『エルファーシア正伝 魔弾の章』
第4章 〜Distotion〜
 
 疾走する馬の上で、ワシュウはなんとかバランスを保ちながらミリィに話しかけた。
「ミ、ミリィ、歪みの、出た場所まで、あと、どれくらいかかるんですか!?」
 ミリィはまっすぐに前を見つめたままその質問に答える。
「このスピードで、あと7分ってとこね! …それより大丈夫?」
「え、ええ、なんとか!」
 自分のバランスを取るのに精一杯なワシュウに対し、ミリィはさすがに手馴れたもので全力疾走する
馬をコントロールしながらも後ろのワシュウに気を配る余裕がある。
 ミリィはワシュウがちゃんとバランスを取れている事を確認すると、手綱を握りなおして馬の腹に蹴
りを入れた。
 二人が向かっているのは、最近出来たばかりの牛の放牧地で、整地が終わって牛を放したばかりのと
こである。
 新たに開墾した土地だけに、歪みが出現する確率が十分にあったため、子ども達も歪みに対する必要
最低限の装備をしていったのだが、現れた歪みは子ども達が相手を出来るような相手ではなかったと言
う。

 その事を聞きつけたグスタフは、ワシュウに止められていたにもかかわらず、降魔銃ではないもう一
丁の銃を持って子ども達を助けに行ったそうなのだ。
「全く、グスタフも無茶をする…」
「ねぇワシュウ、パパが家から出ると、どうして危ないの!?」
「狙われているんですよ、グスタフは」
「狙われてる!? どうして?」
「さっきも話したでしょう、歪みが失われた神具を探していると。ケガを負い、居場所も分かっている
グスタフは、歪みにとってこれ以上無い獲物なんですよ!」
「そんな…!」
「実は、私がここに来た本来の目的はグスタフを守る事でしてね、歪みが手を出せないように家の周囲
に結界を張っていたんですが…甘かったようですね。あの人の性格を忘れていましたよ」
「自分が危なくなっても誰かを助けずにはいられないもんね、パパ」
 ワシュウは、ミリィの言葉に心で頷いた。
 グスタフの性格は、十分に承知しているつもりだった。それでも、こう言う事態が起こった場合、グ
スタフが自らを顧みずに飛び出していくだろう事もわかっていた。
 だから、無茶をするグスタフを救う事こそが自分のやるべき事だとワシュウは思っていた。
 また、ミリィもグスタフがもう無理の効く身体で無い事は重々承知していたので、自分がそれに変わ
る存在にならなくてはと思う気持ちがあった。
 友を、父を救うために、二人の戦士が草原を駆け抜けていった。


 二人がグスタフのもとを目指していた頃、グスタフもまた、自らの戦いを行っていた。
 子ども達から、手におえないほどの歪みが現れたと聞かせられたのはついさっき。
 ワシュウから、家の外に出る事は堅く止められていた。利き腕は使いものにならず、長年の相棒も手
放してしまった今の自分の力がどの程度のものなのかは十分に承知している。
 だが、行かずにはいられない。
 自分が、彼らの父親である以上、グスタフは、たとえ己が命を削る事になろうとも子ども達を守って
戦う義務がある。
 決意を固めたグスタフは、トーマスにワシュウを呼びに行かせると、降魔銃を使う以前に愛用してい
た一丁の古ぼけた銃を持ち、歪みの現れた場所へと駆け出していった。
 幸い、現場につくまで歪みには出くわさなかったし、そこにたどり着いた時も、子ども達はどうにか
無事だった。
 グスタフは自らが囮になると、歪みを誘導して子ども達を逃がした。歪みの狙いが元々グスタフだっ
たので、この行動は思った以上に上手くいった。
 そこにいた歪みは2体。一体は毛皮に包まれ頑強な筋肉で鎧われた体躯と猛牛の頭を持った、伝説に
あるミノタウロスのような怪物で、もう一体はナメクジの身体から4本の腕と一本の角を生やしたよう
な化け物だった。
 グスタフは、すぐさま戦闘を開始したが、やはり、手にした銃の威力の差は否めなかった。
 歪みに対しては、『エーテルエナジーを伴った物理攻撃』が最も有効であり、グスタフの場合、銃弾
に自分のエーテルエナジーを注ぎこんでいるのだが、そのエーテルエナジーの伝達率が降魔銃と今の銃
では雲泥の差がある。
 並の相手ならそれでも十分に相手が出来たのだが、今相手にしている連中は並の奴とは格が違うらし
く、グスタフの攻撃は殆ど効いていない。
 いや、効いてはいるのだろうが、そのいずれもが致命傷に至っていないのである。
 グスタフは、間合いを取るとミノタウロスのほうに向けて六発の銃弾を撃ち込んだ。
 六発全てがミノタウロスに命中しているのだが、ミノタウロスはまるで意に介さないかのようにグス
タフめがけて突進してくる。こちらの方は、肉体による直接攻撃を得意としているようだ。
「ちっ、バケモノめ! ちっともこたえていやがらねぇ!」
 グスタフは悪態をつくと、シリンダーの中の銃弾を一瞬のうちに入れ換える。エーテル弾を直接撃ち
出す降魔銃ならこんな手間もかからないのだが、贅沢は言っていられない。
 再び銃を向けたミノタウロスの後ろで、ナメクジの角が光り輝いた。
 それを見ると、グスタフはすぐにその場から離れる。
「や、やべぇ!」

