『エルファーシア正伝 魔弾の章』
第3章 〜Hesitation〜
 ワシュウが牧場のほうへと向かった頃、ミリィは草原の中にある一本の木の木陰に膝を抱えて座って
いた。
 グスタフから降魔銃継承の話が出て以来、ミリィはこうやって何もせずにぼおっとして過ごす事が多
くなっていた。
 ミリィ自身、グスタフから降魔銃を継承する事を真剣に考えている。父の身体が、もう、激しい戦い
には耐えられないと言う事ぐらい分かっている。自分が降魔銃を継承すれば、父の負担も軽くなるであ
ろう事も。
 しかし、ミリィにとって命の恩人であり、生きる希望を与え続けてくれた父・グスタフの存在はあま
りにも大きいものだった。
 『銃はガンマンの命であり、分身である』。
 そう教えられて生きてきたミリィにとって、グスタフの分身とも言える降魔銃を自分が受け継ぐと言
う事は、単に十二神具を受け継ぐと言う以上の大きな意味を持っているのである。
 そしてミリィには、それだけの大きな物を抱えていくだけの自信がなかった。
「…パパが、愛用の銃を私にくれる…ほんとは、すごく嬉しい事のはずなのに…」
 父が自分を認めてくれた嬉しさと、逆に父が自分から離れて行くような寂しさ、その二つの間でミリ
ィの心は揺れ続けていた。
 再び、自分の世界に入りこむように膝の間に顔をうずめるミリィ。最近は、何かあればすぐに考え込
む事の繰り返しだった。
 そんな『らしくない』自分に嫌気が刺してきているけれども、やめる事ができない。それが、ますま
すミリィの気持ちを落ちこませていた。


 そうやって、しばらく膝を抱えたままの格好で動かなかったミリィだったが、ふと、自分のもとに近
づいてくる足音に気付いて顔を上げた。
「……あ」
 顔を上げたミリィの前には、微笑みながらミリィを見つめるワシュウの姿があった。
 なぜ、ワシュウがここに居るのだろうと、不思議に思う。
 ミリィが考えこんでいると、ワシュウが声を掛けてきた。
「…探しましたよ、ミリィ。一口に牧場って言っても広いですからね、苦労しましたよ」
「なんで…ここに居るの?」
「ミリィに会うためです。もっと正確に言えば、ミリィとお話するためですね」
 ミリィは、ワシュウの微笑みを見て、自分の硬くなっていた心が和らいでいくのを感じた。
 どんなに落ち込んでいる時でも、この人の笑顔はなぜかミリィを元気にさせた。
 さっきよりも幾分和らいだ表情で、ミリィがワシュウに話しかける。
「私と話? 何の?」
「昨日も言いましたけど、ここに来てからのミリィはあまり元気がありませんでしたから、心配してた
んですよ」
「昨日も言ったけど、ワシュウに迷惑かけるほどの事じゃないんだって…」
 先日と同じく、そっけなく返すミリィ。しかし、昨日と違い、ワシュウはただ優しくミリィを見つめ
続けている。
 何か気恥ずかしくなったミリィは、慌ててワシュウから目線を逸らした。
 そんなミリィの姿を見たワシュウは、一息ついてから話を切り出した。
「さっき、グスタフと話をしてきました。…それで、貴方が落ちこんでいる理由もわかりました」
 ミリィは肩をビクッと震わせ、表情を硬くする。
「降魔銃の継承…それが、悩みの原因ですか…」
「…それが、どうしたのよ」
 苛立ちの混じった言葉で、ミリィが返した。
「私を説得しにでも来たの!? パパから銃を受け継げって!」
「そう…なりますね…」
 ミリィはバッと顔を上げると、きっとワシュウを睨みつける。
 ワシュウは、そんなミリィの眼差しを真正面から受け止めた。
 ミリィはそうやってワシュウを睨みつけていたが、やがて、根負けしたように視線を落とした。
「…無理、だよ…」
