第2話「さくらと小狼」
PiPiPiPi……
目覚し時計の音に、それまでベッドにもぐっていたさくらはもぞもぞと動き始める。やがて、さくら
の手が目覚し時計をつかみ、それを布団の中へと導く。
少ししてから目覚し時計の音がやみ、布団の中から寝ぼけまなこのさくらがのろのろと出てきた。
「よーやっと目ェ醒めたか、さくら〜?」
さくらは、まだ少しぼんやりとする頭でケロを探す。
「ケロちゃん、おふぁよふ〜」
「おはよう」の部分があくび混じりになっているところを見ると、まだ完全には目覚めていないらし
い。
さくらは、ベッドから降りると、眠気を醒ますためにうんと伸びをする。
「う…っん、よく寝たよ〜」
「そりゃそうやろ。夕べはベッドにもぐるなりバタンキュー、やったからな」
ケロはそう言って、昨日の事を思い出した。
昨日、いきなり襲ってきた、「力ある者」を探しているらしい疾鬼(シュンカイ)と名乗った闇の者。
それと時を同じくするように小狼の元に送られてきた、クロウカードと同じくらいの魔力を秘めた謎の
剣。
小狼が感じている嫌な予感を、ケロもまた感じていたのだ。
そのケロが、ずいぶん難しい顔でもしていたのか、さくらが心配そうに顔をのぞき込んでいた。
「…ケロちゃん?」
さくらに呼ばれて、ケロはハッと我に返る。
「…ん? なんや、さくら?」
「ケロちゃん、なんか難しい顔してたから。…何か、心配な事でもあるの?」
「…まぁ、せやな…」
ケロには、漠然とした不安があるのだが、さくらはまだそれに気づいていない。
ならば、確証がつかめるまで、悪戯にさくらを不安がらせる事もないとケロは思った。
「大した事やない、さくらは心配せんでもええ」
「ケロちゃん…」
「それより、そろそろ朝飯食いに行ったらどうなんや? 結構時間経ったで」
さくらは言われて、時計を見て、その指し示す時間を見て驚いた。
「ほ、ほぇぇぇぇぇっ!? もうこんな時間!?」
さっきまでの心配顔もどこへやら、さくらは慌てて部屋を飛び出した。
ケロは、さくらの慌てぶりを見て、ほぅ、とため息をついた。
降りてきたさくらを、兄の桃矢と父親の藤隆が迎えた。
「おはようございます、さくらさん。朝ご飯、できてますよ」
「うんっ! おはよう、お父さん!」
さくらがテーブルにつくと、隣に座っていた桃矢がさくらのほうをニヤニヤと振り向く。
「今日もどたばたとうるさいな、かいじゅう」
毎朝、お決まりのセリフながら、それでもさくらはやっぱり「むかっ」と来る。
苛立ちのままに桃矢を睨みつける。
「さくら、かいじゅうじゃないもん!」
「あんまり騒ぐと家が壊れるぜ、かいじゅう」
「〜〜〜〜(怒)!!」
より鋭い視線を桃矢に注ぐが、やがてそれを止めて、藤隆が用意した朝食にとりつく。
「いただきま〜す!」
さくらが食べ始めたのを見て、桃矢も自分の朝食をとり始める。
リビングのTVでは、朝にニュースがかかっており、キャスターの声をBGMに朝食が進む。
すると、TVからさくらの耳に、聞いた事のあるような単語が飛びこんできた。
『……フェニックスランドの設計、運営を行っている劉(リュウ)コンツェルンの総帥である劉鳳月(リ
ュウ・フォウユエ)氏が、この度、開園間近であるフェニックスランドの視察のために来日する事にな
りました。これにより…』
さくらの注目がTVに向いているのを見て、藤隆がさくらに声をかける。
「さくらさん、どうしたんですか?」
「あ、フェニックスランドって、聞いたことがあったから」
「フェニックスランドか…確か、明々後日だったよな、開園」
桃矢の言葉に、さくらが振り向く。
「え? そうなの?」
「ああ。確か、抽選で二百組だかに開園当日の一日フリーパスが当たるとかなんとか言ってたからな」
「そうなんだ…行ってみたいなぁ」
さくらは、TVの中に映る完成間近のフェニックスランドを見て、胸をときめかせた。
その日、学校ではあちこちでフェニックスランドの事が話されていた。近場にできる最新鋭のテーマ
パークであるのだから、無理のない話ではあるのだが。
さくら達も、そう言った生徒の一人だった。
「知世ちゃん、フェニックスランドって明々後日に開園するんだね」
「ええ、そうらしいですわ。さくらちゃん、なんだか楽しそうですわね」
「だって、どんな所か楽しみなんだもん。う〜、行ってみたいなぁ」
本当に行きたそうにしているさくらを、にこにこして見る知世。さくらが遊びに行くのなら、ぜひと
もビデオ撮影を、とでも思っているのかもしれない。
そうやって他愛もない話をしていたさくらだったが、ふと、後ろの席を振り向いて見た。
そこにいるはずの少年の姿は、まだそこにはない。
「小狼君、遅いね」
「そうですわね。いつもでしたら、そろそろいらっしゃる頃なんですけど…」
さくらと知世は、心配そうに小狼の席を見た。
結局、小狼がやってきたのはホームルーム間際の事だった。
その次の休み時間…
さくらは、早速小狼に遅れた訳を尋ねていた。何せ、昨日が昨日なだけに、心配でしょうがないのだ。