 シュバァァァァン!

 グスタフがそれまで立っていたところに、青白い稲妻が叩きこまれた。勿論、ナメクジのほうが撃っ
たものである。このナメクジは、動きは遅いがこうした遠距離攻撃は得意なようだ。
 ナメクジが相手の動きをけん制して、ミノタウロスが接近戦でしとめる。この2体、それぞれが互い
の過不足分を補っているようである。
 ナメクジの稲妻を避けた事にホッとしている間に、ミノタウロスが一気に間合いを詰めてきた。
「チィッ! しつこいんだよ、てめぇ!」
 グスタフは、動きを止めようとミノタウロスの足を狙う。
 ところが、引き鉄を引こうとした瞬間、それまで銃を持っていた右腕が突然の激痛と共にしびれ出し
た。その痛みと痺れに耐えかねてグスタフは思わず銃を取り落とす。
「ぐぅっ、こ、こんな時に!」
 グスタフはまだ動く左手で銃を握り、ミノタウロスの足を狙うも、右手の時ほどの正確さは無く、撃
ったうちの半数の銃弾は周囲の地面を穿った。
 それでも何発かは命中しているものの、ミノタウロスの勢いはとまらない。痛みなど感じていないよ
うに突進し、グスタフめがけて右腕を振り下ろす。
「くそっ!」

 ドォォォォン!

 ミノタウロスの腕がグスタフを捕らえようとした時、グスタフは地面を転がってなんとかそれを避け
た。
 だが、ミノタウロスは手を緩めず、グスタフを再度叩き潰そうとする。
「…ここまでか!」
 グスタフが観念して目を閉じた、その瞬間だった。
シュバァァァァン!

ギャォォォォォ!

 彼方より飛来した雷撃がミノタウロスを打ち据えたのである。
 ミノタウロスはたまらず倒れこむ。
「な、なんだ?」
 グスタフは、雷撃の飛んできた方向を見た。
 グスタフを救った雷撃の飛んできた方向に居たのは、あのナメクジではなく、一頭の馬だった。その
馬から二人の人間が降り、グスタフのほうへと駆け寄ってくる。
「パパァァァァァァァッ!!」
「グスタフーーーーーー!!」
 グスタフは、その二人を見た時、安堵の表情を浮かべた。
 その二人とは、グスタフを救うべくやってきた、ワシュウとミリィだったのだ。
「パパッ、大丈夫!? ケガとかしてない!?」
 心底心配そうなミリィ。
「全く、とんでもない無茶をしてくれますね、グスタフ」
 いたずらっ子を叱るような表情のワシュウ。
 二人が居るのを見て、グスタフは自分の役目が終わった事を悟った。
「ワリィ、ワシュウ…後、頼むわ」
 ワシュウは、こくりと頷いた。
「ええ、任せてください」
 ワシュウは、さらに、ミリィに話しかける。
「ミリィ、グスタフの事、頼みましたよ」
「うん、任せて!」
 自信満万に胸を叩くミリィを見て、ワシュウは歪み達のほうに向き合った。

