七星勇者フェリスヴァイン


 



第8話 「エクシードの受難」

 


 由美が入っていった先にあったエレベーター。
 もうお分かりかと思うが、それは他ならぬBBSに通じるエレベーターだったのである。
そう、BBS本部はヒューマン・インダストリ美空研究所の、丁度真下にあったのだ。
 当然の事ながら由美はそんなこととは露知らず、身近に存在していた見知らぬ世界に瞳
を輝かせていた。
 BBSの内部は、当然地上の研究所とはまるで雰囲気が違い、それだけでも由美の探求
心に火をつけた。

由美(……灯台下暗し、だねぇ……こりゃあ……)

 由美は一切ためらうことなくエレベーターホールから一歩を踏み出し、早速BBS本部
の探索をはじめた。ちなみに、この時由美の頭の中には「危なそうだから退き返そう」と
言った類いの考えは欠片も存在していない。ただただ、子供のような好奇心だけがあるの
みだった。
 そんなわけで由美は、なんとかなるさといった軽い気持ちで探索を続けたのである。

 


 途中、ほぼ奇跡的に誰にも見咎められることがなかった由美は、その足で第2格納庫に
足を踏み入れていた。
 そこは、ビーストガーダーズが普段自分達の部屋として使っているところであり、由美
が先ほど見た第1格納庫――バーストローダーが納められている――と違い、「生活空間」
としてかなりカスタマイズされている。その中でも目立っていると言えば、ウェルシャー
ク専用の巨大水槽であろうか。
 由美の注意も、そのやたらと目立つ水槽に向けられていた。

由美「……でっかい水槽……」

 由美はそれを近くで見ようと、第二格納庫の更に奥へと入っていく。

『何をしている?』

由美「?!」

 突如として放たれた咎めるような声に、由美は一瞬身体をこわばらせた。そして、由美
はその声の元を探そうとあたりを見回す。
 声の聞こえてきた上のほうを見上げると、そこには横に渡された鉄骨を止まり木にして
由美を見下ろす、鷹型のロボットがいた。
 ビーストガーダーズの『空の勇者』エクシードである。

エクシード「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。何故、ここにいる?」

由美「なぜって、ねぇ……」

 巨大な鷹型のロボットに見据えられ、さしもの由美も少々気おされぎみになる。由美は
頭を掻きながら、エクシードに返答した。

由美「あたしはただの迷子だよ。ウチの会社の下に、こんなとこがあるなんて知らなかっ
   たんでね」

 由美は、オーバーアクションぎみに肩を竦めて見せる。そして、その自分の言葉でいつ
もの調子を取り戻したのか、挑戦的とも取れる眼差しをエクシードに向けた。

由美「で? 立ち入り禁止区域に入っちまったあたしはどうなるんだい?」

エクシード「そこでおとなしくしていろ。上に判断を仰ぐ」

由美「ハイ、そーですか」

 エクシードのその返答に、由美はちょっぴり面白くなさそうにため息をつく。そうして
エクシードを眺めていた由美の脳裏に、何かが引っかかった。それがなんだったか、由美
は記憶の糸をたどっていく。
 そう、エクシードのような容姿に、確かに覚えがあるのだ。
 そして、エクシードが司令部に連絡を繋いだその時、由美の頭のデータベースにも検索
結果がヒットしていた。

