『エルファーシア外伝 北の銀十字』
〜第4章〜 光と闇の十字架・前編


 そして二人がやってきたのはシェルクロス神殿の本殿だった。今二人は、その闇に包まれた入り口の
前に立っている。そこは相変わらず魔力の込められた闇で覆われていた。
 マイは不思議そうな顔でカミーユを見つめている。
「カミーユ、ここは…」
「入れない、って言うんでしょ?ところがそうでもないのよ…見てて」
カミーユはきっと闇に向き合う。そして闇に向かって叫んだ。
「闇十字!私よ、入れてちょうだい!」
少しの沈黙の後、カミーユの声に答えるように入り口にわだかまっていた闇が消えていった。
「さ、行きましょう。友達待たせちゃいけないわ」
いまいち要領を得ないマイを連れてカミーユは中へと入っていく。二人の姿が奥に消えた後、入り口は
再び闇に包まれた。

 暗闇の中、かすかに入りこむ月の光を頼りに二人は中を進んでいく。そうして歩きながら目が暗闇に
慣れて来た頃、二人の前に銀十字を納めた部屋の扉が現れた。
 カミーユは扉をゆっくりと開いていく。
 そこには、先日と変わらぬ闇十字の姿があった。
 闇十字はまるで二人を歓迎するかのように淡い光を放ち、それが部屋全体を照らしていた。
 カミーユはマイを伴い部屋の中に入る。

「マイ、これが私の友達。銀十字と呼ばれているエルファーシア十二神具の一つ、闇十字よ」
マイは驚いたように闇十字に見入っている。すると、マイの頭の中に誰かの声が響いてきた。
『いらっしゃい、二人共。待っていましたよ』
突然の事に驚きマイは思わず身を硬くする。しかし、カミーユの手がそれを制した。
「心配ないわ、この声は彼女…闇十字の声よ。十二神具はそれぞれが自我を持っているの」
そう言われてマイは改めて闇十字を見なおす。不思議と、闇十字から発せられている淡い光が、闇十字
が微笑んでいるように見えた。
 マイの緊張が解けたのを知り、闇十字は言葉を続ける。
『カミーユ、来てくれたのですね…それにマイ、あなたも』
闇十字のその言葉に、二人は驚いた。
「ちょ、ちょっと!なんであなたがマイの名前を知ってるの?確か会ったの初めてでしょ!?」
「…私も、会うのは初めて」
二人の驚き様を見て闇十字はかすかに微笑んだ。そして柔らかな光と共に二人に語りかける。
『フフッ、マイ、あなたは私を知らないかもしれませんが私はあなたを良く知っています。だって、あ
なたのお母様、セツナは私のかつての主、クロスの転生なのですから』
「ええっ!?マイのお母さんが、クロスの生まれ変わり!?」
カミーユの驚き様にもマイはいまいち要領を得ない。だからマイはその事をカミーユに尋ねてみる。
「カミーユ、クロスって誰?」
「クロスって言うのはね、私の古いお友達の一人でこの闇十字の前の持ち主なの。でも、この前話した
戦争で死んじゃってね」
『その後、死んだクロスの魂は五千年の長き年月の間に幾度も転生を繰り返し、そして、マイの母親た
るセツナの肉体に転生したのです。セツナは幼い頃より強い力を持ち、その力と魂は娘であるあなたに
受け継がれました。……マイ、私は幼い頃よりずっとあなたを見つづけてきたのです』

