『エルファーシア外伝 北の銀十字』
〜第2章〜 策動する者


 屋敷に帰った後…
 カミーユは自分の部屋のベッドにこしかけると、腕につけている腕時計のスイッチを押した。
 この腕時計は『E・ウォッチ』と呼ばれる、グランシス聖王国から与えられた十二闘士の証で、ただ
の腕時計としての機能だけではなく、これを見せれば大体の国営施設の特別サービスを受ける事ができ、
簡単な周辺の地図が見られるなどの様々な機能がついている。
 今カミーユが起動させたのはその機能のうちの一つで、E・ウォッチ同士の間でならどんなに離れて
いてもホログラム映像で会話できるという、一種の通信機能なのだ。
 通信を送ってしばらくした後、E・ウォッチの文字盤から一人の青年の立体映像が浮かび上がってき
た。

「はぁい、レオン。元気してたぁ?」
レオンと呼ばれたその青年は疲れたように返答する。
『カミーユ…こんな時間に一体なんのようだ?安眠妨害もいいところだぞ』
「でも、通信に出たって事は起きてたって事よね?…王様も大変ね〜」
今カミーユと会話をしている青年の名はレオンハルト・フォン・ノエシスと言う。E・ウォッチで会話
している事からも分かるように十二神具の一つ・黒貴杖(こっきじょう)を持つ十二闘士の一人で、仲
間内からは『レオン』と呼ばれている。また彼は、十二闘士の一人であると同時にこのグランシス聖王
国の現国王であり、十二闘士達への様々なサポートは実質彼が行っていると言っても過言ではない。そ
して、十二闘士達に失われた神具の捜索を依頼したのも彼なのだ。
『世間話をするために掛けたのか?だったら切るぞ』
「ああっ、待って待って……安心して、ちゃんと情報はあるから。…で、いい知らせと悪い知らせがあ
るんだけど…どっち先?」
『いい知らせ…といってもさほどではないかもしれんからな…いい知らせから頼む』
「闇十字が見つかったわ。シェルクロスって町にあるの」
『シェルクロス…あの銀十字の町か。盲点だったな…で、持って来れるのか?』
「ああ、その点については問題ないわ。本人にも周りの人にも了解は取ったし…で、ここからが悪い知
らせなんだけど…」
『何だ?勿体つけずに早く言え』
「もぉ、せっかちねぇ。…その闇十字を歪みも狙ってるのよ。それも、町の人の話だと何年も前からみ
たい」
『そうか…やはりな…激しいのか?奴らの攻撃は…』
「そうでもないわよ。今日だって街外れで一回戦っただけだし。きっと闇十字の結界が消えてから一気
にって考えてるんじゃない?」
『ちょっと待ってくれ。闇十字は自らの意志で結界を張っているのか?』
「ああ、言ってなかったけ?闇十字は自分で結界張ってるの。でもずっとって訳じゃないみたいで、年
に一度だけ結界が消える日があるんだって。で、その日って言うのが…」
『銀十字祭の日か』
それに頷いて答えるカミーユ。レオンはしばらくの間何かを考えるようにうつむき、そして顔を上げた。
『カミーユ…迷惑を承知で頼むのだが、お前の力で闇十字を守ってくれないか?』
申し訳なさそうなレオンの問いに、カミーユは軽くウインクをして答えた。
「まっかせて!元々そのつもりだったから!」
『頼むぞ。十二神具を歪みの手に渡すわけには行かないからな!』
「うん、分かってる。私に任せて頂戴」
カミーユの自身たっぷりの答えを聞いて安心したのか、レオンはほっと一息つきカミーユに向き合った。
『ああ、何かあったらまた連絡してくれ』
「ええ。でも、今度はゆっくり会ってお茶でも飲みたいわね」
『そうだな、この件が一段落ついたらそうするか』
その言葉を最後に通信を切ったカミーユは、腕からE・ウォッチをはずしベッドの中へと潜り込む。
「後二日…か。ま、それまではお祭り楽しんじゃおうかな?」
