七星勇者フェリスヴァイン


 



第9話 「輝美と博美のBoy Meets Girl」

 


輝美「はぁ……」

 翌日、輝美は結局押し出される形で博美とともに出かけることになった。憂鬱げなため
息をつきながら輝美は先日のことを思い返していた。


博美『輝美も一緒に行くの。たまにはこーいうのもいいでしょ?』
輝美『で、でも、司令室のこととか……』

 そう反論した輝美だが、博美の援護は思いもよらないところからやってきた。

陽司『行ってきたらどうだい、輝美君?』
由美『そーそー。一日くらいならあたしがオペレーターやっとくよ』
輝美『し、司令! それに、由美さんまで……!』

 思いもよらなかった方向からの援護で、輝美はまともに動揺した。二人とも、姉とは違
いまちがいなく好意から言ってくれているので、余計に断りづらい。
 そして、とどめとなったのがこの一言だった。

『輝美さん、遊びに行ってきなよ!』

 ひとかけらの邪心も感じさせない、純粋な瞬の笑顔。ある意味、姉がどんな策を弄する
よりもたちが悪かっただろう。なにせ、悪意がないのだから。
 結局、これが決め手で輝美は折れることとなった。

 


 そして今日。
 本来、予定にはなかった博美のライブ参加に付き合うこととなった輝美は、その憂鬱さ
にもう一度盛大なため息をついた。
 すると、前方を歩く博美がそれを聞きとがめ、後ろを振り向いた。

博美「なーによ、そんなにため息ばっかついて!」

 いささか呆れ気味に言った博美に、輝美は恨みがましい目線とともに顔を上げる。

輝美「もう……姉さん、私が人の多いところ苦手なの、知ってるでしょう?」
博美「っていうより、静かなのが好きなんでしょ?」
輝美「まあ、そうだけど……」

 それでも納得がいかないとばかりに、輝美は頬を膨らませる。

博美「ま、これも経験と思ってあきらめたら?」
輝美「もう……強引なんだから……」

 まったく悪びれる様子もなく軽くウィンクさえしてみせる博美に、輝美は苦笑しながら
頷いて見せた。実際のところ、半分は本当に嫌がっているし、勝手な姉に怒ってもいるの
だが、その反面、姉のそんな強引過ぎるくらいに行動的なところが好きなところでもある
ので、結局のところ輝美は博美の言うことに付き合う形になることが多い。
 結局、たまにはこういったものも悪くはないかもと輝美は心の中で結論付けた。
 そう思い直してまた歩き出そうとした矢先、輝美は何かに気づいたように急に方向を変
えて走り出した。

博美「ちょ、ちょっと、輝美?!」
輝美「ごめんなさい! 姉さん、先に行ってて!」

 輝美は振り返りつつそういうと再び駆け出していく。博美も何事かと後をついて駆け出
そうとするが、その先にあるものに博美も気づいて足を止めた。
 見れば、公園の木の下に子供達が困った様子で集まっていた。おそらく、木の枝におも
ちゃか風船でも引っかかってしまったのだろう。輝美がそこに着くと子供と2、3言葉を
交わし、その木の枝に向かってぴょんぴょん飛び始めた。
 博美はしょうがないといった感じで一つ息をつくと、心の中で激励をかけて自分は言わ
れたとおりに先に会場に向かって歩き始めた。


輝美「うん……しょっ。もう、ちょっとっ……!」

 そのころ輝美は、木に引っかかったラジコン飛行機を取ろうと奮闘していた。飛行機が
引っかかっているのは比較的低いところで、なんとか手が届かないこともないであろう場
所だったが、なかなかどうしてこれが届かない。

輝美「……っ、……ふぅ」

 何度目かのトライが失敗に終わり、輝美はため息を着いた。どうも、跳んで取ろうとす
るのは少し難しい高さらしい。

輝美(なにか、棒のようなものがあればいいんだけれど……
  やっぱり、登るしかないのかなぁ)

 ふと、子供と目が合った。不安そうなまなざしで自分を見る子供に、輝美は「だいじょ
うぶだからね」と微笑んで見せる。
 そうして、輝美は気持ちを新たにトライしようとした。
 手を伸ばし、ラジコンに向かって飛び上がろうとする。
 その時、輝美の背後から何か黒い影が輝美を追い越して飛び上がった。影は事も無げに
ラジコンを掴み取ると、輝美に少し遅れて着地する。驚いて呆然としている輝美にその影
――黒いコートを着た長身の男性――はラジコンを差し出した。

