユリの口から思いもよらな
い言葉が出た。
「あの、もし良かったら、サユリの家に来ませんか?」
「え?い、いいの?」
「はい、サユリの家は少し余裕がありますし、それに女性の方を外に放り出しておく訳には行きません
から。マイもいいよね?」
「サユリがいいなら、別にいい」
あいも変わらず無表情で答えるマイ。
 周りの人たちの話によると、この二人はこの辺では結構有名なのだそうだ。コインの裏表のように正
反対な性格が特異な感じを持たせるのだろう。
 とりあえず、サユリの提案はカミーユにとって願ってもない事だったのでその申し出を喜んで受ける
事にした。
「かわいい女の子二人に誘われて断るのもなんだし、お願いしちゃおうかしら?」
「はい!それじゃ、サユリの家に案内しますね」


 自警団の詰め所を後にする事数分、カミーユの前には大きな屋敷がそびえていた。当然ながら、言葉
を失っている。
 ここまで来る途中に聞いたのだが、フェルディナン家というのはシェルクロスの名家で町にかなりの
勢力を持っているらしいのだ。つまり、サユリはそこの貴族令嬢と言う事になる。
 そんなお嬢様がなぜ自警団の団員などをやっているのか不思議だったが、それはあえて聞かない事に
した。色々と事情があるのだろう。
 そんなこんなで、カミーユは屋敷の中に通され、一つの来客用の部屋をあてがわれた。ちなみに、マ
イもこの屋敷に住んでいるのだそうだ。食事を終えた後、とりあえず荷物を置き、ベッドに身を投げ出
すカミーユ。
「ふかふか〜!タイミングは悪かったみたいだけど、かえってラッキーだったみたい!」
ふかふかの羽毛の感触に感動しながら思い切り伸びをする。なんだかんだいっても、やはり旅の疲れと
言うのが出ていたみたいだ、町の探索は明日からになるだろうとカミーユは考えていた。
 次の日からの予定を色々と考えながら寝転んでいると、不意にドアがノックされた。
「はい、どなた?」
「サユリです!カミーユさん、お風呂はいりますか?」
「え、お風呂!?入る、入るわ!」
そう返事をすると、早速荷物から着替えを取り出して部屋から出る。旅の生活では、こういった機会が
めったにないため、こうした事は結構貴重なのだ。

 ドアを空けると、部屋の前にはサユリが立っていた。
「用意できました?サユリが案内しますね」
そういってサユリは歩き出し、カミーユはその後に続く。
「悪いわね、何から何まで」
「気になさらないでください、お客さまをおもてなしするんだから当然ですよ」
「うふふ…ありがと!」
そんな他愛のない話をしているうちに、風呂場らしき場所の前までやってきた。
「ここですよ。どうぞゆっくりしてください」
そういってサユリは去って行った。それを見届けてから、カミーユは浴場のドアを空けた。

