『エルファーシア外伝 北の銀十字』
〜第3章〜 過ぎ去りし灯火


 サユリは、一人屋敷の前に佇んでいた。ぼーっと空を長め、時たま周りを見渡したりしてみる。それ
は、まるで誰かを探しているようである。
 サユリは、待っていたのだ。自分の親友たる少女と、彼女に連れ添う青年を。待っていた二人は、や
がてサユリの視界へと入ってきた。その姿を見つけ、喜んで手を振るサユリ。
 だが、どうも様子がおかしい。歩みが異常に遅く、どうもふらふらしているようだ。二人の様子がお
かしい事に気付いたサユリは急いで二人の元へと駆け寄った。
 二人に近づき、その姿が確認できるようになるに連れ、サユリの顔が青ざめていった。
 二人は怪我を負っていた。マイの服は所々が破け、その隙間からは血が流れている。身に着けている
鎧もあちこちへこんだり傷ついたりしており、剣が半ばで折れていた。
 しかし、カミーユのほうはもっとひどかった。全身の服が穴だらけになっており、その傷から流れ出
した血で服が真っ赤に染まってしまって、布に吸収されなかった血がしずくとなって滴り落ちていた。
額も傷ついているらしく、顔にも血がこびりつき、マイの肩を借りながらやっとの事で歩いているよう
だった。いや、本来歩くどころか、意識を失ってもおかしくないほどの重症で、立って歩いている事自
体が奇跡のようなものだ。
「カミーユさん!マイッ!!」
 あまりの二人の姿に、サユリは慌てて二人に駆け寄った。
「どうしたんです!?何があったんですか!?」
 心底心配そうなサユリの呼びかけに、カミーユは伏せていた顔をゆっくりと上げた。それだけの動作
をするにも全身に凄まじい激痛が走るが、サユリを心配させまいとカミーユは無理やり笑顔を作った。
「あは、歪みに…ケンカ売って…ドジ…ふんじゃ…った…」
その横でカミーユを支えているマイは、何か辛そうにうつむいている。その辛さは、恐らく傷の痛みだ
けではないのだろう。
 なんとか笑顔を作っていたカミーユだったが、再び全身を襲った激痛に思わず苦痛の声を漏らした。
「ぐうっ!」
「カミーユさん!」
「カミーユ!」
心配そうな二人の声を聞き、なんとか笑顔を見せようとするカミーユだったが襲い来る激痛には勝てず
に、だんだんと意識が朦朧としてくる。
「あはは…なんか、も、だめ、みたい…後、おねが…い…」
その言葉を最後に、カミーユは意識を失った。
「カミーユ!」
力が抜けて前に倒れこみそうになったカミーユをすんでの所でなんとかマイが支えた。
「カミーユ!?…カミーユ!…サユリ、カミーユが…」
マイが、狼狽していた。普段からは想像できないような不安な表情を浮かべ、その目にはうっすらと涙
が浮かんでいる。
「サユリ…カミーユが…どうしよう…私…どうしよう…」
動かなくなったカミーユの体を抱いて、涙を流すマイ。その様子を見て、かえって落ち着いたサユリが
狼狽するマイに力強く声をかけた。
「マイ、しっかりして!カミーユさんを家に運ぼう!早く怪我の手当てをしないと!」
「…うん」
サユリの言葉に、ようやく我を取り戻したマイは目にたまっていた涙をぬぐいカミーユを背に抱えて急
ぎ足で屋敷へと向かった。
「カミーユ…死なないで…カミーユ…」
屋敷につき、カミーユの治療が終わるまで、マイはずっとそう呟き続けていた。


 カミーユは、夢を見ていた。
 目の前には、幼い頃の自分がいる。まだ髪は短く、こんな女装なんてしていなかった頃だ。
 その自分の向かいに、一緒におもちゃで遊ぶ年上の女の子がいた。
 その女の子はカミーユの姉で、カミーユは姉が大好きでいつも後をついて回った。姉もそんなカミー
ユを嫌がることはせずに、いつも優しくカミーユの相手をしてくれていた。
 そうしていると、おもちゃで遊んでいた幼いカミーユは姉に話しかけた。
