『エルファーシア正伝 妖刀の章』

第二章 〜銀牙(インヤァ)〜
 腹ごしらえをするために外へと繰り出したワシュウとミリィは、手近なところにあった
食堂の中へ入っていった。
 しかし、ドアを開けた瞬間、目の中に飛び込んできた光景を見て、二人は思わず動きを
止めてしまう。
 二人はそのままの状態で硬直し、ミリィがかろうじて声を出した。
「…何、これ…?」
 それに応える様に、ワシュウも曖昧な返事を返す。
「いや…すごいですね……」
 そう言って二人は改めて店内を見回した。
 そこは、何処もかしこも人、人、人で埋め尽くされており、数人のウエイトレスらしき
女性達がさほど広いとは言えない店内を忙しそうに駆け回る。
 簡単に言って、恐ろしく混んでいた。
 その混雑を目の当たりにして、二人は思わず顔を見合わせる。
「…どうしましょう?」
「いや…どうしましょうって言われても…」
 二人が困り果てていると、それを見た一人のウエイトレスが声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。何人様ですか?」
「あ、二人…なんですけど」
「二名様ですか…」
 そう言って、ウエイトレスはぐるりと店内を見回した。
 ワシュウが見た感じ、席があいているようなところなどなかったのだが、ウエイトレス
はそれと思しき場所を見つけたようだ。
「あの…相席でよろしければありますが…」
 申し訳なさそうなウエイトレスの言葉を受けて、ワシュウはミリィのほうに目をやった。
 どうやら、ミリィも座れさえすればどこでもいいといった感じらしい。
 ワシュウは、軽く息をつくとウエイトレスのほうに向き直った。
「ええ、それでお願いします」
「それでは、どうぞ、こちらへ」
 二人は、ウエイトレスの案内で店の奥のほうへと入っていった。


 ワシュウとミリィが案内された四人がけのテーブルには、先に男性が一人いた。
 特に話をしないという事は、すでに話を通してあるということだろうか。
「では、どうぞ、こちらへ」
 ワシュウ達は、促されるままに席についた。
 ウエイトレスはメニューを一つ置くと、一礼をしてあわただしく去って行った。
 ワシュウは、斜め向かいに座っている男性をみた。
 その人は、男性と呼ぶよりは、むしろ少年と言った方がいいような人で、ワシュウ達が
来たことを意にも介さずに自分の食事を続けている。
 ミリィはミリィで相席の者の事など意にも介さずにメニューをめくってあれこれと物色
している。
 ワシュウは、そんなミリィに苦笑しながら、隣にいる少年に目をやった。その少年に、
なんとなく見覚えがあるのだ。
(確か……ノーグタウンで…)
 それは、ギルドで銀牙(インヤァ)と呼ばれていた少年だった。
 ワシュウは、その少年が放つ不思議な『気配』とも言うべきものに気を取られていた。
 そのワシュウに、メニューを見終わったミリィが声をかける。
「ね、ワシュウ!」
 その声で、ワシュウはハッと我に返った。
「え? …あ、どうしました?」
「もう……さっきから何度も呼んでるのに」
 言われて、ワシュウは慌てたようにミリィからメニューを受け取る。
 そんなワシュウを見て、ミリィはため息をつく。
「なにか、気になる事でもあったの?」
「え?」
「だって、ワシュウったら、さっきから上の空なんだもん」
「あ、いえ…」
 ワシュウは、言葉を濁しながらも、時に鋭いこの少女に内心驚いていた。
 ただ、本人の目の前であれこれ詮索するのも失礼な話だろうと思い、話すのを止めたの
だ。
 ミリィもその意を汲んで、それ以上追求する事はしない。
 そして、やってきたウェイトレスにそれぞれの注文をしたのだった。


 ほどなく、お互いが注文した品が二人の前に出され、二人はそれを無心に口へと運んで
いた。
 それを半分ほど片付けたところでミリィは不意に話を切り出した。
「それにしてもさぁ…」
「?」
 ワシュウはその声に気付いて顔を上げる。
「な〜んで、こんなに人がいるのかしらねェ…」
 ミリィは、皿の上に一個だけ残っているエビフライをフォークの先でつつきながらそう
漏らした。