「ここからあなた方の相手は、私がします。…覚悟はいいですか?」
 ワシュウは、仲間たちには決して向けることの無い厳しい目を歪みに向ける。ワシュウは元々目つき
が鋭いので、ともすれば冷酷で恐ろしい人間に見られがちなのである。普段はそれを気にして穏やかな
表情でいるが、本当に戦うべき相手に出会った時、ワシュウはその制約から自分を解き放つ。
 ミノタウロスがようやく立ちあがり、ワシュウに向かい合う。ミノタウロスも感じているのだ、この
目の前に立つ男は、自分を滅ぼすに足る力を持っていることを。
 両者の対決が始まろうとした時、ミリィは重大な事に気づいた。
「…ワシュウ、封神剣を持ってない!」
 そう、ワシュウはミリィと話している時に剣を持っておらず、そのままここに直行したワシュウが武
器を持っているはずが無かったのである。
「ど、どうしよう…」
 うろたえるミリィに、グスタフは安心しきった眼差しを向けた。
「なぁに、心配はいらねぇよ」
「で、でも…」
「そんなに心配すんなって。十二闘士を丸腰になんて、絶対にできねぇんだからよ…」
 グスタフの言葉を肯定するかのように、ワシュウは慌てるそぶり一つ見せない。
 ワシュウは、戦いを開始する合図のように右手を前にかざした。
「では、いきます」
 ワシュウはそう言うと、何かの呪文の詠唱を開始した。
「遥かなる天の誇り高き4人、真紅の力司る焔の御使い、偉大なるセラフ『炎のミカエル』の名に於い
て、不浄なる者どもを等しく裁く天の業火を!」
 呪文を完成させると、ワシュウは右手をミノタウロスのほうからわずかにずらし、魔法を解き放つ。
「メギドフレイム!!」
 刹那、ワシュウのかざした両手から凄まじい勢いの炎が一直線に火を吹いた。その炎はミノタウロス
の身体をわずかにかすめ、その後ろのほうへと突き進んでいく。
「外した!?」
「いいやぁ…」
 ミノタウロスをかすめた炎の槍が突き進む先に、ナメクジの姿があった。ナメクジは慌てて回避しよ
うとするが、とても間に合わずにメギドフレイムの直撃を受けた。

 ギャァァォォォォォ……!

 ナメクジを捉えた炎はその身体を一瞬のうちに余すところ無く焼き尽くす。炎の消えた跡にはナメク
ジの核が残されていた。
 驚愕の表情を浮かべるミノタウロスに、ワシュウが静かに語りかける。
「彼がいるとあなたとの戦いに集中できないようでしたのでね、先に倒させてもらいました」
 その様子を、ミリィはぽかんとしてみていた。
「ワシュウ、すごい…」
「あれが、アイツ得意の『神聖魔法』だ。武器があろうとなかろうと、あいつは強いんだよ」
「うん…!」
 ミリィ達の眼差しを受ける中、ワシュウはミノタウロスと向き合った。
「さあ、あとは貴方だけです」
 その言葉を聞いたミノタウロスは、怒りに燃えたようにワシュウめがけて拳を振り下ろした。
 だが、ワシュウは難なく紙一重でそれをかわす。ミノタウロスは何度もワシュウに攻撃を繰り出すが、
一度としてワシュウを捉えられない。
 そうして避けている間に、ワシュウは短い呪文の詠唱を完成させていた。
 ワシュウは、今度こそミノタウロスめがけて魔法を発動させる。
「アークインスパイア!」
 先程、グスタフを救ったのと同じ雷撃が、再びミノタウロスを打ち据えた。

 ギャァァァォォォ!

 ドォォォン
 アークインスパイアの衝撃に吹き飛ばされるミノタウロス。一方のワシュウは余裕で地面に降り立っ
た。
 ミノタウロスはナメクジに比べてよほど打たれ強いのか、またも立ちあがってくる。
「なかなかタフですね…ならば、こちらも少々本気で行かせてもらいます」
 そう言うとワシュウは、右手を天高く掲げた。
「出でよ、封神剣!」
 すると、ワシュウの声にこたえるようにワシュウの右手に光が集まっていき、それが剣の形を形作る。
光が完全に集った時、ワシュウのその手には封神剣が握られていた。
 ワシュウは完全に実体化した封神剣を両手で構えなおした。
グル…ルゥゥゥ…
 封神剣を見て、ミノタウロスがうめき出した。ワシュウは、聞き取りにくいけどそれが、何かの単語
を繰り返しているものだと気づいた。

