七星勇者フェリスヴァイン
4月のとある土曜日
K県美空市
一人の男の子が駆け足で自分の家へと向かっていた。
男の子の名前は星崎瞬(ほしざき しゅん)。美空小学校に通う6年生である。
瞬「ただいまーっ!」
?『お帰りなさい、瞬君』
瞬の声に、どこからともなく少女のような合成音声が応える。
すると、瞬の目の前にまるでRPGにでも出てきそうな衣装をまとった、16・7ぐらいの
少女が姿を現した。
瞬は、別段不思議にも思わずに少女にあいさつする。
瞬「ただいま、プラム。なにかあった?」
プラム「特に異常はありません。いたって平和ですよ」
プラムは、にっこり笑って答える。
プラムは、瞬の家の管理をしているサポートプログラムで、この姿は映し出された立体
ホログラフィなのである。
自律型プログラムとしても異例なほど『感情』が豊かであり、瞬にとってはただのプロ
グラムと言うよりは歳の離れた姉のような感じなのだ。
プラム「そうそう、由美(ゆみ)さんが目覚められましたよ。11時半のことです」
瞬「うん、ありがとう、プラム!」
瞬は家に入ると靴を脱ぎ、リビングに駆け込んだ。
リビングでは、ラフな格好でソファによりかかっていた女性が、入ってきた瞬に気付い
て手を上げて応える。
瞬「ただいま、由美ねーちゃん!」
由美「おかえり。今日は早いんだね」
瞬「今日は土曜日だから、午前中で終わりだよ。
…それよりも由美ねーちゃん、もしかして、さっき起きたの?」
由美「いいじゃないか、たまの休みなんだ、ゆっくり寝かせておくれよ」
瞬「研究者にお休みなんてあるの?」
由美「まあね」
由美はそう言って笑う。
由美は、大手科学企業『ヒューマンインダストリ』の研究者で、瞬の母方の従姉に当た
る(だからフルネームは「柿崎(かきざき)由美」)。
そしてある事情により、現在この家に住んでいるのは瞬と由美の二人だけなのである。
瞬「ま、いいや。じゃあ、すぐにお昼ごはん作るね」
由美「ああ、早いとこ頼むよ」
瞬はランドセルを放り投げると、そのままキッチンに入っていった。
片や由美は、リモコン片手にチャンネルサーフィンを始める。
由美は実質の瞬の扶養者なのだが、実の所、由美は料理を始めとした家事全般が全くで
きない人間なのである。
そのため、この家では瞬が家事全般をになっているのだ。
おかげで、幸か不幸か瞬は大人顔負けの料理の腕をしているのである。
しばらくすると、キッチンのほうから香ばしい匂いが漂ってきた。
そして、それから間を置かずに瞬が両手いっぱいに皿とカップを持って現れる。
瞬「おまたせー!」
瞬は、手にしたチャーハンの皿と卵スープの入ったカップをそれぞれの所に置いていっ
た。
由美「待ってましたっ!」
瞬「いただきまーす!」
瞬と由美が同じようにチャーハンにスプーンをつける。
それを口にし、由美は思わず唸り声を上げた。
由美「…あんた……」
瞬「?」
由美「また、腕を上げたねぇ…」
瞬「そっかな? いつもと変わんないと思うけど」
実際、瞬の料理はおいしい。由美が瞬と同居していて本当によかったと思える瞬間である。
二人は箸を進め、さほど時を置かずに皿とカップは空っぽになっていた。
美味なるチャーハンの余韻に浸りながら、由美がはたと気付いたように話しかけた。
由美「そう言えば瞬、あんた、今日はなにか予定があったんじゃないのかい?」
瞬「うん。亜希(あき)と天文博に行くんだ!」
由美「で、何時に行くんだい?」
瞬「えっと、1時半……って!?」
瞬は、時計を見て慌てる。
時計は、1時25分を指していた。
瞬「た、大変だ!」
瞬は慌てて駆け出すと、放ってあったランドセルを引っつかんでリビングを飛び出し
階段を駆け登って自分の部屋に飛びこんだ。
瞬「い、急がないと亜希が…!」
プラム『あの、瞬君……』
突然、プラムの合成音声が聞こえる。その声に、少しの戸惑いが混じっていたのを
瞬は聞き逃していなかった。
続くプラムの言葉が、瞬の「イヤな予感」を現実のものとする。
プラム『亜希ちゃんがいらしてますけど……』
瞬は、諦めたようにため息をついた。
瞬「……待たせておいて。すぐに行くからって…」
プラム『え、ええ……わかりました』
プラムの声が聞こえなくなると、瞬は腕時計をつけ、財布を持って階段を降りていった。
