『エルファーシア正伝 魔弾の章』
第2章 〜 Gun&Blade 〜
 グランシス聖王国の西部に位置する広大な敷地を持つ大きな牧場、それがマクレイガーズファームで
ある。今よりおおよそ7年前に出来た比較的新しい牧場で、西部地方ではその名を知らないものはいな
いというほど有名になっている。
 ただ、このマクレイガーズファームはただの牧場とは言えない。それは、他の牧場にはないこの牧場
の特色にある。
 マクレイガーズファームで働いているのは、一人を除いて全員が二十歳に満たない少年少女達なのだ。
しかも、その誰もが様々な理由で親を亡くし身寄りがなくなってしまった子ども達なのである。この牧
場の持つもう一つの顔とは、『孤児院』としての顔なのである。
 元来、このマクレイガーズファームはエルファーシア十二闘士の一人であるグスタフ・マクレイガー
が身よりのない子ども達の生活の場として設立したもので、牧場に住む者達を全て『家族』として扱い
その中で動物達の世話をする事によって孤児達の自立を促そうとする目的を持っているのである。
 さすがに、初めから全てが上手く行った訳ではないが、グスタフの情熱が牧場や身請けした子ども達
を大きく成長させ、今では十人の子ども達が血の繋がらぬ兄弟として日々生活していく場所にまでなっ
たのである。
 冒頭にも記したが、グスタフは『真魔戦争』の時に利き腕を壊しており、日常生活は問題ないが、戦
士としては既に再起不能の体になっている。そのため、現在は第一線を退いてかねてよりの夢であった
孤児院の経営に情熱を燃やしていると言うわけなのである。
 そのグスタフは今、宴会さながらにビールをかっくらっていた。
 ワシュウがその様子を苦笑しながら見ている。
「ハッハッハ!ワシュウ、飲んでるか!?遠慮なんてするな!ハッハッハ!!」
「あ、あのですねぇ…」
「なんだ、全然飲んでないじゃねぇか…ほれ、ついでやるよ」
「グスタフ、あなた、私がお酒ダメなのを知ってて勧めてるでしょう!?ついでに言うと肉もあんまり
食べないんですよ!」
「細けぇ事は気にすんな!そいつがお前の悪いとこだからなぁ……ほれほれ」
 そう言いつつ無理やりビールをグラスに注ごうとするグスタフをワシュウは両手で押さえ込み、その
酔っ払い振りに辟易する。
「ですからねぇ!あなた酔ってるでしょう、グスタフ!?」
 すっかり出来あがったグスタフにからまれてほとほと困ったワシュウであったが、台所から料理を持
ってきたシンシアがそれを見かねてグスタフの頭を小突いた。
「パパ、いいかげんにして。ワシュウさんが困ってるじゃない」
「あんだよシンシア、三年ぶりの戦友の再会じゃねぇか」
「やりすぎ。……ごめんなさい、ワシュウさん。パパってばすっかり出来あがっちゃって」
 ワシュウはやっとの事でグスタフから開放され、心底ホッとした顔でシンシアを見上げた。
「助かりましたよ、シンシア」
「ワシュウさんがお酒やお肉が苦手だってわかってますから…はい、ワシュウさん用に作ってきました
よ」
 そう言ってシンシアは持っていた皿をワシュウの前に並べた。その上には野菜やきのこの炒め物と言
った野菜のみで作られた料理が山盛りになっていた。
「飲み物はミルクで良かったですか?」
「ええ。ですけど、よく覚えていましたね。私がお酒や肉類がダメだって」
 ワシュウのその問いかけには別の方から答えが返ってきた。
「いくら三年前って言ってもそれまで一緒に暮らしてるんだ。それぐらい覚えてるって」
 答えたのはジェフであった。ジェフの言葉に周りの子ども達も続けて言葉を出す。
「そーそー、忘れろって言うほうがムチャだよ」
