想いの刃
第12話「刻(とき)の果てに求めるものは」

 

 さくら達が眠った小狼を連れてフェニックスランドを離れた頃、エリオルは掲げていた 杖を下げて魔法陣を解除した。  魔法陣の光が消えるのに呼応して、それぞれの頂点にあった3つの人形は音を立てて四 散する。  そして、同じく魔法陣を形成する頂点となっていたスピネルとルビーがエリオルの元へ と戻ってきた。 「ご苦労だったね、二人とも」  エリオルは微笑みを浮かべて二人の労をねぎらう。 「いえ、あなたのワガママにもそろそろ付き合い慣れてきましたので」 「まぁね。今回のは、さすがにちょっと骨が折れたけど」  スピネルとルビーの返事を聞いて、エリオルは満足げに微笑む。 「しかし、なぜ、このような大掛かりな魔法陣を? あの闇の者を止めるだけなら、魔法 陣を消滅させるだけで十分だったでしょうに」 「……」  エリオルは少し沈黙すると、スピネルの方を向いて話し始めた。 「あの時、華血刃は開放され、彼の魔力は急激に失われていた。そのままでは、彼の命に 関わってくる」 「だから、彼に魔力を供給する必要があったわけですか」 「まあね。後、カード達やケルベロス、ユエの力も極限まで消耗していたはずだしね」  エリオルは説明を終えると、正面の空間に向かって杖を振るう。  その場に、クロウの魔法陣が出現した。  それを見て、ルビーは不思議そうな顔をする。 「あれ? もう終わったんじゃないの?」  その言葉に、エリオルはルビーのほうに首だけ向けた。 「いや。もう一つだけ、残っている」  いまいち理解できていないルビーを尻目に、エリオルは再び魔法陣のほうを向いた。  唇から、魔術を形成する呪が流れ出す。 「いでよ、深遠なりし闇をさまよう者よ……黄昏の門を抜け、我が前に姿を現せ…」  エリオルの呪文に呼応して、魔法陣から光が噴き出した。  その光は、徐々に人の姿を形作っていく。  やがて、光が収まると、そこにはキズだらけの青年がその場に立っていた。

 

