『エルファーシア正伝 魔弾の章』
第1章 〜Macraiger's farm〜
 現在、テラは三つの大陸から構成される星となっており、その中でも最も大きい大陸に二つの国家が
存在している。
 一つは大陸の西側にある『ルティス共和国』。そして、東側に大陸の三分の二を領土としている『グ
ランシス聖王国』が存在する。
 グランシス聖王国は名実共にテラの中心となっている国家で、六年前に前王が崩御した後、王族にゆ
かりのある青年が若き新王として即位している。また、この国には過去の大戦の遺産が数多く眠り、古
の英雄達の魂を今に受け継いでその責務を果たしてもいる。
 その聖王国の西部、サボテンが立ち並ぶ荒野の中を整備された街道に沿って一台の幌馬車が走ってい
た。この世界においても、馬車は人々の主要な足であり、人・物を問わずにあちこちへと運んでいる。
馬車よりも高性能な移動機関もあるのだが、そう言ったものは絶対数が少なく、一般の人々にはそうそ
う手に入る代物ではなく、結果、最も安価な馬が人々の足として愛用されているのだ。
 無論、この馬車もそう言ったものの一つで、とある場所に向けて荷台に積んである荷物を運んでいる
最中なのだ。
 幌で覆われた荷台の上には、実に大量の生活雑貨や食料が詰まれており、その片隅に一人の青年が座
り込んでいた。
 年の頃なら二十歳くらいだろうか、短く整えられた黒髪は漆塗りのようなつやを出し、黒ぶちの眼鏡
が知性を光らせ、その中から思いのほか鋭い瞳がのぞく。紺のスラックスにYシャツと言う格好で、そ
の上に茶色のベストを身に着けている。その傍らには、荷物とおぼしきこぎれいで大きな麻袋が置かれ
ていた。
 これだけなら大した違和感はないのだが、その青年のそばに立てかけられていた物がその青年に不思
議な雰囲気をかもし出させていた。
 それは青年の身の丈ほどもある大きな包みで、それを包む布は特殊な製法で編まれた魔法の布で、並
大抵の刃物では傷つける事すら出来ないと言うものなのだ。その布で包まれたものは剣のシルエットを
浮かび上がらせている。戦いとは全く関係のなさそうな青年が巨大な剣を持っているというのだから、
どこか変だと思わないほうがよほどおかしい。
 しばらく馬車が走っているうち、青年が御者に声をかけた。
「おじさん、マクレイガーズファームまで後どれぐらいですか?」
 御者は軽く青年のほうを見ながら明るく答える。
「後、一時間ほどで着くぜ。ま、何にも起こらなきゃ、だけどな」
 御者は前を向きなおし、青年との話を続けた。
「しかしあんた、なんだってあそこに行くんだい?知り合いでも居るのか?」
「ええ…長らく会っていない友人に会いに行くんですよ」
「へぇ…そういやあんた、なんて名前なんだ?」
「ワシュウです。ワシュウ・キサラギと言います」
「ハハハ…伝説の英雄と同じ名前か!そいつは大変だなぁ!」
 ワシュウは、苦笑しながら答えた。
「はは…本人なんですよ、一応」
 そう言ってワシュウは外の風景へと目を移した。伝説の十二闘士は流れて行く景色を眺めてこれから
会いに行く友の姿に思いを馳せた。
 五千年前の伝説の存在がなぜ現在ここに居るのか、そして彼はなぜ友に会いに行くのか、それは三ヶ
月ほど前にさかのぼる。