「あのころもワシュウさんってば毎晩パパにからまれて大変だったもんね〜」
「それでパパはいっつもシンシア姉ちゃんにどつかれてたもんなー」
「ちょ、ちょっと、みんな?」
 いきなり話題が自分に移って顔を赤くして慌て出すシンシアだったが、子ども達はそれを面白がって
なおもシンシアをからかう。
「シンシア姉ちゃんに怒られた後、パパ『シンシアがいるとろくに酒も飲めない』ってぼやいてたもん
ね」
「だよなー」
「も、もう、いいかげんにしなさい!」
「苦労してますねー、シンシア」
「もー、ワシュウさんまで!」
 完全に顔が真っ赤になってしまったシンシアは、手に持っていたミルクをあわただしく置くと、そそ
くさと自分の席に戻ってしまった。その後も隣の席の子にからかわれたりしたのだが、その度にシンシ
アはからかった子の頭を小突くと言った事を繰り返していた。
 その様子を眺めていたワシュウに横からグスタフが声をかけた。
「…あいつも変に生真面目だからなー、もう少しくだけてもいいと思うんだが」
 ワシュウはグスタフの方を向きなおし、微笑みながら言葉を紡ぐ。
「でも、それがシンシアのいいところ、でしょう?」
「ガッハッハッ、そうかもな!」
 ひとしきり豪快に笑うとグスタフは再びビールがなみなみと注がれたジョッキを手にとってそれを
傾け始めた。

 その様子を見たワシュウは、自分の皿に盛られた料理をつまみ始める。しばらくそれを味わっている
と、誰かがワシュウの袖を引っ張った。
「ん?」
そちらを見ると、小さな男の子がワシュウを見上げていた。
「どうしたんですか、ユミル?」
ユミルと呼ばれた少年は少し下を向いてまごついた後、意を決したように顔を上げた。
「あ、あの、ワシュウお兄ちゃん、お話聞かせてくれる?」
「ああ、お話ですか。いいですよ。ご飯を食べ終わったらお話にしましょうね」
 ワシュウはそう言うと、ユミルの頭をなでてやる。するとユミルは嬉しそうに笑って自分の席へと戻
っていった。
 そのワシュウにジェフが声をかける。
「いいのかい、ワシュウさん?パパと話があるんだろ?」
「いいんですよ。みんなの期待を裏切るわけには行きませんから。それに…」
「それに?」
 ワシュウは視線を後ろのグスタフのほうへと移した。そのグスタフはすっかり泥酔して視線が定まら
ずに舟をこいでいる。
「肝心のグスタフがこれじゃあ、ろくな話は聞けませんよ」
「ははっ、そりゃそうだ!」
 すると、下の方の子ども達は既に食べ終えたようで、食堂の入り口の方にどたどたと集まって大声で
ワシュウを呼んだ。
「ワシュウさ〜ん!早く早く〜!」
「あ、はいはい。ちょっと待ってください」
 そう答えるとワシュウは残りの料理を急いで食べ終えた。元々たいした量ではなかったので、さほど
時間はかからなかった。
 最後にミルクを飲んで一息ついてから席を立った。
「それじゃあ、行ってきますね」
「ああ、頼むよワシュウさん」
 ワシュウは行こうとしたが、ふと、気になってグスタフのほうに目をやった。グスタフは、片手にジ
ョッキを握り締めたままテーブルに突っ伏して眠っていた。
「……これ、どうしましょう…?」
 どうしようかと思案しているワシュウに、ちょうど食器を片付けていたシンシアが声をかけた。
「大丈夫ですよ。パパなら、後で私とジェフで部屋に連れていきますから」
「そうそう…って、俺もかよ、シンシア姉ちゃん!?」
「当たり前でしょ?」
 不満げなジェフを尻目にシンシアはまかせてと言わんばかりの顔でワシュウに向き直った。
「ワシュウさんはユミル達の相手をお願いしますね。…ミリィ、トーマス、後片付けお願い!」