「ミリィ…」
「だって、ガンマンにとって銃は命であり、分身なんだよ? 私にとって、あの銃はそれくらい大きい
ものなの! ただの銃なんかじゃないの!」
 ミリィは、堰を切った様にワシュウに思いの丈をぶつける。その眼には、うっすらと涙がにじんでい
た。
「私、あの銃を受け継いでいける自信なんてない! パパが認めてくれるのは嬉しいけど、でも、今の
私じゃ無理なの!」
「グスタフは、貴方にそこまでの過剰な期待をかけている訳ではありませんよ。ただ…」
「パパにはそれくらいの事かもしれないけど、私にとっては重大な事なの! 受け取る私の気持ちはど
うなるの!?」
 そこまで言うとミリィは、再びうつむいてしまった。ワシュウは、かける言葉が見つからずにただミ
リィを見つめていた。
「…ワシュウが声をかけてくれたとき、すごく嬉しかった。ワシュウなら、私の気持ち、わかってくれ
ると思ってた…」
「ミリィ…」
「勝手だよ…パパも、ワシュウも、自分のことばっかり押し付けて…私のことなんて、ちっとも考えて
くれない…!」
 二人の間に、長い沈黙が訪れた。
 互いに何も話さない時間がしばらく過ぎたところで、ワシュウが口を開いた。
「…そう、ですね…たしかに、勝手すぎましたね」
 ワシュウはミリィに謝罪するように、また、いたわるように声をかけた。
「気が焦って、あなたのことを考えていなかった。貴方は私を頼ってくれていたのに、それに応えよう
ともせず、いたずらに貴方を追い詰めるような事をしてしまって…本当に、すみません」
 素直に謝罪するワシュウを見て、ミリィは責めるような言い方をしてしまった事を後悔した。ワシュ
ウがミリィの事をいつだって考えていてくれているのを、ミリィはよく知っているから。
「…ワシュウ」
「ミリィ、私もグスタフも、貴方に無理強いはしませんよ。降魔銃を受け継ぐかどうかは、貴方の思っ
たとおりでいいんです。受け継ぎたくないのであれば、むしろその方がいいのかもしれませんし」
「………」
「私の個人的な希望としては、降魔銃を受け継いだ貴方といっしょに旅をしてみたかったんですけど
ね」
 ワシュウはミリィの肩に手を添えると、やんわりと微笑んで話しかけた。
 その手の温かみを感じながら、ミリィはワシュウの顔を見上げる。
「今日と明日、お休みがいただけるように話してみます。だから、その間にじっくり考えてください。
…降魔銃を受け継ぐかどうか」
「…考える…」
「ええ、貴方が心から納得できる答えを見つけ出してください。私で良ければ、いつでも相談に乗りま
すから」
 そう言うと、ワシュウはその場から立ちあがった。ミリィはそんなワシュウを目で追う。
「それじゃ、私は家に戻りますね。昼食の準備をしなくてはなりませんし」
 その場から立ち去っていくワシュウをみつめ、不意にミリィはワシュウを呼びとめた。
「あ、ワシュウ!」
「?」
 その言葉に気付いて、ワシュウは後ろを振り向く。
「どうしました、ミリィ?」
 ミリィは何かを言おうと思ったが、声が詰まり、言葉を濁した。
「…ううん、なんでもない…」
「そうですか……それでは」
「うん…」
 だんだんと小さくなっていくワシュウの姿をみつめながら、ミリィはポツリと呟いた。
「…ゴメンね…ワシュウ…」


 マクレイガーズファームには決まった昼食の時間はない。日中、ずっと仕事をしているため、それぞ
れが仕事の合間を縫って食事をとるのである。
 また、昼食の方法も人それぞれで、昼食を取りに家に戻ってくる者もあれば朝のうちに弁当を用意し
てそれを食べる者もいる。
 家の居間兼食堂では家で食事を取ろうとする面々がテーブルについて昼食が繰るのを今や遅しと待