突然打ち明けられた母の出生に、戸惑いを隠せないマイ。心配げにそれを見つめるカミーユ。しかし、
そこでカミーユに一つの疑問がわいた。
「ねえ闇十字、あなたマイのお母さんがクロスの転生だって知ってたのよね?だったらなんでお母さん
を十二闘士にしなかったの?機会はいくらでもあったはずなのに」
『そうですね…しかし、私は彼女を十二闘士にしたくはありませんでした。…十二闘士になることは世
界の闇と戦いつづける苦難の道を歩む事を意味します。戦いの中、苦しみ続けたクロスを見つづけてき
た私はもう彼を過酷な使命で縛る事はしたくなかった』
そこで、闇十字の放つ光がやや哀しげなものになった。
『でも…今はその事を少し後悔しているんですよ…私の力があったのなら、5年前に彼女が死ぬことも、
それによってマイが哀しい半生を送る事もなかったのですから…』
闇十字の悲痛な告白を聞き、カミーユは沈黙するしかなかった。確かに神具・闇十字の力があればたと
え相手が異端者だったとしても負ける事はなかっただろう。
 しかし、十二闘士になる事によって過酷な運命を背負わなければならない事もまた事実だ。それは、
場合によっては死よりも辛い生であるかもしれない、その事は同じ十二闘士であるカミーユが何よりも
分かっていた。だからこそ、カミーユは闇十字を責める事が出来ないのだ。
 思い沈黙が流れる中、不意にマイが声をあげた。
「…あ」
「な、何?どうしたの、マイ?」
何かあったかと緊張するカミーユ、しかしマイの口から出たのはこの状況と全く関係のない事だった。
「…さっき、カミーユはクロスと友達でそのクロスは五千年前の人だって言った……カミーユ、あなた
何歳?」
唐突と言えばあまりにも唐突な質問に、思わずカミーユはこけてしまった。
「マ、マイィィィ…」
『カミーユ、あなたが何者かまだマイに話してなかったのですか?』
「うん…別にどうでもいいって思ってたんだけどね…」
「…五千年前の人が今生きてるなんて、変」
カミーユと闇十字はずっこけモードに入っているが、マイはいたって真面目だ。
 仕方無しに二人はマイの疑問に答える。
『十二闘士の伝説は知っていますか?彼はその物語の中の十二闘士の一人なんです』
「戦争が終わってから生き残った私達はコールドスリープに入ってね、8年前にようやく目が醒めたの
よ」
二人の答えに、マイは分かったようなわからないような顔をしている。
「…カミーユって、不思議」
結局出た結論はこれであった。思わず苦笑するカミーユ。

 しかしその時、妙な違和感をカミーユは感じた。
『…どうやら、時間が来たようですね』
「時間って…なんの?」
『闇十字の…結界が消える時間です…』
心なしか闇十字の力が苦しげなものになっている。
 カミーユはペンダントから縮めた閃光槍を取り外し、開放の呪文を唱える。
「閃光槍よ、その真の姿を現せ!」
 カミーユは通常の槍の形になった閃光槍を手に、思い切り伸びをした。そして槍を構えて気合を入れ
なおす。
「よぉっっっし!そんじゃ行きますか!」
『済みません…お願いします』
「気にしないで、じゃあ…」
「カミーユ、待って」
勢い込んで出発しようとしたカミーユの後ろからマイの声がかけられた。振りかえると、マイは強い瞳
でカミーユを見つめている。
「私も行く」
「ダメよ、危険だわ!それにあなた丸腰じゃない!それでどうやって戦うつもりなのよ!」
「だけど…」
「だーめ、マイはここでお留守番」
「けど、カミーユも怪我して…」
なおも食い下がるマイをカミーユは抱きとめた。思わず言葉を失うマイ。
 おとなしくなったのを見て、カミーユはマイに語り掛けた。
「ねえ、マイ。私はマイを戦わせたくないの、傷つけたくない」
「………」
「マイ、私ね、あなたの事が好きよ、大好き。だから、失いたくないの、あなたを」
「…カミーユ」
「一度でいい…私のわがままを聞いて…マイ…!」
最後の言葉を話すと同時にカミーユはマイのみぞおちを一撃する。いきなりの事に驚き、抗議しようと
したマイだったが、だんだんと意識が薄れていく。
「カ…ミーユ…」
ついには意識を失い、その場に倒れこむ。
 そんなマイをカミーユはひざまずき、済まなさそうに見つめていた。
「ゴメンね、マイ。でも、こうでもしないとあなたは付いて来ちゃうでしょ?…安心して、マイ。あな
たが次に目覚める時には全てが終わっているから…」
 カミーユはそう言ってマイの姿勢を整えると、ゆっくりと立ちあがった。
「だから…その時には、あなたの笑顔を見せてね」
そしてカミーユは入り口のほうへと振り返る。
「闇十字、あなたは私が必ず守る。だから…マイの事、お願い…!」
それだけを言うと、カミーユは入り口めがけて走り出した。