瞳を閉じて、布団を深くかぶる。深い眠りに落ちていくまでさほどの時間はかからなかった。


「カミーユさん!おはようごさいまーす!」
「…おはよう」
翌日の朝、朝食を取りにホールを通りかかったところでマイとサユリの二人と顔を合わせた。
「おはようサユリ!今日も元気ね〜」
「はい、サユリはいつでも元気です!」
カミーユの挨拶に、言葉どおり元気いっぱいに答えるサユリ。
 その様子を見てから、今度はマイのほうを向いた。
「おはよ、マイ!今日は元気?」
「…私も、いつも元気」
こちらは言葉とは正反対の抑揚のない声で答えるマイ。ちなみにとても言葉どおり元気とは思えない。
やはり表情が与える印象と言うものが大きいせいだろう。もう少し表情豊かになればもっとかわいいの
にとカミーユは思う。
 しかし、そんな事はおくびにも出さずに、いつもどおりの会話をする。
「うんうん、マイだって元気よね〜?それで、二人は今日も警備のお仕事なのかしら?」
「あははー、お祭りの間はずっとお仕事ですよー!」
「うーん…大変ねぇ。疲れない?」
「大丈夫です。サユリ、こう見えても体は丈夫なんですよ」
「…私も、体力には自信がある。だから、大丈夫」
二人の頼もしい答えにカミーユはうんうんと頷き、一通りの激励をしてから二人を送り出した。
「う〜ん…私はどうしましょうかしらね〜?」
これからの遊びの計画を色々と考えながら、カミーユも祭りの広場へと足を向けた。


 カミーユは色々考えた末、昨日即席ライブの打ち上げをやった酒場へ向かう事にした。打ち上げをや
った面子が何人かいるかもしれないし、今日は祭りであるため他の土地の情報が色々と入ってくるだろ
うと考えたからだ。
 そしてカミーユはその酒場に到着し、扉を空けた。
 さすがに朝早いだけあって日とはまばらで、ちらほらと軽い食事をとっている日とが何人かいるだけ
だったが、その一角で見知った顔達を見つけカミーユは早速そちらのほうへと向かった。
「ハァイ、みんな元気〜?」
そのカミーユの声に、話しこんでいた男たちが気付いて一斉に振り向いた。
「おお、カミーユじゃないか!」
「カミーユ、君も朝食かい?」
「ううん、朝ご飯はもう済ませたわ。ちょっとみんなの顔が見たくなって」
すると男たちはにっと顔を見合わせた。そして怪訝な表情をしているカミーユのほうへ振りかえる。
「?」
「なぁカミーユ、あんた、今日なんか予定あるかい?」
「別にないけど…どうしたの?」
「実は俺達、チームを組む事になってさ、カミーユも一緒にやらないか?」
「私も?う〜ん、そうねぇ…」
「なぁに、この祭りの間だけでいいんだ。なぁ、やってみようぜ?」
カミーユはわずかにうつむいて考え込むと、すぐに顔を上げとびっきりの笑顔で答えた。
「そうね、面白そうだし…やりましょうか!」
「よっしゃぁ!それでこそカミーユだぜ!」
この後、朝食の場はすぐに宴会の会場に変わり、カミーユ達はこれからのプランの事などを話し合った
りして大いに盛り上がった。
 それから数刻後、彼らは街へ繰りだし人垣の山を作り出すことになるのである。


 カミーユ達が大いに盛り上がっていたその頃、人知れぬ闇の中でも来るべき時へ向けての準備が着々
と進められていた。
 そこは、光が一片も届かぬ真の暗闇の世界。
 何一つ目に映る事のないその世界で、多くのものが蠢く気配だけが感じられる。
 そしてその中心に、二人の人間が存在していた。
 片方は若い男で、黒地に金で装飾を施した服を着こなし、その右手には闇の中でなお映える、黒く禍
禍しい刀身の剣を持っている。男がもう片方の人間に対して問い掛ける。
「ゲルニカ、準備のほうは順調か?」
ゲルニカと呼ばれた人間はただ、はい、と答えた。その姿は老人のようで長い白髪に顎にはこれまたな
