想いの刃
   第8話「フェニックスランドの戦い」
 閉ざされた闇の中から、ゆっくりとさくらの意識が目覚めていった。
 ゆっくりと開けた目に最初に映ったのは真っ赤な絨毯。
 まだ、ぼんやりとする頭を抑えながらさくらは上体を起こした。
(ここは?)
 そこは、赤い絨毯が敷き詰められた広い円形の部屋だった。
 周囲の壁には龍とも鳥ともつかない奇怪な生き物のオブジェが並んでいる。
 それを見て息を飲んだとき、遠くの方から声が聞こえた。
「おや、お目覚めかな?」
 さくらは、声のしたほうを振り向く。
 そこに居た人物を見て、さくらは目を見開いた。
「鳳月(フォウユエ)…さん? わたし…」
 そこにいたのは、劉コンツェルン総帥で闇の者と戦っているはずの劉 鳳月だった。
 鳳月は大きめのイスにゆったりと腰掛けると、手を組んでさくらのほうを見ていた。
「ようこそ、私の城へ。招待に応じて貰えて嬉しいよ」
 さくらはますます状況が掴めずに困惑した。
「君に最初に来てもらえるとは、私も運がいい。やはり、彼に頼んだのは正解だったな」
「彼って……?」
 一人の少年がどこからともなく現れて、すっ、と鳳月の隣りに寄り添った。
 その姿を見て、さくらはますます困惑した。
「小狼君っ!? なんで?」
 小狼はそれに答えず、いやな笑みを浮かべるだけ。
 その時、さくらは気を失う直前の事を思い出した。
「なんで、なの?」
 なんで、わたしにあんなことしたの? さくらの目は、そう訴えかけていた。
「お前をこの方の元へお連れするのが俺の役目だったからさ」
「そんな…」
 さくらは信じられない気持ちになって愕然とする。
「くっくっくっ、バカな女だ」
「悪ふざけはそこまでにしろ」
 鳳鬼が含み笑いを続ける小狼を一喝する。
 小狼はいたずらをとがめられた悪ガキのように顔を歪ませた。
「元に戻れ、海鬼(ハイカイ)」
 すると、小狼の姿はゲル状になり、どんどんと姿を変えて、やがて、蒼いローブを纏った魔術師風の
姿になった。
 それを見て、さくらは少しホッとした気持ちになる。
「…そうだ、知世ちゃんは? 小狼君は?」
「彼らか……心配は要らないさ。じきにここに来るだろう」
「え…?」
「私の部下に迎えに行かせているからな。まあ…」
 そこで鳳月は、それまでの紳士的な表情とは打って変わった邪悪な笑みを浮かべた。
「少々、手荒い招待にはなるだろうがね。さくらちゃん…いや」
 鳳月の瞳が、猛禽類のそれを思わせる輝きを放つ。
「クロウの後継者、と呼ぶべきか?」
 その目で見られたとき、さくらは全身が金縛りに会ったかのような感じになった。
「ふふふ…何故? という顔をしているね。……では、私の本名を教えておこうか」
「本…名?」
「人間界での名は劉鳳月、そして、わが真名は…」
 鳳月はタキシードのすそを翻して姿勢を正しさくらに向き直った。
 その目じりには朱が引かれ、頬にもそれと同じ色の文様が現れる。
 そして、鳳月はゆっくりと口を開いた。
「鳳鬼(フォウカイ)。更なる闇の力を求めし者」