 すっかり闇の晴れてしまった回廊をかけぬけ、カミーユは入り口へと飛び出した。
 カミーユの目の前には、やや薄暗いながらも朝日がさしこむのが見え、その太陽の下に、まるでその
光に逆らうかのように幾つもの黒い影が佇んでいた。
 歪みたちを率い現れたゲルニカは神殿の入り口に立ちはだかる人影を見て、思わず目を細めた。
「ほっ、あれほどの痛手をおうたのにこうして再び我らの前に立ちはだかるとは…よほど命が要らぬと
見える」
 一方のカミーユも、以前戦ったときに匹敵する軍勢を見て、思わず笑みをこぼしていた。やけになっ
た笑いではない、全てを戦いにかける覚悟を決めた笑いなのだ。
「相手は大群、こっちは一人…しかも絶好調大けが中だし、とことん不利ね…」
冷静に状況を把握したカミーユは、その笑顔をなお強めていく。
「…でも、不利な中で勝っちゃうからヒーローってかっこいいのよね!」

しばしのにらみ合いの後、ゲルニカのほうからカミーユに声をかけてきた。
「それほどの怪我を負い、なお我らの前に立つとは大した心意気じゃのう、十二闘士!」
それに負けずにカミーユも答える。
「せっかくのお祭りなのに、一人で寝こんでるわけに行かないじゃない?」
「ほっほっほ、威勢がいいのう…しかしそれも今日まで。そなたのもつ閃光槍を闇十字と共に我が主へ
と献上させてもらう!」
「ただじゃあげないわよ!あなたの首と交換って言うんなら考えなくもないけど!?」
一気に両者の目が本気になる。戦いが、始まろうとしていた。
「闇十字奪取の前祝じゃ、そなたの血を以って祝杯とさせてもらう…ゆけっ!!」
ゲルニカの号令と共に、20体からなる歪みの大群は一気にカミーユへと迫ってきた。
「マイ、お母さんの仇は私が取ってあげる。私があなたの呪縛を開放する!」
 カミーユは閃光槍をかまえ、叫びを上げる。