っていた。
 この家の厨房は食堂に繋がっており、その開け放たれたドアのところから言い匂いが流れてきており、
それが余計に空腹を誘う。
 あまりの良い薫りと空腹に耐えかねたグスタフは厨房に向かって催促した。
「お〜い、メシはまだかよ。ハラへってぶっ倒れそうだぜ!」
 その催促に答えて、厨房のほうから声が返ってきた。
「はいはい、今できましたからね」
 そういった声の主―ワシュウは、両手に料理の載った皿を持って厨房のドアから現れた。
 ワシュウはグスタフ達の嬉しそうな顔を見ると、その手に持った料理を手際よく並べていった。
「はい、お待たせしました」
「おう、待った待った! 待ちくたびれたぜ!」
 まるで子どもの様にはしゃぐグスタフに苦笑するワシュウ。
「どうも、すみません…さ、温かいうちに召し上がってください」
「おう!」
 そう言うとグスタフは、早速料理をがっつき始めた。
 ワシュウは、そんなグスタフに苦笑しながら隣の席について、自分も食事を取り始めた。
 しばらくの間は、お互い食べる事に集中して静かな時間が過ぎた。

 やがて、子ども達が一人減り、二人減り、ワシュウとグスタフの二人だけになったところで、グスタ
フはワシュウに話しかけた。
「…なぁ、ワシュウ」
「なんですか?」
「その、よ…訊いてみたのか、ミリィに…」
「ああ、そのことですか…」
 そう言うとワシュウは、ばつが悪そうに微笑みながら答えた。
「説得しようとしたら、怒られちゃいました。二人とも勝手だ、私の気持ちを考えてくれない……と言
ってね」
「勝手…な。確かに、そうかも知れねぇな」
「ただ、神具を受け継ぐ事に関しては、まだ迷っているようですよ。降魔銃を受け継ぎたい気持ちもあ
るようですけど、それに対するプレッシャーも大きいみたいで」
「…そうか」
「ですからね、グスタフ。ミリィに少し時間をくれませんか? 彼女には、じっくりと考える時間が必
要なんですよ」
「…だな。受け継ぐにしろ、そうしないにしろ、中途半端な気持ちじゃまずいからな」
「…ありがとうございます」
 ワシュウが、そう言って微笑んだ時だった。
 食堂の入り口から、遠慮がちにミリィが入ってきた。
 ワシュウとグスタフがいっせいにそちらの方を向く。
「あ、ミリィ…」
 ワシュウに声をかけられたミリィは、気まずそうに視線を落としながら、小さな声でワシュウに話し
かけた。
「あの…さ、ごはん、あるかな? …お腹、空いちゃって」
「あ、はい…ちょっと待っててください、すぐに用意しますから」
 ワシュウは微笑んで立ちあがり、そそくさと厨房のほうへと向かった。
 ワシュウの姿が厨房のほうに消えたのを確認すると、ミリィはちょうどグスタフの向かい側になる席
に腰を下ろした。
 二人は、特に言葉を交わすでもなく黙ったままで居る。ここ最近は、ずっとこんな調子なのだ。
 しばらくの間沈黙が続いていたが、やがて、グスタフが口を開いた。
「なぁ、ミリィ」
 ミリィの肩がビクッと震え、遠慮がちに言葉を返す。
「…な、何、パパ?」
「ミリィ…しばらく仕事しなくていいぞ」
「パパ?」
「悪いな、ミリィ…俺のせいで、お前に辛い思いさせちまってよ。もう、お前に降魔銃を継いで欲しい
なんて言わねぇ、お前の決定に、何の文句もいわねぇよ」
「パパ…」
「ただ、な…俺はお前が大切だからこそ、こいつを持って欲しいんだ。お前の気持ちをないがしろにす
るつもりなんてこれっぽっちもない…それだけは信じてくれ」
 二人の間に、再び沈黙が流れる。
 ワシュウはそんな二人の様子をドアのそばで見つめていた。