 先程まで微かに顔を見せていた太陽だったが、それももう完全に沈み、夜の闇がフェニックスランド
を覆っていた。唯一、おぼろげな明かりをもたらすのは、天に輝く月だけ。
 それと同じ名を持つ者が、同じように空を舞っていた。
 ただ、その光をさえぎるのは地球ではなく、巨大な岩塊を纏った土の闘士。
 月(ユエ)と蒼鬼(ツァンカイ)の攻防は月明かりの下で激しさを増していた。
「ハァッ!」
 ユエは土の巨人と化した蒼鬼めがけて水晶の飛礫を放った。
 幾多もの飛礫が蒼鬼の右ひじを射貫き、穴だらけになったひじから下の部分が土砂を撒き散らしなが
ら崩れ落ちた。
 ユエは構えを崩さぬままその様子をじっと見ている。
 すると、崩れたひじから土が盛り上がり、瞬く間に新たな右腕となって復活した。
「クッ」
 先程の攻撃と同じ結果になり、唇を噛むユエ。
 そんなユエに、蒼鬼の哄笑が響いた。
「はっはっはっ! 無駄だ無駄だ! 何度繰り返したって結果は一緒だぜ!」
「…!」
 ユエは蒼鬼をキッとにらみつける。
 だが、実際に蒼鬼の言うとおりだった。
 ユエの攻撃も確かに効果をあげているのだが、破壊するたびにその場所が再生してしまうのだ。
「…やはり、奴の本体を叩かねばダメか…」
 一人ごちて、ユエは再び飛翔した。
 接近するユエめがけて蒼鬼の豪腕がうなりをあげる。
 だが、ユエはそれを軽くかわすと蒼鬼の後ろを取った。
 両手に力を溜め、それを一気に解き放つ。
「…ァアアアッ!」
 突き出したユエの両手からは、先程の数倍になる水晶の飛礫が嵐となって蒼鬼の背中を打ち据えた。
「ごぁぁぁぁあぁっ!!」
 水晶の嵐は蒼鬼の背中を、特に人間で言う心臓に当たる部分を削り取っていった。
 やがて、明らかに土とは違う、光沢を持った鎧の一部らしきものが露出する。
「よし…!」
 ユエは右手に力をまとわせると、水晶の嵐にまぎれて蒼鬼めがけて突進した。
 その右手が鋭利な刃物となって蒼鬼を襲う。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
 しかし、もう少しと言うところで、蒼鬼がその巨体に見合わぬ俊敏な動作で後ろを振り向いた。
 そして、その振り向きざまの裏拳が見事にユエにヒットする。
「ぐあぁっ!」
 鈍い音と共に木に叩きつけられ、ユエはうめき声を上げる。
 その次の瞬間、蒼鬼の巨大な手がユエを捉えた。
「し、しまった…」
「くっくっく…決まったなぁ、ユエ」
 蒼鬼はユエを握る手に少し力をこめる。
 それは、数倍の圧力となってユエを締め付けた。
「う、ぐ、あああああ!!」
 足を傷つけ地に座ったままの桃矢は、そのユエの姿を見て悲鳴を上げた。
「ユエッ!!」
 ユエは苦しげに顔を歪めながらなんとか声を絞り出す。
「お、おのれ……」
「このまま鳳鬼様の元へ連れて行ってやるぜ。感謝しな!」
 そうやって、蒼鬼がユエを顔の高さまで持って来た時だった。