階段を降りていったすぐ先の玄関では、ショートカットの活発そうな女の子が腕を組んで
頬を膨らませながら立っていた。
瞬は、その様子にびくっとなりながらも、務めて笑顔でその子に声をかける。
瞬「あ、亜希……」
亜希「遅いわよっ、瞬!」
瞬「ご、ごめん」
亜希「まったく、自分から言い出しておいて遅れないでよ…!」
この、瞬に怒っている女の子が天宮亜希(あまみや あき)。瞬の幼なじみで、同じ小学校の
クラスメートでもある。家がけっこう近い事もあって、よく瞬の家と行き来を繰り返しているのだ。
亜希「ま、遅れるだろーと思ってるから、こうして迎えに来てあげてるんだけどね」
しょうがない、と言った感じで笑う亜希。
瞬も、説教から開放されてホッとする。
そこに、騒ぎを聞きつけた由美がリビングから顔を出した。
由美「お、痴話ゲンカは済んだのかい?」
それを聞いて、亜希の顔がぼっと赤くなった。
亜希「ち、痴話ゲンカなんかじゃないです!!」
由美「いや、相変わらず仲がいいねぇ」
亜希「ゆ、由美さんっ!」
瞬「由美ねーちゃん、亜希からかうのいいかげんやめなよ」
プラム「あの、それより、時間はよろしいんですか?」
瞬「あっ、そうだった!」
瞬は靴をそろえて、それを履いた。つま先をとんとんと叩いて具合を確める。
そして、由美とプラムの方を振りかえった。
瞬「じゃあ、行って来ます!」
プラム「ハイ、気をつけてくださいね」
由美「ま、あんまし遅くなるんじゃないよ」
亜希「あ、それは大丈夫です。あたしが見てますから」
瞬「行ってきま〜す!」
そうして、瞬と亜希は星崎家を後にした。
瞬と亜希は美空駅に向かって歩いていた。
今日は、その近辺の博物館でやっている『天文博』が目当てなのだ。
天文博とはその名の通り、星やそれに関する資料の他、実際の隕石なども展示されて
いると言うもので、中でも、つい最近発見された、未確認の隕石が話題を呼んでいる博覧会
なのである。
亜希「でも、瞬もホントに好きよね〜。星とか、そう言うの」
瞬「うんっ。だって、楽しいでしょ? 夜空に輝く星を見るのってさ」
亜希「ま、確かにキレイだけどね……家に本格的な望遠鏡まであるんだもん」
瞬「あ、あれ……おじいちゃんのなんだ。だから…」
それを聞いて、亜希がハッとなる。
亜希「あ、ごめん、瞬!」
瞬「ううん、いいんだ。おじいちゃん達いないの、もう慣れたしね」
しかし、言葉とは裏腹に瞬の表情には陰が浮かんでいた。
瞬の祖父で考古学者の星崎清十郎(ほしざき せいじゅうろう)博士と、父親でロボット工学の
権威であった星崎陽司(ほしざき ようじ)博士は、6年前の遺跡調査の際に行方不明になって
しまっているのである。
当時はかなり騒がれ、大規模な捜索活動が行われたにもかかわらず、調査チームの痕跡すら
発見できず、怪事件としてマスコミを賑わせていた。
ちなみに、瞬の母親は瞬が幼い頃に亡くなったと父に聞かされている。
つまりは、これが瞬が由美と二人暮しの理由なのである。
瞬は、そんな事を思い出しながら感慨深げに呟いた。
瞬「そっか……もう、6年なんだ……」
亜希「瞬は、信じてるの?」
瞬「え? 何を?」
亜希「陽司おじさんと清十郎おじいさんが帰ってくるって事」
瞬「当たり前だよ」
そうして瞬は、満面の笑みで亜希に微笑みかけた。
瞬「お父さん達は生きてる。だから、いつか絶対に帰ってくる!」
亜希「瞬……」
瞬「だから、そんなに心配そうな顔しなくていいよ」
亜希「ん、そうだね」
亜希も、頬をかすかに赤くしながら瞬に微笑みを返した。
それをみて、瞬ももう一度笑う。
他愛もない事を話しながら歩いていると、瞬が何かを見つけて声を上げた。
瞬「…あ」
亜希「ん、どうしたの?」
瞬「犬が」
そうして瞬が指差す先には、確かに銀色に似た毛皮を持った犬が瞬の方に向かって
歩いてきていた。
ただ、瞬が気になったのはその歩き方で、前足を一本引きずるようにしてゆっくりと
歩いていたのだ。
瞬「ケガしてるのかなぁ…?」
そう言いながら、瞬は犬に近づいていった。
亜希「ちょっと瞬、野良犬でしょ? ヘンに近づかないほうがいいわよ」
瞬「でも、ほっとけないよ」
瞬は、犬の前にかがみこむ。
犬が瞬のことを訝しげに見上げていた。