 シンシアの呼びかけに、テーブルの端のほうにいたトーマスと、ミリィと呼ばれた少女が返事をした。
「はーい」
「わかったよー」
「…それじゃ、私も行きますか」
「また後でなー、ワシュウさん!」
 ワシュウは食堂を出て、子ども達のいる部屋へと向かった。家の勝手は知っているので迷うと言う事
はなかったが、後ろのほうから聞えてきたジェフとシンシアの叫びが二人の苦労を感じさせ、思わず苦
笑せざるをえなかった。
 それからおおよそ二時間後、ワシュウの旅の話に夢中になっていた子ども達も疲れて眠りにつき、そ
れを確認したワシュウは食堂へと戻っていった。
 食堂のドアをくぐると、そこでは年長組の四人がコーヒーを片手に談笑しているところだった。
「おやおや、皆さん、まだここにいたんですか?」
 ワシュウが声を掛けると四人が一斉に振り向き、その中でジェフが代表して返事を返す。
「お疲れ、ワシュウさん。あいつらはもう寝た?」
「ええ、ぐっすりと。グスタフはどうですか?」
 途端にジェフとシンシアが疲れたような顔になり、肩をすくめて見せる。
「どうにかこうにか部屋まで運んだよ。途中で寝るわ暴れるは大変だったんだぜ?」
「ははは、それは災難でしたね」
 二人が話しているところにトーマスが割って入った。
「ワシュウさんもこっちにおいでよ。立っててもなんだからさ」
 シンシアがそれに続いて席を立つ。
「ワシュウさんの分も用意しますね。コーヒーでいいですか?」
「ええ、お願いします」
 そう言うとワシュウは、ジェフ達のところまで歩いていって手近ないすに腰掛けた。その後すぐにシ
ンシアが置いたカップから真っ黒なコーヒーが香ばしい香りを立てている。カップを傾けると、コーヒ
ーの苦味が口の中へと広がっていった。
「それにしても、ホントに3年ぶりですか。時間が経つのは早いものですね」
 ワシュウは、口の中に広がるコーヒーの苦味を楽しみながら、しみじみとそう言った。
「そうだな…あん時は驚いたよ。ずっとここに居るものだと思ってたら、いきなり『旅に出る』だもん
なぁ」
「そうそう、ワシュウさんが旅に出てから、結構大変だったんですからね」
 ジェフとシンシアが口々にその時の様子を語るのを聞いて、ワシュウは思わず苦笑した。
 そうして、ワシュウはしばらく子ども達と談笑していたが、不意に一人の少女に目が止まった。
「…ミリィ、どうかしましたか?」
「え?」
 ミリィと呼ばれた少女は、呼ばれたのに気がついてワシュウのほうを向いた。
 彼女の名は、ミリィ・マクレイガー。このマクレイガーズファームの子ども達の中で一番の古株であ
り、グスタフが一番初めに預かった養女である。
 かつて、ワシュウがここでグスタフの手伝いをしていた頃はワシュウを実の兄のように慕っており、
三年前にワシュウが旅立った時も、一番悲しんだのは彼女だった。
 本来、とても活発なミリィが再会以来どうも元気がないのをワシュウは気にしていたのだ。
「いえ、どうもミリィの元気がなさそうでしたので…」
 心配げなワシュウの問いに、ミリィはあいまいな言葉で返した。
「ん…ちょっと、ね」
「私で良ければ、相談に乗りますけど…」
「大丈夫、ワシュウに迷惑かけるほどじゃないから…」
 そう言うと、ミリィは席を立った。
「私、先に寝るね。…おやすみ」
「あ、はい…おやすみなさい」
 ワシュウは少し驚いた感じでミリィを見送った。
 ミリィの姿が食堂から消えたのを見計らって、ワシュウは、シンシアにミリィの事を尋ねてみた。
「あの…ミリィ、どうしたんですか?」
「ええ…最近、ミリィ、なんか元気がないんですよ。何をしても上の空って感じで…」