 まず、脱衣場で身につけているものを取っていく。服を全て脱いだ後タオルを体に巻き、風呂場への
ドアを空けた。むっとする熱気が立ち込める。その内装をみて、カミーユは感嘆の息を漏らした。
「すっ……ご〜い、さすがって感じね…」
そこはごく一般的な家よりもやや広いながら、決して派手な装飾ではなく、しかしながら格の高さを感
じさせるまさに上流家庭と言わんばかりの浴場だった。大人三人ぐらいなら余裕で入れるだろう。
 その中にカミーユは足を踏み入れた。まずはタオルを取り、近くの手桶で湯船の湯をすくい体にかけ
る。湯の柔らかい暖かさが体に染みていった。
「ん〜〜!きもちい〜!」
一通り全身をぬらした後、ボディタオルに石鹸をつけ、全身をくまなく洗っていく。隅々までしっかり
洗い、泡を流し、その流れで髪の毛も洗っていく。カミーユの髪はとても長いので洗うのにも一苦労す
る。本人はこのロングヘアーを気に入っているが、これだけが唯一の難点だ。やっとの事で髪をすすぎ、
髪をタオルでぬぐう。湯船で髪が濡れない様に髪をまとめ、湯船に思いきり身を浸からせる。
「あ〜しあわせ〜。このために生きてるって感じね〜」
そんな、至上の幸福に浸っている時だった。
 脱衣所の方でドアの開く音がした。初めは使用人か誰かが何かをしに来たのかと思っていたが、服を
脱ぐ衣擦れの音がかすかに聞こえてきて、カミーユは慌て出した。その人影は、体のラインから見て女
性のようだ。
「ちょ、ちょっと!だ、誰!?」
カミーユはうろたえながら問いかける。すると、人影から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……私」
それは、間違いなくマイの声だった。カミーユの狼狽が目に見えてひどくなる。
「あ、ちょっ、マイ!?なんなの!?」
「…カミーユ、私も入る」
「は、入るって、私いるのよ!?」
「…女同士だから、問題ない」
「問題大有りなのよぉぉぉぉ!!」
カミーユは完全にパニックに陥っていた。その間にも、マイの手がドアにかけられる。
「入る」
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ドアの開く音と、カミーユの絶叫が綺麗に唱和した。

 ちょうどその時、おもむろに風呂場へ向かったマイを追ったサユリが、カミーユの悲鳴を聞きつけ大
急ぎで風呂場へとやってきた。
「どうしたんですか!?」
戸を開いたサユリの目に、信じられないものが映った。
 まず、手前でマイがタオル一枚の姿で座り込んでいる。そしてその先には深く湯船に身を沈めたカミ
ーユと、ここまでは別に何でもない。問題は、カミーユの首から下なのだ。
 湯船に揺らめいて見えるその体は、豊満な胸ではなく、華奢に見えるが、無駄なく筋肉の付いた、平
らな胸板。そう、これまでカミーユの事を『彼女』と呼んでいたが、正確には『彼女』ではなく『彼』。
カミーユは、れっきとした男なのだ。
 本人の名誉のために付け加えておくが、彼自身としては自分は男だと思っており、断じてオカマの類
などではない。
 しばしの沈黙が流れた後…
「キャァァァァァァァァァ!!」
我に返ったサユリによる本日二度目の絶叫が屋敷に響き渡った。
 

「ごめんなさいね。別にだますつもりはなかったんだけど…」
ここはサユリの自室。あの後、とりあえず別々に着替えた二人とサユリはこの部屋でカミーユの話を聞
いているのだ。
 小さ目の円卓に椅子を三つ並べて、お互いが向き合うように座っている。円卓の上には、ビスケット
などのお菓子が菓子皿に盛られ、三人の前に並べられたカップには薫り高い紅茶が香ばしく湯気を立て
ている。
「カミーユさん…男の方だったんですか…」
サユリが、いまだに信じられないと言った顔をしている。カミーユは、なんとなくばつが悪げに答える。
「こう言うのが普通だから…前もって言っておくの忘れちゃって…」
「カミーユ…おかまさん?」
紅茶をすすっていたマイが、カミーユを横目で見ながら口を開く。
「ち、違うわよ、私は男!おかまとか、そんなんじゃないわ」
「でも、女のかっこして、女の喋りかたしてる…」
「違うの!たしかに女装は趣味だけど、喋り方は小さい頃からこうだったからこれが自然なの!」
「でも…すっごく美人ですよね〜。服を着てれば、誰だって女の人と間違えますよ」
「うふふ、よく言われるわ」
美人と言われて、機嫌を良くするカミーユ。男のつもりでも、女の格好をする以上、美人と言われて悪
い気がしないのだろう。
 ふと、カミーユが思い出したようにいたずらっぽい視線をマイの方へ向ける。
「でも〜、マイに私の裸見られちゃったわね〜?」
すると、マイは視線を逸らしながら答える。ほのかにだが、ほおが赤く染まっている。
「…全部は見てない…それに、裸見たのはカミーユも一緒」
「あら、私はタオル一枚どまりよ。…まぁ、あれはあれで色っぽかったけど」
ますますうつむくマイ。カミーユが、その様子を面白そうに眺めている。すると横から、サユリがカミ
ーユに話しかけてきた。
「カミーユさんも、やっぱりそう言うのに興味あるんですか?」
「まぁね、これでも一応男の子だし…っん」
そう言うとカミーユは、残りの紅茶を一気に飲み干した。
「それじゃ私、そろそろ部屋に戻るわね」
「あ、そうですか?…おやすみなさい、カミーユさん」
サユリは、笑顔で挨拶をする。
「…おやすみ」
対してマイは、視線だけをカミーユに移してそっけなく言う。ただ、こうした態度が彼女にとって一番
自然なものだと言う事をある程度分かっているので、特に気にはしていない。
「おやすみ、マイ、サユリ。紅茶、おいしかったわ」
カミーユは微笑んで挨拶をし、自分の部屋へと戻っていった。それからそのままベッドへと潜り込み、
特に何も考えることなく眠りへと落ちていった。


