七星勇者フェリスヴァイン


 



第10話 「二人目のビーストマスター」

 



 初夏の日差しが降り注ぐ長崎空港。
 そこから陽司に連れられて出てきた瞬は興奮気味に声を上げた。

「ふ……うわぁあ!」
陽司「はは……初めての飛行機はどうだった?」
「すごかった!」

 陽司の問いかけに、満面の笑みで答える瞬。瞬にとっては生まれて初めての飛行機、そ
れも、陽司の配慮で窓側の席だったということでその感激もひとしおだったのだろう。
 陽司は、そんな息子の頭にぽんと手を載せ、にこやかに微笑む。

陽司「さ、そろそろ行こうか。向こうを待たせるといけないからね」
「あ、うんっ!」

 元気に頷き、瞬は陽司に連れられて空港を後にする。
 今回、瞬と陽司が長崎を訪れたのは、そこにあるBBSの長崎支部に陽司が呼ばれたた
めだった。それは、陽司だけでも済ませられないこともない要件だったのだが、瞬とフェ
リスがいたほうがより望ましいということで、休みの日を利用して二人も一緒に長崎支部
に来ることになったのだ。
 そして、陽司には瞬をここに連れてきた理由がもう一つあった。
 長崎にいる『雷の勇者』とそのビーストマスター。その二人を瞬に会わせるためである。
今でこそ分散して戦ってはいるが、いずれは全ての勇者が一つに集う必要が出てくるはず。
その時のために、こういった機会にビーストマスター同士の交流を持たせておく必要があ
ると陽司は考えたのである。幸い、これから会わせようと思っているビーストマスターの
ことは陽司もよく知っており、二人は気が合うであろうと確信に近いものがあるので、さ
ほどの心配はしていないのだが。
 陽司がそんなことを考えながら歩いているうちに、二人は空港の駐車場へ到着する。

「お父さん」
陽司「ん?」
「こっちに、車、もって来てあるの?」
陽司「ああ。プラムに頼んであるから、もう来ているはずだ。
   ……ほら」

 そう言って陽司は遠くを指差したが、その指が体と一緒に不自然に止まる。
 何事かと思い瞬も陽司が指差すほうを見て、そこで見つけたものに思わず硬直してしま
った。
 二人の目線の先にあったのは、所狭しと停められたあまたの車の中にたたずむウルフラ
ンダーと、そのドライバーとして傍らに立っているプラムの姿。だが、そのにこやかに手

を振るプラムのいでたちというのが、紺のワンピースにエプロンドレス、頭にはひらひら
のついたカチューシャというスタイルだったのだ。
 これを見た親子は奇しくも同じ事を思った。曰く。

(何故にメイド?!)

 


 闇の中にそびえる「暗黒の使徒」の基地・ゲシュペンスト。
 その門に向かって白の装甲をもった機体が光の軌跡を描きながら飛び込んできた。それ
に向かって整備兵が駆け寄ってくるのを尻目に、腹部のハッチが開き中からパイロットが
姿を現す。
 機体から伸びたワイヤーに吊り下がって降りてきたそのパイロットに、四星士・妖学士
クロイツは親しげにそのパイロットに話しかけた。

クロイツ「よう。ずいぶんと久しぶりだな、シュバルツ」

 その言葉に仮面の男――黒騎士・シュバルツ――はそっけなく答える。

黒騎士「中間報告だ。それが終われば、また地球に戻る」
クロイツ「で、もう、目星はついてるのか?」

 黒騎士はそれには答えず、奥に向かって歩き出す。クロイツは肩をすくめそれを見送っ
たが、黒騎士は途中で立ち止まり、すこし首を後ろへ向ける。

黒騎士「……勇者封印の地、日本という島国。そこに、『大いなる無色の力』の鍵がある」

 それを言うと、黒騎士は今度こそその場を後にした。
 黒騎士とクロイツがそこから立ち去った後、物陰から青い影、冥闘士ブリントが姿を現
した。ブリントは黒騎士が立ち去った方に目をやり、口の端を吊り上げる。