『ねえ、お姉ちゃん』
『なぁに?カミーユ?』
『お姉ちゃん、ずっと、僕と遊んでくれる?』
姉は、不思議そうな顔をした。
『どうしたのカミーユ。いきなりそんな事聞いたりして』
『お母さんが言ってたんだ…いつかはお姉ちゃんと離れ離れになるんだから、いつまでもお姉ちゃんに
くっつくのはやめなさいって』
『へぇ、お母さんが』
『嘘、だよね?』
『カミーユ?』
『お姉ちゃん、一緒にいてくれるよね?ずっと、そばにいてくれるよね?』
幼いカミーユはそこまで言うと、ついには泣き出してしまった。
 お姉ちゃん行かないでと泣きじゃくるカミーユを、姉は優しく抱きとめてその頭をなでた。
『カミーユ…確かに、いつかは離れ離れになっちゃうわ』
『おねぇぢゃん…』
幼いカミーユの泣き顔がますます強くなる。しかし姉は、微笑みながら言葉を続けた。
『でもね、お姉ちゃん、まだカミーユと離れたりしないよ』
幼いカミーユはゆっくりと顔を上げた。
『ほんと?』
『ほんと。だって、カミーユったら甘えん坊で心配なんだもの』
その言葉に幼いカミーユの顔は一気に明るくなった。
『カミーユがお姉ちゃんを守ってくれるぐらい強くなるまで、お姉ちゃんはカミーユのそばにいるよ』
『ほんと!?約束だよ?』
『うん、約束』
すると二人は指切りをして、幼いカミーユは喜んでどこかへと駆け出していってしまった。
 その様子を微笑ましく眺めていた姉は、やがて幼いカミーユの姿が見えなくなると今度は、今までそ
の様子を見ていた今のカミーユのほうへ向き直った。
 不思議な事に、姉の姿は少女から次第に二十歳ぐらいの女性の姿へと変わっていく。
「おねえちゃん…」
『強くなったね、カミーユ』
久しぶりに聞く姉の声に、少しはにかむカミーユ。
『ホントはね、少し心配だったの。カミーユが自分を追い詰めたりしないかって。でも…』
「うん、素敵な友達に会えたからね…だから、私は大丈夫」
笑顔だったカミーユの顔が不意に曇る。
「でも、ごめんね。結局お姉ちゃんの事…」
『ううん、気にしないで。カミーユがそうやって私の事を思ってくれてるだけで、私は十分…それより
も』
姉は立ちあがって、カミーユの両肩に手を添えた。
『カミーユには、今とっても大事な人がいるんでしょう?』
「…うん」
『だったら、私のことを悔やむよりもその子の事を考えて。おんなじ悔いを残しちゃダメ』
 そこまで言って、姉はカミーユを正面から抱きしめた。かつては姉のほうが背が高かったのだが、さ
すがに今ではカミーユのほうが背が高くやや抱きつく形になってしまう。
『あなたは、仲間からたくさんの大切なものを貰ったわ。そしてあなたも、その仲間たちのために戦っ
ている。だからカミーユ、その子にもカミーユが見てきたもの、カミーユが感じてきた事を教えてあげ
て。今のカミーユなら、なんでもできるよ。私は信じてる』
「ありがとう、お姉ちゃん…私、頑張るから見ててね…またね、お姉ちゃん…」
 姉の姿が幻のように消え去っていく。周りの景色もどんどんとかすんでいく。
 やがて一人取り残されたカミーユは、自分のあるべき場所へと帰っていった。


「う…ん、ここは…?」
久しぶりに見た姉の夢が醒めた時、カミーユの目の前にはどこかで見たような天井が広がっていた。
「あれ?私…」
いまいち状況を把握できていないカミーユに、驚いたような声がかけられた。
「カ、カミーユさん!気がつかれたんですか!?」
ゆっくりと声のする方に顔を向けると、そこには目に涙を浮かべたサユリの顔があった。
「良かったぁ…このまま目が醒めなかったらどうしようって…」
「ここ、どこ?私、どうしたのかしら…」
「ここはサユリの家のカミーユさんの部屋です。すごい大けがをして運ばれたのを急いで手当てしてこ
こに運んだんです。…まだ、痛みますか?」