知世も、その辺の事はさくらから聞いているので一様に心配している。
「小狼君、今日は来るの遅かったね。なにかあったの?」
「いや、別に大した事じゃない」
特になんて事もなく、いつも通りぶっきらぼうに返す小狼。ただし、この場合は多少の照れを含んで
いるのだが。
それでも、さくらは心配そうな顔で小狼を見ている。
「でも、小狼君が遅れてくるなんて…」
「…ホントに、大した事じゃないんだ。……ちょっと、寝過ごしただけだ」
それを聞いて、知世が驚く。
「李君が寝過ごしたんですの? 珍しいですわね」
ここにケロがいたら、「さくらの寝坊がうつったんとちゃうか〜?」などと言っているかもしれない。
そんな事を思いながら、小狼はバツの悪そうに答えた。
「ああ。ちょっと、おかしな夢を見てな」
「おかしな夢って、どんな夢?」
そこで小狼は、憶えているだけの夢の内容を話した。夢の自分が、例の剣を持って闇の者達と戦って
いること。その夢に、小さなさくらが出てきて、どうやら自分と兄妹らしい事。そして、夢の終わりに
呼びかける、「シャオロン」という言葉のこと。
それを聞いた二人は、神妙な顔で頷いていた。
「それは、奇妙な夢ですわ」
「わたしと、小狼君が兄妹?」
「…実は、これと同じ夢を、剣が届いた日の夜にも見ているんだ」
それを聞いて、さくらにとある現象が連想される。
「もしかして…予知夢? わたしが、前によく見ていた…」
小狼は、さくらの予想に頷いた。小狼も、同じ事を考えていたのだ。しかし小狼は、それが予知夢で
あるとすぐに断定はしなかった。
「その可能性は、俺も考えてみた。ケド、少し違うと思うんだ」
「違う、と申されますと?」
「予知夢って言うのは、その名の通り、未来に起こる事を見る夢だ。しかし、俺がみた夢は、これから、
と言うよりはむしろ過去の事のような気がするんだ」
それに、小狼には、それが予知夢ではない事を確信させる事が一つあった。
「それに、さくらが見ていた予知夢は、そのほとんどが『夢』(ドリーム)が見せていたものだ。『夢』
がさくらの制御下にある今、俺の魔力でそんな予知夢を見られるとは思えない」
「そっか…でも、おんなじ夢を二日も見るなんて、やっぱりヘンだよね」
そこまで話したところでチャイムが鳴ってしまい、この話はお流れになってしまった。
また、別の休み時間、さくらは思い出したように小狼に話しかけた。
「そう言えば小狼君、偉さんが香港に帰るのって、確か今日だったよね?」
それを聞いて、知世が少し寂しそうな顔をする。知世は、偉の事をまだ聞いていなかったのだ。
「まぁ、偉さん、香港に帰ってしまわれるんですの?」
「ああ、今日の昼の便でな。と言っても、帰るのは1週間だけだ。それがすんだら、また戻ってくる」
小狼の言葉に、知世はホッとした顔になる。
「それでしたら安心ですわね」
「でも、その間、小狼君お家に一人なんだよね…」
まるで自分のことのように寂しがるさくらだったが、ふと、何かを思いついたように顔を輝かせた。
「そうだ! 小狼君、今日、家に晩御飯食べにこない?」
「えっ…!?」
思いもよらないさくらの申し出に、小狼は顔を赤くしてまともにうろたえた。
そんな小狼を気にも留めずにさくらは言葉を続ける。
「だって、小狼君お家に一人でしょ? だったら、晩御飯だけでも一緒に食べられたらなぁって。一人
で食べるよりも、みんなで食べるほうがきっとおいしいよ!」
さくらの提案に、知世も手を合わせて賛同する。
「まぁ、それはいい考えですわ」
「け、けど、お前や、お前の家族に迷惑がかかるんじゃ…」
小狼は、遠まわしに断ろうとしたのだけれど、さくらがそんな事に気づくわけもなく、にっこり笑っ
て小狼に夕食会を勧める。
「大丈夫だよ! お父さんに言えばきっと喜んでくれるし、お兄ちゃんもきっと大丈夫だから。ね?」
「し、しかしだな…」
なおも断ろうとする小狼だったが、知世がさくらの後を引き継ぐ。
「さくらちゃんがせっかく誘ってくださっているんですもの、そのご好意、素直にお受けしたらいかが
ですか?」
そこで言葉を切った知世は、小狼の耳に口を寄せて、そっと小声で呟く。
「無理に断れば、さくらちゃん、きっとがっかりなさいますわ。それに、さくらちゃんのお父様にお顔
を覚えていただく絶好の機会なのでは?」
それを聞いて、小狼の顔はゆでだこの様に真っ赤になった。
「な、何を言うんだ!?」
しかし、当の知世は我関せずとばかりに「ほほほ…」と微笑んでいる。
その一方で、さくらはなおも小狼に詰め寄っていた。
「ねぇ、小狼君、そうしようよ。そのほうが、きっとごはんおいしいよ」
にっこりと無邪気に微笑むさくらの顔を見て、小狼の鼓動は高鳴っていく。そしてそれは、小狼から
思考力を奪い、ついに…
「わ、わかった…」
小狼は、二人に押し切られる形で夕食会への参加を承諾する事になった。小狼が自分の誘いを受けて
くれて、さくらは嬉しくなって飛びあがった。
「やったぁ! 今日は小狼君も一緒だぁ!」
「よかったですわね、さくらちゃん」