ブリント「クククッ……いい事、聞いちまったぜェ……」

 ブリントは手元の携帯端末からある情報を呼び出すと、それに目を落としほくそえんだ。

ブリント「ヤツの手柄なんざ、俺様がぶん取ってやるぜ……!」

 そう言うブリントの端末には、九州の地図が表示されていた。

 


 プラムからウルフランダーを受け取った陽司と瞬は、それに乗って長崎市郊外に向かっ
て車を走らせていた。BBSの本部が高峰山の地下にあるように、長崎支部も市街地から
は離れたところにあるそうなのだ。
 ちなみに、プラムはウルフランダーを渡してすぐに美空市に戻っている。本人が言うに
は「まだ、お洗濯が残っていますので」ということらしい。
 二人を乗せた車は公園が併設された道の駅のようなところに入っていった。そして、陽
司はいくつかある駐車スペースに車を停める。

「ついたの?」
陽司「いや、まだだよ。少し、休憩にしよう」

 その陽司の言葉に従い、瞬は車を降りた。
 やはり、長時間同じ姿勢でいたのが堪えたのか少し体がこわばっており、瞬はうんっと
いう軽いうめきと共に思い切り伸びをする。そして、目一杯深呼吸して外の新鮮な空気を
肺に送り込んでいく。隣を見ると陽司も同じようなことをしており、目を合わせた二人は
思わず笑いあった。

陽司「さて……と、私はこれから向こうに連絡をするが……」
「それじゃあ、向こうのほう見てきていい?」
陽司「ああ。だが、あまり遠くまでいくんじゃないぞ」
「うんっ!」

 瞬は満面の笑みで応えると、左手首につけたビーストコマンダーを突き出す。

「フェリス、ドライブ・アウトッ!」

 瞬の言葉に応えてビーストコマンダーから赤い光が解き放たれる。その光は地面で一つ
に集い、その中から一匹の狼が姿を現した。

「行こう、フェリス!」
フェリス「ああ」

 フェリスが頷いて答えたのを見た瞬は、公園のほうに向かって駆け出していった。

フェリス「楽しそうだな、瞬」
「うんっ! 九州って初めてだし、それに……」

 瞬はそう言って、少しはにかむ。そして、少し照れくさそうにフェリスの方を向いた。

「お父さんと、一緒だし」

 照れくさそうに笑う瞬を見て、フェリスもつられたように笑った。それでもやはり恥ず
かしいのか、瞬は照れ隠しのように陽司がいるはずの土産物屋に目を向けた。
 そちらに目を向けたとき、瞬の目に旅行者らしい女性の二人連れと、後ろからそれに近
づく帽子を目深にかぶった男の姿が映る。瞬が怪訝な表情でそれを見ると次の瞬間、男は
女性に一気に駆け寄り、駆け抜けざまに女性の手にしたバッグをひったくっていった。

「っ!」
女性『きゃぁぁぁぁっ!』

 女性の叫びが上がると同時に、瞬はフェリスに目配せする。

「フェリス!」
フェリス「おうっ!」

 フェリスがすぐに逃げ出した男を追い、瞬もフェリスを追って走り出した。
 男は追ってきたフェリスに気づいてなお速度を上げて走り出したが、フェリスはそれ以
上の速度でぐんぐん男に追いついていく。男に近づいてきたところでフェリスは飛び出し、
男の右腕に思い切り牙を突きたてた。

「ぐっ! このやろっ!!」

 男はフェリスを振りほどこうと腕を振り回し、フェリスは逃がさないようそれに抗う。
フェリスは振り解かれないよう腕に噛み付いていたが、何度も上下左右と激しく振り回さ
れ平衡感覚がおかしくなってくる。そして、瞬が追いついてきたと同時に、ついにフェリ
スは振り解かれてしまう。一瞬反応が遅れ、横滑りに叩きつけられるフェリス。