 翌日…
 目覚めたカミーユは、着替えて朝食を取りにいく途中で自警団の服装をしたマイとサユリとすれ違っ
た。
「あ、カミーユさん。おはようございます!」
「…おはよう…」
「おはよ、ふたりとも!ずいぶん早いのねぇ」
「サユリ達はこれから自警団のお仕事です。今日から銀十字祭ですから特に忙しいんですよ」
「ふ〜ん、たいへんねぇ…二人とも、頑張ってね!」
「はい!カミーユさんはお祭りを楽しんでくださいね。お部屋のほうは自由に使ってくれて構いません
から」
「ありがと!それじゃ、気をつけてね〜」
カミーユの見送りを受けて、二人は自警団の詰め所のほうへと歩き出した。姿が見えなくなるまで二人
を見送ってからカミーユも朝食を取りに戻る。

 パンにサラダにスープと、思いのほか質素な朝食を済ませ、カミーユは早速町へと繰り出した。
 銀十字祭の行われている神殿前には、既に数多くの出店が建ち並びかなりの賑わいを見せていた。
 あちこちに並ぶ露天商に色々な芸を披露する大道芸人、神殿のほうへ参拝に向かう人々と肌で祭りだ
と感じさせていた。
 このシェルクロスの銀十字祭と言うのは、グランシスでもかなり有名で大規模な祭りで、三日間の前
祭とその後一日の本祭、そして最後一日の後祭の五日間で構成されている。前祭では、この様な出店や
祭りの実行委員会による各種催し物が行われ祭りの余興とは思えないほどの賑わいを見せる。
 そして、メインとなる本祭ではこの祭りの名前にもなっているシェルクロス神殿の御神体である銀十
字が年にたった一度だけ、人々の前に公開される。
 この銀十字を神殿の奥より表へと持ち出すのは、町の、二十歳未満の少女の手によって行われ、その
役目は「銀十字の花嫁」と呼ばれその後一年の安泰を約束される年頃の少女が誰もが憧れるものなのだ。
 銀十字はこの後一日表に出された後、また銀十字の花嫁の手によって神殿の奥ふかくへと納められ、
祭りは終わりを告げる。
 その前祭の様子を楽しみながら、カミーユは町の中心にある神殿へと向かっていった。神殿の前門ま
で来たところで、その前を歩く見覚えのある二人組を見つけた。カミーユは、その二人に近づいて声を
かける。