 サユリの言葉に、カミーユは改めて自分の置かれていた状況を把握しようとした。
 良く見るとそこはカミーユにあてがわれていた部屋で、自分はそのベッドに横たえられていた。そし
てカミーユは、それまでのことを全て思い出した。
「そっか…私ってば、歪みにこてんぱんにのされて…」
「…カミーユさん、サユリと別れた後に一体何があったんですか?そんな大怪我するなんてただ事じゃ
ないし、それからマイの様子もおかしいし…」
「うん、私…って言うか私達ね。あの時、歪みの気配を感じて森の方にすっ飛んでったのよ。そしたら
歪みがうじゃうじゃいるわ、その中のじいさんみたいな歪み見てマイが逆上するわで…そんで突っ込ん
でったら返り討ちにあって逃げ出してきたって訳」
「そんなことがあったんですか…」
「で、聞きたいんだけど…マイの過去に何があったか教えてくれない?マイがあんなに逆上するなんて
分からないもの。マイと歪みとの間に一体何があったの?」
カミーユがその事を聞くと、途端にサユリの表情がくもり、口をつぐんでしまう。カミーユはその様子
を不思議な表情で見つめていたが、やがてサユリは意を決したように話し始めた。
「マイは…あの子は、歪みに両親を殺されているんです」
「!」
カミーユは姿勢を正して、話を聞く体勢に入る。
「マイの両親は、二人とも自警団の団員でした。マイのお父さんはその頃の自警団の団長で、マイのお
母さんは強い魔力を持っていて自警団最強の戦士と呼ばれていました。その頃からサユリはマイと仲良
くしてました…」
そしてサユリは不意に目を伏せた。
「あの頃のマイは、もっと笑ってたな…」
するとサユリははっと顔を上げ、続きを話し始めた。
「あ、すいません…それで、今から五年前の事です。ちょうど今のような銀十字祭の日、今と同じよう
に自警団は祭りの場内警備をしていました。いつもと同じ、にぎやかで、だけど平和にお祭りが終わる
と思っていました。だけど…」
「現れたのね…歪みが」
「はい…突然の事でした。本殿の広場が急に歪んだかと思うと数体の歪みがそこに現れました。当然、
お祭りはパニックになって、たまたまそこにいたサユリとマイは逃げ遅れてしまったんです。もうだめ
かと思ったとき、マイの両親が助けに来てくれました。助かったって、サユリ達は思いました。でも、
そんなサユリの希望はあっさり崩されました。
 現れた三体の歪みの内2体は、すぐに倒されました。だけど、最後に残った一番小さな歪みに二人は
やられてしまったんです。
 一瞬でした。歪みの爪にマイのお父さんの体はあっさり貫かれ、マイのおかあさんも同じように…そ
して、その体は歪みに吸い込まれてしまい、その爪がサユリ達に迫りました。
 サユリは死ぬのを覚悟しました。その時です、マイの力が発動したのは」
「マイの力…あの力ね」
「マイは突然立ちあがり、手のひらに生み出した光で歪みの爪を消し去ったんです。歪みはそれに驚い
たのか、逃げ去って、サユリ達は助かりました。だけど、それからです、マイが笑わなくなったのは。
 両親の葬儀が終わってからすぐ、マイは自警団に入りました。それからは、まさに血のにじむような
努力でめきめき腕を上げていきました。歪みを倒す事にかけては右に出るものがいなくなったけど、決
して周りになじもうとはしませんでした。それが心配になってサユリも自警団に入ってみたりしたんで
すけど…」

「で、今にいたるって訳ね?」
「はい、すみません、上手くお話できなくて…訳がわからなくなかったですか?」
「ん〜ん、すっごく良く分かったわ…つまりマイは両親の敵討ちをしようとしてるのね?」
「はい…」
返事をしたサユリは、ふと気付いたようにカミーユのほうを見た。
「あの、カミーユさん」
「ん、なぁに?」
「こんな事言ったら失礼ですけど、なんで赤の他人のはずのカミーユさんがマイの事を聞きたがるんで