「そうですね……」
 ワシュウは思案にふけりながらコーヒーを一口、口に含む。
「案外、遺跡の調査どころではないかもしれませんね……」
 そう、ワシュウが呟いた時だった。

「遺跡には入れない」

 突然の聞き慣れない声、それも、明らかに自分たちに向けて放たれた言葉に驚き、ワシ
ュウとミリィは慌ててそちらの方を振り向いた。
 その声の主は、二人と同席になっていた隣の青年からのものだった。
「……あなたは?」
「歪み狩りさ。遺跡の調査隊に雇われている、な」
 その一言を聞いて、ワシュウは遺跡が現在どんな状況なのかを大体理解した。
 遺跡と言うものは、かつて人間が使用して、長い間うち捨てられていた物がほとんどで、
それだけ自然に比べてエーテルエナジーの調和が乱れやすく、その分、強力な歪みが発生
しやすい場所なのである。
 そういった場所の調査を行う場合、実際の調査を行う者の他に歪みの駆除を専門とする
者達が調査隊に編入されるのが通例となっている。
 ただ、そう言った者達は、その調査隊の専属となっている事が多い。
 つまり、彼のような外部の人間を雇い入れるという事は、実は珍しい事なのである。
 それが、ここでは雇われている。
「ずいぶん、遺跡内の状況は悪いようですね」
「……何も知らないんだな……」
 ワシュウの言葉に、青年はため息混じりに呟いた。
 その態度に、ミリィは自分達がバカにされたような気がして少しむっとなる。
 一方の青年は、そんな事など意にも介していない。
「今、遺跡の中には『魔獣』クラスの歪みが現れていて、調査隊はおろか、歪み狩りでさ
え手が出せない状況だ。
 あと数日は、あそこに入るのは諦めるんだな」
 青年はそう言い放つと、すっと席を立って出口へと立ち去っていった。
 その姿が見えなくなってから、ミリィは時が来たとばかりに不満を吐き出した。
「なによあいつ、偉そうに!」
 そんなミリィをワシュウは苦笑しながらなだめる。
「まあまあ、予備知識もないのに来てしまったのは事実ですしね」
「それにしたって、あんな言い方する事ないでしょ!?」
 ミリィは、青年への不満をぶつけるようにエビフライにがつっとフォークを突き刺すと、
それを丸ごと口へと運んだ。
 しかし、ワシュウの思考はそれとは別の所に飛んでいた。
「彼には……見覚えがあります」
「ふぇ? ふぁひゅう、ふぁひふほほほふぃっふぇふふぉ?」
 ミリィはなにかを言ったが、エビフライがまだ口に残っているので何を言っているのか
理解できない。
「ミリィ、しゃべるなら、口の中のものを飲みこんでからですね…」
 そう言われて、ミリィは口の中のものを喉の奥へと押しこんだ。
 そうして、改めて同じ言葉を繰り返す。
「ワシュウ、あいつの事知ってるの?」
「あなたも、一度見ているはずですよ。ほら、ノーグタウンのギルドで…」
 言われて、ミリィは記憶の糸を辿り始めた。
 そして、ギルドの風景の中に、それとおぼしき人物が思い浮かぶ。
「あ〜、確か、私達の後で賞金首の歪みのコアを持ってきた…」
 ワシュウは、ミリィの言葉にこくりと頷き、肯定の意を表す。
「で、あいつがどうかしたの?」
「ええ……実は、少し気になる事がありまして」
「気になる事?」
「ええ……」
 そう言って、ワシュウは周囲を見回した。
 ワシュウ達が入ってきた頃よりはだいぶ落ち着いてきたものの、それでも店内は大勢の
客で賑わっていた。
 それを見て、ワシュウはため息をついた。
「……ここから先は、帰ってから話したほうが良さそうですね」
 ワシュウの言葉に、ミリィも頷いた。
 ワシュウの話が、自分たちの使命に大きく関わる事であろう事が容易に想像できたから
である。
 残りは帰ってから、と区切りをつけたミリィは、目の前のカップに注がれたコンソメス
ープを一口で飲み干した。


 ワシュウ達が店を出て、宿についた時には、既に空には上弦の半月が姿を現していた。
 部屋に戻ったミリィはブーツを脱ぎ捨ててベッドの上に身を投げだし、ワシュウもベッ
ドの端に腰を下ろした。
「で、ワシュウ。さっきの話なんだけど…」
「ええ。ですが、そのまえに…ミリィ」