輝美「あ、ありがとう、ございます……」

 輝美は戸惑いながらもおずおずと青年からラジコンを受け取る。そして、今度は子供に
向き直って微笑を浮かべながらラジコンを差し出した。

輝美「はいっ」

 子供はぱあっとした笑顔とともに輝美からラジコンを受け取り、ぺこりと頭を下げた。

子供「ありがとうっ! お姉ちゃん、お兄ちゃん!!」

 ラジコンを手にうれしそうに走り去っていく子供を輝美はほほえましく思いながら見送
った。そして、改めて隣にいた黒服の青年のほうを振り向く。

輝美「あの、助けていただいてありがとうございます」
青年「……いや」

 青年は輝美に一瞥をくれると、何事もなかったように振り返って歩き出す。輝美は青年
にお辞儀をしようとして、ふとあることに気づいた。

輝美「あ、あのっ!」
青年「……?」

 突然の呼びかけに、青年が何事かと足を止めて半身輝美のほうを振り向く。輝美はその
間に青年に駆け寄りそのコートの裾を手に取る。

輝美「コ、コート、破けてます……」

 確かに輝美の言うとおり、手にしたコートには掻き傷のような裂け目ができていた。青
年は気にも留めていなかったのか、それがどうしたのかといった風情で輝美を見る。

輝美「あ、あのっ、繕います……その、お時間が……よろしかったら……」
青年「いや……」
輝美「そ、その、お礼を、したいですから」

 そこまで言って、輝美は青年の目をじっと見ていたということに初めて気づき、顔を赤
らめて慌てて視線をそらす。ただし、コートはその手に握ったまま。
 このときの輝美は知らなかったし、気づくこともなかったであろう。
 目の前にいる青年が、かつて海で溺れかかった瞬を助け、ウェルシャークが閉じ込めら
れた結界の内部に導いたという、あの黒服の青年であったということに。

 


 その頃、先に会場に入っていた博美はというと、なぜか困っていた。

博美「……どーしたモンかしらねー、これ……」

 そう言う博美の前にいたのは、これまたなぜかぐったりとして倒れている青年の姿だっ
た。
 状況を説明すると大体こんな所になる。
 一足先に会場入りしていた博美はプレゼントでも渡そうとこっそり楽屋方面に向かって
いたのだが、その途中でこれまたこっそり会場の外に行こうとしていたKnightsの
メンバー、デューンと鉢合わせ、思わず声を上げそうになった博美の口をふさぎ後ろを取
ろうとしたところで反射的に博美が反撃。みぞおちにひじ鉄が見事に入ってしまったらし
くデューンはそのままぐったりとなって倒れてしまったというわけである。
 そして現在、泡を食った博美がデューンを近くに担ぎ込んで今に至っている。

博美「う〜ん……つい反射的に反撃しちゃったけど……」

 やはり、ここは知らんふりでもしようかという考えが博美の脳裏によぎる。

デューン「う、うーん……」
博美「……う」

 デューンの目が覚めたらしいことに気づき、博美のもくろみはあっさりと水泡に帰した。
仕方がないとばかりに腹をくくり、博美はなるべくフレンドリーな笑顔を浮かべる。

博美「あ、目ぇ覚めた?」

 とてもさわやかな笑顔だが、頬を流れる一筋の汗は隠せない。

デューン「……っと……俺……?」

 起き抜けでまだ頭がはっきりしないのかしばしぼうっとしていたが、次第に頭がすっき
りしていくに連れ、自分が気を失う直前の状況がはっきりと思い出されていく。
 そして、目線が冷や汗を流しつつ手を振る博美を捉える。

デューン「あーっ、あんたっ!」
博美「し、静かにーっ!」

 とっさにデューンの口をふさぐ博美。なんだか、先程と対して状況が変わっていない気
がしつつ、やっぱり黙って立ち去ったほうがよかったかなと後悔してみる。

博美(あ〜ん、助けて輝美〜)

 


 その妹は姉の置かれている状況など知る由もなく、ベンチに腰を下ろしつつコートを繕
っていた。コートに合うよう黒い糸を通した針で、手馴れた手つきでコートの破け目を繕
っていく。
 だが、当の輝美はというとそのよどみない手つきとは裏腹に心中は混乱の真っ只中であ
った。

輝美(な、なんでこんな事になってるんだろ、私……?)