小狼は、本当に嬉しそうに喜ぶさくらを見て、思わず頬が緩む。
さくらは、知世のほうにも振りかえった。
「ねぇ、知世ちゃんも来ない?」
しかし、知世はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、私は遠慮させていただきますわ。また今度、誘ってくださいな」
「うん、わかった」
頷くさくらを見て、知世は満足げに微笑む。
(お二人の邪魔をするわけにはまいりませんから)
とは、知世が口の中でそっと囁いた言葉である。
「それじゃあ、学校帰ったらいつでも来て。お料理用意して待ってるから」
「あ、ああ…」
とりあえず頷く小狼だったが、「お料理用意して待ってる」のくだりでさくらのエプロン姿を想像し
てしまい、真っ赤になってうつむく。
えらいことになったと、小狼は張りきるさくらを見ながら心の中で呟いていた。
「見送りに行けなくて悪いな、偉」
マンションの入り口、その手に荷物を持って香港へ帰郷しようとしている偉に小狼はそう言った。
「本来なら、空港まで見送りに行かなければならないんだろうが…」
そう言う小狼の顔は、本当に申し訳なさそうである。
そんな小狼に、偉は微笑みながら首を横に振った。
「いえ、小狼様。小狼様のそのお心遣いだけで、私は十分でございます。小狼様にはさくら様との約束
があるのですから、そちらの方を優先していただかないと」
偉の言葉に、小狼は耳まで赤くなる。
偉は時計に目をやると、先ほどまでとは一変して真面目な顔になった。
「小狼様、私はそろそろ参ります」
小狼は、ハッとして偉に向き合った。そして、精一杯の微笑みで偉に別れのあいさつをする。
「そうか……ゆっくり休んできてくれ、偉。…体には、気をつけてな」
「小狼様も。近頃、この近辺に不穏な空気が漂っております。小狼様、くれぐれもご自愛なされますよ
う」
小狼は、偉の言葉に頷いた。
「ああ、分かっているよ」
「それでは、私はこれで」
「偉、母上や姉上達にもよろしくな」
偉は、ふかぶかとお辞儀をすると近くのバス停目指して歩き出した。
小狼は、偉の姿が見えなくなるまでその場で見送っていた。それを見ながら、今は本当に一人なんだ
なということを実感していた。苺鈴が香港に帰ったときもそうだったが、体の一部がぽっかりと抜けて
しまったような気さえする。
さくらにはああ言ったけど、やはり、少し寂しいんだろうなと小狼は思った。
「さて、と…これからどうするかな?」
約束の時間まではまだ間がある。
小狼は、読まずに溜まっていた本を読んで時間をつぶそうと、自分の部屋へと歩き出した。
それから数刻、いいかげん日差しが赤く染まってきた頃の木之本家。
さくらは、帰ってきてから妙に上機嫌だった。
それまではゲームに集中していたケロだったが、そのあまりの浮かれ様に何があったかと疑問に思う。
「なぁ、さくら?」
呼びかけたケロに、さくらはにこにこしながら振り向いた。
「なぁに、ケロちゃん?」
「今日はエライ上機嫌やないか? 学校でなんかええことでもあったんか?」
「うん、ちょっとね。晩御飯一緒に食べる約束したんだ」
どう見てもさくらは浮かれまくっているが、とりあえずケロは続きを促す。
「ほ〜。そんで相手は誰や? ま、大方あのゆきうさぎやろうけど…」
「違うよっ。今日来るのは、雪兎さんじゃなくて小狼君!」
「ほーほー、今日来るんはゆきうさぎやのうて…」
ケロの言葉は、そこまでしか続かなかった。同時に、コントローラーを動かす手も止まり、画面には
爆発音と共に「GAME OVAR」の文字が出ている。
急に動きを止めたケロを見て、さくらがいぶかしかる。
「どうしたの、ケロちゃん?」
ケロはそれでも黙っている、というか、あっけにとられている。しかし、その沈黙は、俗に言う『嵐
の前の静けさ』であるとさくらは知ることとなる。
さくらが声をかけてから大した間をおかずに、ケロは大事でも起きたかのように叫んだ。
「小僧が晩メシ食いに来るぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「ほえぇぇぇぇっ!?」
ケロにつられて大声を出すさくらだったが、ふと、家にいるのが自分たちだけではないことに気づい
てはっとした。
「ケ、ケロちゃん、声大きい…」
しかし、ケロは依然驚いている。
「な、なんで小僧がメシを食いに来るんや〜!?」
「それは、わたしが誘ったからだよぅ」
「なんで小僧なんぞを誘ったんや!」
ケロのものの言い方に、さくらは少し頬を膨らませた。
「だって、偉さん香港に帰っちゃって、小狼君お家に一人なんだもん。小狼君、きっと寂しいと思った
から…」
少し興奮気味のケロだったが、気を落ち着かせるようにため息を一つついた。
「ま、呼んでまったモンはしゃあないな。…で? 小僧はいつ来るんや?」
「えっと、夕方の5時ごろだよ。都合がよかったらいつでも来てって…」
さくらの言葉は、途中で鳴ったチャイムに途切れさせられた。
ぴんぽーん!