 レッドパープルの閃光がユエと蒼鬼の間を貫いた。
 すると、ユエを掴んでいた手は腕から切り離され、その手を形作っていた土が四散した。
 何が起こったか分からないユエはあたりを見回す。
「なっさけないわねぇ。それでもクロウカードの守護者?」
 天から聞こえてきたその声に、その場にいた全員がそちらの方を振り向いた。
 そこにいた人物を見て、ユエと桃矢の目が同じように見開かれる。
「貴様は…」
「……秋月…」
 すると、声をかけられた奈久留―ルビー・ムーンは桃矢のほうを振り向いてにっこりと微笑んだ。
「はぁい、とーや君、大丈夫だった? ついでにユエも♪」
「秋月…お前…」
「ああ、この姿の時はルビー・ムーンって呼んでね」
 桃矢に笑顔を振り撒くルビーに、ユエはちょっとムッとしながら声をかけた。
「なぜ、貴様がここにいる?」
 ルビーは、妖艶な笑みを浮かべながら振り向いた。
「ごあいさつねぇ。せっかく助けてあげたのに」
「質問に答えろ」
「…ふぅ。エリオルに頼まれてるのよ、あんたの手助けをしてやってくれって」
 あたしはイヤだったんだけどさ、とルビーはすねて見せる。
 しかし、ユエはルビーの言葉に出てきた人物の名前に驚いていた。
「…クロウが?」
「そーよ……で…」
 ルビーは蒼鬼のほうを振り向く。
「とりあえず、あのバケモノをやっつけるの、手伝ってあげるわ」
 話している二人の間に、蒼鬼の豪腕が振り下ろされた。
「俺を無視して話してるんじゃねぇぇっ!」
 二人はひらりと避けて、蒼鬼の腕は虚しく宙を切る。
 ユエは蒼鬼の右側へ、ルビーは左側へとそれぞれ飛翔した。
「さあ、いくわよぉ!」
「…感謝する、と言うべきなんだろな……」
 ユエとルビーは同じように手をかざして水晶の飛礫を放った。
 蒼き水晶が右肩を、紅き水晶が左肩をそれぞれマシンガンのように打ち抜いていく。
 やがて、繋がりを失った両腕は肩から崩れ落ちた。
 しかし、そのそばから土が盛り上がり始める。
「はん! 無駄だ無駄…」
 蒼鬼が顔を上げたとき、すでにユエとルビーの姿が掻き消えていた。
 瞬間、凄まじい衝撃が蒼鬼の胸板を十字に切裂いていた。
「ぐはぁぁぁっ!」
 蒼鬼の胸を切裂いたユエとルビーは、背中合わせにたって光の矢を生み出した。
「これで、終わりだ」
「じゃあね♪」
 放たれた青と赤の矢は互いに交わり合い、紫の閃光と化して剥き出しになっていた蒼鬼の本体をうち
ぬいた。
「バ、カな……」
 土の巨人は崩れ落ち、その体を作っていた土は大地へと還っていった。


 その様子をじっと見ていたユエの所へ、何かが飛んできた。
 ユエはそれを受け止め、じっと見つめる。
「何なの? それ?」
「…人形(ひとかた)だ」
 ルビーの問いに、ユエは顔を動かさずに答える。
 それを聞いて、ルビーはいぶかしげな顔をした。
「人形?」
「…どうやら、アイツは誰かが生み出した式神のようなものだったらしいな」
「ふ〜ん…」
 分かったような分からないような顔で頷いていたルビーだったが、不意に目を向けた地上で何かを見
つけて、ユエに声をかけた。
「…ねぇ」
「…なんだ?」
「あれって、さくらちゃんじゃない?」
 ルビーが指差す方向をユエも見る。
 その姿は確かにさくらで、まっすぐ桃矢が倒れている場所へ向かっていた。
「行ってみるか…」
 ユエはルビーを伴って桃矢の元へと舞い降りた。


 一方桃矢は、一足早くさくらと再会していた。
 さくらは肩で息をしながら、心配そうに桃矢を見ている。
「ハァ…ハァ…」
「…お前…」
 桃矢は、さくらをじっと見つめる。
「お前、さくらじゃないだろ」
 そのさくらは、桃矢の言葉にこくりと頷いた。
 桃矢は、やっぱりな、と肩をすくめた。
 そこに、ユエとルビーが降り立った。
「…大丈夫か?」
「あ〜あ、足ケガしちゃってるじゃない」
「俺なら平気だ。それより…」
 桃矢はそう言ってさくらの方を見る。
 ユエもさくらのほうを振り向いて、少し驚いた顔をした。
「『鏡』(ミラー)?」
 問われた『鏡』は同じくこくんと頷いた。
「主が魔力を発動させたのは感じなかった。いったい何があった?」
 ユエに訪ねられると、『鏡』は堰を切った様に涙を流し始めた。
「さくらさんが…さくらさんが!」
 その名前を聞いて、桃矢が身を乗り出す。
「さくらがどうした!?」
「さくらさんが、闇の者に捕らわれてしまったんです!」
 それを聞いた3人は、愕然とした表情になる。特に、ユエの変化は大きかった。
「なんだと…?」
「ごめんなさい……私達がついていたのに…ごめんなさい…!」
 『鏡』は、その時を思い出してぼろぼろと涙をこぼす。
 さくらが海鬼に捕らわれた時、その場に残ったカードとは別に『鏡』が実体化してなんとかその事を
伝えようとしていたのだ。
「なんだかよくわからねーけど…」
 桃矢は、痛む足を抑えて立ちあがった。しかし、足を貫く痛みに桃矢の顔が歪む。
 それを見た『鏡』は、さっと桃矢の横に寄り添ってその体を支えた。
「お兄様っ!」
「さくらが、ヤバイ事になってるんだろ? だったら…」
「でもっ! お兄様には、もう、力が! それに、そんな体じゃムリです!」
 それでも、桃矢は無理に歩こうとした。
 さくらを護る。それが、さくらがこの世に生を受けた時から自分に課してきた義務であり、特権であ
ったのだから。
 しかし、桃矢は再び崩れ落ちる。