「マーイ、サユリ!」
二人はその声に気付き、驚いた顔で振りかえる。最も、マイのそれはぱっと見ただけでは驚いていると
分からないものなのだが。
「あ、カミーユさん。カミーユさんもこちらに来られてたんですか?」
「ええ、二人は何をしてるの?お祭り見物かしら?」
「…ちがう」
マイがポツリと答える。サユリはフォローをするようにその後を続けた。
「サユリ達、場内警備をしているんですよ。銀十字際の間はこっちのほうがメインになるんです」
「あ、そっか。お仕事だって言ってたものね」
「一応、自警団ですから」
サユリが、もっともらしく答える。
 人によってはいやみに聞こえてしまいそうなものだが、この少女が言うと、どんな言葉でも毒気が抜
けてしまい心地のいいものになる。
 すると珍しくマイが自分からカミーユに問いかけてきた。
「カミーユはここに、何しに来たの?」
「私?ただのお祭り見物よ?」
「…神殿に、なんの用?」
「う〜ん…実はね、ちょっとだけ御神体を見せてもらおうかな〜なんて、ね」
すると、二人は顔を見合わせた。ちなみに、どう見ても「それじゃ、ちょっとだけ」と言った話をして
いるようには見えない。
「やっぱりダメ、かな?」
サユリが振り向き、それに答えた。
「ダメ、ですね〜。と言うか、お見せする事ができない、と言うほうが正しいんですけど」
「やっぱり。門外不出って奴なのね」
「あ、そう言うわけじゃないんです。…見てもらったほうが早いですね、行って見ます?」
「あら、いいの?」
「はい、多分、見てもらうのが一番だと思いますし」
そうして三人は神殿の中へと入っていった。


 このシェルクロス神殿は、銀十字が奉納されている本殿を中心として、その周囲をぐるりと囲むよう
に神官たちの勤める別院が立てられている。三人はその別院を通りぬけ、中庭を通り本殿へとたどり着
いた。
 ここは、何人かの僧がいるだけで、外の騒ぎが嘘の様に静まり返っている。その静寂の中、三人は本
殿の入り口の前に立っている。
「へぇ、ここに銀十字が…でも、なんで入られないの?立ち入り禁止とか?」
「いえ、そうじゃないんです…とりあえず入ってみてください。サユリの言った意味がわかりますから」
「ふーん…」
いまいち要領を得ない返事をしながら、カミーユは扉を空けた。
 中はずいぶんと暗く、手を伸ばした先でさえ見えそうにない。少々不気味な感じはしたが、とりあえ
ず中へと進んでみた。
「暗いわねぇ…明かりくらいないのかしら?」
カミーユがそうぼやいた時、少し前に光が見えた。カミーユはやっと見えたその光目指して歩いていく。
「あら?」
とぼけた声を出すカミーユ。
 それもそのはずである。カミーユが光を抜けたその先には、外で待っているはずのマイとサユリの姿
があったのだから。さらにその先には、先ほど通ってきた別院の門が見える。
「私…中に入ったはずよねぇ?」
呆然としたままで、誰に問うでもなく問い掛けるカミーユ。
「あの、お分かりいただけましたか?中に入れない理由」
サユリの気遣うような声で、カミーユはやっと我に返った。
 冷静になって現在の状況を整理してみる。
「私、中に入ってまっすぐ進んでたのよね…そしたら光が見えて、それで出たら外で…」
「そうなんです…この闇のせいで、誰も奥まで入れないんです」
「闇?」
カミーユは振りかえり、もう一度入り口をよく見てみる。
 そこには、先ほどは暗がりに見えた闇が一面に漂っており、カミーユの超感覚はそれが強い魔力を帯
びたものだと直感した。
「なるほど…この闇が結界の役割を果たしてるのね…」
ひとしきり納得したカミーユではあったが、そこで一つの疑問が浮かび、振りかえってその事をサユリ
に聞いてみた。
「ねぇ、銀十字ってこの中にあるのよねぇ?」
「はい、そうですよ」
「でも、この闇のせいで中には入られないわ。だとすると、あなた方はどうやって銀十字を取り出して
るの?」
「確かに、普段は入れません。だけど年に一度、銀十字祭の本祭の日にだけこの闇が晴れるんです。そ
して後祭の夜に本殿に銀十字を納めると、再び中は闇に覆われるんです」
「は〜、なるほどね。そう言うからくりになってるわけか…」
「ですから、本祭にならないと銀十字は見れないんです。それまでは我慢してくださいね」
「そう言うわけじゃ、仕方ないわね。それまではお祭りを楽しむとしますか」
とりあえず、この場は引くことにしたカミーユはもと来た道を戻り始めた。