 シンシアの言葉をジェフが引き継ぐ。
「ああ、二週間ぐらい前かな?パパとミリィが二人きりで何か話してて…それからなんだよな」
「グスタフと、ですか?」
「はい、最近はパパともあまり話をしなくて…だから、ワシュウさんが来た時はホントに嬉しかったん
ですよ。ほら、ミリィってワシュウさんになついてたから」
 シンシアや、他のみんなの落胆振りから見ても、ミリィがどれほど様子がおかしいのかが伺える。ワ
シュウは居なくなったミリィの姿を探すように、もう一度食堂の入り口のほうを振り向いた。


 その翌日、ワシュウは先日あてがわれた、マクレイガーズファームの一室で目覚めた。
 この部屋は三年前までワシュウが使っていた部屋であり、グスタフや子ども達の配慮で、ワシュウが
去った後も、そのままの状態で残されていたのだ。
 カーテンの隙間から柔らかい朝日が差し込み、ファームにやってきた鳥達のさえずりが朝の訪れをさ
わやかに知らせる。
 ワシュウは、それらで目を醒まし、カーテンを開いた。まぶしいばかりの朝日が入りこみ、ワシュウ
は思わず目を細める。その後思いきり伸びをし、その後両手を胸の前で組み、朝の祈りをささげた。こ
の『朝の祈り』は『聖戦』の最中でも、さらにはその後でも欠かした事のないワシュウの朝の日課であ
り、彼の神に対する信仰の深さをあらわすエピソードのひとつとして語り継がれている。
 その祈りが終わる頃、不意に部屋のドアがノックされた。ワシュウは目を開き、それに答える。
「はい?」
『あ、ワシュウさん。起きてる?』
「ジェフですか。ええ、起きてますよ」
『それなら食堂まで来てよ。朝飯できてるからさ』
「はい、わかりました」
 その声を確認したようにジェフの足音は遠ざかっていった。
 ワシュウは机の上に置いた眼鏡を掛けると、ドアを開けて食堂へと向かった。
「おはようございます、皆さん」
 ワシュウが食堂にやってくると、既にみんなが揃っており、朝食の準備をしていた。
 子ども達が活発に動いているのに対し、グスタフはテーブルの上で突っ伏していた。昨晩の酒の飲み
すぎが効いて、見事二日酔いになったのである。
 時たま、そちらのほうから苦しげなうめき声が上がっている。
「…二日酔いですか?」
「おお、ワシュウ…ようやっと…うぇっ」
 グスタフは億劫そうに首を上げ挨拶をするも、すぐに気持ち悪さがこみ上げて再びテーブルに突っ伏
す。
「うぅ〜、み、水〜」
「まったく、あんなに飲めば当然よ…」
 シンシアが呆れながら持ってきた水を、グスタフはよろよろと起き上がってゆっくりと口をつける。
「…完っ璧な二日酔いですね…」
「パパ、そんなんじゃ今日の仕事は無理なんじゃねぇの?」
「バカ言うない…俺が、あの程度の酒で…」
「しっかりダウンしてるでしょうに…」
 うめきながら強がるグスタフにきっちりとツッコミを入れるワシュウ。
「ワシュウさん、どうにかなりません、これ?」
「いえ…私もさすがに、二日酔いを治す魔法なんて知りませんし…」
 ワシュウはかつて神に仕えていた神官であったため、魔法使いとしても、失われた神聖魔法の使い手
として一流の魔法使いにも勝る力を持っている。
 治癒に関してもかなりの力を持っているのだが、さすがにこう言ったものは専門外のようだ。
 すっかりグロッキーのグスタフを前に、ワシュウもすっかり困り顔である。
「グスタフ、今日は休んだほうがいいですよ?」
「う〜…」
 今のうめき声がグスタフの答えだったのかは分からないが、とりあえず同意したものとしてワシュウ
と子ども達は食卓についた。
「さて、と。それじゃ、いただきましょうか」