がい白髭を蓄えている。長い灰色のローブに身を包んだその姿はどこか賢者のようにも見える。
 だが、実はこの二人は人間ではない。『異端者』と呼ばれる『歪み』の中においても最上位に位置さ
れる恐るべき怪物達なのだ。
 剣を持った男がなおも問いかける。
「本当に大丈夫なのか?こっちもいいかげん後がないんだぜ」
 ゲルニカは髭を玩びほっほっと笑いながら答えた。
「ご心配には及びませぬ。向こうの戦力の集結は既に完了し、後はこちらの戦力との合流を待つばかり。
聖騎団が出てくるのならいざ知らず、たかが民兵の集まりに敗れるような事はありませぬ」
「人間どもだけなら十分だろ…だが、今向こうには十二闘士がいるんだぞ?『異端者』だってずいぶん
やられちまってるしな」
「ほっほっほっ、わしを他の連中と一緒にしてもらっては困りますな。わしはここ5年間の間により多
くの力を取りこんでいますれば、いかに十二闘士といえども後れを取る事はありますまい」
「だと…いいんだがな」
「我が主よ、必ずやあなた様の元に神具・闇十字を届けてご覧に入れましょう」
「その言葉、忘れるな…!」
「…御意」
ゲルニカは一礼をすると、配下の歪み達を連れて時空の狭間へと姿を消していった。残った男はその後
を見つめ、ポツリと呟いた。
「もう少しで全てを消せる…だから、早くこい…エルファーシア…」


 同じ日の昼下がり、銀十字祭二日目とあって街は今日も賑わっていた。が、その中でも特に一角に異
様な人だかりができていた。
 にぎやかな景気のよい音楽を奏でる楽団と、それに会わせて美しい舞を舞う美女。この人だかりを作
っていたのは他でもない、この朝即席バンドを結成したカミーユ達だったのだ。
 外見で十分に美しいカミーユだったが、役者と言う仕事柄踊りに関しても超一流の腕を持っており、
それだけでもいっぱしの劇団に入ることができる。そのカミーユの芸術的とも言える舞に人々の目が惹
かれない事はなく、演奏をスタートしてからほんのわずか、あれよあれよと言う間に大きな人だかりを
築き上げてしまったと言うわけだ。

 曲が一曲終わって一息ついていたカミーユがふと観客の中に目を向けると、その中に自警団の腕章を
した黒髪の少女の姿が映った。バンド仲間に一言断ってからそちらのほうへと駆け出していく。
「マイ!観に来てくれたの?」
「…別に…ただ人だかりができてたから気になっただけ」
相変わらず無愛想なマイにやや苦笑しながらカミーユは言葉を続ける。
「ふ〜ん、場内警備の一環って訳?」
「違う」
「あら、違うの?」
「…今は休憩時間」
マイの言葉をひとしきり納得しうんうん頷いたカミーユは、ふっと面白い事を思いつき思わずにんまり
笑う。
 怪訝な表情をしているマイにカミーユは笑顔のまま声を掛けた。
「そぉ、マイは今休憩中なのね?」
表情はそのままに、黙って頷くマイ。
「じゃ、今は暇なんだ」
「………」
また、こくりと頷く。
「うふふ〜、それじゃあさ、少し私に付き合ってもらえないかしら?」
「………」
「何を聞くんだ?」と言う表情でカミーユを見つめるマイに、その表情の意味するところを悟ったカミ
ーユがさらに言葉を紡ぐ。
「お祭りってさ、一人も気軽で良いんだけど、ちょっと寂しいのよね。だから誰かと一緒にいれたら良
いなってね」
「…それで、私と?」
「だめ?」
考え込むマイの姿を見て、カミーユはもう一押しの一言を放つ。
「もしかして、マイは私の事が嫌いなのかな?」
その言葉にマイは少し驚いてカミーユを見るが、カミーユは構わず言葉を続ける。
「…そおよね〜。いくら自分で男だって言い張っても女の子の格好して女言葉話してるおかまみたいな
男、誰だっていやよね〜」
「……違う」