その音を聞いて、さくらはドアのほうを見てみた。
「あ、小狼君かな? わたし、見てくるね」
そう言って、さくらは部屋を出た。
そのさくらが階段にさしかかった辺りで、桃矢の大声が響いてきた。
「なんでお前がここにいるんだ!?」
木之元家の玄関で、小狼は困っていた。
あれから、多少の葛藤があった後にここに来てみたら、さくらではなく桃矢と鉢合わせしてしまった
のだから。
正直なところ、桃矢は少し苦手なのだ。お互いの第1印象の悪さもあって、顔を合わせるとどうもケ
ンカ腰になってしまう。もうそろそろ、それも止めていいのではないかとも思うのだが、身についた習
性という奴は、ちょっとやそっとじゃ直りそうにない。
そう思っている間も、桃矢は玄関の前で仁王立ちしていた。
桃矢は仏頂面で、それでもなんとか声を絞り出す。
「……家になんの用だ…?」
小狼は、桃矢の無言のプレッシャーに圧されながら、それでもなんとか言葉を出す。
「さくらに、誘われたんだ…」
『さくら』の言葉が小狼から出た時、桃矢はますますしかめっ面になる。
「さくらに?」
「一緒に、夕飯を食べないかって…」
お互いの視線がぶつかり合い、まさに一触即発と言った感じである。
その場に、タイミングよくと言うか悪くと言うか、さくらがやってきた。
「お兄ちゃん!? なんなの、今の声?」
さくらの方を振り向いた桃矢は、不機嫌そうな顔をそのままに顎で外のほうを指してやった。さくら
は、玄関を覗き込む。
「あ、小狼君!」
その時のさくらは、小狼にとって救いの女神に見えたに違いない。
この後、さくらの怒り混じりの説明で桃矢はしぶしぶその場を去り、無事小狼は木之元家の敷居をま
たぐ事ができたのである。
小狼は、さくらの案内で彼女の部屋へと通された。
なかなか入る機会のない『女の子の部屋』と言うものに、小狼は少し緊張していた。
「小狼君、ここに座って」
さくらは、自分のものらしいクッションを小狼に勧める。小狼は、とりあえず素直にさくらの勧めに
従った。
「………」
「ちょっと待ってて、お茶いれて来るから」
「あ、いや、そんなに気を遣わなくても…」
「ううん、いいの。小狼君はここにいてね」
さくらは、そう言うと部屋を出て台所へと向かった。
小狼は、少し手持ち無沙汰なようにさくらの部屋をきょろきょろと見ている。
「…アイツの部屋…か」
「なんや? 緊張しとるんか、小僧?」
「うわっ!?」
突然聞こえた声に、小狼は不覚にも驚いて後ろにのけぞった。
その小狼の視線に、ニヤニヤしながらこっちを見るケロの姿が映る。
「ケッ、ケルベロス!」
「さくらの部屋に入って固まるなんて、かわいいとこあるやないか?」
「う、うるさい! そ、それに、ここに来るのは二度目だし…!」
そう言って小狼は、以前『替』(チェンジ)によってケロと体が入れ替わった時の事を思い出した。
あの時は、『替』の効果が薄れるまでの間そのままで過ごさねばならず、ケロになった小狼は致し方な
く一晩さくらの部屋で過ごしていたのである。
多分、この事はお互い『思い出したくない事ベスト3』にランクインされていることだろう。
小狼がその時の事を思い出して赤くなっているところに、三つのティーカップをトレイに載せてさく
らが戻ってきた。
「おまたせ〜、って、小狼君? 顔赤いよ?」
その声に気づいて、小狼は顔をますます赤くする。
「え、あ、べ、べつに…」
「ほえ? …あ、小狼君、紅茶でよかった? はい、ケロちゃんも」
そう言いながら、さくらは紅茶を小狼達の前においていく。小狼は早速それに口をつけた。紅茶の暖
かさが体に染み渡り、芳醇な薫りが心を落ち着かせてくれるようだ。
だから、小狼は感想を素直に口に出した。
「…うまいな…」
それを聞いたさくらが嬉しそうな顔になる。
「…ありがとう。この紅茶、わたしが選んだんだよ。わたしのお気に入りなんだ」
「え、そうなのか…?」
嬉しそうに頷くさくらを見て、小狼は自分の言動とさくらの反応に照れた。
最も、さくらはそれを気にも留めていないようだが。
「わたしが好きなもの、小狼君も気に入ってくれて、なんか嬉しいな」
「………」
にっこりと笑うさくらの顔を見ていられなくて、小狼は視線を逸らす。
「…小狼君、さっきはごめんね」
急に謝るさくらに、小狼は不思議そうな顔をする。
「どうして、謝るんだ?」
「玄関で、お兄ちゃんが小狼君に怒鳴ってたでしょ? わたしがちゃんと言っておかなかったから…」
小狼は、申し訳なさそうに言うさくらに、少し微笑んで首を振る。
「いや…俺は気にしていないから、いい」
「でも…」
「俺がいいって言ってるんだ。お前も、気にするな」