グゥ…ホウ、シン、ケン…ホゥ、シン、ケェン…

「…これが封神剣であると認識している?」
 ワシュウは、ミノタウロスが多少なりとも知能を持っていることを知り、構えを改めた。
 通常現れる歪みは「Bクラス」と呼ばれ、自我どころか、たいした知能すら持ち合わせていない存在
であるが、その上に存在する「Aクラス」と呼ばれる歪みは動物並の知能を持ち、中にはわずかながら、
言語らしきものを操るものもいる。
 さっきのナメクジとのコンビネーションや、封神剣を認識した事から考えて、このミノタウロスは間
違い無くAクラスの歪みである。
 ミノタウロスの瞳が、赤から蒼へと変化する。
 ミノタウロスの気の変化を感じたワシュウは、急いで呪文を唱えた。
 三度、ワシュウはミノタウロスめがけて魔法を放つ。
「アークインスパイア!!」
 放たれたアークインスパイアの雷撃がミノタウロスを完全に捉える。その雷撃はミノタウロスの身体
を余すところ無く焼いていくが、ミノタウロスはひるむことなく拳を振り上げた。

 ガァアァァァァァ!!

 ミノタウロスの拳はすぐ下の地面を打つ。
 すると、その拳の当たった部分からワシュウめがけて地面が隆起していった。それはさながら土の槍
のようにワシュウを襲う。
「くっ!」
 ワシュウは、それを跳躍してかわすが、ミノタウロスは何度と無く地面を叩きつける。
 ドゴォォン! ドゴォォン! ドゴォォン!
 ワシュウが着地したところめがけて、衝撃波が飛んでくる。
 連続して襲ってくる衝撃波を避けるため、ワシュウは跳躍を繰り返した。
「このままでは、ラチがあかない!」
 ワシュウは、ミノタウロスに近付くために横への移動を斜めに切り替えた。そうする事で、少しづつ
でもミノタウロスに近付いていく。
 後一回の跳躍でミノタウロスを捉えられる距離まで近付いたが、そこまで来るとミノタウロスは両腕
を大きく上に上げた。

 ガァァァァァッ!!

 ドッゴォォォォン!!
 ミノタウロスは両腕で地面を叩きつけ、そこを中心として放射状に衝撃波の波が起こった。こればか
りはワシュウも避ける事ができず、衝撃波をまともに食らう。
「うわぁぁぁっ!」
 吹き飛ばされたワシュウは地面を転がり、なんとか起き上がる。
 しかしその時、ミノタウロスは既にワシュウを間合いに捉えていた。
 ミノタウロスはワシュウに必殺の一撃を加えるべく、拳を振り下ろす。
 一方のワシュウも、封神剣を腰だめに構えて、ミノタウロスめがけて突き出した。

 ガァァァァァッ!!

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 二つの影が交じり合い、何かの砕ける音と、何かに突き刺さる音が同時に響いた。
「ワシュウ…」
 ミリィが心配そうに見つめる中で、拳を振り下ろしたままのミノタウロスの身体がびくんと動いた。

ギャァァァァァッ!!

 ミノタウロスの絶叫が響き渡り、その背から封神剣の刀身が生えてきた。
 そう、ワシュウはすんでの所で拳を交わし、相手の勢いを利用してカウンター気味に封神剣を突刺し
たのである。
 ワシュウは、封神剣の力を今こそ発動させた。
「封神!!」
 ワシュウの言葉が発動の鍵となり、ミノタウロスの身体が瞬く間に封神剣の宝玉に吸い取られていく。
 肉体が完全に吸い取られ、跡に残ったのはミノタウロスの核のみであった。
 ワシュウは、その核を拾い上げると短い呪文を唱える。
「不浄なる者を封印せん…ウィータ」
 ワシュウを中心に光が集まり、それが核を包み込んでいった。それを確認すると、ワシュウは核をし
まいこむ。
「汝の魂に、幸あれ…」
「すっごぉい…」
「言ったろ? 心配いらねぇってな」
「うん…!」
 ワシュウの戦いに見とれていたミリィは、興奮気味にワシュウに手を振った。
「ワシュウーッ!」
 その声に気づいたワシュウは、ミリィに手を振り返そうとそちらの方を向いた。
 その時、ミリィとグスタフの後ろに、何かの影が迫っていた。
「ミリィーッ! 後ろーっ!」
「ミリィッ!!」
 ワシュウが叫ぶのと、グスタフがミリィを突き飛ばすのとどちらがさきだっただろう。
 ミリィを突き飛ばしたグスタフは、何かに捕獲され、持ち上げられていた。
「パパァッ!」
「グスタフ!!」
 グスタフを捕まえたのは、ワシュウが最初に倒したはずのナメクジだった。ナメクジは、捕えたグス
タフを天高く抱え上げる。
「そんな、こいつ、死んだはずなのに!」
「クッ、コアから再生したのですか…まさか、これほどまでに早いとは」
 歪みは、核さえ無事なら何度でも再生する。しかし、これほど早く、ほんの数分の間に核の状態から
完全復活する歪みなど、聞いたことが無い。
 ミリィはグスタフを助けようと、降魔銃に手をかけた。
「バケモノ、パパを放しなさい!」
 ミリィは狙いを定めて降魔銃のトリガーを引く。
 しかし、トリガーは虚しい音を立てただけだった。
「な、なんで?」
 何度も繰り返しトリガーを引くが、一発の銃弾さえ出てこない。それでも、ミリィはトリガーを引い
た。
「なんで、なんでなの?なんで弾が出ないのよ!?」
 そんなミリィの姿を見て、ワシュウは唇をかんだ。
「ダメなんです…ミリィ、それじゃダメなんですよ」
 そうこうしている内に、ナメクジはミリィのほうに身体を向けた。
 ナメクジは、ミリィの持つものの正体を見抜いた。