 その途中、別院に差し掛かったあたりで、見知らぬ老いた僧が声をかけてきた。
「おや、サユリお嬢さんにマイさんではありませんか。お勤めご苦労様です」
「大僧正さま、ご無沙汰しています」
「…こんにちは」
「ほっほっほっ、お二人とも相変わらずですな…おや、そちらの方は?」
「この人は今家に泊まっている旅人さんで…」
「カミーユ・レヴァールですわ。旅芸人をしておりますの」
軽く会釈をするカミーユ。しかし、大僧正は鋭い目でカミーユを見つめている。
「あの、私の顔に何か?」
「そなた…ただならぬ強い力を持っておりますな…何故ここに参られた?」
大僧正の言葉に、カミーユも微笑を消し、戦士の顔を垣間見せる。しかし、それも一瞬でまたいつもの
柔らかな微笑を取り戻す。
「あら、お気づきになられたんですの?…また、後ほど伺いますので、その時にでも」
カミーユの言葉に大僧正もまた、人の良さそうな老人の顔に戻った。
「それもそうですな。今日はめでたい祭りの日、何もない町ですが楽しんでいってくだされ」
それからおのおの軽く挨拶し、三人は神殿を出た。


「カミーユさん、サユリ達は警備に戻りますね」
「そうね、もう少し一緒にいたかったけど仕方ないわね」
「…私達も、暇じゃないから…」
マイが冷たく言い放つ。しかしカミーユはこちらもあいも変わらずに飄々と受け流す。
「マイ…あなた、もう少し愛想良くならない?そしたらもてると思うんだけどな〜」
「…余計なお世話」
視線を逸らして答えるマイ。見方によればどこか照れているようにも見えなくない。
「うふふ、それじゃお仕事頑張ってね!」
「はい!」
「…カミーユも」
「はいはい、じゃあね!」
それを合図に、三人は思い思いの方向へと別れていった。

 三人が別れてしばらく、祭りの一角ですごい人だかりができていた。人々の中心からは、美しい音楽
が流れていた。
 しかし、人々の目が集中しているのは演奏者ではなく、その旋律にのって舞う美しい女性だった。
 まるで音楽と一体になったかのように軽やかに、流れるようにステップを踏み、それに会わせて動か
す腕も、指先までがダンスと見事に調和し、見る人々を魅了する。
 音楽の変化と共にステップのリズムを変え、風に舞う木の葉のようにターンを決める。
 そして音楽が終わり、女性もフィニッシュを決めると、周りからいっせいに喚声が上がった。
 口々に二人を称える人、チップを投げ入れていく人。その喧騒の中で、演奏者の男性と、ダンサーの
女性が硬く握手をしていた。
「いやぁ、あんたすごいな!こっちも思わず見惚れてしまったよ!」
男性が興奮冷め遣らぬといった感じで熱く話す。女性は柔らかな微笑でそれを受け止めた。
「音楽が良かったからよ。あなたも、いい腕してるわ。これなら中央でも活躍できるわよ!」
「なぁあんた、なんて言うんだい?良かったら教えてくれるか?」
「あら、人に名前を訪ねるときは自分から名乗るのが礼儀じゃなくって?」
「これはすまない。俺はザバックってんだ」
「カミーユ、カミーユ・レヴァールよ。あなたのことは忘れないわ」
そう、踊っていた女性はカミーユだったのだ。
 実は二人と別れたそのすぐ後、カミーユは道端でストリートライブをしていたザバックをみかけ、躍
らせてくれないかとカミーユから話を持ちかけてみたのだ。同じアーティストどうし、意気投合した二
人はすぐにライブを始めた。
 するとカミーユの美しい舞いが通り過ぎる人々の目を惹きつけ、あれよあれよと言う間にとんでもな
い人だかりが出来上がってしまったと言うわけなのだ。
 この後二人は、観客たちになかなか放してもらえず、都合5曲を踊る事になり、一躍前祭のナンバー
ワンイベンターとなったのだった。結果、カミーユが屋敷に戻ったのは日が沈んでずいぶんしてからの
ことになってしまった。