小狼のそっけない気遣いを、さくらは嬉しく思った。
「ありがとう…」
それからさくらは、少し気遣わしげに問いかけた。
「でも、小狼君とお兄ちゃんって、仲、悪いよね…」
「ん、まあ、な…」
そう言って小狼は思い返してみる。そう、さくらとはじめて会った頃の事を。
「…出会いの印象が悪かったからな…あの時は、俺がお前にひどい事をしてたんだし、仕方ない」
そう言われて、さくらも初めて会った時のことを思い出した。
初めて二人が会った時、さくらがカードキャプターに選ばれた事を知った小狼は、自分が残りのカー
ド探しを引き継ごうとさくらから無理やりクロウカードを奪おうとしていた。その二人の間に割って入
り、さくらを助けたのが桃矢なのである。
小狼は、常々その時の事を申し訳なく思っていた。
「…あの時は、本当にすまなかった……あんな、お前を襲うようなマネをして…」
「ううん、いいの。小狼君は、わたしがカードキャプターになるよりずっと前からクロウカードを探そ
うとしてたんだし、あの頃のわたしは、小狼君から見たら全然未熟だったんだろうし…」
さくらは、ちょっと落ちこんだ表情を見せるが、すぐに明るい笑顔を小狼に向けた。
「……わたしね、小狼君がいなかったら、きっとクロウカードを集めるなんてできなかったと思うの。
ずっと、小狼君が助けてくれたから、わたし、頑張れたんだよ。
…ずっと、言おうと思ってたの。
ありがとう、小狼君」
さくらのまっすぐな視線が眩しくて、それでも眼が離せずにさくらを見つめ続ける小狼。それでも、
黙ったままじゃさくらが心配するだろうと、なんとか声を絞り出す。
「俺は…当たり前の事を、しただけだから。おれは…」
小狼は、そこで一時言葉に詰まった。
けれども、何かを決心したかのようにさくらの瞳を見る。
「おれは…さくらを助けたかっただけだから。確かに、はじめの頃はお前があんまり情けなかったから
だけど、だんだん、おまえを知っていくうちに、お前を助けたいって思うようになったんだ。
俺は、お前の力になりたかっただけなんだ。だから、お前がそんなに気にする事は、ない…」
いい終わると、小狼はもう限界と言わんばかりに視線を逸らした。
それを聞いて、さくらは心が温かくなった。普段、あまり多くを語らない小狼が、これほどまでに自
分を気遣ってくれていた事に、深く感謝した。そして、自分に向けられた小狼の優しさを、とても心地
よく思っていた。
「それでも、ありがとう、小狼君」
「だから、気にするな…」
(礼を言いたいのは、俺のほうなんだから…)
小狼は、声に出さずそっと呟いた。
それから二人は台所に行くと、夕飯の調理を開始した。
小狼が手伝う事を、さくらはしきりに遠慮したのだが
「ただごちそうになるんじゃ悪いから、何か手伝わせてくれ」
と言う小狼に負けて、夕飯の手伝いをしてもらうことになったのだ。
ちなみに、桃矢はバイトのため既に家を空けている。
余談だが、桃矢はさくらと小狼が二人きりになることを非常に不安がっていた。さくらに何かあった
ら小狼を殺すとさえ心に決めていたほどである。
桃矢がそんな事を考えていたとはいざ知らず、さくら達は順調に夕飯の支度を済ませていった。
夕飯のメニューはハンバーグとコーンスープ。さくらも小狼も普段から料理をしているだけあって手
際がいい。
そのドアが開く音が聞こえた時には、既に夕飯が全て食卓に並んでいたのである。
帰って来た藤隆を、さくらは笑顔で出迎えた。
「お帰り、お父さん!」
大学から帰って来た藤隆の目に入ったのは、テーブルにきれいに並べられた夕飯と、その前で自分を
出迎える娘、そして、娘の傍らに佇んでいる少年の姿だった。
「ただいま、さくらさん。…そちらは?」
藤隆は、小狼を見てさくらに尋ねる。
「あ、この人は学校の友達の李小狼君。今日、一緒に晩御飯食べようって誘ったの」
紹介された小狼は、やや緊張しながらぺこりと頭を下げる。
「は、はじめまして。李小狼です」
藤隆は、小狼の顔を見てとある事を思い出した。
「さくらの父の藤隆です。君は…確か前に、僕の講義を聞いていたことがあったよね?」
藤隆にそう言われて、小狼はハッと思い当たる。そう言えば、以前授業で興味深い話を聞かせてくれ
たのがこの人だった。
「は、はい。あの時は、興味深い話を本当にありがとうございました」
「いやいや、気に入ってもらえて、僕も嬉しいよ」
小狼は、藤隆の暖かな人格を改めて感じていた。そして、さくらと藤隆を見比べて、やっぱり親子な
んだな、と変に納得してしまった。
それから、藤隆が着替えてきて3人の食事会が始まった。