コウマ、ジュウ……シング、ミィツケェタ…

 ナメクジはそう言うと、グスタフの身体を自分の角の上にあてがった。
 降魔銃を渡さなければ、グスタフを殺すと言うのである。
 ミリィは、その事を察し、愕然となった。
「そんな…私が、私がうじうじしてたから…パパが、こんな」
 銃を持つ手は震え、目からは涙が零れ出した。
 グスタフの命が危険にさらされて、ミリィの精神状態は極限まで追いこまれた。
 全身の力が萎え、降魔銃を取り落としそうになったとき、ワシュウの声が響き渡った。
「ミリィ、しっかりしなさい!! これまでのことを嘆いたって仕方が無いでしょう!!」
「ワシュウ…」
 ミリィが、すがるような眼でワシュウのほうを向いた。
 ワシュウは、なおも力強くミリィに叫ぶ。
「大切なのは何をしたかではなく、これから何をするかだと、いつも言っているじゃありませんか!」
 ナメクジの注意がワシュウのほうに向けられ、角が輝き始める。
「ワシュウ!」
 ナメクジから発せられた稲妻は、ワシュウの身体を打ち据えた。
「ぐわぁぁっ!」
 ワシュウは衝撃波のダメージもあり、思わず膝を落とす。
 それでも、ワシュウは語りかけるのをやめなかった。
「貴方は、誇り高きガンマン、グスタフ・マクレイガーの娘なのです! しっかりと、自分に自信を持
ってください!」
「自分に…自信…」

 ワシュウの言葉に励まされ、ミリィの中から新しい力がふつふつと湧いてきた。
「私の、本当の気持ち…答えなんて、ずっと前にもうでてた…!」
 それは、ミリィの中の闇を打ち消し、その中にあった全ての迷いを打ち払った。
「私は、もう、迷わない!!」
 覚悟を決めたミリィは、涙を拭い、降魔銃に語り掛けた。
 降魔銃を天高く掲げる。

「降魔銃、私、パパなんかより全然弱いけど、上手に貴方を扱えないけど、だけど、私は、パパを、み
んなを守りたい! そのための力が欲しい!」

 ミリィは、降魔銃を握る力をさらに強める。

「だから…降魔銃、私を認めて! 私の力になって!!」

 ミリィの呼びかけに応えるように、ミリィの頭の中に何かの言葉が流れこんできた。

「あなた、だれ?」
『我、降魔銃は汝を主と認む』
「え?」
『応えよ、新たなる主よ。汝の名を我に刻みこめ』
 ミリィは、一呼吸おいて、あらん限りの声で叫んだ。
「私の名前はミリィ…ミリィ・マクレイガー!!」
 降魔銃の宝玉からまばゆい光が溢れだし、それがミリィを包みこんでいく。ミリィは、自分の魂が何
かと一つになっていくのを感じていた。
 光が収まると、ミリィは迷いの無い眼差しでナメクジを見据える。
 ナメクジは、要求が受け入れられなかった事を知り、グスタフの身体を角に突き刺そうとした。
 ミリィはすばやく降魔銃を構える。
「見せて、降魔銃。貴方の力を」
 ミリィは、ナメクジの角に照準を会わせてトリガーを引いた。
ガゥン!
 降魔銃から放たれたエーテル弾は狙いを違えず角を捉え、グスタフが突き刺さる直前に打ち砕いた。

ギャォォォゥゥ!

