『エルファーシア外伝 北の銀十字』
〜 第4章 〜 光と闇の十字架・後編


「ハァァァァッ!!」
「フン!」
 ガキィィィィン!
閃光槍の光の刃と龍の爪が激しくぶつかり合った。その激突は火花を散らしてあたりの空気を振動させ
る。
カミーユはすぐさま槍を引くと、今度は突きの連続をゲルニカに見舞った。そのあまりの速さにまるで
数本の槍を同時に出しているように見えるが、ゲルニカはその殆どを爪で防ぎ、あるいはいなしていた。
 槍を引いて、横一文字に一閃する。その軌道は光の刃となってゲルニカを襲った。対するゲルニカも
右手の龍の爪を射出して光の刃を迎撃する。
 二つの衝突は激しい爆煙を巻き起こし、その中から弾き飛ばされた龍の爪が飛び出してきた。だが、
煙の中から刃が出て来ないところを見ると、光の刃も打ち消されてしまったらしい。
「やりおるの。怪我人の動きには見えんわい」
「そっちこそ。力を解放した私とサシでやり合えるなんて驚きだわ」
両者は間合いを取り、武器を構えて対峙する。
 こんな二人の激突は果てることなく続いていた。共に人外の力を持った二人の激突に、周囲の者も一
切手が出せないでいた。
 周りは周りで、初めは上手く虚を突いて攻めていた人間たちだったが、時間が経つに連れて歪みが冷
静さを取り戻し、今ではややおされ気味の感じがしている。
 そんな状況に、カミーユにもやや焦りの色が浮かんできた。時間が経てば人間達は不利だし、なによ
り、カミーユ自身も傷のせいでそろそろ限界が近づいてきている。
 その焦りが一瞬の隙を生んだ。
 間合いを取ったカミーユは再び光の刃をゲルニカめがけて放ち、ゲルニカもまたそれを龍の爪で迎撃
した。先程と同じように光の刃は掻き消され、龍の爪も勢いを殺されはじき返される。
 しかし、その立ち上る煙の中から槍を構えたカミーユが飛び出してきた。
「なんと!」
実は、光の刃はただの囮で、二つの激突で生じる煙幕を目くらましに使ってその隙を突くと言うのがカ
ミーユの狙いだったのだ。
「もらった!」
案の定ゲルニカは油断し、その懐めがけてカミーユは全力で槍を叩き込んだ。槍はゲルニカの体を捕ら
え深くまで貫いている。
 勝利を確信したカミーユだったが、ゲルニカの口に浮かんだ笑みがそれを凍りつかせた。刹那、ゲル
ニカの両手から魔力の光が生じる。
「油断じゃったの、十二闘士」
「しまっ…!」
危険を察知し、急いで離れようとしたが時既に遅く、ゲルニカの両手がカミーユの体に触れ、そこに集
められていた魔力がカミーユめがけて一気に爆発した。
 ドゴォォォォォン!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
カミーユはなすすべなく、まるで木の葉のように後方へと弾き飛ばされた。すぐさま受身を取って体勢
を立て直すカミーユだったが、ゲルニカは既に次の行動を起こしていた。
「じゃあっ!!」
ゲルニカの放った龍の爪は凄まじい速さで着地したばかりのカミーユめがけて飛来し、見事にその右足
を捕らえた。
「うわっ!!」
「とどめじゃあ!!」
間髪いれずにゲルニカは魔力を龍の爪を解してカミーユの体に叩き込んだ。
「うあぁぁぁぁぁぁ…!!」
叩き込まれた魔力波は内部からカミーユの体を破壊し、さらに以前の戦いで負った傷が再び開いてしま
った。
カミーユが地面に倒れこんだのを見てゲルニカは龍の爪を戻す。
 カミーユは、満身創痍ながらもなんとか生きていたが、既に意識は消えかかっていた。それでもなん
とか立ち上がろうとする。
 力も尽きかけ、閃光槍もない。だけど負けるわけには、死ぬわけには行かなかった。
「…死ね…ないのよ…マイと…の…約束が…あるんだから…」
「まだ生きておったか、しぶとさだけは天下一品じゃの…じゃが、それもここまで」
ゲルニカがカミーユに迫り、龍の爪を振り上げる。カミーユは死を覚悟した。
「こんな…ところで!」
「逝けい!」
龍の爪が振り下ろされ、カミーユの体を貫こうとした、その瞬間