 ミリィは、何度かちらちらとグスタフの方を見ると、やがて、意を決したように顔を上げた。
「パパ」
「ん?」
「あの…その…」
「………」
「…パパ、ごめんなさい!」
「ミリィ…」
「パパの気持ち、分かってたはずなのに、変に意地張っちゃって、パパやみんなを困らせて、ホントに
ごめんなさい!」
「…いいってことよ…俺もお前に同じことしたんだ、これでおあいこだぜ」
「…パパ……うん!」
 ミリィはその目に涙をためながら、それでも、それまでで一番の笑顔で答えた。
 話の決着をみたのを見たワシュウは、ミリィの食事を持って食堂に入っていった。
「ミリィ、お待たせしました」
「…あ、うん!」
 ミリィは慌てて涙を拭うと、ワシュウの持ってきた食事に取りつき始めた。
 ワシュウとグスタフは、そんなミリィの様子を微笑ましげに眺めていた。
 すると、ミリィがそんな二人の視線に気付く。
「ちょっとぉ、女の子が食べてるところそんなにまじまじ見ないでよぉ!」
「あはは、すいませんすいません」
「別にいいじゃねぇか、減るもんでもないんだしよ」
 グスタフの言葉にミリィは頬を膨らませた。
「もーっ!」
「あはは、やっといつものミリィに戻りましたね」
 ミリィの食事が終わるまで、3人はそうやって談笑していた。

 ミリィが食べ終わり、一段落着いた所でグスタフがミリィに声をかけた。
「じゃ、ミリィ…降魔銃をどうするか、考えておいてくれや。結論が出るまで、降魔銃はお前に預けて
おくぜ」
 グスタフはそう言って、食堂から立ち去っていった。
 ミリィはそれを見送った後、ワシュウに声をかける。
「ねぇ、ワシュウ」
「?なんですか?」
「ちょっと、付き合ってもらえるかな? 相談…したいんだ」
「私に…ですか?」
「ワシュウ、いつでも相談に乗ってくれるって言ったじゃない」
「そうでしたね、すみません。まさか、こんなにいきなり相談されるとは思っても見ませんでしたから」
「じゃあ、OKなのね?」
「はい、もちろんですよ」
「じゃあさ、もっと広いところで話しようよ。ワシュウ、ついて来て!」
「はいはい」
 そうして、ミリィがワシュウを引っ張っていく形で二人も外へと出かけていった。
 ワシュウとミリィが向かった場所、それは昼前に二人が話をしていた木陰だった。
 ファームの周辺は見渡す限りの荒野だが、ファームの内部にはこうした緑のある場所がちらほらと点
在している。
 それは、草食動物を放し飼いにしてあるためなのだが、この草原はミリィにとっても安らぎの場所な
のである。
 その草原の中に一本だけ立っている大きな木の下に二人は腰を降ろしていた。
 のんびりとそよ風を楽しんでいるワシュウに、ミリィは遠慮がちに声をかけた。
「えっと…ワシュウ…」
 呼ばれたワシュウは、ミリィのほうに顔を向けた。
「はい、なんですか?」
「その…ゴメンね、ワシュウ。さっき、ひどい事言っちゃって…」
「ああ、その事ですか。いいんですよ、別に」
「でも…」
「いえいえ、あの言葉のおかげで目が醒めましたから。むしろ、お礼を言いたいぐらいですよ」
「…ありがと、ワシュウ」
 ミリィはホッと胸をなでおろし、嬉しそうに微笑んだ。そんなミリィにワシュウも微笑み返す。
 ミリィの緊張がほぐれているのを確認して、ワシュウはミリィに問いかけた。
「ところでミリィ、私に何か相談があったんじゃないですか?」
「あ、うん。相談…って言うよりかは、聞きたい事なんだけど…」
「なんですか?」
「あのさ、降魔銃って、エルファーシア十二神具の一つ…なんだよね?」
「ええ、そうですよ」
「そのエルファーシア十二神具ってさ、一体どういうものなの?」