すか?」
カミーユはやや上目遣いで答えた。
「ん〜、まず一つには歪みがらみの事をほっとけないからかな?これでも一応、十二闘士の一人だしね」
そのカミーユのさりげない答えを聞いてサユリは大げさとも思えるほど驚いた。
「え!?あの、十二闘士って、あの十二闘士ですか!?」
「…どの事言ってるかわかんないけど…多分、想像どおりよ」
「ふえ〜、そうだったんですか…カミーユさんには驚かされてばっかりですね〜」
「あはは、どうも。で、もう一つの理由なんだけど…」
そこでカミーユは目を閉じ、ふぅっと一息ついてから再び目を空けて話しはじめた。
「なんかね、気になっちゃうのよ、あの子の事…放っとけないって言うのかな?単純に、マイの事をも
っと知りたいって思って…ねぇ、サユリ?」
「は、はい…?」
「不思議なのよ…私ったら、この町に来てからボーっとすると必ずマイの事考えてるの。今どこにいる
のかな?何してるのかな?って…それで、その事を考えてる時、すごく幸せな気分になってる自分に気
付くの…どうしちゃったのかな?私…」
 話し終えて、照れ隠しのように笑うカミーユ。
 その時、カミーユはこの部屋にその少女の姿がない事に気付き、サユリに尋ねてみた。
「……サユリ、マイは?マイは大丈夫?」
「はい、マイの怪我はカミーユさんよりずっと軽かったですから手当てもすぐに済みましたし…それに
ついさっきまでマイがカミーユさんの事を看てたんですよ」
「でも、姿が見えないわね…どうしたのかしら?」
「ついさっき、うつむきながら出ていきました…なんか、ものすごく落ち込んでて…」
伏せていた顔を上げ、サユリはカミーユのほうを向いた。
「マイ…すごくカミーユさんの事心配してました…それに、カミーユさんがこんなになったのは自分の
責任だって…」
 カミーユは少し目を伏せ考え込むと、意を決したように目を開いた。
「サユリ、マイがどこに行ったか分かるかしら」
「はい、だいたいは…!まさかカミーユさん!」
サユリはカミーユが何をしようとしているかを悟り、驚いてカミーユを制止した。
「ダメですよカミーユさん!カミーユさんの怪我は、ホントだったら死んでてもおかしくないんです
よ!?」
しかし、そんなサユリの言葉にも、カミーユはただ首を横に振るだけだった。
「今、行かなくっちゃいけないの。あの子ったら純真だから、きっと自分を責めて苦しんでるはずだわ。
背負ってる荷物を軽くしてあげなきゃ」
「でも…」
なおも止めようとするサユリに、カミーユは優しく微笑んで言葉を紡いだ。
「心配しなくても大丈夫よ。ムチャはしないから。…それに私は十二闘士よ」
カミーユは片手を伸ばし、それをサユリの肩に添えた。
「愛する者や仲間のためならどこまでだって強くなれる…それがエルファーシア十二闘士よ。だから私
を信じて、ねっ?」
カミーユの言葉に、サユリもついに根負けして困ったように微笑んだ。
「分かりました…でも、本当に無茶はしないでくださいね?」
カミーユは、片目をつむってそれに答えた。


 森を抜けた小高い丘の上にマイはいた。
 丘の上は何もなくさっぱりしていて、その中に何かの墓標のようなものがぽつんと立てられていた。
 マイはその横で、ひざを抱えて座り込んでいる。
 この墓標は五年前歪みとの戦いで死んだマイの父親のものだった。本来は二つになるはずなのだが、
母親は歪みに取りこまれてしまったため遺体すらなく、仕方無しに残った父親の分だけが作られたのだ。
 マイはしばらく前に屋敷を飛び出してきてから、当てもなく歩き続け気がついたらこの場所に来てい
た。
 なぜここに来たのかは分からなかったが、とにかく今は一人になる時間が欲しかった。

 あの歪みとの戦いで、自分は両親の仇を討つことができなかった。それどころか、ただ返り討ちに会