 ヒュン!ドガガガッ!
カミーユの上を何かが通り過ぎ、すぐ手前の地面に突き刺さるような音がした。
 カミーユはゆっくりと目を空けてみる。自分に止めを刺そうとしていたゲルニカは遥か後方へと下が
っている。さらに音のした手前の方へ焦点を合わせてみる。
「…影刃?」
その手前には、真っ黒な巨大手裏剣のような形をした闇の刃が二つ突き刺さっていた。
 カミーユはそれが神具・闇十字の放つ影刃と悟って驚く。
 一方のゲルニカもいきなり自分を襲ってきた刃に驚き、それが放たれたであろう方向を向く。その視
線の先―神殿の入り口―には、誰かの人影があった。
 少女のような容姿で、後ろで束ねた長い黒髪が風になびいている。その手には黒光りする巨大手裏剣
を携え、静かながらも鋭い瞳はまっすぐにゲルニカを捉えていた。
 その携えしはエルファーシア十二神具が一つ・闇十字。新たなる神具の主たる少女の名は…
「マイ!?」
その姿を確認したカミーユとサユリは同時に声を上げた。その声に気付いたマイは、二人に軽く手を振
って応える。
 マイがこの場に現れたのと、闇十字を持ってきたことで、カミーユには二重の驚きだった。
「マイ…あなた、なんで?」
「カミーユ…私も戦う」
「マイ…」
一方のゲルニカも、その様子を驚愕の表情で見つめていた。
「あの娘が神具に選ばれたじゃと…?馬鹿な…」
未だ放心状態のゲルニカにマイは闇十字を突きつけた。
「もう、私の大事な人を奪わせはしない…覚悟」
すると、一瞬闇十字がぶれたように見え、次の瞬間には闇十字の両側にそれと全く同じ形の闇の刃が現
れた。
 マイは闇十字を引き、それを投げつけるような動作をする。腕が振りぬかれると、二枚の闇の刃は闇
十字を離れゲルニカめがけて飛び出した。

 影刃―書いて字のごとく、影を具現化させ生み出す刃である。基本的には今のように闇十字の形をそ
っくりコピーするだけだが、術者の意志によって大きさを自在に変えられる。また、ある程度軌道を自
在に操る事ができ、好きな時に刃を消す事もできる闇十字の主力武器なのだ。
 マイの生み出した影刃はそれぞれ反対の方向に大きく孤を描いてゲルニカを挟撃する形で飛来した。
我に返ったゲルニカは、ギリギリのところで両方の龍の爪で影刃を捕らえた。
「ぬぅ…ぐぐぐ…!」
影刃はなかなか消滅せず、魔力を注ぎ込んで中和する事でやっと消えた。しかし、ほっとしたのも束の
間で今度はマイが空中から闇十字を構えて飛びこんできた。ゲルニカは後ろに飛びずさってそれをかわ
し、マイの振り下ろした闇十字は虚しく空を切った。
「外した…」
「マイ、なんで来たのよ!?来ちゃいけないってあれほど…」
「カミーユは私を守るために戦ってくれた」
マイはゲルニカに注意を払いながらカミーユのほうに顔を向けた。
「私も、カミーユのために戦いたい…カミーユと一緒に戦いたい」
「マイ……もう…」
「だから、もう休んで…あいつは、私が倒すから」
しかし、マイの言葉に反してカミーユは体に残った全力を使って立ちあがった。マイが驚いた顔をする。
「カミーユ…」
「私だってまだ戦えるわ…勢い込んで出てきたのにこのままおねんねしてるなんてカッコ悪過ぎるも
の…!」
そんなカミーユの姿に、マイは思わず視線を逸らす。
「…ばか」
「バカはお互い様ってね…来るわよ!」
二人の視線の先でゲルニカが震えていた。