「なに?」
「彼の通り名を知っていますか?」
 言われて、ミリィはぷるぷると首を横に振った。
 ミリィは元々牧場育ちで、そう言ったこととは無縁の生活を送ってきたのだから、知ら
なくても無理はないというか、当然である。
 また、ワシュウもその事は十分わかっているのか、ミリィが首を止めるやすぐに説明に
移る。
「銀牙(インヤァ)、それが、彼の通り名です」
 聞きなれない音の響きに、ミリィは首をかしげる。
「いん…やぁ? ヘンな名前ねェ…」
「銀牙とは、グランシスがあるフォルセナ大陸の東方にあるアディーレ大陸の言葉で、銀
の牙という意味です」
「ふぅ〜ん……で、そいつがどうかしたの?」
「ええ、彼に関して、少し気になる噂があるんです」
「噂?」
 ワシュウは一つ頷いて言葉を続けた。
「彼は、いかなるものも切り裂く刀の魔導器を持っている、という噂です」
「ね、ちょっとまって……」
「…なんですか?」
「あのさ…まどうき…って、なに?」
 ミリィは、頭の上にハテナを三つほど浮かべながらそう訪ねた。
「魔導器とは、魔力が込められた武具類を総称した呼び方です。精神生命体ともいえる歪
みにダメージを与えるに当たって必須の物ですね」
「つまり……私の降魔銃やワシュウの封神剣みたいなもの?」
「まあ、そう考えて問題はないでしょうね」
 ワシュウはそう言って頷いた。
 言われて、ミリィはふむふむと納得したような様子を見せた。
「で、それがどうかしたの?」
「それでですね……私達が探している十二神具の中に、華血刃と言うものがあるのです」
「カケツジン?」
「ええ。『主殺しの妖刀』の異名を持つ魔剣……その能力は、主の力に呼応してこの世のあ
らゆる存在を切り裂くこと……」
「ふ〜ん……って!?」
 そこに到って、ミリィもようやくワシュウの言わんとすることが理解できた。
 ワシュウは頷いて、ミリィの考えが正しいことを示す。
「つまり……あいつの持ってる剣が、その華血刃かもしれないって事?」
「ええ、あくまで可能性として、ですが」
「じゃあ、あいつが仲間って可能性もあるんだ……」
 そう言ってミリィは渋い顔をする。
 ミリィにとって、銀牙の印象はあまりいいものではないらしい。
 一方のワシュウは、そんなミリィの思いを知ってか知らずかにっこりと微笑むだけだっ
た。


 翌日、ワシュウとミリィは問題の遺跡の前までやってきた。
 そこには、遺跡の調査隊の他、この地方の領主の兵隊や雇われたであろう歪み狩り達、
その他の人達でごった返していた。
 遺跡の入り口にはバリケードが張り巡らされ、その周囲には魔力的な封印も施され、お
いそれと中に入れるような状況ではなかった。
 それを見て、ワシュウは感嘆の息を漏らした。
「これは、ずいぶんと厳重ですね…」
「…そうなの?」
「ええ。あの結界、簡単そうに見えますが、なかなか高位のものですよ。簡単には破れな
いでしょうね」
 しかし、そう言いながらもワシュウは、それが外敵の侵入を防ぐための物ではないこと
に気づいていた。
「中にいる歪みは、かなりの力を持っているのでしょう」
「へ? なんでわかるの?」
「あの結界は外部からの侵入を防ぐものではありません。むしろ、その逆なのです」
「つまり、中のヤツが出て来ない様にしてるってこと?」
 ワシュウは、ミリィの言葉に頷いた。
「中の歪みが外に出て、被害が広がらないようにしているんです……
 と、話をしていても仕方がありませんね。行きましょうか」
「へ? 行くって…?」
「決まってるじゃないですか」
 そう言って、ワシュウは遺跡の入り口を指差した。
「遺跡の中にですよ」
 ワシュウは、先に遺跡に向かって歩き出した。それを見て、ミリィが慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと、中に入れるの!? 見張りの人とかいるわよ!?」
 案の定、入り口に向かって歩いていたワシュウに気付いた見張りの兵がワシュウを制止
した。
「待てっ! 許可のない者は立ち入り禁止だ!」
 それを見て、ミリィはワシュウの顔を見上げた。
(ちょっと、どうすんのよ?)