 ミリィはその様子を、呆然と見ていた。
「これが降魔銃の力……すごい…」
 ワシュウは、グスタフが助かったのを見ると渾身の力をこめて立ちあがり、ナメクジ向けて魔法を放
った。
「グスタフを放しなさい! アークブレード!」
 ワシュウの生み出した真空の刃は、グスタフを捕えていた腕を正確に断ち切り、ナメクジの身体を切
り裂いた。しかし、まだダメージが残るのか、すぐに封神剣を支えにする。
 それでもワシュウは、最後の力を振り絞ってミリィに叫んだ。
「ミリィーーッ! コアです! コアを完全に破壊してください! そうすれば再生する事はできな
くなります!」
「わかった! ……でも、コアってどこにあるの!?」
「傷跡を、アークブレードの傷跡を狙ってください!」
「きずあと…」
 ミリィは、ナメクジの身体についた傷跡を探した。その殆どは、異常なまでの再生能力で塞がってし
まっていたが、1ヶ所だけ、未だに塞がっていない十字の傷があった。
 その傷の中に、光り輝くナメクジのコアを見つけ出した。
「あった、あれね!!」
 しかし、その傷もどんどん小さくなっていく。
 ミリィは、その場所にすばやく銃口を向けた。
「Good night…!」
 ミリィの放った六発の弾丸は、少しのずれも無く同じ場所に叩きこまれ、ナメクジのコアは完全に破
壊された。
 ナメクジの身体は、断末魔の絶叫と共に、塵となって消えていった。

「Game Set!!」
 歪みが完全に消滅したのを確認して、ミリィはグスタフの元へと歩み寄っていった。
 ミリィは、膝をついて、グスタフの身体を抱き起こす。
「パパ、大丈夫だった?」
「ああ、なんとかな…だが、ミリィ、いいのか?」
「え、何が?」
「貴方が、降魔銃の主になったことですよ」
 突然の声にミリィが振り向くと、そこには封神剣を杖代わりにするワシュウの姿があった。
「ワシュウ!? 大丈夫なの!?」
 心配そうなミリィの声に、ワシュウは笑顔で答える。
「ええ、このくらいでしたら。それよりも、本当によかったんですか?」
「なーによ、ワシュウがハッパかけたくせにさ!」
「え? あ、いや、それは…」
 ミリィは、くすっと笑うと、ワシュウに微笑みかける。
「じょーだんよ! それに、降魔銃を受け継いだのは、私の意思だから。絶対に、勢いなんかじゃない
わ。答えはもう、私の中にあった。これは、ただのきっかけだもの」
 ワシュウは、安心したような微笑みを浮かべた。
 それを見たミリィは、グスタフのほうへと顔を戻す。
「そう言うわけだからね、パパ。降魔銃はもう私のものだから、返せって言っても返さないわよ!」
 ミリィの言葉を受けて、グスタフがいたずらっぽく笑う。
「そりゃこっちのセリフだ。かえすっつっても、受けとらねーからな」
「ハハハ、血は繋がってなくても、やっぱり親子ですね」
 ミリィとグスタフは、さも当然だと言わんばかりにワシュウを見た。
「あったりまえだ!」
「私は、誇り高きガンマン、グスタフ・マクレイガーの娘だもん!」
 それを見て、ワシュウは満足そうに笑った。
 グスタフもミリィも、つられて笑った。
 しばらく3人で笑っていたが、不意に、ミリィが真面目な顔になった。
「パパ」
 グスタフがそれに応える。
「なんだ?」
「私、ワシュウといっしょに旅に出るね」
「ああ」
「私、今は全然弱いけど、でも、がんばるから。パパを超えるぐらい降魔銃を使えるように、がんばる
から!」
「ああ、頑張れ」
 グスタフの短かな、だけども、とても暖かい励ましを受けて、ミリィは満足げに微笑んだ。
 ワシュウは、ふと、空を見上げる。
 西の空に、月が昇り始めていた。
「もう、こんな時間ですか」
「ああ、気づかなかったな」
 ワシュウとグスタフが顔を見合わせる。
「そろそろ、戻りましょうか」
「ああ、俺ぁもう腹減っちまったぜ」
 ワシュウはグスタフを立ち上がらせると、家のほうへと歩き出した。
 ミリィは、置いてけぼりを食らったように慌てて二人を見比べる。
 そんなミリィに二人は気づいて、ミリィのほうを振り返った。
「何やってんだ、ミリィ?」
「さ、みんなが心配してます。家に、帰りましょう」
 ミリィは、二人に最大級の笑顔で応えた。
「うんっ!!」

 

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