ポツリとささやかれたその一言に、カミーユは言葉を止める。
「…私は、そんな事気にしない」
徐々にはっきりしていく言葉。そしてマイは、まっすぐカミーユの正面を見つめて言葉を紡いだ。
「私はカミーユの事、嫌いじゃない」
「マイ…」
素直で力強いマイの言葉に、思わず目頭を熱くするカミーユだったが、次の瞬間にはそんなそぶりを一
切見せないで、いつもの調子に戻る。
「それじゃ、OKなのね?」
マイはまた、無言で頷いた。
「よ〜し、決まり!早速行きましょ!」
最上級の笑顔を浮かべたカミーユは、マイの手を引いて祭りの喧騒の中へと駆け出していった。いきな
りのことにやや慌てるマイだが、すぐにそのペースになれてカミーユの横に並ぶ。
 自分の横にやってきたマイに、カミーユは一言ささやいた。
「さっきの言葉、嬉しかったわ…ありがとう」
マイは一瞬横目でカミーユを見ると、すぐに目線を正面に戻した。そして、一言呟く。
「あれは、私の素直な気持ち…だから、お礼を言われる事じゃない」
カミーユは、そんなマイのそっけない言葉の中にほのかな優しさを感じていた。


 この後二人は、祭りのあちこちを見て回った。
 色々な催し物や出店などを見て楽しんだが、大体がカミーユがおおはしゃぎしている横で、マイがそ
の様子をいつもの調子で黙って眺めていると言う感じだったので、傍から見て二人で楽しんでいるよう
にはとても見えなかった。
 時たまカミーユがマイに話題を振ってみるが、いずれもそっけなく返されいまいち会話が続かないの
だ。
 カミーユはベンチに座って休憩している時に、ふとマイに尋ねてみた。
「ねえ、マイ。マイってなんでそう無愛想なの?」
「………」
しかし、案の定マイは我関せずと言った感じで手にしたココアをすすっている。カミーユもそれに構わ
ずに言葉を続ける。
「いや、別に人の性格をどうこう言う気は全然ないけどね。ただ…人との関わりを故意に避けてるよう
な気がするのよね、マイを見てると」
「……それで?」
マイが反応したのを見て、今度はまっすぐマイのほうを見て話す。
「うん、それでね、なんでそんなに人を避けるのかなーってなんか気になっちゃってね。よかったら、
訳、聞かせてくれないかな?」
そのカミーユの問いに、マイは視線だけを向けて答えた。
「なんで、気になるの?」
「え?」
「なんでカミーユは、私に構ってくれるの?どうして?」
逆に聞き返されて、カミーユは少し考えるそぶりをした後、目線を空に向けながら答えた。
「…なんでかな?なんとなくね、気になるのよ、マイの事」
「気になる?私の事が?」
「うん、どうしても気になっちゃう女の子って言うのかな?な〜んかほっとけないのよ。私の知ってる
誰かさんに、あんまり似過ぎちゃってるからかな?」
「…良く、分からない…」
そこまで言ってカミーユは、やっとマイのほうを向いて笑い出した。
「あははっ、そうよね〜?自分でも何言ってるか良くわかんなかったもの」
少し、唖然とするマイ。
「ただね、楽しいわよ、マイといると」
「…私といて…楽しい?」
「うん、楽しいわよぉ。一緒にいて飽きないし」
「………」
マイの頬が、やや赤みを帯びてきた。
「ま、要するにマイはとっても気になる女の子で、その子の事を少しでも良く知りたいって事かな?」
「…ふふっ」
あっけらかんとした、それでもさわやかなカミーユの態度に、マイがわずかに微笑んだ。
 当然の事ながら驚くカミーユ。
「マ、マイ!?笑った?ねえ、今笑わなかった!?」
「………」
ところが、マイの顔は既に普段のそれに戻っている。
 それでもいぶかしげにマイの顔を見ているカミーユだったが、不意に嫌な感じの気配を感じた。すぐ
さま精神を集中させ周囲を見渡す。
 カミーユの超感覚は、それが歪みの来訪である事を告げていた。それはどうやらこの近くではなく、
