『エルファーシア外伝 北の銀十字』
〜エピローグ〜 そして、旅立ち


 1週間後…
カミーユはシェルクロスを発つことになった。
 その後の銀十字祭では、新たに闇十字の主となったマイが『銀十字の花嫁』を務め、その際にマイが
闇十字の持ち主となったことやこれからの銀十字際の方針などが伝えられた。カミーユも怪我を推して
その様子を見ていたが、その無理がたたって今の今までサユリの屋敷のベッドで過ごす羽目になってし
まった。
 今日、ようやく戦いの傷が癒えてカミーユはシェルクロスを発つことを決めたのだ。闇十字の事を確
認し、守る事ができたのでもうこの村にとどまる理由は無い。それにカミーユには新たな目的があった。
 カミーユは村外れの門のところまで来た。感慨深げにその門を眺める。そしてその門の前にはサユリ
を始めとする人たちがカミーユを見送るために集まっていた。
 サユリが少し寂しそうに呟く。
「カミーユさん、やっぱり行っちゃうんですか?」
それに対してカミーユは笑顔で応える。
「うん。私もこの村にいたいのは山々なんだけどね、そうも言ってられないのよ」
「はい…でも、やっぱり少し寂しいです」
そんなサユリの肩にカミーユは手を置いてウインクをして見せる。
「大丈夫よ!私って気まぐれだから、またひょっこりやってくるわよ。それに私、この村が好きだから
…もちろんサユリもね」
カミーユのその言葉にサユリははにかんだように微笑んだ。

 カミーユは門の奥の、村のほうに視線を移した。しかし、村の様子を眺めているのではない。
「おっそいわね〜、何してるのかしら?」
サユリも後ろを振り返って首をかしげる。
「そう言えば、遅いですねー」
しばらく村のほうを見つめていた二人だったが、何かを見つけて明るくなった。
「あ、来ました来ました!」
「急いで〜!遅刻よ〜!」
二人はこちらに向かってくるものに対して手を振りまわして大声で呼びかける。
 少しして、その人物は二人の前までやってきた。
「も〜、遅いわよ。何してたのよ?」
「…忘れ物した」
「あははーっ、だから前の日にちゃんと準備してっていったのにー」
その人物―マイはややばつが悪そうに頬を掻いた。実は、今日この村を立つのはカミーユだけではなく
マイも一緒なのだ。
 目的地は聖王都ファンクロイツ。新たに十二闘士となったマイを国王レオンハルト・フォン・ノエシ
スに会わせるのが目的なのだ。だから今回の旅はカミーユがいつもやっているような放浪の旅ではなく
行くべき場所と帰る場所がはっきりとした旅のなのである。

 目的が済んだら、カミーユ自身もしばらくこの村に滞在しようと思っている。何よりこの村は、カミ
ーユが帰ってきたいと思っている場所なのだ。
 そんなカミーユの想いとは裏腹に、マイとサユリの二人はカミーユが先ほど貸したE・ウォッチを珍
しそうにあれこれといじっていた。
「いいなぁ、マイはこれを貰いに行くんでしょ?」
「うん」
「もらって来たらサユリにも見せてね?」
「うん」
E・ウォッチで遊んでいる二人にカミーユが声をかける。
「はーいはい、そろそろ返してちょうだい。おもちゃじゃないんだから」
「えー?」
サユリが不満そうに声を上げる。
「えーじゃないの」
「…えー?」
今度はマイが声を出す。あまりに似合わない言葉にカミーユは思わずずっこけた。
「ず、ずっこけさけないでよ。それにマイは自分のを貰えるんだからいいでしょ?」
二人からE・ウォッチを取り戻したカミーユは、これから聖王都に向かう旨を伝えようと通信のスイッ
チを入れた。

 かちっ
 …………

「あら?」
スイッチを入れたものの何も起こらず、カミーユは怪訝な顔をする。もう一度とスイッチを押してみる。

 かちかちっ
 ………

それでも何も起こらない。
「あらら?」
カミーユはやけになってスイッチを連打する。

 かちかちかちかちかちかちかちっ!
 ざ…ざざざ…

「やったあ!………あら?」
ようやくノイズのようなものが出てきたが、何やら様子がおかしい。
 E・ウォッチはノイズと共に細かく震えだし、2・3本の細い煙が立ってくる。