 それを支えたのは、ユエだった。
「…約束を忘れたか?」
「約束?」
「そう……お前からこの力を譲り受けた時に交わした約束だ」
 そう、それは少し前の事。
 さくらから魔力の供給が満足に受けられず、ユエはその存在を維持しつづけることが困難になってい
た。そんなとき、ユエに魔力を与えてくれたのが桃矢だった。
 そのとき、桃矢と交わした約束がある。
『もう、俺はさくらを護れねぇから、代わりにお前がさくらを護ってやってくれ』
 そしてそれは、ユエの心に深く刻み付けられていた。
 それを思い出し、桃矢はふっと微笑むと、どっかりと地面に腰を下ろした。
「…そう、だったな」
「だから、主の事は私に任せろ」
「ああ」
 ユエと桃矢は共に微笑み会う。これ以上の会話は、二人には無用だった。
「『鏡』、案内を頼む」
「はいっ!」
 『鏡』は涙を拭うと、ユエの元へと駆け寄る。
 ユエは『鏡』を抱きかかえると宙に舞った。
 だんだん小さくなっていく二人を、桃矢とルビーが見送った。
「秋月…いや、ルビー・ムーンだったか」
「なぁに?」
「お前は行かなくていいのか?」
 ルビーは、意味ありげにふっと微笑んだ。
「ちょっと、ね。やることがあるのよ」
 ルビーは、そのまま天に昇る月を眺めていた。