今、ゲルニカの中では様々な恐怖が行き交っていた。満身創痍で自分と互角以上に張り合った十二闘士が
二人に増えてしまった事や、任務失敗による主からの制裁など、様々な思いがゲルニカを絶望のふちに叩
き落し、その精神は追い詰められていった。
「このままではわしはやられてしまう…よしんば逃げたとしても主より制裁が下される…ならば、奴が
武器を持たず娘が神具の扱いに慣れないうちに殺すより他ない…!」
 がけっぷちまで追い詰められたゲルニカは、半ばやけっぱちになって二人に突進してきた。その命を
捨てたかのような突進に二人は身構える。
「…カミーユは下がってて。カミーユは今、槍が無い」
「心配無いわ…槍が私の手を離れる事は絶対に無い…だから、打ち合わせどうりにね!」
「分かった。カミーユを信じる」
「ふふっ…ありがと」
ゲルニカがいよいよ眼前に迫った時、二人はきれいに左右に飛んでそれをかわした。ゲルニカの猛攻は
空振りに終わり、攻撃目標を、武器を持たないカミーユに切り替えてさらに飛び出す。
「やっぱりそう来たわね…けれど、それが私たちの狙い!」
カミーユは立ち止まると、ゲルニカの突進を受け止めるような体制を作る。好機とばかりに飛びこむゲ
ルニカ。
 しかし、カミーユの瞳が光るとその横っ腹に影刃が叩き込まれた。
「ぐぉっ…ぐぁぁぁ…」
ゲルニカは刺さってる影刃を無理やり叩き割り、急いで間合いを取った。
「油断ね…」
「私が囮になってマイが攻撃する隙を作る…チープな手だけど、冷静さを失った今のあなたには一番通
用する作戦よ」
ゲルニカは、今度は両手に魔力を込め龍の爪を二人めがけて射出する。二人は難なくそれをかわすが、
龍の爪は通り過ぎずに二人を追尾した。
「かっかっか!その爪はどこまででもおぬしらを追って行く!逃げられはせん!」
「そう…」
そう一言呟くと、マイは影刃を二枚、龍の爪に叩き込む。魔力はそれで中和されたが、爪本体は未だマ
イを狙って飛びつづけている。
 マイは立ち止まって振りかえると闇十字に直接力を込め、それで龍の爪を一気に切り裂き、爪はまる
で灰のように散っていった。
「逃げられないなら、壊すだけ」
「お、おのれ!…だが!」
そう、片方の爪は破壊されたがカミーユに向かった龍の爪はカミーユを狙って飛びつづけていた。マイ
が慌てて影刃を生み出そうとする。しかし、カミーユはそれを制止した。
「私が丸腰だって思ってるようね…でも、そうじゃないのよ!」
逃げながらカミーユは右手を横にかざす。
「来て、閃光槍!!」
すると、今までゲルニカに突き刺さったままの閃光槍が光となり、カミーユの手の中に再びその姿を現
した。
「な、なんじゃと!?」
「残念だったわね!それっ!」
カミーユが振り向き様に槍を一閃させると、龍の爪は真っ二つに割れて崩れるように消えていった。
「使い手と神具は常に一心同体…離れる事は無いのよ」
「両手を失った…あなたの負け」
「お、おのれぇぇぇ…!」
ゲルニカは身をかがめると、その体にありったけの魔力を集中させ始めた。ゲルニカの体が魔力の光に
包まれ始める。
「わしにはまだ数多の人間たちから吸収してきた魔力がある!倒せぬのならここにいる全ての者を道
連れにして散ってくれる!!」
「やっばぁ、あいつ自爆するつもりよ!どっかの人型兵器のパイロットじゃないんだから」
「カミーユ…私に任せて」
カミーユはマイのやろうとしていることが分かった。
「あ、なーる、その手があったわね…じゃ、私があいつの注意を引きつけるわね」
マイは頷いて、大きく回りこんでゲルニカに近づく。

「ったく、往生際が悪いわねぇ!やられて爆発するんなら一人にしなさいよ!」
カミーユは訳の分からない文句を言いながら、ゲルニカの正面から突進した。ゲルニカに止めを刺そう
と槍を突き出すが、ゲルニカの生み出している魔力障壁が閃光槍の光の刃を防いだ。
 障壁と光が激しくぶつかり合って火花を散らす。
「ひっひっひ、無駄じゃ無駄じゃあ!誰も止められはせんわい!」
「それはどうかしらね?…光よ!!」
カミーユの気合と共にさらに強い光の刃が障壁とぶつかった。初めは均衡していた二つの力も、少しず
つ閃光槍が上回り、障壁もかなり薄くなった。
 しかし、もう少しと言うところでカミーユの体力が無くなり、ひざを突いてしまう。
「これまでじゃあ!死ねい、十二闘士!」
「それはどうかしらね?」
「何?」
ゲルニカが怪訝な表情をしたところで、後ろのほうで障壁が破られる音がしてそのすぐ後に鋭い刃がゲ
ルニカを貫いた。
「な、なんじゃ…と…?」
「さっきも言ったでしょ?私は囮だって。マイが一撃加えられる隙を作るのが目的なのよ」
「じゃが…いまさらわしを殺したところで…」
しかしその時、闇十字の宝玉が光を放ちゲルニカの体から魔力がどんどん抜けていく。
「な、何が?」
「お母さんの力、返してもらう」
「なんじゃと!?うがぁぁ!」
突き刺さった闇十字が、その刃を介してマイの体に吸い取った魔力を注ぎこんでいった。ゲルニカの魔
力の光はどんどん弱まっていき、やがて完全に消えてしまった。
「エナジードレイン。刃を介して相手の生命力を吸収する、闇十字の能力の一つよ」
「な…そんな…」
ゲルニカは、呆然とした表情で立ち尽くしていた。マイはゲルニカの体から闇十字を引きぬき、カミー
ユの隣へと戻る。
「お父さんとお母さん、それに村のみんなの仇」
「さ、裁きの時間よ。数多の人を殺してきた罪をせめて死を以って償うのね」
二人は立ちすくむだけのゲルニカめがけて突き進み、それぞれの一撃を叩き込んだ。
「グワァァァァァァ……」
光の刃と闇の刃がクロスし、その激突が激しい光の奔流を起こす。それが収まった時、その場にはもう
『異端者』ゲルニカの姿は無かった。