うのならまだしも、母の形見の剣は折られてしまい、カミーユもやられそうになった自分を守って死ぬ
ほどの重傷を負ってしまった。
 そんな自分が許せず、その無力さが哀しく、カミーユやサユリと顔を合わせるのさえ辛く、これから
どうすればいいのかも分からずにどれほど過ぎたかも分からない時間をここで過ごしていた。
 私なんて、消えてしまえばいい。そんな暗い想いが首をもたげたその時だった。
 何かの足音が近づいていた。最初は動物か何かかと思っていた。しかし、足音はだんだんと大きくな
り、誰か人間がこちらに近づいていると分かる。
 足音がマイのすぐ後ろまで近づいてとまる。マイが身を硬くしたその時、何か重いものが背中にのし
かかってきた。驚いて振り向くと、そこにはあるはずのない顔があった。
「マーイ。やーっと見つけた!」
「カ、ミーユ…」
それは、重傷を負って屋敷で眠っているはずのカミーユだった。
 怪我が治ったわけがない。現にここに来るまでの足取りは不安定だったし、体中に包帯が巻き付いて
いる。しかしカミーユのその表情や仕草は、普段と少しも変わらなかった。
「マイ、探したわよ。何落ち込んでるのよ」
「………」
マイはうつむいたまま何も答えない。
「どうしたの、マイ?傷が痛むの?」
「…ごめん」
「?どうして謝るの?」
「私のせいで、カミーユはそんな大怪我した…私のせいで…」
「でも、その代わりにマイの命を守れたわ。だったら、それだけでこの傷には価値がある」
カミーユはマイを抱いていた腕を放し、さらに言葉を続けた。
「それにこれは、私がマイを助けようと思って負った傷。言ってしまえば自業自得よ。マイが気にする
必要なんて、これっぽっちもないわ」
「でも…」
「ふふっ、優しいのね、マイは」
「…優しい?」
「うん。あ、隣、いい?」
マイはこくんと頷いた。それを見てカミーユはマイの左隣に腰を下ろす。
「ねえ、マイ。マイは聞いたわね、なんで私がマイにかまうかって」
マイはただ頷く。
「知ってる人によく似てるからって答えたわよね?それが誰か、教えてあげましょうか?」
カミーユの言葉にマイは顔をあげカミーユのほうを見た。カミーユはそれを見て話を続ける。
「マイ、あなたね、私に似てるのよ」
「私が…カミーユに?」
マイは疑わしそうなまなざしをカミーユに向ける。
「もちろん今の、じゃないわ。昔の私に似てるの。私にもあったんだ、周りから心を閉ざして、生きる
意味を見失ってた頃が」
カミーユは腕を後ろについて空を見上げる。
「私にはね、お姉ちゃんがいたの。明るくって優しくって、私のこと良くかまってくれて。私はそんな
お姉ちゃんが大好きだった。いつかお姉ちゃんを守れるほど強くなるってよく思ってたわ」
そこでカミーユの目が曇る。
「でも…私が17ぐらいの頃かな?突然、お姉ちゃんが死んじゃったの。原因は病気、病名は忘れたわ。
そんなの覚えてても意味なかったし。ホントにあっけなく死んじゃって、しばらく私はお姉ちゃんが死
んだことを受け入れられずにいた。
 その事を受け入れてから、私は空っぽになっちゃったわ。大切な人を失って、生きる目標もなくした。
何をするにもやる気が出なくて、傷つくのが怖くて人とも関わらなくなった。
 少しでもお姉ちゃんを感じていたくて、お姉ちゃんの着ていたような服を着たりしだしたんだけど、
やっぱり虚しさはなくならなくて。
 それからしばらくして、私達の国で戦争が起こったわ。みんな生きるために必死に戦ってる、だけど
私はもう全てがどうでも良くなっていた。
 そんな時ね、一人の戦士に会ったの。その戦士って言うのが私の仲間で、今一番のお友達なんだけど、
その人が私にこう言ってくれたの」

『あなたは、いつまでそんなつまらない事にとらわれているんですか?』
『つまらないですって…?お姉ちゃんが死んだことがつまらない事だって言うの!?』