 一方、もう一つの戦いも佳境に入っていた。
 太陽の守護獣・ケルベロスと炎の闘士・麗鬼(レイカイ)が共に宙を舞い、何度となく空中で交差し
た。
 その度に激しい閃光があたりを包み、放たれる紅蓮の炎が周囲を紅く染める。
 ケルベロスは麗鬼が放った火球をかわすと、ひらりと地上に舞い降りた。
「ったく、お前、小僧にやられたんと違うんか!?」
「あの程度で死ぬ私ではない!」
 そう言って放たれた炎の槍がケルベロスに襲いかかる。
 翼をまとって防御するケルベロスだったが、その炎はケルベロスを包みこんだ。
 茂みに隠れてそれを見ていた知世が悲鳴を上げた。
「ケロちゃんっ!」
 しかし、陽気な関西弁がそれに応えた。
「心配すなや、知世!」
 ケルベロスが身を包みこんでいた翼を大きく広げると、それまでケルベロスを包んでいた炎は光の残
滓を残して全て消え去った。
 そしてケルベロスは余裕の笑みを浮かべる。
「こんな程度の炎、わいには効かん!」
 そう言って、今度はケルベロスが炎の息を吐き出した。
 その炎は周囲の空気を焦がしながら麗鬼目指して進む。
「クッ!」
 その炎を避けられないと悟るや、麗鬼は自らの前に炎の盾を生み出し、その盾がケルベロスの炎を後
ろへと受け流していった。
「炎が通じないのは、私も同じだ!」
「…そのようやな…」
 麗鬼に一瞥くれるとケルベロスは再び宙に舞いあがり麗鬼と対峙した。
 その間に、ケルベロスは冷静に相手の力を計算していた。
(この前より奴の炎は力が無い…やっぱり、この前小僧にやられたんが効いてるんやな)
 しかし、必殺の炎が通じない以上、お互い決め手に欠けてしまい、二人は硬直状態になる。
 ケルベロスは、どうしたものかと思案した。
「ほんまに、どうしたらええんや…?」
「でしたら、私が力をお貸ししましょう」
『なっ!?』
 ケルベロスと麗鬼は、驚いて声のしたほうを振りかえる。
 そこには、蝶の羽を持った黒豹が宙に佇んでケルベロスのほうを向いていた。
「スッピー!」
 言われてスッピー――スピネル・サンは不満げに顔を歪めた。
「誰がスッピーですか。……それよりも…」
 スピネルは、今度は麗鬼のほうに向き直った。
「今は、あの者を倒すのが先決でしょう?」
「ああ、そうやな」
 ケルベロスも同じように麗鬼のほうを向き直った。
 スピネルはクロウの生まれ変わりであるエリオルが生み出した、いわばもう一匹の太陽の守護獣。実
力から言って、これほど頼もしい援軍は無い。
 おもわず、ケルベロスの口から笑みが零れた。
「ほな、行くでぇっ!!」
 その声を合図に、二匹の守護獣は左右にクロスして散開した。
 左右に同時に動いた事で、どちらに対応しようかと麗鬼の反応が一瞬遅れる。
 その一瞬の隙をついて、ケルベロスが炎を、スピネルが赤光をそれぞれ吐き出した。
 麗鬼は、赤光のほうをより危険なものと判断し、そちらに炎の盾を向けた。
 赤光は炎の盾に阻まれて光を撒き散らして消えていくが、炎は何にも阻まれる事なく麗鬼の体を焼い
ていった。
「ぐうぅぅぅ…!」
「まだまだぁ!」
 ケルベロスは炎を吐くのを止めると、ものすごいスピードで麗鬼に横から突っ込んでいった。
 猛スピードの体当たりを受けた麗鬼は、見事に体勢を崩して地面へと落下していく。
「今やスッピー!!」
 落下する麗鬼めがけて、スピネルの赤光が再び火を吹いた。
 それを阻むものは何も無く、その紅い光の中で麗鬼の姿は掻き消えていった。




 戦い終えたケルベロスとスピネルは、麗鬼の体が落下したところへと降りていった。
 そこに麗鬼の姿は無く、あったのは蒼鬼の体を作っていたのと同じ人形だけだった。ただし、あちら
がまんま土色だったのに対し、こちらは絵の具で塗ったような赤。
 それを見て、スピネルがぽつり、と呟いた。
「人形、ですか…あれは、どうやら誰かが創り出した式神のようなものだったようですね」
「こんなバケモン創り出すなんてどんな奴やねん」
 それを見ている二人の元へ、遠くから知世が駆け寄ってくる。
 二匹のそばまでやってくると、知世は乱れていた息を整えて心配そうに二匹を見た。
「ケロちゃん、大丈夫ですか?」
 ケルベロスは、知世を安心させようと口元に笑みを浮かべる。
「ああ、わいは平気や」
「スピネルさん、どうも、ありがとうございます」
 知世が折り目正しく礼を述べたのを見て、スピネルも同じように頭を垂れた。
「いえ、礼を言われるほどの事でもありません」
 顔を上げるとスピネルは、皮肉めいた視線をケルベロスに投げかける。
「な、なんや、その目ぇは?」
「あなたも、少しは彼女を見習ったほうがいいですよ」
「な、なんやとぉ!? だいたい、なんでお前がここにおんねん!?」
「あなたの手助けをしろと、エリオルに頼まれたんですよ……そうだ」
 スピネルはキッと真面目な顔になると、ケルベロスのほうを向き直った。
「こんな所で油を売っている暇はありませんよ。さくらさんが闇の者に捕らわれました」
 それを聞いて、ケルベロスと知世は驚きの表情を浮かべた。
「な、なんやて!?」
「さくらちゃんが!?」
 ケルベロスは激しく後悔した。
 さくらは小狼と同様に、常に闇の者に狙われている。にもかかわらず、さくらがたった一人になる時
間を、他ならぬ自分が生み出してしまった。その隙を闇の者が見逃すはずがなかったのに。
 後悔と罪悪感が、ケルベロスを責めたてた。
「わ、わいのせいや…わいが、さくらを一人にしてまったから…」
 それを見て、スピネルがほうっとため息をつく。
「やれやれ…あいもかわらずのうてんきですね……落ちこんでいる暇があるのなら、さくらさんを助け
に行ったらどうですか?」
「なっ…スッピー! お前、さくらの居所知ってるんか!?」
 スピネルは何も言わずに、フェニックスランドの中心のほうを向いた。
 そちらの方には、中世風の大きな城がある。
 そこにさくらがいると、ケルベロスは直感で感じ取った。
 そして、それさえ分かればケルベロスの行動は早い。
「よっしゃ! ほな…」
「ケロちゃん!」
 飛び立とうとしたケルベロスを、知世が呼びとめる。
 ケルベロスは勢いを逸らされた気になりながらも知世のほうを振り向いた。
「なんや、知世?」
「…さくらちゃんの事、よろしくお願いします」
 真剣にケルベロスを見つめる知世の瞳からも、さくらの身を案ずる彼女の気持ちがひしひしと伝わっ
てきた。
 ケルベロスは、同じく真剣な瞳でそれに応える。
「ああ…まかしとき」
 それからケルベロスはいったん飛翔すると、一度知世とスピネルのほうを振りかえった。
「スッピー! そこにおるんやったら、知世のこと頼む!」
 スピネルが軽く頷いたのを見届けたケルベロスは、今度こそ中央の城目指して飛び立った。