「エルファーシア十二闘士が一人、カミーユ・レヴァール……推して参る!!」

カミーユは一気に階段から飛び出し、閃光の槍を携えた戦姫は歪みの渦巻く中へと飛び出していった。


 朝日が昇ってすぐ、神殿へと駆けつけた自警団の面々はふとした違和感を感じていた。神殿の奥のほ
うがやけに騒がしいのだ。
「どうしたんですかね、団長?」
「もしかしたら…既に歪みがやって来ているのではないか!?」
団長の言葉に、サユリの顔は青ざめた。朝、彼女が起きたときにカミーユとマイの姿がなかった。もし
かしたらと思っていた最悪の事態が現実となってしまったことにサユリはあせった。
 カミーユとマイは自分よりも歪みに近い所にいる、それはずっと前から分かっていたことだった。マ
イは半ば歪みと戦うために生きてきたようなものだし、カミーユにいたってはあの伝説の十二闘士だ。
恐らくここにいる中で誰よりも歪みに近く、そして銀十字の謎に近い人物のはずだ。そんな人たちがじ
っとしているはずがない。
 二人が歪みに襲われているところを想像した時、サユリはいても立ってもいられなくなり一人中の広
場のほうへと走り出した。後ろから制止の声がかけられたが、かまっていられる余裕はサユリにはなか
った。早く行かなければ二人が死んでしまう、そんな危機感がサユリを前へと動かした。
 中庭にたどり着いたサユリは、そこで起こっている現実離れした事態に思わず声を失った。サユリを
追ってきた自警団員たちも、それを見るなり動揺に声を失う。
「な、何が起こってるんだよ…」
「ひ、歪みが、吹っ飛んでる…」
彼らの目の前で、見たこともないほどの数の歪みたちが暴れ狂い、その度にあちこちへと弾き飛ばされ
ているのだ。歪みは何かを追っているらしく、ときたま「ちかっ」と光る何かめがけて腕を振るっては
再び光った時にあらぬ方向へと吹き飛んでいる。
 そのとんでもない事をやっているのがたった一人の人間である事に気付いた時には、歪みの数は15
体ほどに減じており、残った歪みもいずれも何かで裂かれたような傷を負っていた。
 それを行っていたのが誰かを知り、サユリは思わず声を上げた。
「カミーユさん!!」

その頃もカミーユと歪みの戦いは続いていた。2体の歪みが前と後ろから挟み撃ちにしようとするがカ
ミーユはそれを難なくかわし、すれ違い様に歪みの胴体に一撃を入れていく。
 そのまま勢いを消さずに次なる歪みの前へと突進して行き、目の前に来たところですばやく直角に避
けてやる。迎撃しようとしていた歪みの攻撃がカミーユの残像を切り裂き、さらにその歪みに、後ろか
らカミーユを襲おうとしていた歪みの攻撃が殺到し、その歪みは消滅してしまう。
 カミーユは全身の傷をものともせず、持ち前の超スピードで歪み達を撹乱して数に勝る歪みを押して
いた。
「やれやれ、情けないのう。たった一人にいい様にされていては大軍の意味がないではないか…どれ」
そう言うとゲルニカは、ローブの中から龍の腕のような爪を出した。一回握って、また開いた後その爪
をカミーユの方向へと向ける。
「ぢぇい!」
ゲルニカの叫びが引き鉄となって、まるで弾丸のように龍の爪が射出された。龍の爪は完全に腕と切り
離されており、その間は細い稲妻のようなものがつないでいる。
 その龍の爪は恐るべき速さで歪みと格闘しているカミーユに襲いかかった。
「!?」
自分に迫る殺気を感じ、すかさず飛びのいたカミーユのいた場所を龍の爪が通り過ぎていった。目標を
失った龍の爪はその向こう側にいた歪みに突き刺さる。
 苦悶の声を上げる歪みの巨体をものともせずに、龍の爪は歪みごとゲルニカの元へと戻っていった。
「なんて爪なの…あんなのに捕まったら肉ごと持って行かれちゃう…」
「はずしたか…さすがと言うべきかの…さて、こやつはどうするか…」
品定めするかのように自分の爪に刺さった歪みを見るゲルニカ。その瞳に、不意に危険な光がともる。
「どうせもう戦力にはならんじゃろ…ならば食らうとするかの」