村のはずれにある森の方角のようであった。
 これだけ離れていて、昨夜の歪みとは比べ物にならないほどの圧迫感を感じる。どうやら、相当な実
力者が来たらしい。
 カミーユがちらりとマイの方を見ると、マイも険しい表情で周囲に気を配っていた。
「マイ、あなたも感じたの?」
「…カミーユも」
二人が緊張感を強めた時、不意に後ろから声をかけられた。二人は驚いて一斉に振り向く。
「マイ!やっと見つけた〜」
声の主はサユリだった。ほっと緊張を解く二人。
「マイ、もう交代の時間だよ!早く行かないと…」
するとマイが、その言葉をさえぎった。
「サユリ…悪いけど、先に行ってて…私、行かなくちゃ行けないところがある」
突然のマイの主張に少し驚いたサユリだったが、すぐに何かを察し、笑顔になった。
「うん、わかった。あんまり遅くなっちゃダメだよ?」
マイは、こくりと頷いた。そしてすぐにカミーユのほうを振りかえる。
「マイ…いいの?」
カミーユの問いかけに、マイはただ、力強く頷くだけだった。カミーユも、それ以上は何も聞かない。
「…それじゃ、急ぎましょ!」
「…うん!」
そして二人は、気配を感じた場所へ一陣の風となって走り出した。


「おや?誰ぞ感づいたものがおったのかの」
『虚無』の世界よりテラへと降りたってすぐに、『異端者』ゲルニカは自分たちのほうへと向かってく
る気配を感じた。走っているところを見ると、どうやら相手は確実に自分たちの存在を知っているよう
である。
「なるべく気付かれぬように来たつもりだったがの…よほどの奴らかの?」
やがてゲルニカを中心とする歪み達の前に、二人の人間が現れた。
 見たところ、どうやら二人とも女の様だ。片方は長身でエメラルドの少しウェーブがかかった髪を持
っている目を見張るような美女、そしてもう一人が長い黒髪を後ろで束ねて剣を携えている少女だ。
 その少女を見たとき、ふとゲルニカに引っかかるものが感じられたがその考えはすぐに中断された。
「ビンゴ…って感じね、それもこんな団体さんで」
「歪み…!」
カミーユは予想以上の数の歪みを見て思わず疲れたようなため息を漏らした。そして、その歪み達の中
心にいる老人に気付く。
 カミーユはそれが歪みの最高位に立つ存在、『異端者』であると直感した。自分の予想を超えた相手
を前にやや危機感を感じたカミーユはこの場をどうするか思案しながらふとマイに目を向けた。すると
マイは、驚愕の表情で歪み達を見つめていた。
 マイの様子がいつもと違う事に気付いたカミーユは、そのマイの視線の先にあるものを探した。
 マイの視線の先には、ゲルニカがいた。
 マイは、そっと呟く。
「やっと…見つけた…!」
「マイ?」
呟いたマイの表情は、それまで見たことがないような憎悪に彩られていた。
 しばしの沈黙が続いたが、やがてゲルニカのほうが口を開いた。 
「お嬢さんがた、ここに何をしにいらした?祭りは向こうのはずだがの」
その言葉に、カミーユは不敵な笑みを浮かべて答えた。こうした態度はカミーユの十八番だ。
「あら、場所は合ってるわよ?だって…あなた方に会いに来たんですもの」
「おやおや、それは光栄じゃのう。しかしそなたはそうとして、そちらのお嬢さんはどうなのかの?先
程からずっとわしの事を睨んでおるのだがの」
するとマイは、剣の柄に手をかけ身を沈めた。
「…許さない…」
マイの眼光がさらに鋭くなり、危険な色を帯び始める。そして…
「お前は絶対許さない!!」
怒号と共にマイは一気にゲルニカめがけて突進した。カミーユも歪みも、ただあっけに取られたそれを
見るだけだった。
「はぁぁぁぁぁ!」
 ゲルニカの眼前に迫ったマイは剣を抜き、大上段から振り下ろした。
 がきぃっ!