「今日のごはんね、小狼君も手伝ってくれたんだよ」
「へぇ、そうなんだ。李君は料理が上手なんだね」
小狼は、いつもの癖でそっけなく返してしまう。
「い、いえ。いつもやってて、慣れてるだけですから…」
しかし、小狼の言葉をさくらがさえぎった。
「そんな事ないよ。小狼君、とってもお料理上手だよ。わたしも見習いたいなぁ」
さくらに誉められて、小狼は顔を赤くして反論する。
「い、いや…お前の料理のほうが、うまいと思う…」
「ううん、小狼君のほうが…」
どっちの料理がうまいと言い合うさくらと小狼を見て、藤隆は楽しそうに微笑んでいた。
「二人とも、本当に仲がいいんですね」
「うんっ!!」
と、嬉しそうに答えるさくらと
「えっ!?」
と、露骨に戸惑う小狼。
「いや、実は君の事は、さくらさんからよく聞いていたんですよ。ぶっきらぼうでそっけないけど、本
当は凄く優しくていい人なんだって」
「お、お父さん!」
少し恥ずかしがるさくらと、意外そうな顔をしている小狼。
(俺の事、そう言う風に見てくれていたのか…)
そんな二人の反応を見ながら、藤隆は続けた
「君のことを話す時、さくらさんは本当にうれしそうに話すんだよ。桃矢君はその間、むすっとしてい
るんだけどね」
言って、あははと笑う藤隆。
一方のさくらと小狼は、どっちも負けず劣らずに顔を赤くしていた。
「………(かあああっ)」
「…お、お父さんってば…(かあああっ)」
そんな二人を見て藤隆は、二人がお互いにどんな想いを抱いているのかを悟った。そして、そっと食
卓の上に飾られている今は亡き妻・撫子の写真を見る。
(子供というのは、本当に成長が早いものだね、撫子さん…)
それからも、さくら達の話を交えながら食事会はつつがなく進んでいった。
そして、
「ごちそうさまっ!」
と、さくらが元気よく手を合わせた。
「はぁ〜、とってもおいしかったよ〜」
さくらは、とろけそうな表情で食後の余韻に浸っている。さくらがよく言う『はにゃ〜ん』とは、ま
さにこんな状態のことを言うのだろう。
小狼も、静かに食後のあいさつをした。
「ごちそうさまでした」
「ねぇ、小狼君はどうだった?」
さくらに急に話題を振られて、小狼は答えに詰まる。
「ど、どうって…」
「ごはん、おいしかった? おいしくなかった?」
さくらが、ちょっと困った顔で問いかけてくる。ようやく意味がわかった小狼は、すぐに気づけなか
った自分を恥じた。
「…お、おいし、かった…」
それをきいて、さくらはぱぁっと花が開いたような笑みを見せる。
「よかったぁ。小狼君が気に入ってくれなかったらどうしようかと思ったよ〜」
「…さ、さくら」
「ん? なに?」
「え、えぇと…その…」
小狼が言いづらそうなのを見て、さくらは不思議そうな顔をする。
こう言う事は恥ずかしくてなかなか言えないのだが、小狼はなんとか声を絞り出した。
「今日は、誘ってくれて、嬉しかった…」
「小狼君…」
小狼は、まっすぐさくらの顔を見る。
「あ、ありがとう……さくら」
小狼の精一杯のお礼は、さくらの心を嬉しさでいっぱいにした。そして、さくらは思っていることが
すぐに顔に出る。
「小狼君、ありがとう……も、もしよかったら、いつでも来てね」
「い、いや、それは…」
今度こそ遠慮しようとした小狼だったが、間髪入れずに藤隆もさくらの意見に同意した。
「そうだね。いつでも、遠慮なく来ていいからね。歓迎するよ」
「…はい」
ひたすら恐縮する小狼だったが、二人の暖かい気持ちは、とても嬉しかった。
「どうも、ごちそうさまでした」
家に帰ることにした小狼は、玄関まで見送りに来てくれた藤隆に礼を述べた。
「いえいえ。気をつけて帰るんだよ」
「はい」
一つお辞儀をして、立ち去ろうとした小狼をさくらが呼びとめた。
「あ、待って、小狼君」
その声に、小狼は振りかえる。
「? どうした?」
「わたし、途中まで送るよ」
「い、いいよ。もう、こんな時間だし…」
小狼の言うとおり、外はすっかり真っ暗だった。
「この前は小狼君にお見送りしてもらったから、そのお返しがしたいの。いいでしょ?」
両手を合わせてお願いするさくらを見て、小狼は断るのは無理だなと思った。もっときつく言って止
めることもできるだろうが、それではさくらを傷つけてしまう事になる。
「わかった…ただし、すぐ近くまでだぞ」
「うんっ!」
さくらは嬉しそうに頷くと、自分の靴をはいて小狼の横に並んだ。
「それじゃ、行ってきます!」
「気をつけてね、さくらさん」
見送る藤隆を後にして、二人は夜の道へと歩き出した。
「ね、小狼君」
「ん? なんだ?」
「フェニックスランド、明々後日開園なんだって」