 十二闘士サラ・ルーウェンスの予言した『アーク』の保証期限の切れた五千年後、多少の時間のばら
つきはあったものの、眠りについていた十二闘士達は皆一様に『冬眠』から醒めた。
 初めは世界の変化に戸惑っていた十二闘士達も、やがてそれぞれの人生を歩みはじめ、そしてグラン
シス聖王国新国王となった十二闘士レオンハルト・フォン・ノエシスの呼びかけによって全員が再会し
た。
 レオンは十二闘士達に一つの使命を与えた。
 『古の大戦において失われた六つの神具を探し出してほしい』、と。
 それを快く引き受けた十二闘士達はそれぞれの方法で十二神具の探索にあたっていた。
 ところが、現在より二ヶ月前、ワシュウの元にレオンからの連絡が入った。

『ワシュウ、聞こえているか?私だ、レオンだ』
 その通信が入ったのは、ワシュウが街角のテラスでコーヒーを飲んでいる時だった。
十二闘士の証であり、通信機能も持っている特殊な時計『E・ウォッチ』の通信スイッチを押したワシ
ュウの目の前に現れたのは、仲間であり国王であるレオンだった。
「レオン?どうしたんですか?」
「え、なになに?レオンから?」
その時ちょうど行動を共にしていた十二闘士カミーユ・レヴァールもレオンの立体映像の映る文字盤を
覗き込む。
『カミーユも居るのか…まあ、いい。ワシュウ、君に頼みがある』
「頼み…ですか?」
『ああ、急で悪いのだが、これからグスタフのところへ行ってくれないだろうか』
「別に構いませんけど…どうしてです?」
『先日、グスタフから私宛に手紙が届いてな、降魔銃(こうまじゅう)の事で話があるから君を呼んで
くれと頼まれたんだ』
「降魔銃の?降魔銃ってまだあいつが持ってたのねー」
「でも、彼は利き腕を壊してますからもう降魔銃を扱えないはずですけど…」
『まあ、その辺はグスタフに会えば判るだろう。では、行ってくれるのか?』
「ええ、喜んで!」
『それでは、頼んだぞ』
 そこまで話すとレオンの立体映像は消えて通信も途切れた。ワシュウは荷物を持つと、カミーユの方
を振り向いた。
「それでは、私はグスタフのところへ行きますが…カミーユはどうしますか?」
「んー、私は別に呼ばれてないしねー、今回はパス」
「では、ここでお別れですね」
「そうね。また、会いましょ!」
 そう言うと二人は分かれて、ワシュウは西部方面行きの乗り合い馬車の停留所に向かった。
「マクレイガーズファーム…しばらく行ってませんね。みんな、元気でしょうか?」
 この様な経緯があり、ワシュウは旧十二闘士のグスタフの居るマクレイガーズファームを目指して旅
をしているのだ。そのマクレイガーズファームも、もう目と鼻の先まで来ている。
 その時、前方の空間が陽炎のように揺らめき、景色が歪み始めた。それに気付いた御者が慌てて馬の
スピードを緩めて方向転換を試みる。
「くぅぅっ、ついてないぜ!」
「『歪み』…ですか?」
「ああ!…兄さん、飛ばすからしっかり掴まってろよ!」
 そう言うと御者は空間の歪みを大きく迂回した後に馬に鞭を入れて急発進させる。馬車が空間の歪み
を通り越した少し後、その揺らめきが実体化していき、やがてそれは芋虫に角と手足が生えたような怪
物に変化した。
 シャギュォォォォォン!