「フェリス!?」

 地面に横たわるフェリスの元に駆け寄る瞬。その間に、男は道路に向かって走り出す。
瞬が近くに来たとき、フェリスも頭を振って起き上がった。

フェリス「クッ! 逃がすか!」
「あ、待ってよ! フェリスーッ!」

 一方の男のほうは、追ってくるフェリス達を尻目に道路を一本越え、市街地へと入り込
もうとする。すると、男の進路上に、男のほうに向かって走ってくる少女が姿を現す。こ
のまま進めば当然、正面衝突。

「どけっ!!」
少女「……え?」

 少女を右へ押しのけようと男が右腕を突き出す。すると少女はきょとんとした顔から一
転、引き締まった表情となりすばやく半身に構えを取った。自分に向かって伸びてきた右
腕を左腕でつかんで引き込み、体を男の胴の下に潜り込ませる。肩から男に体当たりを食
らわせ、肩口に右手を当てる。

少女「ハッ!」

 少女の気合が一閃。それと共に、男の体が宙を舞った。瞬たちがそこにたどり着いたと
共に、男の体が地面に叩きつけられる。

少女「……草薙流空仁術、旋(つむじ)」

 少女の口から、厳かに今の技の名がつむがれる。が、気を失って聞こえていない男の様
子を見て、少女は頬に右手を当て、再びきょとんとした顔になった。

少女「えっと……ひったくりさん、ですの?」

 少女は今ひとつ状況がつかめずに自分が投げ飛ばした男を眺めていたが、息を切らして
やってきた瞬たちに気づくと、ふわりと微笑んでそちらのほうを振り向いた。

少女「あなた方のですか?」

 男の持っているものが、という意味であろう。瞬は少女の先ほどとのあまりの違いに戸
惑いながらもそれが自分のものではない旨を伝える。

「う、ううん。この人がひったくりしたとこ見たから、追いかけてきたんだけど……」
少女「まあ、そうでしたの。ご立派ですのね」

 少女はニコニコと笑って瞬に応える。しきりに感心しているようだが、どうにもほわほ
わした雰囲気が漂って仕方ないのは、瞬の気のせいではないはずである。
 瞬がとりあえず男から盗まれたバッグを取り上げようとしたとき、元いた公園のほうか
ら瞬を呼ぶ声が聞こえてきた。顔を上げると、道路を渡って瞬に駆け寄ってくる陽司の姿
が見える。その後ろにバッグを取られた女性、それに、なぜか執事風の初老の男性も一緒
になってこちらに向かってきていた。
 その男性のことは不思議に思いながらも、とりあえず瞬は陽司に手を振って応えた。

「お父さ〜ん!」


 瞬の言葉に、少女が少し驚いたような顔になる。そして、ふいに悪戯っぽい笑みを浮か
べると、瞬の手をとった。急に女の子に手を握られ、驚いて少女のほうを振り返る瞬。
 戸惑っている瞬を見ると、少女はにっこりと笑い、いきなり陽司達とは逆方向に走り出
した。

「え? えっ?!」
少女「さっ、逃げますわよ!」
「ええっ?!」

 訳も分からないまま、瞬は少女に手を引っ張られて走り出す。慌ててフェリスも後を追
いかけだすが、往来の真ん中でしゃべるわけには行かずただ少女に向かって吼えるのみ。

後ろから追いかけてくる陽司達の声も聞こえたが、意外に少女の足が早く、その間はどん
どんと引き離されてゆき、ついには執事の男性の「おじょうさま〜」という叫びを残し、
その姿が見えなくなってしまった。
 後にはただ投げ飛ばされ気絶した引ったくり犯と、その上に「この者、引ったくり犯」
と達筆な筆字で書かれたカードが残されるのみだった。

 


 瞬は少女に引っ張られたまま走らされ続けていた。色々なお店の前を通り過ぎていくが、
瞬にそれを見る余裕などあるはずもなく、もうすでに自分がどこにいるのかさえわからな
くなっていた。