「倒したの…?」
しかしカミーユは険しい顔のままゲルニカのいた場所を見ながら答える。
「いいえ……すんでの所で逃げられたわね。手応えが浅かったわ」
「それじゃあ…」
しばらく考え込んでいたカミーユだったが、ふっと一息つくと表情を和らげてマイの方を振りかえった。
「ま、逃がしはしたけど、こてんぱんにのしてやったからもう悪さは出来ないでしょ。それよりも、後
片付けのほうが大事よ?」
ゲルニカは消滅したものの、未だその配下である歪み達は残っている。しかも、指揮官を失ったため放
って置くと何をしでかすか分かったものではない。
「それじゃあね…」
「カミーユは向こうに行って。私はあっちに行く」
「それなら私があっちに行くわ。もう、向こうは蹴りがつきそうじゃない。」
「だから」
マイが何を言わんとしているかを知り、カミーユはやれやれと肩をすくめて言われた方への救援に向か
った。
 それを確認したマイは、自分で言ったほうの救援に向かう。そちらのほうでは強めの歪みが何体かの
こっており、自警団の戦士たちも苦戦を強いられていた。また、その中にはサユリも含まれていた。
 そのサユリに歪みの凶刃が迫ろうとした時、影刃がそれを防いだ。歪みはもだえ苦しみ、間髪入れず
にさらに多くの影刃を叩き込まれて歪みは消滅した。
 あっけに取られているサユリの元へマイが駆け付ける。
「サユリ、無事?」
「う、うん…マイ、それ、どうしたの?」
サユリが闇十字を指差してマイにたずねる。
「新しいお友達」
「新しい…お友達?」
「うん」
「はぇ〜」
サユリはしきりに感心したり、驚いたりし、マイはそんなサユリの様子を見つめていた。これが、幼い
頃から続いていた二人のあるべき姿だった。
 しかし、一つ変わった事がある。それは、今日この日にマイの戦いが一つ終わりを告げたことである。


 指揮官を失った歪みはただの獣と変わりが無く、カミーユとマイが加入した事で残った歪み達は実に
あっけなく倒されていった。
 カミーユは一段落突いた事にほっと一息ついて、マイとサユリもお互いに緊張を解いて話している時
だった。二人の後ろで、かろうじて生きていた歪みが突然立ちあがり、道連れとばかりに二人めがけて
襲いかかってきたのだ。
 マイは影刃を生み出そうとしたが、歪みの動きがわずかに速く、誰もがあきらめたその瞬間、二人を
今にも切り裂かんとしていた歪みの体が爆風と共に一瞬にして消えうせてしまった。そこにいた誰もが
何が起きたか分からずに呆然とする中で、今までカミーユがいた反対の方向から彼の声がした。
「…マイ、サユリ…だいじょうぶ?」
「カミーユ?」
カミーユはよたよたと閃光槍を杖代わりにしながらやっとの事で二人の前までやってくる。
「もしかして、カミーユさんですか?今歪みを消したのって…」
カミーユは、辛そうに腕を上げながらVサインをする。
「まぁね…私のとっておきって奴」
ちなみに今カミーユが何をやったか説明すると、特になんのことは無い、ただ槍を構えて突進を食らわ
しただけなのだ。
 しかし、そのスピードが段違い、この時のカミーユのスピードは、限りなく光速に近づいた準光速と
言うべき代物で、相対性理論から言うと物体のスピードが光速に近づくほどその物体の見かけの質量は
大きくなる。極限まで光速に近づいたカミーユの体は無限質量の弾丸となりそれが歪みの体を押しつぶ
したと言うわけなのだ。
 しかし、当然ながらこの技にも欠点がある。
 技の威力に体が耐えられずにあまり多用ができず、使った後もカミーユ自身にかなりのダメージを残し
てしまうと言う点なのだ。
 今回もその例に漏れず、なんとか去勢を張っていたものの、力尽きて地面に座り込んでしまった。