 ワシュウが子ども達をぐるりと見渡す。みんな、ワシュウの掛け声を待っている様だ。
「それでは……いただきます」
『いっただっきま〜〜っす!』
 ワシュウの掛け声が終わると同時に、待ってましたといわんばかりに子ども達が朝食に取りつく。
 ワシュウはその様子を微笑みながら見ていた。
 ただ一人、ミリィを除いて。
「………」
 ミリィはうつむき気味にしながら、黙々とパンを口に運んでいた。
 その様子を、ワシュウは心配げに眺めながら、自分もパンを口に運んだ。

 ここ、マクレイガーズファームでは子ども達がファームの全ての仕事を分担して行う。そのため、フ
ァームの仕事で一日の殆どが終わる事が少なくない。
 自然、家に残るものもあまりおらず、いつも一人二人が残る程度なのだ。今日もその例に漏れず、子
ども達は仕事のために家を出発した。
「んじゃワシュウさん、行ってくるよ」
「はい、がんばってください。グスタフは、私が見ておきますから」
「パパの事、頼むぜ!」
「行ってきま〜す!!」
 元気に出発した子ども達を見送った後、ワシュウは家の中に入り、グスタフの寝ている部屋に向かっ
た。


 ワシュウは部屋の前に着き、ドアをノックする。
「グスタフ、起きていますか?」
「…おお、開いてっから入ってこいよ」
 その声を確認して、ワシュウはドアを開けた。
 部屋に入ると、そこにはグスタフがベッドの上に腰を下ろし、ワシュウを待っている姿があった。
「よ、来たな」
 ワシュウは頷くと、グスタフの近くへと進んだ。
「グスタフ、子ども達はみんな出かけましたよ。…今この家にいるのは、貴方と私の、二人だけです」
「…そうか」
「それで、一体私に何の用です?わざわざ人払いまでして…」
「…ま、突っ立っててもなんだ、そこに座れや」
 ワシュウは勧められるままに、グスタフの向かいのイスに腰掛けた。
 イスに腰掛けた後、ワシュウはまっすぐにグスタフをみつめ、そして、おもむろに口を開いた。
「ミリィ…ずいぶん元気がありませんでしたね。…ミリィと、何かあったんですか?」
 グスタフはしばし沈黙していたが、やがて、ポツリと呟いた。
「降魔銃をあいつにやった」
「私が聞いているのはそう言う事じゃなくて……はい!?」
 反応の悪いワシュウに、グスタフは少し苛立ち気味に繰り返した。
「だから、降魔銃をミリィにやったっつってんだろ」
 グスタフの言い方もさる事ながら、その言葉のあまりの内容にただ唖然とするワシュウ。
「……さらりと爆弾発言をしますね、あなたも」
「隠したって仕方ないだろ。元々、お前呼んだのはこの事伝えるためだったんだし」
「はぁ、そうなんですか…」
 ワシュウは、一息ついて頭を落ち着かせた。
「それが、ミリィが落ちこんでいた原因なんですね?」
 ワシュウのその問いに、グスタフは少しうつむいて答えた。
「ああ、あいつにとっての俺の存在は、俺が思っている以上に大きいものらしい」
 グスタフは、その時の事を回想するかのように瞳を閉じた。ワシュウも、それを妨げようとせずに黙
ってグスタフに視線を注いでいる。
 やがて、話す事が決まったかのようにグスタフは顔を上げ、口を開いた。
「…ジェフあたりから聞いてるかもしれないが…二週間ほど前、俺はミリィに降魔銃を渡した。
 俺もこんな身体だし、俺が降魔銃を持ってても仕方ないとは、前々から思ってたしな。それに、最近
のこの状況だ。そろそろ、こいつを手放す時だろうなって思ってたんだ」
「…そして、貴方が後継者として選んだのはミリィだった…」
「ああ……あいつの事はガキの頃からよく知ってる…ま、俺が育てたんだから当然だけどよ。あいつに