「ああ、知ってる」
小狼は、比較的ニュースとかもよく見るほうなので、そう言った事にも多少は詳しい。
さくらは、嬉しそうな顔で小狼に話しかける。
「一緒に遊びに行きたいね、小狼君」
「えっ!? い、一緒?」
一緒と聞いて、思わずどきまぎする小狼。しかし、そのドキドキも杞憂に終わる。
「うん。知世ちゃんとか、みんな一緒に!」
それを聞いて、小狼はホッとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちになる。
でも、それは面には出さずに話を続けた。
「そうだな…行けたら、いいな」
「行こうよ、小狼君」
「あ、ああ…」
小狼は、赤くなった顔を見せまいと顔をそむけた。
それからしばらく、二人は話しながら歩いていたのだが、二人とも、なんとなくおかしな事になって
いるのに気づいた。
「ねぇ、小狼君」
「なんだ?」
さくらは足を止めると、不安げに周囲を見渡す。
「ここ、さっきも通らなかった?」
「やっぱり……お前もそう思うか…」
「やっぱりって…小狼君もそう思うの?」
小狼は頷いて、周囲を見渡して見た。
「ああ…どうやら俺達は、また、厄介な空間に閉じ込められたらしい」
小狼の言葉を聞いて、さくらは怯えた表情になる。
「そ、それじゃ、またあの…」
「『闇の者』だろう。クロウの気配は感じないからな……ただ…」
「ただ?」
小狼は、注意深く周りに気を配る。
「ただ、闇の者の気配も感じられない」
「それじゃあ、別の、何か?」
さくらの言葉に、小狼は首を横に振った。
「いや、この空間自体は闇の者が作り出したものだろう。ただ、近くにいないというだけだ」
小狼は、そう言いながら唇をかんだ。
ある程度、予測はしていたのだ。今日の帰りにも、闇の者は襲ってくるのではないかと。
ただ、こんな間接的な方法をとるとは意外だったのである。
(…くそっ、もっと周りに気を配っておくべきだった…!)
小狼は、愛用の剣を手に取った。
「…小狼君?」
「前に、進もう。こうしていたって仕方ない。ただ、警戒は怠るな…」
小狼の言葉に、さくらも神妙な面持ちで答える。
「…うん…」
そうして、二人は再び歩き出した。
そうして歩いて、どれくらいが経ったのだろうか。
小狼達は、いまだにこの異空間から抜け出す事ができずにいた。
同じ風景の繰り返しで、まるで自分が無限ループの中に入ってしまったような錯覚さえ覚える。
横のさくらを見ると、かなり疲れているようだった。
「…だいじょうぶか、さくら?」
「…え?」
呼ばれて、それまでぼぅっとしていたさくらは我に帰った。それを見て、小狼はさくらの疲労が限界
に達しているのを察する。
小狼は足を止めると、さくらのほうを振り向いた。
「少し…休もう」
「え…? でも…」
小狼に気を遣うさくらだったが、それでも小狼はさくらの身を案じていた。それに、口にこそ出さな
いものの、小狼自身もかなりの疲労を感じているのだ。
「いいから。ここで無理をしたって、仕方ない」
さくらは、小狼の心遣いを素直に受け取ることにした。
「…うん」
二人は、適当な場所を見つけてそこに腰を下ろした。
そうして一時の休息を得た小狼だったが、ふと、奇妙な感覚にとらわれた。休んでいるにもかかわら
ず、体から力が抜けていくような感じである。
さくらも、その感じを感じているようだった。
「小狼君…」
「…どうした?」
「なんか、変な感じがするの。休んでるのに、体から少しずつ力が抜けていくような感じ…」
「…力が、抜ける…」
小狼は、もう一度感覚を研ぎ澄ませて見た。そして、その感じがなんだったのかを知ると、小狼は愕
然とした。
「なんてことだ…」
小狼はやおら立ちあがった。さくらが小狼を不思議そうに見つめる。
「さくら、長い間ここにいると危険だ!」
「ほ、ほえ?」
さくらは、今一つ要領を得ない顔をする。
「さっきから感じていた力が抜けるような感じ、あれは、魔力が抜けていく感じだったんだ!」
「ま、魔力が!?」
「どうやらこの空間は、中にいる者の魔力を削り取っていく力があるらしい。ただ、あまりにも少しず
つだったから気づかなかったんだ!」
さくらは、小狼の言った事を理解すると、慌てて立ちあがる。
慌てては見るものの、どうすればここから出られるのか見当がつかない。
「ど、どうしよう…」
「きっと、何か方法があるはずだ…何か…」
小狼は、この空間に入ってからのことをよく思い返して見た。
ちょっとした違和感、力が抜けていく感じ、時間の感覚がおかしくなる、その他にも何かあったはず
だ。
(なんだ、何を見落としているんだ…!)