「エルファーシア十二神具…ですか。そうですね、『星一つを揺るがすほどの力を持った12個の武器』
というのが一般的な認識ですかね?」
「うんうん」
「でも、正確には違います。『エルファーシア』と呼ばれる聖霊を宿した12個の武器、それがエルフ
ァーシア十二神具なのです」
「ねえワシュウ、聖霊って何?」
「まぁ、詳しく説明もできるのですが…とりあえず、それぞれの神具に宿っている魂のようなもの、と
覚えておいてください」
「宿ってるって…この降魔銃に?」
 そう言ってミリィは、不思議そうに取り出した降魔銃を眺めてみる。
「ええ、私の封神剣にもです。聖霊が宿っている事で神具はそれぞれが自我を持ち、自身にふさわしい
主を選び、その主をサポートするパートナーとなるのです。使い手が熟練すれば、神具の声を聞くこと
だってできますよ」
「ふ〜ん、じゃあさ、神具の主になるにはどうすればいいの?」
「神具の主となるためには条件が二つあります。一つは、神具に宿る聖霊に主と認めてもらうこと。も
う一つは、主となるべき人間に神具を持つ意思があることです」
「? 神具を持つ意思って…普通持ってるんじゃない?」
「神具の所有者―十二闘士となることで、多くの力と同時に多くの使命も課せられますからね、その運
命に耐える覚悟があるかということです。そうして結ばれた神具とその使い手は何があろうとも決して
離れる事はなく、その関係はどちらかが死ぬまで続きます。まぁ、使い手が死ぬというのが普通なんで
すけど」
 そこまで聞いて、ミリィがはっとしたような顔をする。
「ん? ちょっとまって。神具と使い手の関係が一生続くって言うんならさ、私がパパから降魔銃を受
け継ぐって不可能なんじゃないの?……まさか!」
 ワシュウはミリィの考えを察して、それを否定するように首を横に振った。
「違いますよ。グスタフを殺して受け継ぐ、何てことじゃありませんから。使い手が生きている内に誰
かに神具を譲るにも、正規の手順があるんですよ」
「なんだぁ…ホッとしたぁ」
 心底ホッとした顔をするミリィ。
 その様子を確かめてから、ワシュウは話を続けた。
「十二闘士が他の誰かに神具を譲るにしても条件がありましてね、神具と闘士が新たな主を認め、新し
い主となる人間がそれを受け継ぐ事を認める必要があるんです」
「それって、つまり…」
「つまり、今の場合だとグスタフと降魔銃は貴方を新たな主として認めているけど、貴方のほうに受け
継ぐ意志がないので神具の継承が行われないのです」
「そうなんだ……それで、受け継ぐのを拒否したら、どうなるの?」
「闘士が神具を持つことを継続するか、別の後継者候補を探すかのどちらかですね」
「もし、もしよ? 私が降魔銃を受け継がなかったら、パパはどうするつもりなのかな?」
 ミリィは、グスタフがそのまま降魔銃を持ち続けるということを期待してこう聞いた。
 しかし、ワシュウから返ってきた答えはミリィにとって意外なものだった。
「もし貴方が降魔銃を継がなかった場合、私が降魔銃を預かり、新たな主候補を探します」
「…え?」
「…本当の事ですよ?ミリィが継承を拒否したら、私に新たな主を探して欲しいとグスタフに頼まれて
ますから」
「なんで…?それじゃ、パパはどっちにしろ降魔銃を手放すつもりなの!?」
 ワシュウはミリィの気持ちを察して優しく語り掛けた。
「ミリィ、グスタフの腕の事は、知っていますね?」
 ミリィは、こくりと頷いた。
「彼の利き腕は、もう降魔銃の100%の力を引き出せないほどに傷ついているんです。ただ、彼自身
まだ降魔銃を手放す気は無かったそうです」
「それじゃあ…なぜ?」
 ワシュウは一息つくと、真剣な眼差しになって話を続けた。