(まあ、まかせてください)
 ワシュウはミリィに微笑みかけると、兵士のほうに向き直った。
「お勤めご苦労様です。あなた方はこの領の兵士ですか?」
「その通りだが……」
「そうですか。いえ、実は中に入れていただけないかと思いまして」
「だから、先程……!」
 そう言いかけた兵士の言葉さえぎって、ワシュウ兵士に左腕を見せた。
 正確には、左手首につけていた腕時計を、だが。
 それを見て、兵士はさぁっと顔色を変えた。
「そ、それは! お、おま、いえ、貴方様は!?」
 驚いている兵士に、ワシュウはただにっこりと微笑む。
「たぶん、お察しのとおりだと思いますよ?」
「は、はいっ! しょ、少々お待ちください!」
 兵士は大げさに一礼すると、慌てたように駆け足でその場を去って行った。
 ワシュウは微笑んだまま、ミリィはぽかんとしてそれを見送る。
「ワシュウ…ナニ、やったの?」
「何って、これを見せて差し上げただけですが……」
 そう言って、ワシュウは左腕の腕時計をミリィに見せた。
 それは、通常の物よりも一回り大きく、中央の液晶に時刻が示されるデジタル時計で、
その外周部にいつくかのボタンがついていて、上の部分に逆さにした十字架に翼をつけた
ような文様が描かれていた。
 この時計の名は『E・ウォッチ』と言い、現在、世界にたった6つしかない時計である。
そして、エルファーシア十二闘士が、その証として持っているのだ。
 時計としての機能の他に、通信などの機能がついており、また、これ自体が一種フリー
パスのような役割も果たしている。グランシス聖王国から与えられた十二闘士の権限は、
実際かなりのものなのである。
 確かに、ミリィは以前にそんな説明を受けていたのだが、その効力の程を見るのは、実
はこれが初めてだったのである。
「十二闘士って、どこまで力あんのよ…」
「基本的になんでもあり、とレオンは言ってましたけどね」
 レオンとは、グランシス聖王国国王レオンハルト・フォン・ノエシスの事である。自身
も神具・黒貴杖を持つ十二闘士の1人で、ワシュウに神具の捜索を依頼した張本人なのだ。
 そんな話をしている間に、先程の兵士と、その兵士よりも幾分立派な鎧を身に纏った騎
士がワシュウの所にやってきた。
 おそらく、その騎士がここの部隊の責任者なのだろう。
「どうも、お待たせしました」
 その騎士は、ワシュウに向かって恭しく礼をした。
「申し訳ありません。よもや、十二闘士の方がこちらにいらっしゃるとは思いませんでし
たので……」
「いえ、こちらの方こそ、突然の訪問でご迷惑をおかけします」
「ところで、こちらにいらっしゃったのはやはり……」
「ええ、この遺跡の調査に来たのです。しかし……」
 ワシュウは、少し顔を曇らせた。
「あまり、芳しい状況ではないようですね」
「はぁ、お恥ずかしい限りで…」
「どのような状況か、教えていただけませんか?」
「はい。この遺跡が発見された当初から、歪みが多く発生しているとの報告を聞いていた
ので我々が駆除に向かったのです。
 駆除は順調に進んでいました。
 ……あの歪みが現れるまでは…」
「あの歪み?」
「はい。ヤツは突然我々の前に現れ、瞬く間に部隊を半壊に追いやったのです。
 我々も善戦したのですが、奴の力は強大で、こうやって結界を張り、奴を閉じ込めるの
が精一杯で…」
 そう言って、騎士は苦々しげに唇を噛み締めた。
 ワシュウの顔からも微笑みは消え、真剣な表情になっている。