由美「ねぇ」

エクシード「…なんだ」

 エクシードは繋がりかかった通信を一端切り、面倒くさそうに由美の方を向いた。その
エクシードに、由美は子悪魔的な笑みで応える。

由美「あんたさあ、もしかしてエクシードって言うんじゃない? フェリ君のお仲間のさ」

エクシード「!?」

 予想もしていなかった由美の一言に、エクシードは声を詰まらせた。

由美「あ、やっぱりそうなんだ! あんた等の事は瞬からよっく聞いてるからね。
   って事は、ここがBBSとやらの基地なんだね?」

エクシード「な、な……」

由美「あ、こりゃびっくりだ。まっさかこんな身近に正義の味方の秘密基地があったなん
   てねぇ! みんな知ったら驚くだろうねぇ」

 言葉もないエクシードの様子を見て、由美はもう絶好調である。まるで、格好のおもち
ゃを見つけたかのようにからかいだす。

エクシード「キ、キサ……っ!」

由美「まーまー、怒りなさんなって。あたしもバラしゃしないよ。
   あたしの頼みを聞いてくれたら、ね」

 そうしてエクシードに向けたウィンクが、主導権が完全に由美に移ったことを物語って
いた。

 


 一方、そんなことになっているとは全く気付かない瞬を含めたBBS司令室の面々。

輝美「あら?」

博美「どしたの? 輝美」

輝美「うん。さっき、エクシードから通信が入りかけて切れたんだけど。
   それが今またきて、偵察に出てくる……って」

「あれ? エクシードって、確か今日はお留守番してるって言ってなかった?」

博美「…なんだけどねぇ。ま、なんかあったらいけないから、グランリッドとウェルシャークに
   連絡いれておくわね」

 博美はさして気にもせずに、二人との通信回線を開いた。

 


由美「っひゃーっ! きンもちいいーっ!」

 由美は、正面から受ける風に身をさらして目を細めた。エクシードはその様子を無言で
見ている。といっても、それはあくまで比喩としての話。
 どのような状況になっているのかというと、由美が人型になったエクシードの手に乗っ
て空を飛んでいるのだ。
 「空を飛びたい」と言うのが、由美の出した交換条件だったのである。

由美「いやあ、空を飛んでるって気分いいねぇ! ねえ! あんたもそう思わない?」

エクシード「……」

由美「……ったく、付き合い悪いねぇ」

エクシード「……いつまでこうしている気だ…?」

 エクシードが、仏頂面を浮かべて由美に話しかける。この時エクシードは、由美に振り
まわされて神奈川−鹿児島間を一往復させられていた。ちなみに、所要時間45分。この
ままだと、いつ「アメリカに行きたい」などと言い出すか分かったものではない。
 由美はエクシードの顔を見上げると、さらっと答えて見せる。

由美「とりあえず、あたしの気が済むまで」

 悪びれもしない。
 さすがにエクシードも堪忍袋の尾が切れかかる。

エクシード「……落とすぞ」

由美「あーたんまたんま! 悪かったわーるかったって!」

 由美は慌てた風に謝って見せるが、エクシードにそんな気がないであろう事も、なんと
なく感じていた。エクシードの事は瞬やフェリスからよく聞いていたし、実際に話してみ
てエクシードがどんなヤツなのかと言うことも、おぼろげながらにわかってきていたからである。
 由美はひとしきり笑顔を浮かべると、すっと真面目な瞳になった。

由美「行って欲しい、所があるんだ」

 笑顔こそ浮かべたままであったが、由美の眼差しは真剣なものであった。

 


 そこは、美空市の隣の市にあるとある大病院の中庭。
 色々な患者が憩うその場所で、ベンチに座って世間話に花を咲かせている女性がいた。
セミロングの髪で、年頃は大体20代前半、パジャマに身を包んでいるところを見ると、
やはり入院患者なのだろう。
 昨夜観たテレビのことを話していたところに、Yシャツにスラックスと言った姿の長身
で長髪の女性が近づいていった。

由美「リエ!」

 リエと呼ばれたその女性は声がした方を振り向き、由美の姿を見つけるとぱあっと顔を
輝かせた。

リエ「由美センパイ!」

 リエは他の話し相手に離れる旨を告げると、喜びをにじませながら由美の元へと駆け出
していった。自分の元に飛び込んで来たリエを、由美は慌てることなく胸元で受け止める。
 リエは、嬉しくて仕方ないといった表情で由美を見上げた。