 その姿を見て、ルビーとスピネルは一様に驚いた顔をした。 「こ、こいつって……」 「ええ……」  しかしエリオルは、その人物に実に親しげに話しかけた。 「お久しぶりですね、鳳鬼(フォウカイ)。この姿で会うのは初めてでしたね」  その人物――異形と化す前の人間の姿で現れた鳳鬼はエリオルを激しく睨みつけた。 「貴様……クロウ・リードか…!」 「それは前世の名です。柊沢エリオルが、今の私の名ですよ」 「……なぜ私を呼び出したりした。この無様な姿でも笑いに来たか。  …あの時のように!」  鳳鬼の剣幕にも臆せず、エリオルはただ首を横に振る。  その後ろでは、訳がわからないとばかりにスピネルとルビーが顔をつき合せていた。 「かつて、転生して間もない頃の私は自身の力を試すため、世界最強の魔術師である貴様 に戦いを挑んだ! だが……」  その時を思い出しているかのように鳳鬼は歯を噛み締めた。 「私は貴様の守護者であるケルベロスとユエに破れ、貴様と戦う事すら出来なかった。そ して、屈辱にも貴様に情けをかけられ、のうのうと今まで生き恥をさらす事になった!  その惨めな思い、貴様には分かるまい!」  鳳鬼の言葉をさえぎるでもなく、同調するでもなく、エリオルはただその言葉を聞きつ づけている。 「以来、私は自分の力を高める事に時を費やしてきた。人間の強さを知るために、人間の 社会で力を手に入れたりもした。いつの日か、貴様の力を超える、そのことだけを願って。  ……だがある時、風の便りで貴様がこの地で息絶えたと聞き、私は目標を奪われたかの ような喪失感に襲われた。それからの時は、ただただ虚しかった。  超えるべき貴様は、もう、この世にはいないのだ」  話しているうちにだんだん落ち着いてきたようで、鳳鬼の口調も穏やかなものになって いった。  鳳鬼はその場に腰を下ろすと、まぶたを閉じて言葉を続けた。 「それから、貴様のいない時を過ごすうちに、私はだんだんと人間の会社を興していくこ とに喜びを見出すようになっていた。それは、気づけばアジア1の大企業と呼ばれるほど になった。  そんな時だ。この国でクロウカードが目覚めたと言う話を聞いたのは。  始めは、そんな事があったのか程度にしか思っていなかった。  だが、私の内には戦士の血が眠り続けていたのだろう。かつての野望が、再び目を醒ま したのだ。  だから待った。貴様の後継者が現れるのを。貴様が後継者と認めるほどの相手なら、そ のものを倒す事で貴様を超える事が出来るかもしれないと思ったからだ。  そして、後継者が決まり、力をつけるのを待って行動を起こした。  この地の魔法陣も、後継者をおびき寄せるための餌にすぎん」  そこまで言って、鳳鬼はふっと笑みを漏らす。 「しかし、貴様には一杯食わされたよ」  鳳鬼は、やや自嘲気味に言葉を続けた。 「まさか、貴様の後継者があのような幼い少女だったとは。加えて、かつて私を葬った忌 まわしき華血刃の再来。  全てが私の予想を遥かに越えていた」
 そこまで聞いて、エリオルは微笑み、鳳鬼に話しかける。 「では、いかかでした? さくらさんと李君は」 「……すばらしい二人だったよ。貴様に勝るとも劣らぬ、な」  そうして、鳳鬼はさくらと小狼の事を思い返した。  その中で、二人と相対してきた場面が次々と呼び起こされる。 「一度、彼女とあってみて、貴様が後継者に選んだ理由がなんとなくわかったよ。貴様が 選んだ彼女の心は、闇に染まった私の心さえも惹き付けたのだからな。  そして、私の策略をことごとくひっくり返してくれたのが、あの少年だった。さすがは、 華血刃が主に選ぶだけの事はある」 「……さくらさんもそうだが、李君はそれに輪をかけて面白い方だよ。彼の事は、私でさ え、いや、クロウでさえ予測が出来ない。  本来、カードはいかなる理由があろうとも、主以外の人間の力で発動する事はないはず だしね」  鳳鬼は、ゆっくりと顔を上げてエリオルの顔を見た。 「結局、私は貴様に勝てなかったのだな…」 「それは違いますよ」 「……何?」 「あなたが敗れたのは、私の力にではありません。  今も、かつての私との戦いの時も、更に言うなら、あなたが1度目の生を終えた戦いで も、あなたは同じものに敗れているのです」  エリオルの言葉に、鳳鬼は理解できないとばかりに怪訝な表情をする。 「なんだ、それは」 「『想い』、ですよ」  エリオルは、そう言って鳳鬼に微笑みかけた。 「古の戦いにおいては少年の妹を護ろうとする想いに、かつての戦いではケルベロスとユ エがクロウを護ろうとした想いに、そして今は、さくらさんが李君を、李君がさくらさん を互いに護ろうとする心に破れたのです」 「護ろうとする『想い』、か……それが、人間の『強さ』なのだな。  ……私が長年追い続けていたのは、それだったのか……」  鳳鬼は、ずっと解けなかった謎か解けたかのように満足げな笑みを漏らした。
 その体から、細かい光の粒子が零れはじめる。 「どうやら、最期の時が、来たようだな……」 「転生の法は……使わないのですか?」  エリオルのその問いかけに、しかし鳳鬼は首を横に振った。 「彼女等に迷惑をかけたせめてもの詫びだ、おとなしく滅びる事にするよ……  探し物も、見つかったしな」  鳳鬼は瞳を閉ざし、背を後ろの木に預けるとゆっくりと天を仰いだ。 「クロウ・リード……いや、柊沢エリオルよ…」 「なんでしょう?」 「貴様が……貴様ほどの男が転生してまで求めるものとは、一体なんなのだ?」  エリオルは少しの間考えると、いたずらっぽく微笑んで人差し指を唇に当てた。 「それは……ないしょです」  鳳鬼は、一瞬あっけにとられたような表情になる。  しかし、すぐに笑みになり、かすかに笑い出す。 「ふ、ふふふ……貴様との付き合いは短いが……」  鳳鬼は、ゆっくりとまぶたを閉ざしていった。  そして、最期の言葉がつむがれる。 「なんとも…貴様らしい答えだよ……」  鳳鬼の体は光の粒子となり、やがて、その体は完全に消え去った。

 

 鳳鬼の最期を見届けたエリオルは、後ろのスピネルの方を振り向いた。  そこで、ひとり足りないのに気付く。 「スピネル、ルビーは?」 「ルビーなら先程『わたし、とーや君の手当てでもしてくる』とか言って飛び出していき ましたよ」 「そうか」  エリオルは、ふっと微笑むと、月の輝く夜空を見上げた。

 

 私の求めるもの……それは……

 

 エリオルの唇から発せられた言の葉は、誰の耳にも届くことなく夜の闇の中へと溶けて 行った。

 

〜 続く 〜 〜 戻る 〜 〜 小説の部屋へ 〜