怪物はその先端にある口を大きくあけて咆えると、逃げ去ろうとする馬車を追いかけ始めた。
 馬車は怪物から遠ざかろうと、なおもスピードを上げる。
「実体化しましたね。見たところ、Bランクの『歪み』と言った所でしょうか?」
御者はワシュウの問いに振り向かずに答える。
「あれくらいの奴はこの辺で時々発生するのさ!ホントに時々なんだが、今日はたまたま当たっちまっ
たみたいだな!」
 今、馬車を追いかけている怪物は『歪み』と呼ばれている。発生する前に必ず空間が歪み、その中か
ら現れる事から『歪み』と名づけられ、人里離れた場所や過去の大戦の傷跡がより深く残る場所、特に
夜間に多く発生する。
 『真魔戦争』の終結後からこの世界に出現するようになった怪物で、その生態は全く明らかにされて
いない。なぜなら、『歪み』には同種の存在と言うのが全く存在しないのである。どの個体もどこかし
ら違うところがあって、つかみ所がないのだ。
 更に『歪み』の研究がされない最大の理由は、『歪み』のそのあまりにも短い寿命にある。『歪み』は
発生してからその大部分が1週間以内に消滅し、長命な者でも2・3ヶ月しか存在していないのである。
 判っている事はただ一つ、性格は恐ろしく狂暴で残忍、このテラに存在するどんな生物よりも好戦的
で「物を破壊する」という破壊本能のみで行動していると言う事だけである。
 二つの大戦後のテラの歴史は、人間同士の覇権を争う戦いの歴史であったと同時に、終わりなき『歪
み』との戦いの歴史でもあったのだ。
 歪みはひとたび発生すると、周囲の生命をだれかれ構わずに攻撃し、その通り過ぎた後には凄まじい
破壊の爪痕が残る。
 歪みの破壊の牙から逃れる方法は二つ、歪みを消滅させるか、それとも歪みの手の届かないところに
逃げるかである。
 この馬車も、こう言った場面には慣れているのか、しばらく走るとあの芋虫の歪みの姿が見えなくな
っていた。
 御者もホッと胸を下ろす。
「ふーっ、どうやら、撒いたみたいだな」
「の、ようですねぇ…」
ワシュウは、あまりのスピードで崩れた荷物の間から顔を出して答えた。そんな状況になっているのに
さも平気そうにしているあたりはさすがに十二闘士と言ったところである。よく見ると、荷物が崩れる
のを防いでいながらも、自分の包みと麻袋はしっかりと抱え込んでいる。
 御者は、馬を休めるためにスピードをゆっくりと落としていく。

 しかし、馬車の進む遥か前方で異変が起こった。突然大地が揺れ始め土がひび割れを起こしながら盛
り上がる。馬車を慌てて急停止させ、その様子を見守る。
「な、なんだ!?」
「……………!」
 ワシュウは、それまでとは打って変わった厳しい目つきでその様子を見つめる。すると、土はどんど
ん盛り上がっていき、最高潮になったところで弾けた。
 シャギュォォォォォォン!!
舞い上がる砂煙の中から飛び出したのは、先ほどの芋虫型の歪みであった。歪みは馬車を見つけるとそ
ちらのほうへと飛びかかってきた。
「う、うわあぁぁぁぁぁ!」
歪みのあぎとが馬車に食らいつこうとし、御者は思わず顔を両腕で被う。だが、歪みの牙が御者を捕ら
えようとした瞬間、歪みは衝撃を受けてそのまま横へと弾き飛ばされた。
 御者がそれに気付いて、ゆっくり目を空けるとそこには包みを携えて歪みの前に立ちはだかるワシュ
ウの姿があった。ワシュウの瞳は鋭く歪みを睨み続けている。
「土の中を移動してきたのですか…大した物ですね。ですが、これ以上の暴虐を黙って見ている訳には
行きません」
「兄さん!何をする気だ、早く逃げろ!」
 ワシュウはゆっくり御者のほうを振り向くと、優しいまなざしで語り掛けた。
「心配要りません。ここは私に任せてください」
 そう言うとワシュウは、包みの布に手をかけ、そして一気にその布を剥ぎ取った。中身は空中で1回
転してからワシュウの手の中に収まる。
 それは、シルエットから想像できたような、一振りの巨大な剣だった。刀身は平たく幅広で、古代の
魔法文字がその両面に刻み込まれている。柄は十字架を模した造りになっており、その中心には魔力の
込められているであろう拳大ほどのエメラルド色をした小さな珠がはまっていた。それらが全て一体と
なると、どことなく神聖な雰囲気が漂ってくるような、そんな剣である。
 ワシュウはその剣を両手で持ちなおし、布を胸元にしまうと歪みに向かって剣を構えた。
「さあ…行きますよ!」
 その言葉と同時にワシュウは歪みめがけて走り出し、歪みもそれを迎え撃とうと牙を向ける。歪みが
噛み付こうとしたすんでの所でワシュウは横に飛びのいてかわし、突進の勢いを活かしてかけぬけ様に
歪みの胴体を斬りつけた。
 ザンッ! 