「なるほど……ちなみに、歪みが発生してからどれくらい経っているのですか?」
「報告から数えて、およそ45日です」
 それを聞いて、ワシュウは考えこむ。
 そこに、今まで話についてこられなかったミリィがワシュウに話しかけた。
「ねぇ、ワシュウ」
「あ、なんですか?」
「歪みが発生してからの日数なんて聞いてどうするの?」
「いえ、もしかしたら、自然消滅しているかと思いまして。
 知っての通り、歪みは強大な力を持つ代わりに恐ろしく短命ですからね」
「ですが、隊の者の報告では、その歪みは消滅しておらず、力も衰えていないと……」
 ワシュウは再び考えこんだが、やがて、意を決したように顔を上げた。
「どうやら、私達が相手をする他にないようですね」
 その言葉を聞いて、騎士が驚きの表情を見せた。
「え!? あ、あなたが…?」
「あの、ご迷惑でしたか?」
 きょとんと問い返すワシュウに、騎士は慌てて両手を振った。
「い、いえ! 貴方のような方に動いていただけるとは、光栄です!」
 まあ、向こうとしてみれば強力な戦士である十二闘士が歪み退治に向かってくれるのは
願ったりかなったりといったことだろう。
 ワシュウもその意を察してにっこり微笑む。
「では、門を開けてくださいますか?」
「はい、ただいま」
 そう言って騎士は近くの兵士に命令すると、結界の役目を果たしている鉄格子の扉が開
けられた。
「では、行きましょうか、ミリィ」
「うんっ」
 そう言ってワシュウとミリィは遺跡の中に入ろうとした。
 そこで騎士が慌てた風にワシュウを止める。
「あ、あのっ!」
 その声に気付いて、ワシュウは振りかえった。
「?」
「あの、そのお嬢さんも連れて……?」
 まともにおまけ扱いされてミリィはむすっとなったが、ワシュウがそれを制止してにっ
こりと笑った。
「この子も私の仲間です。実力の程は私が保証しますよ」
「は、はあ……」
 騎士はいまいち納得していない風だったが、とりあえずわかったようなのを見てワシュ
ウ達は再び歩き出した。
「あ…!」
「まだ、何か?」
「す、すみません。まだ、お話していないことがありまして……」
 そう言って、騎士は申し訳なさそうに切り出した。
「実は、30分ほど前に歪み狩りが1人、この中に入っていったのです。
 それで、もし、中で彼に会うことがあったら……」
「ええ、わかりました」
 ワシュウはそう応えるが、はたと気付いて言葉を繋げる。
「あの……」
「はぁ」
「もしかして、その歪み狩りは銀牙と呼ばれる少年ではありませんか?」
「あ、はい、その通りです。近くのギルドから依頼を受けたとかで」
 それを聞いて、ワシュウはやはりと思った。
 銀牙が神具の持ち主なら、それ相応の実力を持っていても不思議ではないからである。
 ワシュウはこくりと頷くと、ミリィを伴って遺跡内部へと入っていった。


 遺跡の中は暗く、ワシュウは魔法の灯りを生み出して行く先を照らしながら進んでいた。
 ワシュウはちらりと後ろを振りかえり、少し後ろを歩くミリィを見た。
「あの、ミリィ?」
「……何?」
 ミリィはむすっとして答える。
 その理由は聞くまでもなく分かっていた。
「さっきのこと、まだ怒ってるんですか?」
「べっつに!」
 しかし、言葉とは裏腹に態度はなんでもないとは言っていなかった。
 それを見て、ワシュウはふうっとため息をつく。
「今認められなくても、だんだん実績を重ねていけばいいじゃないですか」
 ワシュウは立ち止まると、懐から聖書を取り出す。
 そのワシュウの様子を見て、ミリィも身構える。