 少し手を止めて、隣に座っている青年を視線だけ動かして見て見る。
 自他共に認める消極的で男性に免疫のない性格の自分。それが、なぜ見ず知らずの男性
に声をかけ、あまつさえその男性のコートを繕うなどということをしているのかがまるで
わからなかった。
 確かに「お礼がしたかった」というのはあるし、性格的に破けたままのコートを放って
おけなかったというのも事実だ。それでも、「何故?」と訊かれるのならばやはり「青年の
ことが気になったから」という事になるのだろうか。
 そんな風に輝美が思いを巡らせていた時、不意にあさってのほうを向いていた青年が輝
美のほうに顔を向けた。青年と目が合い、輝美の頬に朱が差す。

輝美「ふえぁっ?!」
青年「……出来たのか?」

 言われた輝美はぼぼっという音が聞こえそうなほど一気に赤面し、慌ててコートに目線
を戻す。

輝美「す、すみませんっ」

 慌てて、そして先程よりも速いペースで輝美はコートを繕っていく。青年はそれを見る
と再びあさっての方へと目線を戻した。
 再び、静かな時間が流れ始める。
 今度は、輝美も余計なことを考えないようにとコートを縫うことに集中する。
 そうして集中していると、ふいに青年のほうから声がかけられてきた。

青年「……一つ、聞きたいんだが」
輝美「な、なんでしょうか?」

 青年は彼方の方を、輝美はコートに目を落としたまま言葉を続ける。

青年「あの子供は、知り合いなのか?」
輝美「……いえ?」
青年「そうか」

 青年はそこで一息つくと、顔を輝美のほうに向ける。

青年「ならばなぜ、助けようとしていた? 無関係なのだろう?」
輝美「……そう、ですね……」

 輝美はそう言って、手にしていた糸を留めた。余っていた糸をはさみで切り、針から糸
を抜いてソーイングセットの中に戻す。

輝美「助けたいと思ったから、では、理由になりませんか?」

 そう言って輝美ははにかみながら顔を上げた。

輝美「私には、姉がいるんです」

 輝美は双子の、ですけれどもと付け加え、かなたのほうへと視線を移す。

輝美「姉は私と違ってとても明るくて活発で、物怖じしない人で……そんな姉に、私はい
  つも助けられてきました。
   姉は私の誇りで、憧れなんです。姉は、私の目指すべき場所、そのものだから……」

 すっと目を伏せ、息を吸い込む。そうすることで自分で自分の思いをかみ締めていくよ
うに。そして、自分の思いを表に出すように目を開き、青年に微笑みかけた。

輝美「だから、姉に、理想の自分に近づくために出来ることは恐れずにしたい。
   私の力で助けられる……いえ、そういうことじゃなくて助けてあげたいって思った
  から、助けようとした。
   ただ、それだけなんです」

 そこまで言って自分の言葉の余韻に浸っていたかのような輝美だったが、はたと、なぜ
か優しげな眼差しで青年が自分を見ていたことに気づき、顔を真っ赤にして手をこの前で
ぱたぱたと振りはじめた。

輝美「あ、で、でもっ、結局助けられてしまったわけですし、ほんと、全然だめなんです
  けどっ……!」
青年「……ふっ……」

 輝美の慌てる様が面白いというように青年が小さく笑いを漏らす。それを見た輝美は、
赤い顔を更に真っ赤にしてうつむいて黙り込んでしまった。

青年「……立派なものだな」
輝美「……え?」

 青年の声に、輝美は赤らんだままの顔をわずかに上げる。

青年「理想を現実にしようと実際に行動しているのだろう?
   ……十分だ」
輝美「そ、そんな……」
青年「行動を起こせば、自ずと結果はついてくる」

 青年の言葉を半ばぽかんとしながら聞いていた輝美。しかし輝美には、その言葉がなぜ
か自分だけでなく青年自身に向けられた言葉のように思えた。
 そのとき、二人を一瞬影が覆い、そして通り過ぎていった。

 


博美「で、では……」
デューン「お互い、この事は胸のうちにしまっておくということで……」

 あの後、お互いの誤解(?)が解けた二人は、この件に関してはなかったことにしよう
として話がまとまった。お互いにすこし後ろめたいことをしようとしていたという共通項
がもたらした妥協点といえる。

デューン「で、プレゼントって誰にだ? 俺宛ならもらっとくけど」

 そう言ってデューンは手馴れたようににっと笑う。TVの前で多くの女子高生達を虜に
しているナチュラルスマイルというやつだ。
 しかしながら輝美はあっさりぱたぱたと手を振ると。