 ギュォォォォ…!

切り口からは体液のようなものが飛び出し、歪みは苦痛の叫びを上げる。歪みの向こう側へとかけぬけ
たワシュウはそのまま体を反転させ、大剣を正眼に構える。
 歪みはワシュウのほうを振り向くとワシュウめがけて唾液を飛ばす。
 ワシュウがすぐに後ろに跳び退ったため、唾液はそれまでワシュウが居たところに振りかかったが、
歪みの唾液に触れた地面は白い泡と炭酸のような音を立てながら盛り下がっていく。
「…酸の唾液ですか……ハッ!」
ワシュウは気合の一声を発すると、再び歪みめがけて走り出した。歪みはワシュウめがけて酸の唾液を
飛ばし続ける。
 右へ、左へと巧みにかわしてワシュウは歪みに近づいていくが、歪みの真正面までやってきた時、一
瞬動きの止まったワシュウめがけて酸の唾液が飛んできた。
「!?」
あわや、酸の餌食になろうかといったその時、ワシュウは懐にしまっておいた剣をくるんでいた布を取
りだし、それを片手でマントのように翻して酸を防いだ。酸を浴びた布も焼け爛れることなく唾液をは
じいている。
「とおっ!」
 ワシュウは酸を布で防ぐと同時に布の影から飛び出し、歪みの真上で剣を逆手に持ちかえた。その切
っ先は歪みの頭上を狙っている。
「はあぁぁぁぁっ!」
ワシュウはそのまま全体重を剣にかけて歪みの体を貫いた。
 ズンッ!

 シャギュォォォォォン!

歪みはワシュウと突き刺さった剣を振りほどこうと暴れ出す。その勢いでワシュウはあちらこちらと振
りまわされるが、どうにか歪みの上に両足をつけることに成功する。
 そしてワシュウは突き刺した剣に全神経を注ぎ、裂帛の叫びがとどろく。
「封神!!」
そのワシュウの言葉が発動の鍵となり、歪みの体からオーラのようなものが立ち上り、そのオーラがワ
シュウの剣の柄についている珠に凄まじい勢いで吸い取られて行った。
 ギュォォォォ……!
 やがて、歪みの体から完全にオーラが抜き取られ、残された歪みの体は真っ白な石灰の塊のようにな
り、砂のように砕けて塵となっていく。
「汝の魂に、幸あれ…」
 歪みが消えた跡には虹色に輝く拳大のこんぺいとうの様な形の水晶が残っていた。ワシュウはそれを
手に取ると、何か短い呪文を唱え、懐にしまった。
 ワシュウはホッと一息つくと剣を布でくるみ始めた。剣を元通り布でくるみ終えると、ワシュウは唖
然としている御者のところへと戻っていった。
「あの、大丈夫ですか?どこかお怪我はありませんか?」
そのワシュウの言葉に御者はようやく我に返り、それでも、まだ呆然としたようにワシュウを見つめて
いる。そして御者は、ようやく口を開いた。
「いや…強いな、兄さん。あの歪みをあっさりと…」
ワシュウは照れたような顔をして頭を掻いた。
「いえ、これぐらいしか能がありませんから。あははは」
「歪みを飲み込んじまうたあ、その剣、ただの魔力剣じゃねぇな?」
「この剣ですか?この剣は、名を『封神剣(ほうしんけん)』と言います。聞いた事ぐらいはあるかも
しれませんが…」
 ワシュウの携える剣は、『聖戦』にその名を残す伝説の最強武器『エルファーシア十二神具』の一つ
で『神殺しの神剣』の異名を取る神剣『封神剣』と言う。
 封神剣はその名が示す通り、『聖戦』において神に最後の一撃を与えた武器として有名で、十二神具
最強とも言われている。その能力は先ほどの戦いにおいても使われた『封神』と言う物で、封神剣で触
れた対象のエーテルエナジー(『気』や『オーラ』と言い換えてもいい)を完全に吸収してしまう力が
ある。人間に対して『封神』しても極度に疲れるだけだが、エーテルエナジーのみで構成された歪みに