 屋敷へ戻り、夕食を済ませ少ししてから、カミーユはおもむろに表へ出た。どうしても確かめたい事
があったので、再び神殿へと向かったのだ。真っ暗な夜道を迷うことなく歩いていく。
 ややあって、カミーユは昼間の神殿へと再びたどり着いた。夜の神殿と言うのは、ただでさえ不気味
で、どこか神秘的なものである。それが、昼間の一件でより増幅されているようだった。
 その傍らには大僧正が立っている。
「やはり、おいでくださいましたか…で、率直なところ、そなたは何者ですかな?」
その問いかけに、カミーユはややおどけて答える。
「ただの旅芸人…というのは仮の姿で、実は人知れず悪と戦う正義の味方なの」
「『歪み狩り』…ですかな?」
「いいえ…こう言って分かるかしら?エルファーシア十二闘士と…」
「なんと…!」
カミーユの答えに、大僧正は驚愕の表情を見せた。
 エルファーシア十二闘士。かつて、神と悪魔の呪縛より人類を解き放った十二人の英雄で、神をも凌
駕する力を持った十二の武器『エルファーシア十二神具』を持つものの総称である。
 その名は最早伝説と化しており、今なお人類の英雄として称え続けられているが、一般の人にとって
はあくまで伝説の存在であり、十二神具を携えたものとかかわる事はまず皆無に等しい。
「そ、そなたは…あの十二闘士のお一人なのか…!強き力を感ずるも道理…!」
「十二闘士なんて言っても、過去の亡霊よ?それも、五千年前のね」
 伝説の存在、十二闘士。半数は過去の悪魔王との戦いで生きたえてしまったが、生き残った半数の十
二闘士は、未来の破滅を危惧し自ら永き眠りへと就いていたのだ。それが8年前、何らかの理由でその
眠りが醒め闘士達は現代へとよみがえった。
 カミーユもその一人なのだ。
「十二闘士の一人が来られたと言う事は…目的はやはり、銀十字ですかな?」
「ええ、正確には『失われた神具』の一つなんだけどね」
「左様ですか…しかし、昼にもおいでくださっているので分かってはいると思いますが、銀十字祭の日
を除き本殿は全てを拒む闇に包まれておりまする。せっかくご足労いただき失礼とは思いますが…」
 本当に申し訳なさそうに話す大僧正に、カミーユは優しい微笑を持って答えた。
「心配には及ばないわ。私の神具の力を使えばたとえ闇が立ちこめていても中に入ることが出きるか
ら」

そう言うとカミーユは、心配げな大僧正を尻目に三度本殿の入り口を開いた。
 しかし、すぐには入らず胸元からペンダントを取り出し、飾りの部分を鎖からはずした。その飾りを
右手に握り締め、前のほうへとかざす。
「我が神具、閃光槍よ。その真の姿を我が前に現せ」
カミーユの言葉と共に、右手がすさまじい光を発しその光はやがて一本の棒のようになってカミーユの
手の中に収まっていく。光が収まった時、その手には一本の槍が握られていた。腰を沈め、槍を構える。
「光よ!闇を切り裂け!」
槍に光が宿り、その光で入り口にわだかまる闇を一閃する。光の刃は一瞬にして中を覆っていた闇を切
り裂き、その内装をあらわにした。
「ま、こんなところね」
得意げに胸を張るカミーユ。ふと振りかえり、まだ驚いている大僧正に軽く手を振ってから本殿の中へ
と入っていった。そしてカミーユの姿が中に消えると、入り口は再び闇に閉ざされた。