 そして、小狼――
 小狼は、あれからさくらの姿を求めてフェニックスランド内を駆けまわっていた。
 しかし、さくらの姿を見つけることは出来ず、感じるのはただ時間と共に強さを増していく闇の気配
のみ。
 不安と焦りが、小狼の心を疲弊させていった。
「はぁ…はぁ…っ!」
 小狼は乱れていた息を整えると、すっかり暗くなった空をキッと睨みつけた。
(どこにいるんだ、さくら!)
 その時、小狼のポケットから滑り落ちたものがあった。
 小狼が手にしていた華血刃がそれに気づく。
《小狼、何か落ちたぞ》
「え?」
 言われて小狼はそちらの方を向いてみる。
 そこには、さくらがいなくなった場所に落ちていたさくらカードがあった。
 そこに落ちていたのは『時』(タイム)、『嵐』(ストーム)、『駆』(ダッシュ)、『戻』(リターン)、
『砂』(サンド)、『夢』(ドリーム)、『双』(ツイン)の7枚。
 それは、これらがクロウカードだった頃、小狼が捕まえたカード達だった。
 それを見た瞬間、小狼は悟った。
 このカード達は、自分に助けを求めてここに来たのだと。
(人探しの術を使おうにも、俺はアイツの物を何も持っていないし…)
 唇を噛み締めながらカードを再びポケットの中に戻したとき、小狼の手に触れるものがあった。
 何かと思い取り出してみると、それは小さな円盤だった。
(羅針盤…なんで、こんなものが………まてよ!)
 思ったが早いか、小狼は羅針盤を展開させていく。
 ほどなく、それは正方形を二つあわせたような板になった。
《小狼、どうするつもりだ?》
「…この羅針盤は、クロウカードを探すために作られたものだ。そして、さくらカードはクロウカード
を元にして創られている……もしかしたら…」
 しかし、『星』の力を元にして創られているさくらカードに羅針盤が反応するか、小狼は今一つ自信
がなかった。
 けれど、あてもなくさくらを探しまわるよりはずっと効率がいい方法に思えた。
 小狼は羅針盤を水平に構えると、念を込める。
「玉帝有勅、神硯四方……急々如律令!」
 羅針盤は微かに淡い光を放つ。でも、それだけだった。
「…クッ! やはりだめか!?」
 小狼の華血刃を握る力が強くなる。それは小狼の悔しさを、焦りを、そしてさくらへの想いを表して
いた。
 羅針盤を投げ出して駆け出そうとする小狼を、華血刃の声が制止した。
《待て、小狼》
「?」
 なぜか逆らいがたい気がして、小狼はその場に留まる。
《方法は…合っているはずだ。もう一度、やってみたらどうだ?》
「…しかし…」
《今度は、より強く、より素直にサクラのことを想ってみればいい。その想いが本物なら、必ず彼女
の居場所がわかるはずだ》
 小狼は華血刃の言葉を頭の中で繰り返すと、再び羅針盤を構えた。
 ゆっくりと深呼吸をすると共に、周囲の音がどんどん消えていく。周りの景色が色を失う。小狼の心
は、漣一つ立たない水面のように澄み渡った。
 そして、ただ一人の少女のことだけを思い浮かべる。
 少女の微笑み、怒った顔、泣いてる顔、そして、自分が一番大好きな少女の笑顔を。
 その時、小狼の中から、何か熱く、力強いものが沸きあがってきた。
 華血刃が真紅の輝きを宿す。
 その口は、自然に呪を紡いでいた。