は絶大な効果を発揮し、吸収したエーテルエナジーは使い手の自由な意志で使用する事ができる。
 使い手の強さとあいまってワシュウは『十二闘士最強』と呼ばれてもいるのだ。
「こいつがかの有名なエルファーシア十二神具か…じゃあ、あんたは…」
「ええ、エルファーシア十二闘士が一人、ワシュウ・キサラギです…先程も、そう言ったと思ったんで
すけど?」
「ハハハ!悪ぃな、全然信じてなかったぜ!」
 ワシュウはぱっと笑顔になってあっけらかんと笑った。
「普通は信じませんよねー、あははー」
 そうして二人はひとしきり笑った後、崩れた荷馬車の整理をし始めた。歪みから逃げるためにかなり
乱暴に走っていたので、積荷は完全に崩れてしまってかなりひどい状況になってしまっていたが、少し
整理するとなんとかワシュウの座る場所を確保できるほどになった。
「ふう、なんとか片付きましたねぇ」
「おう、ありがとよ!さ、出発するぜ、乗ってくれ!」
 御者が御者台に乗りこみ、ワシュウもそれに倣って荷台に乗りこむ。ワシュウが腰を落ち着けた事を
確認すると、御者は馬に鞭を入れて馬車を発進させた。馬車は、走り出しに少し、がたん、と揺れたが、
その後はスムーズにスピードを上げていった。
 荒野から街道に馬車を戻す頃には、太陽が少し傾くぐらいになっていた。
 赤く染まり始めた太陽を見つめながら、ワシュウはさっきも聞いた同じ質問をする。
「マクレイガーズファームまでは、後どれくらいですかね?」
 御者もまた、同じように答える。
「ここからなら後十分ほどだぜ。何も起こらなきゃな」
「ふふっ…そうあって欲しいものですね。さすがに少し疲れましたし」
そう言うとワシュウは、背を荷台に預けて首だけを横に動かした。変わり映えのしない荒野とサボテン
の光景がワシュウの瞳の端から端へと流れていく。馬車は何事もなく順調に進み、それが景色の流れを
より速いものにしていた。
 ワシュウはぼんやりとその様子を眺めながらポツリと呟いた。
「三年ぶり…でしょうか?グスタフと子ども達は、元気にしてるでしょうかねぇ…」
ワシュウのその呟きは御者には届かず、流れ行く風と共に荒野の彼方へと吸い込まれていった。
 そして十分後、馬車は広大な牧場の門のところについていた。ゲートの上には『Macraiger
‘s Farm』とかかれた表札が掲げられていた。
 その表札を見つめるワシュウに御者は話し掛けた。
「さっ、人間の家はもう少し先だぜ。後ちょっと我慢してくんな」
 その言葉にワシュウは気がつき、柔らかい微笑みで答える。
「はい、おねがいします」
 それを聞いた御者は馬に鞭を入れて馬車を再び走らせ始めた。
 馬車は柵で区切られた道を進んでいる。その柵の中には、馬や牛、ダチョウほどの鳥まで実に様々な
動物が放されており、草を食べたり走り回ったりと、皆思い思いに過ごしていた。
 そう入っても馬車が走った時間は大した物ではなく、少しして見えた大きな建物の前で馬車は停止し
た。
「さ、到着だぜ!」
「はい」
 そう答えるとワシュウは麻袋と剣を持ち、軽やかに荷台から降りた。その後、御者のほうに歩み寄り
握手を求める。
「どうも、ありがとうございました。おかげで助かりましたよ」
「なぁに、礼を言うのはこっちのほうさ。あんたのおかげで命も積荷も助かった。ほんとにありがとよ」
「そんな、私は当然の事をしたまでですから。それでは、この辺で」
「ああ、元気でな」
「あなたも、お元気で」
 そう言ってワシュウは指で軽く十字を切る真似をする。別れの挨拶を済ませた後、御者は建物の裏手
のほうに回っていき、ワシュウはそれを見送ってから正面の入り口に入っていった。