「どうやら、お客さんがやってきたようですし」
「っていうか、あっちから見たら私達のほうがお客さんなんじゃない?」
「あ、そうですね」
 そんなことを話している間に、ワシュウが灯した魔力の明かりの先から、異形の怪物達
が姿を現した。
 ワシュウは手にした聖書を開き、ミリィもホルダーから降魔銃を抜いて構える。
 ワシュウは、向かってくる歪みの一団に向けて何も持っていない右手をかざした。
「アークインスパイア!」
 魔法が発動し、かざされた右手から電撃が迸る。
 その雷は前列を歩いていた歪み達を捉え、瞬く間に歪みをコアの状態に戻していった。
 しかし、その後ろから3体の歪みが光の中に姿を現す。
「ミリィ」
 言われたミリィはこくりと頷くと、手にした銃を歪みに向けてトリガーを引いた。
 降魔銃から放たれたエーテル弾は狙い違わず歪みを撃ちぬき、その威力に歪みはコアに
なる。
 ミリィは続けざまに別の一体を撃ち、さらに残った一体も瞬く間もなく撃ちぬいていた。
 後には、銃声の反響と歪みのコアだけが残った。
 その歪みのコアにワシュウは浄化魔法を掛ける。
 そうしてコアを回収しているワシュウにミリィが声を掛けた。
「ね、ワシュウ」
「どうしました?」
「なんか、手応えがなさ過ぎない?」
 ミリィの呟きにワシュウは苦笑した。
「油断は禁物、ですよ」
「そうなんだけどさぁ……」
 そう言っていたところで、ミリィの動きがぱたっと止まった。
「ミリィ?」
 ワシュウが呼びかけても、ミリィは何かに集中しているように反応を示さない。
「ミリィ、どうしました?」
「……鳴ってるの…」
 ミリィはポツリと呟くと、手にした降魔銃を見つめた。
「降魔銃が、鳴ってるの……あ、止まった…」
 ワシュウは、ミリィが降魔銃を持つ手に自分の手を重ねた。
 ミリィが言ったとおり、降魔銃はなんの動きも示していない。
 ミリィは、不安げにワシュウの顔を見た。
「ワシュウ、どうなってるの……?」
 しかし、ワシュウは無言でミリィに背を向けると、前方に右手を差し出した。
「……封神剣!」
 すると、ワシュウの呼びかけに応えたかのようにワシュウの右手に光が集まり、それは
やがて一振りの大剣となった。
 エルファーシア十二神具の一つにして『神殺しの神剣』の異名を持つワシュウの剣。強
大な魔力が込められているだけではなく、触れた対象のエーテルエナジーを剣に封印する
『封神』の力を持つ魔剣である。
 ワシュウはそれに力をこめ始める。
 すると、降魔銃が先ほどと同じように鳴り出した。
「ま、また!?」
「心配しなくてもいいですよ」
 ワシュウはそう言って、ミリィのほうを振り向いた。
「これは、神具の共鳴……神具の力同士が反応しあって起こる現象です。
 今の共鳴は、私が封神剣で故意に起こしたものです」
「あ、そうなんだ……」
 ミリィはホッとすると同時に、ふとした疑問がわいた。
「じゃ、さっきの共鳴は?」
「だからこそ、今、封神剣を使ったのです」
 ミリィはいまいち要領を得ない顔をする。
 それも分かっていたのか、ワシュウはミリィに説明した。
「今、封神剣を使って確信できました」
「何が?」
「ここに、確かに十二神具があるということです。それも、主を持って活動状態にある神
具が……!」
 ワシュウは真面目な表情で、だけど、どこか嬉しそうにそれを伝えた。
 ミリィもそれを見てぱあっと表情が華やぐ。
 二人は、新たな神具を求めて、遺跡の更に奥へと入っていった。