「ちょっと、ねぇっ、君!」

 瞬は自分を強引に引っ張っていく少女に抗議したが、少女はあいかわらず微笑みを浮か
べたままで、見た目に反して手を掴んでいる力が強く、振り払えそうにもない。というよ
りも、瞬としては女の子に乱暴する気にもなれない。その点については、フェリスも同様
らしい。
 そうは思いながらも瞬がいいかげん我慢の限界にきたとき、その思いを察したかのよう
に少女が足を止めた。息を切らせて立ち止まった瞬のほうを、少女がかすかに頬を上気させて振り返った。

少女「ふふふ……ご苦労様です」
「はぁっ、はぁっ……」
少女「思ったよりも体力がおありなんですのね。その気になられれば、私を追い越せたの
では?」

 少女がたおやかに笑っているのを見て、瞬もすっかり毒気を抜かれてしまう。

「ね、ねえ」
少女「ふふっ、ちょっと待っていてくださいね」

 瞬が尋ねようとするのを抑え、少女はくるりと振り返ってその後ろの店のほうに向かっ
てしまう。瞬はまたも肩透かしを食らったような気持ちになりながら、仕方なく隣で息を
落ち着けていたフェリスのほうを向いた。

「ねえ、フェリス……どうしようか、これから?」
フェリス「……そうだな。ビーストコマンダーで陽司に俺達の位置を知らせることは出来
    るが……」
「う〜ん、なんなんだろうね、あの子?」
フェリス「とりあえず、悪い感じはしないのだが……」
少女「どうかなされたんですか?」
「ッ!?」

 突然、少女から声をかけられて瞬は驚いて身を硬くした。フェリスとの話を聞かれたの
かと少女の様子をうかがってみるも、特にその様子はなさそうである。少女は瞬の様子を
きょとんとして見ていたが、すぐに表情を和らげ手にしたものを瞬に差し出す。

少女「はい」
「……これは?」
少女「ちょっと走って、疲れましたでしょう?」

 少女はその微笑とともに、手にしたソフトクリームを瞬に手渡した。見れば、少女も同
じようなソフトクリームをもう一個持っている。

少女「ごちそうしますわ。連れて来てしまったお詫びも含めまして」

 自分の手にしたソフトクリームを軽く掲げ、少女は小首を傾げる。瞬はそんな少女の何
気ないしぐさと雰囲気に、思わずどきっとしてしまう。瞬のそんな様子を尻目に、少女は
再び瞬の手を取った。

少女「さ、参りましょう? あちらに腰をおろせる場所がありますから」
「う、うん……」

 瞬は頬を赤らめ、どぎまぎしながら素直に頷く。少女はそんな瞬の様子を満足げに見つ
めると、瞬を伴って歩き出した。

少女「あ、そうですわ。自己紹介がまだでしたわね」
「え?」
少女「私、草薙沙耶香(くさなぎ さやか)と申します。あなたのお名前も、教えて頂け
ますか?」
「ほ、星崎瞬……」
沙耶香「星崎君、ですか。いいお名前ですわね」

 沙耶香はそういって瞬に笑いかけた。それは、例えるなら緑萌える草原のような、そん
なさわやかな笑みだった。

 


 瞬が沙耶香に連れまわされている頃、BBS長崎支部では支部長らしき女性が外からか
かってきた通信を受けていた。

支部長「そうですか……では、あの子は……」
男性『申し訳ありません。結局、お嬢様には逃げられてしまいまして……』
支部長「あの子の事です。何か、考えあってのことでしょう。
    ひとまず、星崎司令をこちらに案内して差し上げてください」
男性『は、承知しました』

 その通信が終わったところで、司令室に一人の人間が入ってきた。シャギーのボブカッ
トに白衣、つり目気味の目元にメガネと、一見科学者風のいでたちながらも「少女」と言
う表現がこれ以上なくしっくりくる少女が、つかつかと支部長の下に歩み寄ってくる。い
らいらとした雰囲気が全身から発せられて、お世辞にも機嫌がよさそうとは思えない。