しかしその一撃は、ゲルニカが差し出した龍のような手によって受け止められた。
「…そなた、どこぞで会ったかの?今一つ覚えがないのじゃが…」
「関係ない。お父さんとお母さんの仇を取る、ただ…それだけ!」
ゲルニカを蹴りつけ剣を開放したマイが、今度は胴を狙って剣を真横に薙いだ。
「ほっ、無駄じゃよ」
またも龍の手で剣を防ぐゲルニカ。しかし、今度はその剣に凄まじいエネルギーが集中し、それで起こ
った爆発でゲルニカは真横に大きく弾き飛ばされた。
「…ぬう、この力…」
間髪入れずにマイは追撃にかかる。そこで、やっと自失から立ち直った歪みがその行く手に立ちはだか
る。
 マイは標的をその歪みに切り替え、一気に跳躍してマイを襲った攻撃をかわし歪みの元へ飛びこむ。
 すかさずエネルギーを込めた剣―魔力剣―を歪みに叩き込む。その一撃を受けた歪みは、強大な力で
一瞬にして消滅し、その隙を狙って後ろから襲いかかってきた歪みに対し、マイは振り向き様に魔力剣
を一閃させ、切り伏せる。
 その歪みの攻撃の間を縫って、ゲルニカがマイに接近し龍の爪を振り下ろした。虚を突かれた形にな
ったが、かろうじてその一撃を剣で受け止める。
「ほっ!娘よ、思い出したぞ。そなた、5年前にわしが取り込んだセツナ・ピュアリバーの娘であろう!
その力、忘れぬわ!」
「あの時の恨み…今こそ返す!」
そして二人は、再び激突を開始した。

「ひゃ〜、マイってば、あんな力持ってたんだ〜。只者じゃないとは思ってたけど」
一方、カミーユのほうでも戦いが始まっていた。しかも、数だけで言えばマイが相手をしているものの
数倍に相当する数を相手にしている。
 しかし、カミーユはその俊敏さを生かして相手を撹乱し、時に目を惑わし、時に同士討ちを誘いなが
ら一対多勢の戦いを上手く切りぬけていた。かつての天使たちとの最終戦争『聖戦』においても、自分
たちの数倍になる戦力を相手に戦っていただけあって、こうした戦いには慣れている。
 カミーユは必要最小限の力で無駄なく敵を倒していく。
 辛くないと言えば嘘になるが、それでも多少は余裕があるので暇を見つけてはマイの様子を見ていた。
今のところはほぼ互角の戦いを演じているが、異端者がこのままで終わるはずがない。何より、マイが
いつになく怒りに身を任せた戦いをしている事が気になっていた。怒りは力を倍増させるが、その代わ
りに周りや、場合によっては自分自身さえ見えなくなってしまう。
 ふと、そんな思いを巡らせていたカミーユに、再び歪みの攻撃が襲ってきた。それに気付いてカミー
ユは慌てて回避する。
「あわわっ、あっぶなかった〜。やっぱりよそ見はいけないわね〜」
一言軽口をたたいてから、カミーユはその歪みに突きの嵐をお見舞いした。槍の連撃を受けた歪みはた
まらず消滅する。
「まったく…一体何体いるのよ…って、あら?」
既に何体目か分からない歪みを葬った後、またマイに目線を向けたカミーユは驚愕する光景を見た。
「…マイッ!!」
カミーユは、マイのほうに一気に駆け出していった。

 マイとゲルニカの戦いは膠着状態に陥っていた。魔力剣の一撃をゲルニカは龍の手で全て防ぎ、逆に
龍の爪の攻撃もことごとく防がれるかかわされるかしている。
 一見するとほぼ互角の勝負に見える。だが…
「ほっほっほっ、どうしたかのお嬢さん、息があがっとるぞ?」
「ハァ…ハァ…」
そう、あまりに戦いが長引いたため、連続して魔力剣を放ち続けたマイの体力はもう限界に達していた
のだ。
 しかし、気力を振り絞ってマイは剣を構える。
「絶対…倒す…」
「愛する両親のため、かの?ほっほっほっ泣かせるのう。しかし悲しむ事はないぞ、そなたの母は生き
ているのだからな」
「?」