そんな時、同じように考えこんでいるさくらの声が聞こえてきた。
「…出口を探そうにも、おんなじ所をぐるぐる回っちゃうし…」
(同じ所…?)
小狼の脳裏に、以前、確かに起こった同じような事件が思い出された。
「…そうか!」
「小狼君、分かったの!?」
「『輪』(ループ)だ! この空間、微妙な違いはあるけど、基本的な事は『輪』と同じなんだ!」
「それじゃあ、空間の繋ぎ目を切れば…」
小狼は、力強く頷いた。
不自然な部分を探そうとした小狼の視界に、途中から色の変わっている道路が写った。ずっと歩いて
いれば気づきそうなものだが、それまでは暗さのせいでよくわからなかったのだ。
小狼は、その部分こそが繋ぎ目であると確信した。
「あそこだ!」
「うんっ!」
さくらは、胸元から『星の鍵』を取り出し、呪文を唱える。
「星の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ! 契約の下、さくらが命じる!
封印解除(レリーズ)!!」
『星の鍵』は瞬く間に杖となり、さくらのその手に握られる。そしてさくらは、一枚のカードを取り
出し、杖の前にかざした。
「クロウのつくりしカードよ! その力を我が鍵に移し、我に更なる力を与えよ! 『剣』(ソード)!」
さくらは、一振りの剣となった星の杖を握り締めると、空間の繋ぎ目めがけて剣を振り下ろした。
「えぇーいっ!」
『剣』が空間の繋ぎ目を切り裂くと、その切れ目からまばゆい光が放たれた。
さくら達はあまりの眩しさに目をつむり、輝きが辺りを包みこんだ。
光が収まってさくらと小狼が目を開けると、そこは、木之元家からそれほど離れていない道路の上だ
った。
辺りを見渡し、小狼はホッと息をつく。
「どうやら、出られたようだな…」
さくらも、満面の笑みでそれに応える。
「よかったぁ。一時はどうなる事かと思ったよ〜」
そこでさくらは、ふと小狼に問い掛けた。
「でも、よくあそこが『輪』と同じだって解ったね?」
「お前のおかげだ」
「ほえ?」
小狼は一息つくと、さくらに微笑みかける。
「お前が同じ所をぐるぐる回ってるって言ったから気がついたんだ。俺は、それとは別の事ばかり考え
ていたからな」
さくらは、小狼に誉められたような気がして、少し嬉しくなった。
しかし、彼方を見る小狼の表情は険しい。
(今回のは、俺一人を狙っていたのか? それとも…)
小狼の手にする謎の日本刀が、その問いに応える様に鳴ったような気がした。
その小狼達を、遠くより見つめる者達がいた。
その者達は、漆黒の闇の中より小狼達を見ていた。
真っ青なローブに身を包んだ魔導師らしき男が、その後ろにいる存在に向けて呟く。
「方結界、破られてございます」
後ろにいる存在は、静かに頷いた。
「お前の術を破る者がいようとはな、海鬼(ハイカイ)」
「疾鬼よりクロウの守護獣の話は聞いておりましたが、よもや、これほどの使い手がいようとは…」
海鬼と呼ばれた闇の者が、苦々しげに舌打ちをする。
それとは対照的に、後ろにいる存在の声は実に楽しげだった。
「ふふふ…クロウの後継者、このような場所に居ようとは…魔力を奪って捕えてやろうと思っていたが
なかなかに楽しめそうではないか」
「しかし、華血刃に加えてクロウの後継者となると、少々厄介ですぞ…」
後ろにいる存在は、それさえも楽しみの一つだと言わんばかりに口を三日月型に歪ませた。
「だからこそ、だ。クロウの後継者にその守護者、クロウの血を継ぐ者、そして華血刃…ククク…それ
でこそ、このわたしの力となるにふさわしい」
その存在は、何かに気づいたような声を出す。
「クロウの守護者と言えば、月(ユエ)の姿がまだ見えんな」
「では、奴に探させましょう。ケルベロスが居ると言う事は、ユエも確実に近くに居ると言う事ですか
らな」
この闇の者達の暗躍を、小狼達は知る由もなかった。
あとがき
『思いの刃』第2話「さくらと小狼」いかがだったでしょうか?
予想はしていましたけど、前回より長くなってしまいました。
今回は、出来るだけ小狼とさくらのツーショットを多くしようと思っていたんですけど、あんまし甘
甘じゃなかったですね。この辺がわたしの限界なんでしょうかね。
他に出来た事と言えば、今回初めてさくらが魔法を使いました。アニメ版のをパクる辺り想像力がな
いって言うか…(汗)。桃矢兄と藤隆さんを出す事が出来ました。でも、藤隆さんの出番、今回限りに
なりそうな気が…。
さて、次回は待ってる人は待っていた、あの人の登場です。そう、レギュラーのはずなのにあんまり
出番のなかったあの人です。わたし的にもかなり楽しみ。
ではでは。