「ここ最近、歪みの活動が活発になってきています。高位の歪みが、失われた神具を狙っているような
ふしがあるのです。歪みの中で、何かが起きてきているんですよ」
 ミリィはワシュウの話に、真剣に耳を傾けている。
「今、世界で何かが起きようとしています。その異変に立ち向かうためにも十二神具は必要不可欠なも
のとなるはずです。グスタフもそれを感じ、彼なりに異変に立ち向かおうとしているのです」
「パパなりに…」
「もう、前線には復帰できない自分ではなく、100%の降魔銃の力を出せる新たなる世代に『力』を
継承しようとしている。そしてそのためにグスタフが選んだのが…」
「私…なんだね」
 ワシュウは、ただこくりと頷いた。
「…グスタフとしても、長年のパートナーである降魔銃を手放すのは、とても辛い事なのでしょう…た
だ、時はそれを許してはくれない…グスタフにとっては、苦渋の決断なんです」
「…だよね…パパのほうが…よっぽど辛いんだよね…」
 ミリィは、グスタフの気持ちを想い、それを自分の想いと重ね合わせて顔を曇らせる。
 そんなミリィの気持ちを察し、ワシュウは柔らかな微笑みを浮かべる。
「ただ、誤解はしないでください。私が貴方にこの話をしたのは、降魔銃を受け継ぐのを強制するため
じゃありません。グスタフの気持ちを、貴方に伝えておこうと思ったからです」
「…うん、わかってるよ」
 二人の座る草原に、涼やかな一陣の風が吹きぬけた。
 二人は全身でその風を感じ、青空を見上げる。
 ワシュウはそんな空を見上げながら、ポツリと呟いた。
「…もう、7年ですか…」
 ミリィが、その小さな呟きに反応する。
「…何が?」
「あなたと出会ってからですよ。できたばかりのマクレイガーズファームでね」
「あ、そういえばそうだね…」
 ワシュウは、回想するように瞳を閉じた。
 ワシュウが、『冬眠』から目覚めたグスタフと再会したのは、グスタフがマクレイガーズファームを
作って間もない頃だった。
 グスタフがミリィと暮らすために作った小さな家。それが、マクレイガーズファームの始まりだった。
 その頃のマクレイガーズファームは出来たばかりと言うこともあって、今ほど敷地も広くなければ生
活が安定していたわけでもなく、孤児を養うどころか、自分たちが生活する事にさえ事欠いていた。
 友のそんな状況を黙ってみていられるワシュウではなかった。
 ワシュウは歪み狩りとしてそれまでに貯めていた全財産をファームにつぎ込み、足りない分はアルバ
イトをして補ったりもした。また、ファームの経営などにも積極的に協力し、グスタフと二人で少しず
つファームを発展させていったのである。
 ミリィは、その当時からグスタフと共に生活しており、肉親を失ってしまった彼女にとってワシュウ
は歳の離れた兄のような存在だった。何をするにもグスタフやワシュウの後を付いて回り、まるで本当
の親子のような生活を送っていた。
 たとえ肉親は居なくとも、自分を包み込んでくれる血の繋がらぬ父と、いつもそばに居て、憧れの存
在だった兄がいたおかげで、寂しいと感じた事は一時も無かった。
 ファームの運営も波に乗り、家族もだいぶ増えた三年前のある日、聖王都からの召集を受けたワシュ
ウは城へと出向いた。本当はグスタフも呼ばれていたのだが、子ども達を放っておけないと召集を拒否
し、ワシュウのみが出向く事となったのだ。
 聖王都でのかつての仲間達との再会。レオンからの失われし神具の捜索依頼。
 ファームに戻ったワシュウはグスタフにその事を話し、自らも旅に出る旨を告げる。
 その事は、ミリィにとって大きな衝撃となった。ずっとそばに居てくれると思っていた兄が突然旅に