輝美「ううん。私、ゼット君のファンだから♪」

 と、いい笑顔と共に言ってのけた。

デューン「ほ、本人の前であっさり言うか?」

 さすがに笑顔は崩さないものの、さりげに額に青筋が立っている。そんなデューンの様
子をさして気にしていないように博美はけろっとして後を続ける。

博美「あ、ほら私、社交辞令って苦手だし」
デューン「それ、フォローになってないけど……」
博美「あ、あははっ……それもそーね……」

 博美は、ちょっと困ったような笑い顔になって頬をぽりぽりと掻く。

博美「でも、デューン君のことも好きよ、私」
デューン「はいはい、あんがと」
博美「いや、お世辞じゃなくってさ」

 適当にあしらうかのようにはたはたと手を振るデューンに、輝美が苦笑しつつ答える。

博美「ゼット君もデューン君も好きだけど、違う「好き」っていうの、わかんないかな?」
デューン「違う、好き?」
博美「ん」

 博美はデューンの言葉に一つ頷くと、後を続ける。

博美「ゼット君への「好き」は憧れみたいな感じなんだけど、デューン君への「好き」は
  もっと身近な……そう、友達になりたいって感じの「好き」かな?」
デューン「友達……」
博美「気が合いそう……っていうか、一緒にいたら楽しそうでさ。
   ……って、アイドル相手に、ちょっとずーずーしかったかな?」
デューン「……いや、結構うれしいかもな、そーゆー風に言われるのって」

 何気ない言葉をやり取りしながら、どちらからともなく笑いあう二人。傍から見ればそ
れは、仲の良い友人同士の会話そのものだったろう。まさに、先ほど博美が行っていたと
おりに。
 実際、不思議なくらいに相手と打ち解けている自分がいることに二人も気づいていた。
 しかし、そんな楽しい時間も長くは続かないということも二人は知っていた。

デューン「……っと、そろそろ、戻らないと……な」
博美「あ、そう、だね……」

 先ほどの笑顔から一転、少し寂しげな表情になって二人は立ち上がる。
 離れるのが惜しいと思うくらいに打ち解けていたとしても、今は別れなければならない。
今の二人は友人同士ではなく、あくまでアイドルと一人のファンとしてここにいるのだか
ら。
 それでも、別れの寂しさを紛らわせようと二人は笑顔を作る。湿っぽいのが性に合わな
いと思う辺り、二人は似ているのかもしれない。

博美「じゃ、全力で応援したげるから、覚悟してよね!」

 博美がウィンクしてサムズアップする。

デューン「まかせとけよ。最ッ高のステージにしてやる!」

 デューンもそれに応え、サムズアップする。二つの笑顔で一つの出会いが一つの思い出
に変わる。そのはずだった。
 しかし、それを遮らんとするかのごとく、凄まじい振動がドームを襲った。

 


 その振動の原因は、奇しくもドームの外にいて難を逃れていた輝美の目にはっきりと映
りこんでいた。
 輝美は立ち上がって呆然とそれをみつめ、一緒になって立ち上がっていた青年も険しい
表情でそれを見つめている。

青年(黒鍵機デルタ・Q……クロイツか……!)

 ドームを5体の四角錐型ロボットがまるでピラミッドを描くように取り囲み、それを守
るかのようにトゲトゲしい外装のロボットが立ちはだかっている。考えるまでもなく、そ
れらがドームを襲った振動の原因であろう。
 そしてそれを見たとき、輝美の頭に浮かんだのはそこにいるはずの姉の姿だった。

輝美(……姉さんっ!)

 輝美はキッと表情を引き締めると、青年のほうを向き直りコートを差し出した。

輝美「あの、一応ですけれど、繕っておきましたので」

 青年はコートを受け取り、輝美の顔を見つめる。

青年「……行くのか?」
輝美「はい……姉が、助けを必要としている人たちが、あそこにいますから……!」

 決して大きくはないが、それでも決意と力のこもった言葉で輝美は青年に答える。そし
て、ドームに向かって駆け出そうとして、はたと気づいたように青年のほうを振り向いた。

輝美「助けていただいて、本当にありがとうございました!」

 輝美は折り目正しくお辞儀をすると、すぐさまきびすを返して今度こそドームに向かっ
て駆け出した。
 青年は輝美を見送ると、受け取ったコートを羽織った。そして、輝美が去った方向、ド
ームを取り囲む黒鍵機を見つめる。

青年「さて、どうしたものか……」

 誰にもうかがい知れぬ瞳のうちと共に、青年は静かに歩き出した。

 

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