こともなげに言ったゲルニカの手が闇色に輝き、歪みはその中へと吸い込まれていってしまった。あま
りの光景に言葉を失うカミーユ。
「自分の仲間をとり込んじゃうなんて…何考えてるのよ!」
「下手に助けてお主の手にかかるよりもわしの力になったほうがよほどいい…それだけの事じゃよ」
「…なんですって…!」
ゲルニカの非道な行いに対して怒りを燃やすカミーユ。しかし、当のゲルニカはカミーユの怒りなど意
にも介さないような感じで話を続けた。
「十二闘士よ、本能のみで動く我らにも欲望があることをご存知かな?我らは常により強い力を求めて
おるのよ。より強い力はより大きな破壊を行える」
「…それがなんだってのよ!」
「強さ無き者は強き者の糧となる、それが我らの暗黙の掟よ。生き残りたくば強くなれば良いのだ」
「だからって…仲間を殺していい理由になんて…!!」
カミーユがゲルニカにその怒りの全てをぶつけようとした瞬間だった。不意に叫び声が上がり、そこに
は避難していなかった僧たちが立ちすくんでいたのだ。ゲルニカの瞳が怯える僧達を映す。
「確か…弱者を守るのがおぬしらの美学…だったの」
ゲルニカが何をしようとしているのかを悟り、焦るカミーユ。
「だめっ!」
カミーユの制止の声も聞かず、ゲルニカは歪みに命令を下す。
「行け。あやつらを食らうが良い!」
ゲルニカの命令に応じて何体かの歪みが僧たちのほうへと向かった。それを阻止しようとカミーユは飛
び出すが、その前にゲルニカが立ちはだかる。閃光槍と龍の爪が交差する。
「くっ…どきなさい!」
「そうはいかん…お主には絶望を味わってもらわねばならんのでな、それまではわしと遊んでいてもら
うぞ」
急いでゲルニカを制しようとするカミーユ。しかしゲルニカはカミーユの槍捌きをことごとくいなして
決定打を与えさせない。その間に、歪みが今にも僧たちに襲いかかりそうになっていた。
「やめてぇぇぇぇ!!」
思わず目を逸らすカミーユ。しかし…

 ドゴォォォォォン!

何かの爆発音が響き、そちらの方を振りかえってみると歪み達が吹き飛ばされていた。
「な、なんじゃと?」
「なに?……あ!」
カミーユがあたりを見まわしてみると、別院の入り口のほうに多くの人影があった。良く見てみると全
員が自警団の腕章をつけている。その先頭には、先端に鳥をあしらった杖を構えたサユリが立っていた。
「サユリ!!」
「カミーユさん、ご無事ですか!?こっちのほうはサユリ達にまかせてください!」
思わぬ援軍にカミーユの闘志はさらに燃え上がった。瞳の輝きがさらに増す。
「サユリ!マイはあの神殿の中よ!だから心配しないで、思いっきり戦って!」
「はいっ!!」
サユリの返事が合図となって、自警団の戦士たちはそれぞれ歪みとの交戦に入った。歪み一体に2,3
人で向かっているが、数で勝る自警団の戦士相手にゲルニカ以外の歪みはその全てが動きを封じられた。
「ぐぅぅぅ、雑魚どもが…!」
「今度はあなたが焦る番みたいね、ゲルニカ!」
「ならば、早々にお主を片付け雑魚どもを根絶やしにしてくれる!」
「それは無理。だって、今まで私本気じゃなかったもの」
カミーユの言葉をゲルニカは当然のように笑い飛ばした。
「ほっ、今まではまるで本気ではなかったと言うのか?ならば見せてみるが良い、お主の本気とやらを
な」
「言われなくたって見せてあげるわよ、十二闘士の真の力を!」
そう言うとカミーユは閃光槍を前方へと構えた。閃光槍に光が集い、それに伴いカミーユ自身の力も増
していく。光が最高に達した時、カミーユは裂帛の気合と共に叫んだ。

「閃光槍、開放!!」

その言葉と共に当たり一面が槍から発せられた光に包まれた。
 光が収まった後には、穂先のなくなった閃光槍と、奇妙な鎧を身に纏ったカミーユの姿があった。
「…確かに力は上がったようじゃがの…その槍で一体どうやって戦うつもりじゃ?」
「あら、そう言うのって現実しか見えてない証拠よ。ご心配には及ばないわ」
カミーユは閃光槍を構えて叫んだ。
「光よ!」
するとその言葉に答えて槍の先端に光の刃が生まれた。
 エルファーシア十二神具は、それぞれが比肩するものの無い強大な力を持つが、普段、その力の大部
分が封印された状態にある。その封印を解くのが『開放』であり、自己の負担を大きくする代わりに神
具が本来持つ力を解き放つ事が出きるのだ。
 膨大な光を司り、その光で無形の刃を生み出す、それこそが真の閃光槍の姿なのだ。
 神具の開放は十二闘士の切り札であり、全身全霊を以って戦う事の証なのである。
 カミーユはそれを改めて構えなおす。
「ね?…それじゃ、始めましょうか!」
「ふっ、そうじゃの!」
そして両者は、再び激しくぶつかり合った。