出るというのだから、無理のない話なのではあるが。
 ミリィは裏切られた気持ちになり、ワシュウに対してそっけない態度を取るようになった。本当は抱
き着いてでも止めたいはずなのに、わざとワシュウを避け、旅立ちの朝でも、最後まで見送りに行かな
かった。
 なぜあの時素直になれなかったのだろうとミリィは思う。再会がこんなにも遅くなるのなら、あの時
に自分の思いを伝えるべきだったのではないかと。
 またワシュウも、自分の行動でミリィを傷つけてしまった事をずっと気にかけていた。今度会った時
ミリィが苦しんでいたら、必ず助けになろうと心に決めていた。


 共に生きた4年、そして別々に生きてきた3年を思い出し、二人はそれぞれの感慨にふけっていた。
 二人の心は驚くほど穏やかで、この沈黙の時間さえ、この隔てられた3年間を一気に埋めてくれるも
ののような感じがしていた。

 別れ別れになっていた二人の心の絆が、再び強く繋がった事をミリィは感じていた。いや、本当はず
っと繋がっていたのかもしれないが、ミリィがそれに気づこうとしなかったのかもしれない。
 ミリィに与えられた安心感は、3年間ずっと思い続けていたミリィの切なる思いを素直に口に出せる
ほどの素直さも与えてくれていた。
 ミリィは、ワシュウのほうを向くとその旨に秘めた思いを伝える。
「…ワシュウ」
 ワシュウはその呼びかけに優しく答える。
「…なんですか?」
「…私ね、ホントはあの時、一緒に連れていってもらいたかったの。ずっと、ワシュウのそばに居たか
った…。でも、あの時の私ってひねくれてたから、その事素直に言えなくて…」
「ミリィ…」
 ミリィは表情を引き締めると、少し真面目で、懇願するような眼差しでワシュウを見る。
「ワシュウ、私、ワシュウといっしょに旅がしたい。もし、私が降魔銃を受け継がなくっても、私を…
連れていって欲しい…」
「………」
「…ダメ、かな…?」
 ワシュウは目を閉じ、少しの間考えると、真剣な眼差しでミリィを見据えた。
「私の旅は、失われた神具を探す旅です。自然、高位の歪みに関わる事も多くなってきています。命の
保証は出来ませんし、生半可な覚悟で耐えられるものではありません」
 ワシュウは、いつに無く厳しい調子でミリィに話しかける。
 しかし、それもミリィを思えばのことであり、今話したことが全て真実であるからこそ、ワシュウは
ミリィに厳しく言って聞かせているのである。
 もしこれが何の事は無いただの旅であったのなら、多少の危険はあるだろうけど、やむなくと言う形
でミリィの同行を許しているはずである。
 ワシュウの口調からその事を察したミリィはそれを拒絶の意思と受け取り落ちこんだようであった。
「そうだよね…無理言って、ごめん」
「あ、その…少し、きつく言い過ぎましたね。すみません」
 ワシュウの謝罪に、しかしミリィは首を横に振った。
「ううん、いいの。ワシュウは私のことを考えて、あんな言いかたしたんでしょ?」
 目の前の少女の成長を目の当たりにし、ワシュウは思わず頬が緩んだ。
「少し見ない間に……大きくなりましたね、ミリィ」
 ワシュウは素直にミリィを誉めたのだが、ミリィはその意味をよく理解していなかったらしい。
「え、そうかなぁ? あの頃からあんまり背は伸びてないんだけど…」
 そう言いながら、上目遣いで自分の背を測るまねをするミリィを見て、ワシュウは苦笑した。
「いえいえ、そう言う意味ではありませんよ。人間的に成長したな、と言う事です」
 言われて間違いに気づいたミリィの頬が、見る見るうちに赤くなる。
「え、やだ、そう言う意味だったの?」