「玉帝有勅、神硯四方、金木水火土、雷風、雷電神勅、軽磨霹靂、電光転……」

 カッと目を見開く。
 わきあがる力の全てを羅針盤に注ぎこんだ。

「…急々如律令!!」


 羅針盤に光が生まれた。
 その光は膨れ上がると、ある方向を指し示すようにまっすぐに伸びていく。
 それを見て、小狼の顔が安堵に綻んだ。
「…やった」
 小狼は、光が指し示す方向を振り向いた。
 決意を新たに表情を堅くする。
《小狼》
 小狼は、こくりと頷いた。
「ああ、行くぞ!!」
 羅針盤を右手に、華血刃を左手に握り締め、小狼は光が指し示す方向へとまっすぐに駆け出していっ
た。
 そのまぶたの裏に映る、大切な笑顔を取り戻すために。
(待ってろよ、さくら!!)



「どうやら、彼はさくらさんの元へ向かったようだな」
 駆け出した小狼の様子を、黒いローブをまとった少年が見つめていた。
 その手には、太陽と月を意匠とした少年の背丈よりも長い杖が握られている。
 その姿を、後ろから睨みつける影があった。
 満身創痍のその影――疾鬼は、腕を交差させて真空の刃を生み出す。
 しかし、その刃は少年が軽く振るった杖によってそよ風へと姿を変えてしまった。
 愕然となる疾鬼に、少年は微笑みを投げかける。
「悪いが、彼の邪魔をさせるわけには行かないのでね」
「き、貴様っ! 一体…!」
 疾鬼がその言葉を言いきる前に、少年の杖から放たれた魔力の輝きが疾鬼を包みこんだ。
「くわぁぁぁぁ……!」
 その輝きの中で疾鬼はその姿を元の姿である人形へと変えていった。
 それを見届けた少年――エリオルは、小狼が向かっていった方向へと視線を向けた。
「さて……私も、やるべきことをやらなければな…」
 そう、ひとりごちてエリオルの姿は闇へと消えていった。

 

   〜 続く 〜

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   あとがき

    想いの刃第8話「フェニックスランドの戦い」をお送りしましたっ! ども、サイレントストームで
   す。
    いや〜、今回、ユエがいい感じで目立ってくれました。元々今回はケロユエメインの話にしようと思
   っていたんですけど、ルビーもいい感じで絡めることが出来て。スッピーがあんまり目立てなかったっ
   て言うのは少し心残りなんですけどね。
    でも、後半書いてて、この話は本当に小狼が主役なんだなって感じました。前半のユエの活躍をくっ
   てしまいそうな勢いですからね。さ〜、盛りあがってきた〜っ!
    さて、次回はいよいよ小狼がメインです。小狼の姿を使ってさくらの心を傷つけた憎き敵、海鬼と小
   狼・ケロ・ユエの決着戦です。ラストまで残り3回(予定)! がんばるぞーっ!
    ではでは、今回はこの辺で。 再見(サイチェン)!!