リエ「由美先輩! 来てくれたんですね!」

由美「あったりまえだろ? 理恵」

 理恵は、えへへっと嬉しそうに笑みをこぼす。
 この女性のフルネームは滝川 理恵(たきかわ りえ)。由美の高校時代の後輩で、由美
らが学生時代に結成していたインディーズバンド「Bond Magic」の元メンバー
である(担当はベース)。ころころと人懐っこい性格で、特に由美によくなついていた。
 今回、とある病気を患ってしまい、その手術の為に入院していたと言うわけである。

理恵「うれし〜。由美先輩が来てくれた〜っ」

由美「おいおい、大げさだねぇ」

理恵「だって、ホントに嬉しいんだもん!」

 学生時代と変わらぬなつきっぷりに、由美も思わず苦笑する。と言っても、由美もなつ
かれる事は別にいやがっている事は無い。

理恵「由美先輩、お仕事はどうしたの? 確か、今日って平日……」

由美「ん? ああ、フケてきた」

理恵「ええ〜っ?! さぼっちゃったの〜?!」

由美「ったり前だろ? カワイイ後輩のためなんだからさ」

 ふっとエクシードのことを思いだし、どの道来るつもりだったけどねと心の中で付け加
える由美。

理恵「立ち話もなんだから、向こうで話しません?」

由美「ん? ああ、そうだね……」

 由美の返事を聞くか聞かずかのうちに、理恵は由美の手を引っ張っていく。由美は苦笑
して、ふっと、空に顔を向けた。
 由美が見上げた空、そこには、由美の足代わりとなって彼女をここまで運んできたエク
シードがいた。エクシードには、周囲の景色に自分を溶け込ませると言う光学迷彩とでも
言うべき力があるので、比較的低空に滞空していてもそうそう気付かれる事は無い。そう、
ちょうど今のように。
 空に身を隠しながら、エクシードは由美の姿を一時も逃さず見つめていた。また、「風」
の力をつかって音も聞いている。

エクシード(なるほど、な……)

 エクシードは、これまでの由美たちの会話を聞いて、由美の行動のおおよその理由を察
していた。
 由美がここに来たのは、自分と言う好機に出会い、なかなか会いにくることができなか
った後輩に会いにくるため。その前にあちこちと連れまわしたのは、少しでもいい土産話
を後輩に聞かせるためなのだろう。
 それらのことを察し、由美があの瞬を6年間育ててきたのだということを、改めて実感
した。

エクシード(もうしばらく、付き合ってやるのもいい……か)

 そう、エクシードが結論付けた瞬間、エクシードの中を何かが突き抜けていった。

エクシード(『黒き力』だと!?)

 エクシードは、それを察知した場所を急いで探り始める。それは、思いの他近く。
 眼下の、病院から発せられていた。

 


理恵「でも、よかったぁ」

由美「ん?」

理恵「由美先輩が、来てくれて」

 きょとんとした顔をする由美に、理恵はふわっと微笑んで見せる。
 そのすぐ後、少し落ちこんだ表情になる。

理恵「実はね、明日なの、手術」

由美「えっ?」

理恵「それで、正直不安だったんだけど……」

 そう言って由美を見て、その顔に再び笑顔が戻った。

理恵「由美先輩とお話してたら、なんだか不安がどこかにいっちゃった!」

由美「……そっか」

 由美も、笑顔でそれに応えて見せた。理恵も、それに元気よく頷いて応え返す。
 それから理恵は時計を見上げ、何かに気づいたようにはっとなった。

理恵「いっけない! そろそろ検温の時間だわ!」

由美「んじゃ、あたしはそろそろ帰ろうか?」

理恵「ごめんなさい。せっかくお見舞いに来てくれたのに……」

由美「気にするなって」

 心底済まなさげな理恵に、由美はぱたぱたと手を振って笑って見せた。

由美「じゃ、手術、がんばりな」

理恵「はいっ!」

 理恵は元気よく頷くと、ベンチから立ち上がって病棟の方へと歩き出した。その途中で、
くるりと由美の方を振りかえる。

理恵「由美先輩、まったね〜!」

 ぶんぶんと大げさに腕を振りまわす理恵に、由美は苦笑しながら手を振り返す。それを
見た理恵は、再び病棟の方へと歩き出した。
 由美もエクシードの元に戻ろうと歩き出す。その時、上空からなにかの飛行音が近づい
てくるのが聞こえた。何かと思い、由美が顔を上げる。