 ざざざざざ…

震えはだんだん激しくなり、そして…

 ぼむっ!! ぷすぷすぷす…

E・ウォッチの文字盤のところが小さく爆発した。あっけに取られてそれを見る3人。
「こ、壊れちゃった…」
「ふぇ〜…壊れちゃいましたね…」
カミーユはがっくりと肩を落とした。このE・ウォッチは特殊な製法で作られており、普通の時計屋な
どではまず直せない。
「聖王都に行く目的…一個増えちゃった…」
「あ、あははー、カ、カミーユさん、元気出してくださいね」
「カミーユ、元気出して」
「うん、ありがと、二人とも…」
カミーユには災難であったが、この時計爆発事件のおかげで沈みがちだった雰囲気が一気に明るくなっ
た。
 カミーユは肩をすくめると地面においてあった荷物を担いでマイに声をかけた。
「あんまりここにいてもなんだし…そろそろ行こっか、マイ?」
「…うん」
マイも荷物を持ってカミーユの隣に行く。
 二人は改めてサユリ達のほうを振りかえった。
「それじゃ、そろそろ行くわね」
「はい、カミーユさん、マイ、気をつけてね」
「…うん」
カミーユはふと思い浮かんだ事があってサユリに声をかける。
「あ、ねえ、サユリ?」
「なんですか?カミーユさん」
そして思ったことを口にしようとしたカミーユだったが、言わないほうがいいと思って言うのをやめる。
「…ううん、なんでも無い」
「?ヘンなカミーユさん」
この友人たちは自分がいつ戻ってきても暖かく出迎えてくれるだろう。帰ることの出来る場所を見つけ
たカミーユにとって、今、口にしようと思っていた問いは不要だった。
「サヨナラは言わないわ、だから…またね!」
「サユリ…行ってきます」
「うん…行ってらっしゃい…マイ、カミーユさん」
集まった人々が口々に二人に見送りの言葉を贈る。その言葉を受けて二人は歩き出した。しばらく歩く
と二人は一度立ち止まり、大きく手を振ってからまた歩き出す。
 やがて、お互いの姿は完全に見えなくなった。


 しばらく歩いてからカミーユはマイに声をかける。
「ねぇマイ、マイは村から外に出るのって初めて?」
「うん…」
「じゃあ、不安とかじゃない?行った事のないところに行くのとか」
「…少し不安…でも大丈夫」
すると今まで前を見たままだったマイが横をむいてカミーユを見上げる。
「今は、カミーユがいるから」
「…頼られてるんだ。嬉しいなっ!」
カミーユは駆け出すと、マイの前に来て振りかえった。驚いた顔をするマイ。
「それじゃ、私がいろんなとこに連れてってあげる!いろんな物を見せてあげるね!」
「カミーユ…」
「この世界には面白いものがたくさんあるわ。見たことの無いものもたっくさん!でもね、見たこと無
いけど今一番見てみたいものがあるの!なんだか分かる?」
マイは分からないと言った感じで首を横に振った。するとカミーユは笑顔で答える。
「うふっ…マイの笑顔よ!私、あなたの笑顔が見たい!」
「私の…笑顔?」
「うん!だからね…」
そう言うとカミーユはいきなりマイの手を取って走り出した。
「いろんなものを見て、いろんな人にあって、いろんなとこに行こう!ずっと私がそばにいるから、マ
イもきっと笑えるよ!」
「私も、笑えるのかな?カミーユみたいに」
「絶対大丈夫!だから行こう!まずは聖王都よ!」
 カミーユはマイを連れて走り出した。
 カミーユは走る。まるで彼の抱く閃光のように、どこまでも速く、どこまでも輝いて。
 暗き闇を抜けた二つの閃光の創り出す伝説は、今、始まったばかりである。

〜Fin〜