 ワシュウが建物に入り、呼び鈴を鳴らすとすぐに一人の女性が出てきた。最初は慌てたふうだった女
性の顔が、ワシュウの顔を確かめるとぱっと明るくなる。
「ワシュウさん!こっちに来ていたんですか!?」
 ワシュウはそれににっこりと笑って答える。
「つい、さっきですよ。……久しぶりですね、シンシア。ずいぶんとキレイになりましたね」
 シンシアと呼ばれた女性は照れたように頬を赤く染めた。
「そんな、からかわないでくださいよ、ワシュウさん!」
「私はそう言うお世辞は苦手なんですよー、レオンじゃないんですから」
「うふふ…ワシュウさん、今日はどんなご用件ですか?」
「そうそう、忘れるところでした。グスタフは居ますか?彼に呼ばれて来たんですけど…」
 それを聞くとシンシアは困ったように首を傾げた。
「パパですか……?パパ、ちょうど今、畑の方に行ったばかりなんですよ…」
 そう言ってからシンシアは微笑んでワシュウを家の中に招いた。
「こんな所でお客さんを待たせる訳にはいきませんから…どうぞ、こちらです」
 ワシュウは一礼し、靴の汚れを落としてからシンシアの後を付いて行った。
 案内される途中でもワシュウはシンシアと会話していた。
「そういえば三年ぶりですね、ワシュウさんがここに来るのって」
「三年…もう、そんなになりますか。他のみんなは元気ですか?」
「はい!……というよりも元気過ぎなんですけどね、あの子達の場合」
「あはは、それは多分、父親の影響ですよ」
「そうなんでしょうね、うふふっ」
 そんな事を話している間に、二人は応接室らしきところに着いた。シンシアは、そこにあるソファの
一つをワシュウに勧め、ワシュウもそれに従う。
「少し、待っててくださいね。すぐにパパを呼んできますから」
「おねがいします」
 シンシアが部屋を出た後、ワシュウは出された紅茶に口をつけた。紅茶の香ばしい香りが鼻孔をくす
ぐり、その香りが味となって口の中に広がっていく。
 そうやって紅茶を味わいながら部屋の中を眺めていると、走ってくるような乱れた足音が近づいてき
て、子ども達が3人、部屋の中に入ってきた。
 ワシュウはその様子を、目を丸くして見ている。
「おや…?」
 3人の中で一番大きな青年が、息を整えワシュウに話しかけた。
「やっぱりワシュウさんだ!ワシュウさん、また、来てくれたんだね!」
「あなたは…ジェフですね?大きくなりましたね、見違えましたよ」
 ジェフと呼ばれた青年は嬉しそうに頷いている。
「へへっ…覚えててくれてたんだなぁ、ワシュウさん」
 ワシュウはにっこりと微笑んで頷く。
「もちろんですよ。そっちは…トーマスですね。お久しぶりです」
「久しぶり、お兄ちゃん!」
 ワシュウは最後の一人に目を移した。
「ええっと…あなたは?」
 ワシュウに見られた少年は慌てるようにしてジェフの後ろに隠れ、ジェフが苦笑しながらワシュウに
説明する。
「こいつはケイン、新しい兄弟だよ。一年前に来たんだ」
「ああ、そうなんですか」
 ワシュウは納得と言った顔をして、ソファから立ちあがりケインの前までやってくると身をかがめて
ケインと同じ目線の高さにしてから右手を差し出す。
「始めまして、ケイン。私はワシュウ・キサラギと言います。パパの友達なんです、どうぞよろしく」
 最初はおどおどしていたケインも、緊張を解いてワシュウと握手してにっこり笑う。
「ボク、ケイン!よろしく!」
「よろしく、ケイン」
 がっちり握手した後、ワシュウは立ちあがってまたジェフ達と向かい合った。
「また増えたんですねぇ…」
「ま、ここもそれなりに名前が売れてきたしね。まだ、増えると思うよ」
「ですよね…っと、他のみんなは今どうしてます?」