「ハハハ、中身はあんまり変わりませんね」
「あー、ワシュウひっどーい!わらうなー!」
 恥ずかしさで顔が真っ赤になりながらも、お互い素直に笑い合えるこの時間。これだけでも十分か
な?とミリィは思いはじめていた。


 少しの間たわいも無い話をした後、ワシュウは軽く微笑みながらミリィに話しかけた。
「で、ミリィ。少しは参考になりましたか?」
 聞かれたミリィは、にっこりと笑顔で答える。
「うん、まぁね。一人で考えてるよりずっとましになった」
 やっぱりワシュウに相談して良かった、と笑うミリィを見て、ワシュウは安堵の微笑みをもらした。
「で、現在としては、どうですか?」
「う〜ん…半々、かな? 受け継ぎたいって気持ちもあるんだけど、やっぱり不安だし」
「そうですか…まぁ、焦る事はありませんよ。時間はまだまだありますしね」
「うん、そうだね!」
「焦って、中途半端な答えを出してはいけませんよ? 大切なのは…」
 続きを言おうと思っていたワシュウの間に、ミリィが突然割って入った。
「大切なのは、自分が心から納得のできる答えを見つけ出す事、でしょ?」
 得意満面で笑うミリィにワシュウは少しあっけに取られていたけど、すぐにミリィと同じくらいの笑
顔になった。
「その通りです!」
「へっへ〜、伊達に4年もワシュウと一緒に暮らしてないわよ!」
「ええ、そうですね…」
 再び笑い会おうとした瞬間、ワシュウは妙な気配を感じて表情をこわばらせた。
「ワシュウ、どうしたの?」
「…どうやら、近くに歪みが現れたようです」
「歪みが!?」
 ワシュウは歪みが現れた正確な地点を絞ろうと精神を集中する。
 すると、こちらに近づいてくる馬のひずめの音が聞こえてきた。
 ワシュウとミリィの見守る中、その馬はどんどんワシュウ達の方へと近付いている。どうやら馬の上
に乗っているのはトーマスらしく、何かを叫んでいる。
 集中して聞くと、それはワシュウとミリィを呼ぶ声だという事がわかった。
 二人の見守る中、馬に乗ったトーマスは息を切られながらワシュウ達の前へとやってきた。
「ワシュウさん、ここに居たんだ!」
「どうしたの、トーマス!?」
 トーマスはミリィにも気づき、もどかしげに馬を下りる。
「ミリィ姉さんも! 大変なんだ! 歪みが出たんだよ!」
「やはりそうでしたか…それで、何が起こっているんですか?」
「わかんないよ!仕事してたらいきなり歪みが現れて、それでワシュウさんを呼びに行こうとして、そ
したらパパが…」
「パパ!? パパがどうしたの!?」
 トーマスは荒い息を落ち着かせると、気持ちを無理やり落ち着かせて続きを話した。
「どこで気づいたのかパパがやってきて、今、歪みと戦ってるんだよ!」
 それを聞いて、ワシュウは顔面蒼白となった。
「なんですって!? グスタフは、家から出たのですか!?」
「う、うん…それよりも、早くパパを助けてよ!」
「そうですね、で、歪みはどこですか?」
 ワシュウは落ち着きを取り戻すと、現状を把握しようと努めた。
「牛を放してある牧草地だよ。最近新しく開墾したんだ」
「ワシュウ、私が案内するわ。トーマス、馬貸しなさい!」
 言うが早いか、ミリィはすばやく馬に乗りこんだ。
「ワシュウ、後ろに乗って!」
 促されて、ワシュウもミリィの後ろにまたがってミリィの身体に掴まる。
「それでは、行ってきます!」
「頼んだよ、ワシュウさん! ミリィ姉さん!」
「まっかせなさい! いっくわよ〜!」
 ミリィは馬の腹を叩き、歪みの出現した場所へと急行した。

 

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