『…あなたが自分のせいで前に進めないでいて…それでお姉様が満足すると言うのですか!』
『だからって…だからって、お姉ちゃんを忘れる事なんて…私にはできない!』
『忘れなくてもいいんですよ…その人の死にとらわれず、ただ、覚えていればいいんです…心の片隅で
…それこそが、あなたのお姉様の望まれる事ではないのですか?』
『でも…私は…』
『…前に進むには、勇気が要ります。どうしてもその勇気が出ないというのなら、私が共に行きましょ
う…それでも、まだ不安ですか?』
『…いいの?』
『もちろんです。私達は仲間ではないですか』
『出来るかな?私に…前に進めるかな?』
『出来ますよ。あなたならば、必ず』

「あの言葉で、私は救われたわ。お姉ちゃんは死んじゃったけど、私には守るべき仲間がいる。その想
いが今まで私を支え続けてくれた。…だから今度は、私がマイにそれをあげる番」
「…私に…」
「うん。今のマイの心は冷たい暗闇の中で助けを求めてる。私は、そんなあなたに差し伸べる手になり
たいの。
 …マイ、マイはずっと一人ぼっちだって思ってたかもしれないけど、そんなことないよ。あなたのそ
ばにはずっとサユリがいた。それに今は、私もいるわ」
「………」
マイはカミーユの言葉を聞きながら、ずっとうつむいていた。
「う〜ん、だからね、どうしようもなく苦しくなったら遠慮しないで私達に甘えてって事。私達に迷惑
かけてるって思わないで。マイが私達を頼ってくれて私たちもマイの力になれる、それで嬉しいんだか
らさ」
それ以降カミーユも上手く言葉が続かず、しばらく二人とも喋らない時間が過ぎた。
 やがて、言うべき事はすべて言ったと思いカミーユが立ちあがった。
「まぁ…そういうことだからさ、マイも元気出して。…私は部屋に戻ってるから」
そうしてカミーユは後ろを向き森のほうへと歩き出した。
 マイは初め、その様子を黙ってみていたが、だんだん不思議な感情がわきあがってきた。このまま一
人になりたくない、そう思ったとき、マイは自分でも意外な行動に出た。
「!?」
背中に軽い衝撃を受け、カミーユは驚いて首を後ろに回してみた。そこにはかすかにマイの黒髪が見え、
マイはさらに腕を体に回してカミーユを抱きしめる。
「…マイ?」
「カミーユ…」
マイの肩が、わずかに震えていた。
「一人はいや…そばにいて…カミーユ…」
「マイ…」
マイは、涙を流していた。
 自分でもなぜ泣いているのかがわからない、だけど、去りかけたカミーユを抱きとめた時、まるで今
までせき止めていたものが消えたかのようにとめどない涙と様々な感情が沸き起こってきたのだ。
 そんなマイの手をカミーユは優しく包みこんだ。
「ずっと、お父さんとお母さんの仇を討とうと思って生きてきた…でも、本当は敵討ちなんてどうでも
良かった…ただ、生きる意味が欲しかった…それがなくなったら私が私でいられなくなるから…」
マイの涙は止まらず、カミーユに回された腕にさらに強い力が込められる。
 カミーユの体にかすかな痛みが走ったが、カミーユはそれをこらえマイの手を握り続けた。
「でも…仇が見つかっちゃって、負けても死ねなくて、カミーユに大怪我させちゃって…もう…どうし
たらいいのか分からなくてぇ…」
そこまで聞いてカミーユは、自分を抱きしめている腕を優しくはずし振り返ってマイの顔を見た。
 そこには、涙で顔を濡らし今にも壊れそうな瞳で自分を見つめる年相応の少女がいた。そんなマイを、
カミーユは正面から優しく抱きとめる。
「カミーユ…」
「好きにしていいよ、マイ。マイの気が済むまで、私はずっとこうしててあげるから…」
「カミーユ」
「たまには思い切り泣かなくちゃ。こう言う時ぐらい弱くなろうよ」
「カ、カミーユ……カミーユ…」