瞬は、微笑みながら犬の首筋をなでる。
瞬「大丈夫。恐がらなくていいんだよ」
そうしてなでているうちに、露骨に警戒していた犬もだんだんと警戒の色を薄くさせた。
それを見て、瞬は引きずっていたほうの足を手にとって見る。
毛に隠れてよく見えなかったけど、そこには擦りむいたような傷があった。
瞬は、応急処置だけでもしておこうと、何か巻くものが無いかポケットをまさぐった。
瞬「あ、あれ? 確か、ハンカチ持ってきてたと思ったんだけど…」
見つからなくて困っている瞬を見かねて、亜希がため息をついてキュロットのポケット
から自分のハンカチを取り出し、瞬に差し出した。
亜希「ほら」
瞬「亜希…」
亜希「言っとくけど、貸しだからね。ちゃんと買って返してよ」
瞬「うん。ありがと、亜希」
瞬はそれを亜希から受け取って、犬のケガをしている足に巻いてやった。瞬がそうして
いる間、犬も暴れたりはせずに手当てが終わるまでじっとしていた。
瞬「これでよし……っと」
亜希「うん、こんなもんでいいんじゃない?」
そうだねと相槌を打ちながら、瞬は犬の頭をなでてやっていた。
瞬「もう、ケガしちゃダメだよ」
『ああ。ありがとう、少年』
突然聞こえてきた、大人の男性のような声に瞬が驚いて犬を凝視した。犬は、光の加減で
赤く見える瞳で瞬を見つめている。
そんな瞬を、亜希が不思議そうな顔をしてみていた。
亜希「どしたの、瞬?」
瞬「あ……ね、亜希。この犬、今、しゃべらなかった?」
亜希「はぁ? なに素っ頓狂な事言ってるのよ」
そうして、亜希は瞬の手を引いて立ちあがる。
亜希「ほら、そんな事言ってる暇ないでしょ?」
瞬「あ、うん……」
瞬は亜希について歩き出すが、やはり犬の事が気になって一度振り向いてみる。
しかし、犬はもう遠くに歩いていっていた。
瞬は不思議に思いながらも、離れてしまった亜希の後を追って走り出した。
二人が歩いて程なく、天文博会場に辿りついた。
中に入った瞬は、さっそく周りを見てはしゃぎ出す。
瞬「うわぁ……すごいすごい。四季の星座が出てる。あ、あれ、なんの隕石かなぁ?
ね、亜希、星座にまつわる物語だって。見に行かない?」
思いっきりはしゃぎまわる瞬とは対照的に、亜希はそんな瞬の姿をため息混じりに見ていた。
亜希「ちょっと、少しは落ち着きなさいよ」
瞬「あ、ごめん。でもほらっ、すごいでしょ?」
亜希「ハイハイ……」
半ば呆れながら答える亜希。でも、瞬の影響か亜希もこう言ったものが嫌いではないので
内心高揚しながら周りを見ていた。
亜希「でもさ、早く『クリアストーン』を見に行かない? きっと、混んでるわよ」
瞬「あ、うん。そうだね!」
クリアストーンとは、この天文博の目玉とも言うべき隕石の事である。この隕石は
つい最近発見された、地球上では確認されない未知の成分で構成された隕石で
クリアストーンの名の通り、透明で穏やかな光を恒常的に放っていると言うものなのだ。
このクリアストーンの発見者の意向で、研究機関に回される前に一般に向けて展示する事に
なったのである。
無論、博物館の中には到るところに警備員が立って来場者の挙動に目を光らせており
外も3体の警備ロボットが博物館の周囲を固めている。
瞬と亜希は、案内板の表示にしたがってクリアストーンの展示会場へと向かっていた。
TVでは何度も放送されていたけれど、実物を見るのは二人とも始めてである。
二人は期待に胸を膨らませながら歩いていた。
その時二人を、いや、博物館全体を振動が襲った。
瞬「うわっ!」
亜希「キャッ!」
突然の揺れにバランスを崩し、瞬と亜希は地面に倒れこむ。
瞬「だ、大丈夫?」
亜希「う、うん…なんとか…」
顔を向き合わせ、何があったかと話していた。
そこに、けたたましいベル音と共に、慌てた感じの声で館内放送が鳴り響いた。
アナウンス『しょ、正体不明のロボットが襲ってきました! 館内の皆さんは係員の指示に
従って避難してください! 繰り返します……!』
館内が、一瞬にして騒然となり、人々が我先にと走り出した。
瞬と亜希も、人の流れに飲みこまれて、離れ離れになってしまう。
瞬「亜希! 亜希ッ!!」
亜希「瞬っ!!」
だが、その声も虚しく、二人は別々の場所へと流されていく。
そして、2度目の衝撃が博物館を襲った。