 暗闇の中を、閃光槍の光をたいまつ代わりに進んでいくカミーユ。今度は、知らぬ間に入り口に戻さ
れていると言う事はなさそうだ。
 やがて、豪華な装飾が施された大きな扉の前にたどり着く。その奥からは、とてつもない大きな魔力
が感じられた。しかし、それを意に介すでもなく扉を開き、中へと進んでいった。
 中は、思った以上にさっぱりとした造りで、頑丈そうだが、はっきりいって何もない。その一番奥に
祭壇のような物があり、そこには一抱えほどもある巨大な銀色の手裏剣が祭られていた。手裏剣の中心
部分には魔力を秘めた宝玉が納められている。

 カミーユは感慨深げにそれを見つめ、そして、語りかけた。
「お久しぶりね、銀十字…いえ、エルファーシア十二神具が一つ、『闇を司る魔剣』闇十字…」
すると、闇十字はまるでカミーユの声に答えるかのように輝き出した。淡い明滅を繰り返し、その光で
話しているようにも見える。実際カミーユも、その声なき声を理解しているようだった。
「ホント、真魔戦争以来よね…まさか、こんな所で御神体やってるなんて思わなかったわ」
再び、闇十字が輝く。
「相変わらずはいいけど、おかまは余計よ。で、本題なんだけど…私、あなたを迎えに来たのよ。いい
かげんここも危ないんじゃないかと思ってね」
今度は、やや早めに点滅を繰り返す。それの意味するところを知り、カミーユは驚いた。
「『まだここを離れられない』ですって!?あなた、今どう言う状況か分かってるの?もうすぐ歪みが、
結界の消えたあなたを狙ってここにやってくるのよ!」
闇十字は、それに答える。
「『だから、待って欲しい』ってあなたねぇ…って、あぁ、そういうことね」
闇十字は沈黙した。それは、カミーユの考えを肯定しているものだった。
「つまり、銀十字祭が終わるまで待ってて欲しいのね?今あなたがいなくなるとせっかくのお祭りが台
無しになっちゃうから。で、それさえ終われば私について来てくれるって言うのね?」
頷くような輝きが、その言葉を肯定した。カミーユもそれで納得する。
「分かったわ…私、てっきり昔の事まだ気にしてるのかって思ってたけど、要らない心配だったわね。
…分かった!お祭りが終わるまで、あなたのことは私が守ってあげる!その代わり、約束は守ってよ
ね?」
闇十字は、最後に一回輝いた。それで、二人の会話は終わった。


 闇十字との会話が終わってより数分、カミーユは再び本殿の外へと出た。
「いかが…でしかたな?」
大僧正が、出てきたカミーユにそう問いかける。カミーユは答えずに、別の事を話しかけた。
「大僧正さん…あの銀十字…いえ、神具闇十字を私に譲ってくださらないかしら?」
「やはりあれは、伝説の十二神具でしたか…しかし、今お渡しするのは」
困惑する大僧正に、カミーユはおどけて答えた。
「別に今すぐになんてことは言わないわよ。お祭りが終わった後でいいんだから。」
しかし、すぐに真顔になって言葉を続ける。
「でも、歪みの侵攻が激しくなってきているわ。いかに闇十字と言えど、主無しじゃもう持たなくなっ
てきてるはず…なるべく早くに、私達が確保しておく必要があるのよ」
「そうですか…分かりました。今回の祭りが終わり次第、銀十字はあなたさまにお渡ししましょう」
「ありがとう。その代わり、祭りの間は私が責任を持ってこの街を守るわ」
その時カミーユは、遠くのほうで気が蠢いているのを感じた。
「どうかされましたかな?」
「…向こうの方で、誰かが戦ってる…?」
「誰かと言うと、もしや歪み…最近は本当に多い…五年ほど前からなのですよ、歪みがこれほどまでに
活発になったのは。それまではごくわずかにしか発生しなかったのですが、そのせいで自警団も強化せ
ねばならなくなりまして…結果、マイさんやサユリお嬢さんまで危険な目に会わせている。嘆かわしい
事ですよ。」
 カミーユは、ほんの少し考えるとすぐに大僧正に向きなおした。
「大僧正さん、私も一応行ってみるわ。町を守るって言った以上、放ってもおけないしね」
「おお、お願いします。なにぶんこんな時間ですからな」
大僧正に軽く礼をし、カミーユはその戦いの気配のする方角へと駆け出していった。