「そう…」
するとゲルニカは龍の手をマイに向けた。だんだんと龍の手にエネルギーが集中して発光している。
「!?」
やがて限界に達したエネルギーはゲルニカの手を離れ、一筋の光芒としてマイに突き刺さる。
 マイはなすすべなく吹き飛ばされ、後ろの木にしたたか背中を打ちつける。一瞬、呼吸が停止した。
「けほっ、けほっ!」
「そなたの母は、わしの力として生き続けておるのだからな!」
その言葉に、萎えかけていたマイの闘志が再び燃え出した。そして、最後の覚悟を決めありったけの力
を自らの剣に注ぎ込む。
「お前だけは、必ず倒す…」
「ほっ、まだやる気かの?」
そしてマイは、最後の力を振り絞ってゲルニカに突進した。
「…私の、命に代えて!」
マイの全てを込めた一撃は受け止めようとしたゲルニカの龍の手を片方完全に切り裂いた。しかし、体
に届く前にもう片方の龍の爪が、剣をがっしりとつかんだ。剣の魔力がその力を失っていく。
「残念だったの」
「そんな……」
「現実とは残酷じゃのう。わしとそなたの実力差、命ごときで埋められるものではないわ!」
 パキィィィン…
ゲルニカは咆え、握っていた剣を一気に握りつぶした。剣は澄んだ音を立てて砕け、その瞬間にマイの
最後の闘志も消え去り、折れた剣を握り締めてその場に座り込む。
「これで終わりじゃ…やれ」
ゲルニカと歪み2体がマイにとどめを刺そうと殺到した。マイも、全ての希望を失ってただ最期の時を
待つだけだった。しかしその時、マイの耳に飛び込んできたものがあった。
「マイィィィィィィィ!!」
カミーユの、自分を呼ぶ声。
その直後に響き渡る、何かが激突する音。
そして、流れる静寂。
自分の命がまだ続いている事を確認し、不思議に思ったマイは、ゆっくりと目を空けた。
そこには…

「マイ……ケガ、なぁい?」
マイの前には、マイを守るようにしてカミーユが立ちはだかっていた。
 ゲルニカの龍の爪と歪みの攻撃のいくつかは閃光槍で押さえているが、残りは全てカミーユの体を貫
いており、まさに血まみれと言った状態だった。
「…ったく、いつまで触ってんのよ!!」
 そう言うとカミーユは、裂帛の気合と共に槍を一閃させ、自らを貫いていた歪みの触手を寸断した。
閃光槍の一撃を受けた歪みはそのあおりを受けて消滅する。
「カミーユ…どうして?」
カミーユは、無理やり笑顔を作って答えた。
「好きな女の子を…守るのは…お…とこの子…の…特権よ」
一時は去勢を張って見せるが、やはりダメージが大きくその場に崩れ落ちてしまう。
すぐにマイがカミーユを支えた。
「あは…エルファーシア十二闘士…形無しね…」
カミーユは、マイにそっと耳打ちをした。
「マイ、ここは逃げるわよ…」
マイは、険しい顔でカミーユを見ている。
「あなたとあいつに何があったのか、全然知らないわ…でも、あなたを死なせるわけには行かない!」
カミーユは優しい微笑でマイにそう言ってから、閃光槍を杖代わりにして立ち上がって今度はゲルニカ
相手に話し出した。
「悪いけど、ここは退かせてもらうわね…わたし、楽しみは後に残すタイプなの」
「構わぬよ?ただし、この囲みから逃げおおせられたらの話だがの」
ゲルニカの言うとおり、二人の周囲は既に生き残りの歪み達で囲まれていた。しかし、カミーユは不敵
な笑みを崩さない。
「じゃ、そうさせてもらうわ。…じゃあね!」
言うなりカミーユはマイを抱きかかえ、一瞬にしてその場から脱出した。そこにいた者達はそのカミー
ユの超スピードに誰一人ついていけずに、ただそれまで二人がいた場所を呆然と眺めていた。
「逃げたか…光の聖槍、閃光槍の主…これは思わぬ拾い物だわい」
そう呟くとゲルニカは、歪み達を率いて森の奥へと消えていった。