 一方その頃、神殿の奥
「う……ん」
カミーユに当身を食らわせられ気を失っていたマイがようやく目を醒ました。いまだにボーっとする頭
を無理やり起こして体を起こす。周囲を見まわして、ようやく自分がどんな状況にいるかを把握した。
「!」
カミーユの今いる状況を考え、即座に立ち上がろうとしたマイに後ろから声をかけられた。
『…行くのですか?』
マイは振りかえって声のするほうを見る。
「…闇十字…」
『カミーユを信じていないのですか?彼はああ見えても約束を破る男ではありませんよ』
「…分かってる」
マイは、闇十字をまっすぐに見据えた。
「でも、じっとしていられない…今すぐ、カミーユのところに行きたい」
『カミーユはそれを望みませんよ?』
「もう、手が届かなくて大事な人を失うのは嫌だから…」
それを言い終わるとマイは再び後ろを振り向いた。しかし、駆け出そうとしたマイの背にまたも闇十字
の声がかけられる。
『どうしても行くのですね』
マイは振りかえらず、無言で頷いた。闇十字はさらに言葉を紡ぐ。
『でしたら…私を持っていきませんか?』
「…あなたを?」
マイは闇十字のほうを振り向く。
『このまま行ってもせいぜいが彼の楯になるぐらい、もちろん彼はそれを望みません…しかし、私とい
う力があるなら話は別です。あなたが元来持っている力と合わせればあの異端者にも決して引けは取ら
ないでしょう』
「…いいの?」
『はい…あなたがそれを望むのなら…私も、同じ過ちを繰り返したくありませんから』
マイは闇十字に近づき、それを取ろうと手を伸ばした。しかし、その寸前で闇十字の声がした。
『その前に、一つだけ確認したい事があります』
「?」
『私を手に取ると言う事は、つまり十二闘士となることを意味します。…先程もお話した通り、十二闘
士となれば今以上の辛い使命と過酷な運命を背負う事になるでしょう。それでも構いませんか?』
「………」
『もう、後戻りは出来ないのですよ?』
マイは少し考え込む。だが、もう彼女の答えは決まっていた。
「構わない」
『マイ…』
「カミーユは言った。カミーユは仲間に心を救われたと、その仲間たちから貰った暖かさを今度は私に
あげたいと。だから、私はそれに応えたい…復讐の為じゃなく、仲間の、カミーユやサユリの為に戦い
たい…
…そのための力が欲しい!」
そしてマイは、闇十字をその手につかんだ。
『…分かりました。ならば、私がそのための力となりましょう。あなたを守る楯となり、あなたの振る
う牙となり、あなたの進む道を照らす灯火となりましょう』
謳うように闇十字がささやいた後、その中心にはめられている宝玉から光が溢れだし、その光はマイの
手を伝ってやがてその全身を覆っていった。マイは、何かに包みこまれるような不思議な感覚を味わっ
ていた。
『少女よ、汝の名を叫べ…その叫びを以って汝が名を我が魂に刻み付けよ』
マイは、何か不思議な気力が溢れてくるのを感じた。自分の心に何かが解け込み、それが混ざり合って
途方もない力を放っているのを感じた。
 そしてマイは、彼女の魂の叫びを闇十字に刻み込む。

「我が名はマイ…マイ・ピュアリバー!」

闇十字の閃光が部屋を包みこむ。
二つの魂が今、一つの魂を生み出した。