少女「支部長さん」
支部長「ああ、リリィさん」

 リリィと呼ばれたその少女は、その言葉にかちんと来たかのように眉を吊り上げた。

リリィ「ここでは、羽丘、と呼んでもらうように言ったはずだけど?」

 羽丘リリィ(はねおか りりぃ)、それがこの少女の名前であった。BBS長崎支部技術
部主任の肩書きを持ち、10歳でMIT主席卒業、在学時よりBBSに技術スタッフとし
て参画している、現10歳の天才少女である。
 リリィは気を落ち着けるようにひとつ息をつくと。改めて支部長に向き合った。

リリィ「それで? お姉さんは見つかったの?」

 その質問に支部長は、眉をハの字にして苦笑し、首を横に振った。その意味を理解した
リリィは、とうとう「技術部主任」の仮面をかなぐり捨てて怒り出す。

リリィ「なにそれ! 今日は大事な実験があるって、あれほど言ったじゃない?!
    それなのに肝心のお姉さんはどっかに逃げ出すわ、探しても見つからないわ!
    ホントにこの実験の重要性が分かってるのっ?!」

 一息でまくし立てたリリィはそれで息が切れてしまったのか、ハァハァと肩で息をしな
がらなおも支部長を睨み付けている。

支部長「まあ、落ち着いて。あの子なら、すぐに帰ってきますよ」
リリィ「な、なんで、そんなことが言えるのよ?」

 リリィは肩で息をしながら問い返す。それに支部長は、やんわりと微笑んで答えた。

支部長「きっと迎えにいったんですよ。待ちきれなくなって」
リリィ「……ハァ?」

 訝しがるリリィをよそに、支部長はまるで我が子を思うかのような表情でにこやかに笑
っていた。

 


「待ち合わせ?」
沙耶香「はい♪」

 問い返す瞬に、沙耶香はにこやかに笑って答えた。
 瞬が聞いた、沙耶香があそこから逃げ出した理由。「今日、会うはずの人を迎えに行くた
め」というのが沙耶香の答えだった。その時沙耶香は、瞬を連れてきたのは「人質にする
ため」だと付け加えるように言ったが、そちらの方はどう聞いても冗談のようであった。
瞬は色々、突っ込んだことも聞いてみようとしたが、柳に風とばかりにひらひらとかわさ
れてしまい、今ではすっかり訊く気力を無くしている。
 そんなわけで瞬は、この不思議な少女と一緒にベンチでソフトクリームを食べていた。
ちなみに、フェリスも瞬の足元でおとなしくしている。

「……」

 瞬は自分のソフトクリームを食べながら、改めて、隣でおいしそうにソフトクリームを
食べている少女のことを眺めていた。
整った顔立ちに、優しげな目元。深緑の髪をポニーテールにしてあるが、活発さよりも
むしろ清楚さを際立たせている。カラーのついたノースリーブのブラウスと膝ほどの長さ
のスカートも、淡い水色とグリーンで上品にまとめられている。
一言で言うなれば「お嬢様」。「可愛い」というよりも、「綺麗」という言葉が似合ってし
まいそうな、そんな雰囲気の少女だった。
そんな瞬の視線に気づいた沙耶香が、瞬の方を振り返った。

沙耶香「……星崎君、どうかなさいました?」
「えっ?!」

 ぼうっとしながら、ある意味、沙耶香に見とれていた瞬は、その沙耶香に声をかけられ
て我に返った。

沙耶香「私の顔に、なにか?」
「えっ! いや、そのっ」
沙耶香「ん〜……ああ」

 沙耶香は何かを心得たようにぴんっと人差し指を立て、苦笑して言葉を続ける。

沙耶香「顔にクリームがついてました?」
「へ?」
沙耶香「すみません、食べ終わりましたら、ちゃんと拭きますわ」

 沙耶香はそういいながら照れ笑いを浮かべた。
 瞬は、独特なペースで進んでいる沙耶香に戸惑いながらも、意識せずに柔らかな雰囲気
を作り出すその不思議な少女に、だんだんと好感を持ち始めていた。

 


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