 サユリが心配そうに声をかける。
「カミーユさん、大丈夫ですか?」
 カミーユも思わず情けない声で答えてしまう。
「全然大丈夫じゃないわよぅ…」
サユリの顔がますます心配そうになる。しかし、その顔はカミーユの次の発言であっさり崩された。
「あいつのせいで服が2着もダメになったのよ?おまけにかっこいいとこマイに取られちゃうし、私は
カッコ悪いとこばっかだし、もーさんざん!」
その、どうでもいいと言えばあまりにもどうでもいいことに腹を立てるカミーユに、その場にいた者達
は思わず笑い出してしまう。サユリも声を出して笑い、あのマイでさえ後ろを向いて肩を震わせている。
「もー、なんなのよー!他人事だと思ってー!」
「あ、あはは、ご、ごめんなさい、カミーユさん。ね、ねぇ、マイ」
そう言うとサユリはマイと共に少し離れたところへ行って周りに聞こえないように何やら小声でひそ
ひそ話しをしている。
 やがて話がついたのか、二人がカミーユの元へ戻ってきた。
「あははー、カミーユさん、立てますか?」
「んー、ちょっと…無理みたい」
するとサユリはカミーユの左側にかがみこみ、マイは右側にかがんだ。
「あ、私、別にまだ立たなくても…」
と、カミーユが言おうとしたその時

 Chu!

 カミーユの両の頬に柔らかい感触がした。マイとサユリの唇がカミーユの頬に触れている。
突然の事に思わず呆然とするカミーユ。
すると二人は立ちあがってカミーユのほうを振りかえった。
「とってもかっこ良かったですよ、カミーユさん!」
「カミーユ…ありがとう」
 初めは突然であっけに取られていたが、次第になぜか嬉しくなってきてカミーユは一気に立ちあがった。
そして二人を一緒に抱きしめる。
「も〜、あなた達ったら…」
「カ、カミーユさん?」
「カミーユ」
 あまりの嬉しさに、カミーユの頬に一筋の光が流れる。しかしカミーユはそれを気にせず最上級の笑顔
で言った。
「マイ、サユリ、愛してるわよ!二人とも!」
 その日、シェルクロスはこれまで以上の笑顔と笑い声に包まれた。
 その中で、カミーユは新たな友に囲まれる幸せを噛み締めていた。こんな自分でもちゃんとした男とし
てみてくれる、それが何よりも嬉しかった。


 一方、歪み達の『虚無』の世界に一体の歪みが帰ってきた。既にぼろぼろのその歪みは無事に逃げお
おせた事を確認すると、その場に倒れこんだ。
「はぁ、はぁ…な、なんとか逃げられたか…」
その歪みはゲルニカだった。
 ゲルニカはカミーユとマイのラストアタックの衝撃を上手く利用して間一髪のところで時空を渡る
ことに成功していたのだ。
 しかし、その代償は大きくゲルニカはその残された力の殆どを使い果たしてしまった。
「な、なんとか…力を回復させねば…こ、このままでは…」
その場を動こうとしていたゲルニカに背後から声がかけられた。
「このままでは、どうなるんだ?」
「!?」
その声を聞いたゲルニカの体を恐怖が駆け抜け、恐る恐る後ろを振り向くとそこには
「無様だな、ゲルニカ」
歪み達が唯一恐怖を抱く存在、黒き魔剣を持つ青年がゲルニカを見下ろしていた。その瞳には激しい憎
悪の炎が燃え上がっている。
 ゲルニカは声を失った。
「俺は獲物持ってこいとは言ったが、借金作って帰って来いとは言ってないぞ?」
黒き魔剣が禍禍しく光る。
「手ぶらってだけならまだ命は助けようと思った…だが、新たな十二闘士を目覚めさせたとなるとそう
もいかねぇ!」
青年が、剣を構えた。ゲルニカの瞳が見開かれる。
「消えて償え、ゲルニカ!!」
「そ、そんな!お助けを、ルシ…!」
魔剣が振り下ろされ、その刃がゲルニカの肩に食い込む。その瞬間に魔剣から凄まじい瘴気が発生した。
「イレイズ!!」
青年がそう叫ぶと、その発した言葉の通りゲルニカの体はかけら一つ残さず消え去った。
 青年はゲルニカが存在していた空間を見つめて呟く。
「エルファーシア…一体いつまで俺を拒む?早く…俺の所へ来い…」
その言葉は、虚無の闇の中へと消えて行き、青年の姿も暗き闇へと消えていった。