エクシード「伏せろっ!」

 というエクシードの叫びと

理恵「キャァァァァッ!」

 理恵の悲鳴が響いたのは、ほぼ同時だった。
 その直後、凄まじい突風が巻き起こり、中庭を駆け巡る。
 風が収まり、瞳を開いた由美の目に飛び込んできたのは、巨大な犬のような怪物と、由
美を背にその怪物の前に立ちはだかるエクシードの姿だった。

由美「エク、シード?」

エクシード「クッ! 間に合わなかったか!」

 歯噛みするエクシードの前で、怪物の横によりそっている戦闘機から人影が出てきた。

ブリント「チッ! こんなにすぐ勇者がくるなんてな」

エクシード「ブリント!」

ブリント「バニシングポイント探すついでのウサばらしに来てみりゃあ……
     ツイてないぜ」

 ブリントは心底不機嫌な顔をして、戦闘機の中から愛用のエレキギターを取り出した。

ブリント「まあ、テメェ一人ってのはツイてたかもな。勇者を一人でもツブしゃ、闇元帥
     や、いけ好かねェ黒騎士の野郎の鼻も明かしてやれるってもんだ!」

 そう言うとブリントは、手にしたエレキギターをかき鳴らし始めた。それに呼応して、
黒鍵獣が天に向かって狂暴な叫び声をあげる。
 エクシードは腕からジェットクナイを取り出しながら足元の由美に声を掛けた。

エクシード「早く去れ。ここは戦場になる」

由美「あ、ああ……」

 エクシードの言葉に従い、由美はその場から立ち去ろうとする。だが不意に、黒鍵獣が
現れる直前に響いた理恵の叫び声が気にかかった。由美はとっさに辺りを見回すが、それ
らしい姿は見えない。

由美「……理恵は?」

 由美は、誰に聞くともなしにそう呟く。その問いの答えは、エクシードからもたらされ
た。それも、由美が予想だにしていなかった形で。

エクシード「……奴の『中』だ」

 エクシードはそういいながら、目線で黒鍵獣を指した。由美はその言葉の意味がわから
ず呆然とする。

エクシード「お前と一緒にいた女性は、奴に生体コアとしてとりこまれた」

由美「なん、だって……?」

 由美は愕然となって、黒鍵獣のほうを見上げた。

由美「……冗談じゃ、ないんだろうね。あんた、そう言う奴に見えないし」

エクシード「ああ」

 由美は一呼吸置いて心の動揺を押さえ込む。そして、幾分落ちついた表情でエクシード
を見上げた。

由美「理恵は、助かるのかい?」

 その言葉に、エクシードは言葉は返さず、しかしはっきりと頷いて応えた。
 それを見て由美は真剣な、しかし力強い笑顔を浮かべる。

由美「……頼んだよ!」

エクシード「承知した」

 エクシードの言葉を聞いて、由美は今度こそ安全な場所を目指して走り出した。それと
同時に狂暴な吠え声をあげていた黒鍵獣もエクシードの方を向く。

ブリント「さァゾルドック! 悲嘆を、憎悪を、絶望を響かせろォォォッ!」

 ブリントがギターをかき鳴らすと同時に黒鍵獣・ゾルドックがエクシードに飛びかかる。

エクシード「……来い!」

 エクシードも病院を守るべく、そして、理恵を救い出すべくゾルドックめがけて駆け出
した。

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