なら降魔銃を託せる、そう思って渡したんだが…
 俺が降魔銃を手放すって事が、あいつにはかなりショックだったみてえだな。あいつにとっての降魔
銃ってのは、いわば俺の代名詞みたいなもんだったみたいだしな」
「その、あなたの分身とも言えるものを受け継ぐのは、他ならない自分自身…大きな不安や衝撃…今の
ミリィが抱えるには、あまりにも大きすぎるものだったんですね」
 それから、二人は再び沈黙した。
 ミリィは幼い頃に歪みに襲われ、両親を失った。その時、一緒に殺されそうになっていたミリィを救
い、身柄を引き取ったのがグスタフだったのだ。
 だから、グスタフにとってミリィは、他の子ども達とは少し違った、本当の娘のような特別な存在な
のである。
 そのミリィにショックを与えてしまったと言う事は、グスタフにとっても大きなショックだったのだ
ろう。
「お前を呼んだのはよ、降魔銃を受け継いだミリィを鍛えてやって欲しかったからなんだけどよ、なん
か、余計な事にまきこんじまったみてぇだな」
「いいえ、そんな事はありませんよ。それで、ミリィはまだ降魔銃を継承していないんですか?」
「ああ、俺と降魔銃はミリィを新たな主として認めているんだが、ミリィのほうが降魔銃の主になる事
を拒んでてな
 …で、お前に頼みたいんだけどよ」
「ミリィを、説得するんですか?」
「いや、そうじゃねぇ。ただ、聞いて欲しいんだ。降魔銃を継承するのか、しないのか」
「…貴方が聞けばいいんじゃないですか?」
「いや、あいつも変に気を遣う奴だからよ、俺が聞いたんじゃ素直に答えてくれないだろ。それに、あ
いつは昔からおまえを慕ってるしな」
「まあ、いいですけど。で、もしミリィがイヤだと言った場合はどうするんですか?」
「そん時は、お前に降魔銃を預けるから、それを持つのにふさわしい奴を探してくれ」
「…わかりました、ひきうけますよ」
「そうか、悪いな」
「ただ、それなりに説得もしてみようと思います。私としても、降魔銃はミリィに受け継いで欲しいで
すからね」
 ワシュウは、そう言って微笑んだ。


 グスタフとの話を終えた後、ワシュウは家の外へと出ていた。
 空にはさんさんと太陽が輝いているが、湿度がさほど高くないため意外に心地よい。
「グスタフにああは言ったものの…どうしたものでしょうかね?」
 心地言い青空を見上げながら、ワシュウは独語した。
「ミリィに降魔銃を受け継いで欲しいのは確かなんですが…何と言ってミリィに伝えたらいいか…」
 ワシュウがそう呟きながら歩いていると、その前方から人影がやってきた。
 その人影はワシュウに気付くと、手を振りながら近づいてきた。
「ワシュウさん!」
「ああ、ジェフ」
 近づいてきたジェフに、ワシュウも手を振り返す。
「ワシュウさん、パパの調子はどうだい?」
「ええ、とりあえず落ち着いたようです。昼頃には復活してますよ」
「そっか、よかった。…そういや、ワシュウさんはどうしたんだい?」
「私…ですか?」
 ワシュウは少し考えると、何かを思いついたようにジェフに話しかけた。
「ああ、そうだ!…ジェフ、ミリィがどこに居るか知りませんか?」
「ミリィ?ミリィなら、牧場のほうだと思うけど…」
「そうですか、ありがとうジェフ」
「どおってことないって。じゃあな、ワシュウさん!」
 そう言うと、ジェフは駆け足で去って行った。
 それを見送った後、ワシュウもまた、ミリィが居るであろう牧場のほうへと歩き出した。
「…まあ、考えるよりもまずは実行、ですね」
 これから行う事への期待と不安を胸に秘めながら、ワシュウは前へと歩を勧めた。

 

魔弾の章2へ  図書館へ  魔弾の章4へ