 町のかなり外れの場所で、その戦いは展開されていた。大型の歪みが三体、腕を振りまわしたりして
暴れている。それに対しているのが一人の剣士で、攻撃を上手くかわして歪みを翻弄している。剣士が
再び歪みの攻撃を避けたところに、先ほど神殿から駆け出してきたカミーユが駆けつけた。
「マイッ!」
その呼びかけに剣士―マイはカミーユのほうを振り向いた。
「カミーユ…危ないから下がってて」
「私、助太刀に来たのよ…マイ、前っ!」
カミーユの声でマイは上へと跳躍し、それまでマイがいたところを歪みの腕が薙いだ。間一髪でかわし
たマイだったが、空中にいるため身動きが取れず歪みがさらに追撃を加えようとする。
「………!」
歪みの一撃がマイを捕らえようとしたその瞬間、マイを攻撃しようとしていた歪みが絶叫を上げ大きく
ぐらついた。歪みの足元に目を向けると、いつのまにかカミーユがその胴体に閃光槍をつきたてている。
「あなた達の相手は私がしてあげる…光よ!」
カミーユの気合と共に閃光槍から歪みに光が流れ込み、叫び声を上げる間もなく歪みは消滅した。残っ
た歪み二体も異常を察知し、攻撃目標をカミーユにきりかえる。
「やる気になってくれたのね…いらっしゃい?」
そのカミーユの挑発に答えるように2体の歪みはいっせいにカミーユに殺到する。しかし、歪み達の攻
撃が命中したと思われたカミーユは、何ら変わらない姿でその場に立っていた。さしもの歪みも困惑す
る。
「さて、ここで問題。なんで攻撃の当たったはずの私は無傷なんでしょうか?回答時間は十秒ね」
訳の分からないまま、再び歪み達はカミーユに攻撃を加える。しかし、済んでのところでカミーユの姿
は掻き消えた。
「はい、正解は…」
いつのまにか歪みの背後に回りこんだカミーユがその背から閃光槍を突き刺す。更なる光の奔流に飲み
込まれ、その歪みは消滅した。
「『目に映らないくらい速くかわしていた』でした!」
最後に残された歪みは、やけになったかのように攻撃を繰り返すがそのいずれもカミーユを捕らえる事
はできず、超人的なスピードで突進してきたカミーユの一撃を受けて消滅した。
「これでおしまい…っと。ま、私を相手にしたのが身の不運よね」
少し髪の乱れを直すとくるりと後ろを振りかえり、ぽかんとしているマイのほうを向いた。
「どお?マイ。私も結構強いでしょ?」
マイは喋らず、ただこくんと頷いた。
するとカミーユは軽く微笑んだ後、いきなりマイの方へと駆け出し後ろに回りこむとマイの後ろから抱
きついた。これにはさすがのマイも驚く。
「…!?」
「うふふっ!ねぇ、惚れた?惚れた?」
いつもどおりのカミーユの行動にマイは少し落ち着き、いつもの調子でカミーユに言葉を返す。
「…少しでも感心した私がバカだった…」
「マイ冷た〜い。でも…少しは感心してくれたんだ!」
マイはいいかげんカミーユに抱き付かれているのがうっとおしくなったのか、首に絡んでいる腕を強引
に振り解くと、すたすたと歩き出してしまう。慌てて後を追いかけるカミーユ。
「ちょっと、マイ、待ってよ〜。どこ行くの〜?」
「帰る」
「もしかして怒ってるの〜?」
「別に」
これ以上カミーユに付きまとわれまいと歩くスピードを早めるマイ。カミーユもその後を追っていく。
「も〜、マイ冷たいわよ〜。私、マイの事好きなのに〜」
ついには駆け出すマイ。愉快そうにそれを追いかけるカミーユ。この奇妙な追いかけっこは二人が屋敷
にたどり着くまで続いた。