『エルファーシア正伝 妖刀の章』

序章 〜真紅〜
 人には、どんなヤツにも、『旅立ち』の時が来ると言う。親からの巣立ち、自分自身を
磨く旅、自由を求める旅、理由は人それぞれだ。
 俺にも当然、その瞬間があった。
 探し出すべきものができたあの瞬間。俺にとって、大切なものが失われたあの瞬間が
俺の旅立ちだった。
 俺は、失われたものを取り戻す術を求めて、旅をしている。
 今だ、それは見つからない。


 求めるものは見つからず、俺の運命を狂わせたヤツらに対して怒りと憎しみの刃を
振るって、いたずらにすぎていく日々。
 そんな時を、俺は、どれだけ過ごしたのだろう。




 住む者など誰もいない、うっそうと茂る森の中にある廃墟。俺は今、そこにいた。
 そこには俺以外の人間などいない。
 いるのは、全ての生ある者にとって忌むべき存在であり、俺にとっての憎しみの対象で
ある妖―『歪み』。
 この世に存在する全ての生命と相容れぬ存在。ただ、自身の内にある破壊衝動に従って
周囲に破壊を撒き散らす存在。
 そいつが、この廃墟にいた。
 俺は懐から呪符を一枚取り出すと、目の前の歪みを注意深く観察する。

 そいつは、周りの石や泥をかき集めてできた不細工な人形のような形をしていた。
ゴーレムのように決まった形をしているわけではなく、粘土細工のように絶えず姿を
変えている。並の歪みよりは力があるが、上位の歪みである「Aランク」には及ばない…
といったところか。
 そいつの力量を見極めて、俺は思わず呟いた。
「チッ…小物だな…」
 すると、俺の声が癇にでも障ったか、それとも、ただ獲物を見つけただけか、そいつが
俺に向けて明かな殺気を放ってきた。
 そいつの表面が水面のように波打ったかと思うと、そこから石が弾丸のように次々と
放たれてくる。
 恐らく、まともに食らえば体を貫通するだけの威力があるだろう。
 無論、そんなものをくらってやるつもりはない。
 俺は飛礫をかわすと、ヤツとの間合いを詰めるために左から回りこむ。
 ヤツも、近付いてくる俺めがけて飛礫を放ち続けるが、俺が近付くスピードのほうが
速く、それまで俺がいた場所を虚しく打ちぬくだけだ。
 ヤツの後ろに回りこむと、腰に挿していた日本刀を抜き放ち、その刀の前に左手で
つかんでいた呪符を放った。
 俺は刃の腹で呪符を押さえるようにして術を発動させる。
「紅蓮!」
 俺が手にした呪符からは業火が立ち上り、ヤツに襲いかかった。

 ギシャャァァァァァ!

 ヤツは炎に巻かれて、もだえ苦しむ。
 だが、まだ力が残っていたようで、術を放った俺めがけて炎が点いたままの飛礫を
放ってきた。
 俺はそれを紙一重でかわすと、ヤツめがけて懐から取り出したもう一枚の呪符を
投げつけた。
 その呪符は火神の炎に焼かれることなくヤツの表面に貼りつく。
 それを確認した俺は、呪符を発動させる呪を唱えた。
「…急々如律令……雷牙ッ!」
 俺の魔力を受けた呪符は、ヤツの全身を電撃で焼き尽くした。

 シャギョォォォォォ…!

 ヤツは、雷撃と炎をその身に受け、断末魔の声と共に砕け散った。
「歪みが…死んで償え…!」


 しかし、まだ、終わりではない。俺は、ヤツがいた場所まで近づくと、そこに残って
いた拳大の水晶を手に取った。
 この水晶こそが歪みの身体を形作る『コア』であり、これが無事である限り歪みは何度
でも再生する。
 そうさせないようにする方法は二つ。
 一つは、コアを完全に破壊する事。もう一つは、魔力によってその働きを封印する事だ。
 俺が取るのは後者の方。
 俺は、呪符を一枚取り出すと、それをコアに張りつけた。そして、呪符を発動するため
の短い呪を発する。
「封魔!」
 魔力の輝きがコアを包みこむ。それが収まり、封印が完成したのを確認すると、コアに
貼っておいた呪符をはがした。
 俺はそのコアを、手元にあった袋に放りこんだ。
 俺は、歪みがいなくなり、静けさを取り戻した廃墟を改めて見まわした。
 ここはかつて、この地方で名を成した力のある魔導師が研究所として使っていた屋敷
だったと言う。
 俺は、そこに探し物があるかと調べていたのだ。
 しかし…
「結局、ここにもなかったな…」
 期待は外れたが、落ちこむほどじゃない。こんな事は、いつもの事だ。
 俺は剣を鞘に収めると、町のほうへ向けて歩き出した。


 いつまでたっても見つからない探しものに、だんだんとすさんでいく俺の心。
 俺は、いいかげんこの旅に疲れを感じていた。
 だが、運命のいたずらと言うヤツは、そう言うやつを狙ってやってくるものらしい。




 運命の出会いと言うものがあることを、その時の俺はまだ、知る由もなかった。