それからマイは、子供のように泣きじゃくった。全てをカミーユに預けて思いきり涙を流す。
 カミーユはそんなマイを何も言わずに抱きしめ、優しく髪をなでてやった。かつてカミーユが亡き姉
に良くそうしてもらっていたように、そして仲間たちがさまよっていた自分の心を救ってくれたように。


 それからしばらくして…

「…落ち着いた?」
マイは、恥ずかしげに顔を赤らめ頷いた。
「もう泣かなくてもいい?」
「もう…平気…ありがとう…」
それを確認してカミーユはマイの肩に腕を回した。
「ん、それじゃおうちに戻りましょ?サユリも心配してるわよ?」
「…うん」
それから二人は、屋敷に向かって歩き出した。
 その途中でカミーユはある事をマイの耳元でささやく。
「……!」
一瞬にして赤面したマイは、照れ隠しにひじ討ちを一発カミーユにお見舞いしてしまった。
「うぐっっ!った〜…」
当然カミーユの全身に例の激痛が走り、カミーユはその場で悶絶する羽目になってしまったのである。


 屋敷に戻った後、二人はサユリの元へ行き、それまでの謝罪を含めて色々と話をした。
「あ、そうそう、マイ達が見たって言う歪みの大群の事、団長さんにお話しておきました」
「ふ〜ん、それじゃあ自警団は明日どうするの?」
「本殿を中心に防衛線を張る事になりました。だからサユリも明日はいつもより早いんです」
「それじゃ、私も…」
「マイはダメ!そんな怪我してるんだし、第一、剣が折れちゃってるでしょ?…だから、二人がサユリ
よりずっと強い事は分かってるけど、明日はここで安静にしてて。町と銀十字は、サユリが絶対に守る
から!」
そこでカミーユとマイは顔を見合わせ、サユリの言う事を聞く旨をサユリに伝えた。サユリは大張りき
りだったが、例によってカミーユの嘘である。カミーユとて、マイほどの力を持った戦士を赤子扱いす
るような相手とサユリ達をぶつけるつもりなど毛頭ないのだから。
 一応怪しまれないように一度部屋に戻り、ベッドに入って眠りについたが気付かれないようにこっそ
りE・ウォッチのタイマーをセットしておく。そしてみんなが寝静まった夜中…
 ピピピピピ…
E・ウォッチから鳴り響いた電子音でカミーユは目を醒まし、アラームを止めてからベッドを降りる。
 ちなみにこの電子音はカミーユにしか聞こえておらず、外に漏れる音はごく小さいものなので誰かに
気付かれる心配はないのだ。
 手早く着替えて新品の服に袖を通す。これは以前の服よりも遥かに丈夫な生地で作られたもので多く
の旅人に愛用されているのだが、カミーユはデザインが気に入らないと言う理由であまり好んでは着な
い服なのである。
 最後にE・ウォッチを左腕につけ、縮めた閃光槍をつるしたペンダントを首にかける。
 全ての準備を終えたカミーユは、窓からこっそり庭に下りて気付かれないように塀を乗り越えて無事
に外に出た。
 ほっと一息つくカミーユだったが急に後ろから声を掛けられる。
「…カミーユさん…」
「!!!」
カミーユは思わずビクッとなり、恐る恐る振りかえる。
「…カミーユさん」
そこにいたのは、寝ているはずのマイであった。
「マイ…寝てたんじゃなかったの?それに何?その『カミーユさん』って」
「…サユリのマネ」
マイが恥ずかしげに上目遣いで見上げる。
「…似てる?」
「似てない似てない…大体何しに来たの?」
「カミーユは何しにいくの?」
「うっ!いたいとこ突くわね…大した事じゃないわ、ただ、友達との約束を守りに行くだけ」
「…友達?」
不思議そうに見つめるマイを見て、カミーユは一つの事を思いついた。
「そおだ!マイにもお友達を紹介してあげる。どうせ付いて来るつもりだったんでしょ?」
マイは当然だと言うように頷いた。カミーユはやれやれといった表情でマイを促す。
「それじゃ早く行きましょ。夜明けまでには着かないとね」