 ワシュウの問いにトーマスが答えた。
「ルッツ兄さんとケンは馬の世話をしてて、ユミルとシェスは牛小屋に行ってる。ミリィ姉さんとシン
シア姉さんが夕飯作ってて、それでマイクはパパと畑仕事さ!」
 その後、ケインが付け加える。
「ボク達もパパとはたけしごとしてたんだよ」
 その言葉にジェフとトーマスはやばい!と言った感じで慌ててケインの口を塞ぐと乾いた笑いを浮
かべた。二人とも、頬に一筋の冷や汗が流れている。
「ふ〜ん、仕事さぼってきたんですか…」
 ワシュウは意地悪く二人を睨んで見せる。
「あ、あはは…そ、それよりもさ、ワシュウさんは今日、何しに来たんだい?」
「ああ、それはですね…」
 ワシュウが言おうとした時、入り口のほうから聞こえてきた声がワシュウの言葉をさえぎった。
「それは、俺が呼んだからだよ!!」
「!!?」
 その声を聞いた途端、ジェフとトーマスの動きが固まった。心なしか、流れる汗の量も増えている。
「よお、久しぶりだな、ワシュウ!」
 声のした入り口のところにはカウボーイの服に身を包んだ偉丈夫が立っていた。その後ろに忍び笑い
をしながらシンシアもたっている。
 ワシュウも笑って声の主に挨拶を返した。
「本当にお久しぶりですね、グスタフ。3年ぶりでしょうか?」
「おお、もうそんなになるんだな。時間が経つのは速い速い…ところで…」
 グスタフは視線をワシュウが座っていたソファのほうに移すとゆっくりと近づいていった。そして、
ソファの前まで来るとすうっと息を吸い込む。
「ジェフ!トーマス!ケイン!」
 すると、その声に驚いたようにソファの後ろに隠れていた三人は飛びあがった。ぎこちなく首をまわ
すさまは、まるで油の切れかかったブリキのおもちゃのようである。
「パ、パパ…」
「どーも姿が見えねぇと思ったら、こんな所で油売ってやがったのか?ああん?」
 グスタフはそう言うと、固まったまま動けないでいるジェフとトーマスの肩に手を回した。
「安心しな。お前らの分はきーっちり残しといてやったからよ!」
「え…パパ…それって…」
「おらっ!とっととかたづけてこい!終わるまでメシは食わせねぇぞ!」
 豪快な笑みを浮かべてグスタフは二人の背を叩き、ジェフとトーマスは押し出されたように駆け出す。
「うわわっ!」
「い、行ってきま〜す!!」
「ジェフ兄ちゃん、トーマス兄ちゃん、待ってよ〜」
 あわただしく出ていく三人の背にワシュウは苦笑しながら声をかけた。
「急いでくださいね〜!終わるまで私も待っててあげますから〜!」
 やがて、その足音が聞えなくなるとワシュウは再びグスタフのほうを振り向いた。
「やれやれ、相変わらずですね」
「俺がか?それともあいつらか?」
「その、両方です」
「両方か?はっはっは、そーか、そーか!」
 シンシアが、話が一区切りついたことを察してワシュウに声をかける。
「ワシュウさん、お部屋用意しましたから案内しますね」
「あ、そうですか?済みませんね、お手数をおかけして」
 そう言うとワシュウはソファの所においてあった荷物を持ってシンシアの後について歩き出した。そ
のワシュウが部屋を出ていくところでグスタフが声をかける。
「ワシュウ」
 ワシュウはその声に振りかえる。
「何ですか、グスタフ?」
「飯の用意が出来たら呼ぶからよ、それまでゆっくりしててくれや」
「はい、そうさせていただきます」
 ワシュウはにっこりと笑って答えて、あてがわれて部屋へと向かった。
 ちなみに、グスタフの言った「飯の用意ができるまで」が、ワシュウが部屋に落ち着いてから十分と
かからなかった事をここに付け加えておく。

 

魔弾の章1へ  図書館へ  魔弾の章3へ